狼王の贄神子様

だいきち

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 これがいけないことだってわかってる。きっと、ハニが好意を差し出せば、ヘルグは周りから馬鹿にされてしまうだろう。それでも、絡められた手が隙間を許さないとでもいうように、重なりが強くなるのは嬉しかった。

(頭がふわふわする……なんでこんなに、泣きそうになるんだよ)

 気がつけば、ハニの細い腕はヘルグによって、定位置を決められるかのように首の後ろへと回されていた。黒く、長い髪が指先に当たる。身長差のせいで、回した腕一本で体を支える他はない。
 柔らかな唇が、いたわるようにハニの唇を啄む。甘やかされるような口付けが気恥ずかしくて、唇が離れたら別の意味で締まりのない顔を晒してしまいそうだった。

「ふ、……ぅ……っ……」
「……すまない」
「ぁ、……す、すいませ……ぅわ、っ」

 繋いでいた手から熱が離れた。ヘルグの手は、膝がバカになってしまったハニの体を支えるように腰に回されたのだ。
 思わず、しがみつくようにヘルグに縋ってしまった。少しだけ痺れの残る唇を持て余しながら、近い距離で自然に見つめ合う。ヘルグの瞳が、角度によっては色が変わるのだと初めて知った。

「もう一度……。次は、お前から俺にして」
「で、も……」
「おいで」
「あ、えっ」

 小さく笑ったヘルグが、ハニを抱き上げた。そのまま、寝台に腰掛けたかと思うと、向き合うような形でハニを膝に乗せたのだ。逃さないとでもいうように、背後に両腕が回る。
 
「あ……お、降りる……っ、重いだろ……!」
「ダメだ」
「な、なんで」
「俺はお前と離れたくない」

 そんなことを、あっけらかんとした顔で宣う。ヘルグの背後で、黒く太い立派な尾が、パタパタと揺れている。あまりにも素直な感情表現に、ハニは思わず笑ってしまった。

「ふ……、しっぽ、すごい」
「やっと笑ったな」
「何……?」
「いいや、お前が笑うのは嬉しい」

 コツンと額が重なって、そっと鼻先が触れ合った。包み込むように膝の上で抱きしめられながら、随分と糖度の高いことを囁かれる。
 ハニの薄い手のひらが、ヘルグの背中の包帯を確かめるように触れる。唇がふれあいそうな距離で、人の体温を弄ぶ。そんなヘルグに、ハニは少しだけ参った。

「背中……痛い?」
「かすり傷だ、縫いもしないさ」
「さっき、俺に傷の責任追えって言ったのに……?」
「うそだ、泣きそうなくらいに痛いよ」

 絶対にうそだ。ヘルグはバレるような嘘をつくと、誤魔化すようにハニの唇に口付けた。
 まさか、こんな素直を見せる性格だったとは。ハニはわかりやすいヘルグに笑うと、両手を広い肩に添えた。顔を傾けるように、ぎこちなく口付けを返す。柔らかさを確かめるように、それでも、ヘルグのように啄むことはまだできなかったが。
 触れ合った部分が熱い。ハニはゆっくり唇を離すと、顔を寄せてきたヘルグの口を抑えるように手で遮った。

「……ハニ」
「これ以上は、ダメだって……。あんたは狼で、俺は兎だ。きっと、兵隊長が色仕掛けにあったって……部下に笑われる」
「笑わせておけばいいじゃないか。俺は、……我慢させられるのは得意じゃない」

 ヘルグの眉間に、シワが寄った。布団を叩くように動いた尻尾に、不機嫌さをありありと示される。それでも、こればっかりはダメだ。ハニは、己が周りからどう見られているかを知っている。己と同じで、ヘルグまで同じ立場へと引き摺り下ろすのは、絶対に違う。

「部下からバカにされたら、俺が苦しくなる」
「……俺が部下から嫌なことを言われると、お前は苦しいのか」
「え……?」
「お前の素直は、随分と俺を喜ばせるのだな」

 ヘルグは、ハニの目の前で嬉しそうに笑った。パタパタと、ご機嫌に尾が寝台を叩く。ヘルグの反応に、ようやくハニは己がとんでもないことを抜かしたのだと自覚した。

「っ……ま、まってたんま」
「もう頭に刻み込んだ。周りがどう思おうと知るものか。俺の世界は、お前で完成する。それが、どういう意味かは今から教える」
「俺のこと、結構好きなの……?」
「ああ、こうして必死になるほどに」

 首筋に鼻先が埋まる。ヘルグの唇が触れて、少しだけくすぐったい。
 本当に、好意を受け取ってもいいのだろうか。心臓の音が忙しない、ヘルグが時折嬉しそうに耳を震わせるから、きっとバレているに違いない。腰を引き寄せられて、体の距離が近くなる。肩口に熱い呼気が当たると、くすぐったくて思わず身をすくませた。
 肩に犬歯が当たって、柔らかさを確かめるように甘く歯を立てられる。あ、と思った時にはもう遅くて、気がつけばハニは天井を見上げる形で押し倒されていた。

「や、やめ、っ……」
「こわいか」
「っ……」

 ヘルグの手が、ゆっくりとハニの頬に触れる。交わした口付けは、たしかに優しかった。
 
「こ、わいよ……だって、しらないし」
「経験したことがないのか」
「そんな余裕、どこにっ」

 ヘルグの唇が言葉を飲み込む。腕の中に抱き込まれるように、熱い身体が重なった。
 ぬめる舌がハニの唇に触れて、思わず足がはねた。

「なら、これから教えることは、全部俺だけか」
「え、あ……」
「俺が、全部最初か? 口付けも、こうやって……お前の体に触れるのも」
「う、ん」

 なんて声を出すんだ。ハニは、ヘルグの縋るような声に胸の奥を震わせる。
 経験がないから当たり前だ。しかし、大人になりきれてない。そう思っていたハニの隠れた劣等感を、ヘルグは祈るような声で求めている。
 なんだこれ、ずるい。
 ハニは泣きそうに顔を歪めると、ヘルグの体を引き寄せるように抱きしめた。

「全部、……だから。そんな、顔しないで」
「……どんな顔をしていた」
「言わない……でも、他に見せないで」

 ヘルグのせいで、体温を知ってしまった。一人で全部、どうにかしようとしてきたのに。
 そんな、ハニにとっては不必要だと切り捨ててきたものを掻き集めて、ヘルグは大事にしてくれる。
 弱さも、知られることのない努力も、泣いていい場所も、全部、全部だ。
 腕の中で身じろぎをして、ハニは恐る恐るヘルグと鼻先をくっつけた。小さな手がヘルグの頭を撫でると、ぐるりと喉から音が聞こえた。
 肉食独特の、草食を萎縮させる声。それでもハニは、ヘルグの我慢に応えるように唇を重ねた。
 
「……ハニ」
「うん」

 返事はそれだけで充分だった。ヘルグの上等な顔が、切なく歪む。こんな顔を見れるのは、ハニだけだろう。
 薄い舌でぺしょりとヘルグの唇を舐める。厚みのある唇が、ハニの舌を飲み込むように深く口付けた。

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