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カルマイン編
卵二つ ※産卵描写注意
しおりを挟む「ふ、ぅあ、あっ」
「シグ、っ……⁉︎」
苦しげな悲鳴をあげたシグムントの足の間から、ぽてりと白いものが落ちた。それは続け様にもう一つ地べたに落ちると、コロコロとルシアンの足に当たるようにして止まった。
「……え?」
「ああ……し、死ぬかと思った……」
「し、シグ、股の間から何出したの……」
「む。卵だな」
状況が整理仕切れていないルシアンへと、あっけらかんと宣った。その様子は先程までの苦しみはどこに消えたのかというほどすっきりとした顔をしている。
イェネドもルシアンも、同じような間抜け顔をして動きを止めていた。しかし、じわじわと戸惑いが衝撃へと色を変えると、ルシアンの顔は見る見るうちに青ざめた。
「い、っ……」
イザル‼︎ そう叫びそうになって、慌ててこらえた。シグムントが産卵したことがマラキアにバレれたらまずい。ルシアンはゆっくりとシグムントを地べたに下ろすと、まるで人が変わったようにおろおろと狼狽えた。
頭の中でぐるぐると巡るのは、乗り物酔いではなく悪阻だったのでは。や、この卵はどっちの子供だ。である。ルシアンの足元では、イェネドもまた慌てたように土をほじくり返していた。お前は一体何をやっているのだと呆れる余裕はない。
そんな、普段と全く違う様子を見せるルシアンとイェネドをポカンとして見つめているのはシグムントである。何を思ったのか、地べたに転がっている卵をひょいと手に乗せると、そのつるりとした表面をまじまじと見つめた。
「し、シグは動かないで、ああもう、これイザルは知ってること⁉︎」
「うむ、俺も初めて産んだから、イザルは知らないだろうなあ」
「初産だったなら余計に動かないで‼︎ ああやばいイザル帰ってきた‼︎ た、卵どうしっ、はっ」
ルシアンの目の前で、イェネドがウォンと吠えた。掘った穴をたしたしと叩く様子にすべてを悟ると、ルシアンはシグムントから取り上げた卵二つを穴の中に慎重に置いた。
「シグ、今は何も喋らないで寝たふりをしてて」
「う、うん」
見たこともないほどの切羽詰まった表情でルシアンが宣う。その勢いに押されるようにこくりと頷いたシグムントは、卵を隠すようにして伏せをしたイェネドの胴体を枕に横たわった。
草むらが揺れ、イザル達の話し声が近づく。ルシアンは深呼吸を何度も繰り返して平静を装った。青褪めた顔色が戻ったのかはわからない、狩から戻ってきたのだろう二人が、ギョッとした顔でルシアンを見た。
「なんだ、なんかあったのか」
「シグムントはまだ寝てんのか、野苺見つけたから摘んできたんだが」
腕ほどはありそうな大きな鳥を二羽手にしたイザルが、ルシアンの様子を怪訝そうに見つめる。
その隣では、マラキアがインベントリから大きな鍋を取り出すところだった。どうやら下処理をした鳥の湯むきをするつもりらしい。鍋の中に魔法で水を注いでいた。
ルシアンはイザルへとズンズンと近づくなり、首に腕を回すようにして拘束した。そして有無も言わせずに、イザルが来た道へと引きずっていった。ギョッとしたマラキアには、不寝番を決めてくると言って誤魔化した。一番不安なシグムントは、イェネドが見張っていてくれると信じている。
「っ、んだてめ、シグムントほっといてい」
「生まれたんだよ‼︎」
「生まれ、……何がだ」
脈絡のない話に、イザルが眉を寄せる。
必死な形相のルシアンを前に、若干たじろいだのは秘密だ。イザルとしてはイェネドとシグムントだけを残していく方が心配だ。来た道へ戻ろうとイザルが背を向けた時、その襟首をガシリと掴んだルシアンが吠えた。
「だからシグが卵産んだんだって‼︎」
「……たまごをうむ?」
「急に苦しみ出して、足の間に白いのが二個……、い、今は、イェネドの掘った穴に隠してる……」
「…………」
イザルの口がパカリと開き、言葉を失った。一体なんの冗談だとすら思った。言葉の意味がゆっくりと脳内に染み込んでくると、ひくりと口端が震えた。
「あ、あいつは……ヒュトーだから、卵生だ」
「や、やっぱり俺たちのどっちかの種が……」
「一日で卵になるんか……いや魔族だしな……」
「待て。セタンナ隊長が来る前日、もしかしてあの時の……」
イザルとルシアンの顔色が、二人同時に悪くなる。可能性があるとしたら、初めてシグムントを二人で抱いたあの夜しかあり得ないだろうと思ったのだ。
触れた卵がまだ暖かかったのを覚えている。ルシアンが卵の大きさを手で示そうすれば、イザルの両手がガシリとルシアンの肩を掴んだ。
「まて、卵って土に埋めて息できるんか」
「……い、そいでもどろう‼︎」
「ああくそ、どうやって育てんだ‼︎」
イザルの不穏な言葉に、弾かれるようにルシアンが駆け出した。よくよく考えてみれば、酸素のない土の中に埋めるほどまずいことはないだろう。
森の木々を倒す勢いで忙しなく戻ってきた二人に、鳥の湯むきを終えたマラキアは大きく体を跳ねさせるようにして驚いた。
「うぉ、っ」
「マラキアすまねえ、ちょっと外してくんねえか。今すぐ」
「な、なんかあったのか……」
「シグムントに確かめなきゃいけねえことがある。火の番は俺がするから、あんたは馬車んとこ行っててくれ」
こわばった表情でシグムントを見つめる二人を前に、只事ではないと思ったらしい。マラキアは何かを飲み込むように頷くと、心配そうな瞳をシグムントへ向けた。
可哀想に、状況を理解していないのはシグムントもまた同じであった。今からよくないことが起こるのだろうか。横たわったままのシグムントは、整った表情を不安げな色で染めていた。
「シグ」
「シグムント」
「ひゃいっ……」
マラキアが気を使うように移動をしてからすぐ。ルシアンとイザルは地べたに膝を落とすようにして勢いよく近づいた。思わずのけぞったせいで、枕がわりのイェネドがゲハっと咽せる。シグムントの肘が腹の柔らかいところに当たったらしい。
「な、なん、なんだ二人と」
「責任は取る」
「な、なんのだ!」
「イェネドどいて、卵をシグに渡さないと」
イザルによって、今まで以上に丁寧に体を抱き上げられる。一体これはなんなのだ。シグムントの顔は、ますます困惑の色を濃くした。間違いなく、己の理解の範疇を超えたことが起きている。いつもならイザルによって地べたに落とされてもいい頃合いだ。しかし、その体はずっと腕の中に抱き上げられたままである。
「怖い怖い怖い‼︎」
「俺も、どうしていいかわかんねえから怖い、だがなんとかする」
「本当になんのはな」
「この先何があろうとも、俺たちの子供は守るから」
「こ、子供……?」
ますますなんの話をしているのかわからない。シグムントは、怖くて泣きそうだった。具合が悪くなりそうなくらい真剣な顔を向けられて、余命宣告を受けているような気にもなってくる。
しかし、ルシアンの言葉にようやく合点がいったらしい。シグムントは言い辛そうに口を開くと、言い聞かせるように宣った。
「あ、あれ……無精卵だから、産まれないぞ……」
「むせ……だってあんなに中出ししたのに⁉︎」
「うむ、だけどヒュトーはちょっと特殊でな。魔力を溜めすぎるとこうやって卵の形を取って排出されるというか……」
ルシアンの言葉に、顔を真っ赤にしたシグムントがモゴモゴと口にする。ヒュトーとしての生態を、当然イザルもルシアンも初めて知った。
だから火球を放てば治るっていっただろう。その言葉に、ルシアンはヘナヘナと座り込んだ。本当に、二人揃って腰を抜かすほどに驚いた。
イザルはゆっくりとシグムントを下ろすと、両手で顔を覆った。本当にシグムントが産んだと信じ込んだのだ。おかげさまで余計なことを言ってしまった気がする。耳まで赤く染めるイザルを不思議そうに見つめるシグムントに、この動揺を悟られていないのが救いだ。
「アゥ……」
「ん?ああ、ヒュトーの卵は売れば高いぞ。無精卵は特に魔力を溜めているからな。妙薬になる」
イェネドの問いかけに、シグムントはニコリと笑って宣った。
そのまま、ゴポゴポと音を立てる程沸騰した鍋に目を向けると、あろうことか手にしていた無精卵を茹でようとした。
「だめだシグ‼︎」
「おま、何する気だ⁉︎」
「ひゃ、ゆ、ゆで卵……にして食おうかと……」
両脇から腕を掴まれるようにして阻止された。
シグムントにとっての無精卵は栄養価の高いおかずのようなものだ。今までも兄弟が産み落として食っていたのを覚えている。だからこそ、それに倣おうと思っていたのだ。
しかし、それはシグムントの場合である。イザルとルシアンからしてみれば、シグムントから生まれた卵は食べ物ではないのだ。無精卵と言われて子供ではないことがわかったが、それとこれとは話が別である。
そうこうしているうちに、端に追いやっていたマラキアが恐る恐る声をかけてきた。
「なあ、もういいんか」
「あ、ああ、騒がせてすまない」
「シグムント、それをよこせ。インベントリにしまっとく」
「ええ、腐るかもしれんが」
「時間止めてっから平気だ」
ヒュトーの無精卵二つを、イザルが落とさないように受け取った。マラキアはなんの卵だかはわからなかったらしい。食わんのか? と口にして、ルシアンから威嚇されていた。
そんな珍事件が起こったせいで、一時間押しの夕食だ。マラキアとイザルが取ってきた大きな鳥の羽を湯むきしたのち、そのまま豪快に焼き上げたものが晩飯だ。卵事件、誤解だったとはいえ聞かなければいけないことは山積していた。シグムントの雑な説明だけで納得するには、情報量が多すぎるのだ。
おそらく、マラキアとシグムント以外は飯の味もわからないだろう。喉を詰まらせないように、ルシアンによってちぎり分けられた肉をまくまくと食べるシグムントは、兄弟二人の熱視線が薄い腹に向けられていることなど気付きもしなかった。
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