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カルマイン編
オルセンシュタイン家
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セタンナによって連れてこられた場所は、演習場から目と鼻の先であった。
オルセンシュタインの管理する土地を買い取って、そこに演習場を建てたらしい。ルシアンは、随分と規模の大きな話に曖昧に頷くことしかできなかった。
セタンナは、親善試合が行われる期間はオルセンシュタイン家で過ごすという。女性にしては少なすぎる荷物を持っていたので、まさか泊まるとは思いもよらなかった。
シグムントの瞳が、キラキラと輝いた。目の前には花崗岩でできた淡い色合いのタイルが、城のように見事な屋敷へと案内するように伸びている。連れてこられたオルセンシュタイン家の優美な鉄の扉が開くと、美しい薔薇の庭園が広がっていた。庭園の中央では艶かしい女性の彫刻が涼をもたらしている。粗野なメイディアが住んでいるとは思えないほどの上等な屋敷だ。
「似合わね……」
「今はアデリーナ嬢が屋敷の一才を取り仕切っているだ。メイディアのものというよりも、もはや彼女の屋敷だな」
「誰だよアデリーナ……」
「会えばわかる。そして女性を呼び捨てにするな」
思わず口に出てしまったらしいイザルの言葉を拾ったのはセタンナだ。
どうやらこの薔薇園もアデリーナ嬢により整えられたという。手仕事とは思えない仕上がりに、シグムントはただただ感心するばかりだ。
セタンナを先頭にするように、獣型をとるイェネドを入れた四人と一頭は、繊細な彫刻が施された両開きの扉を構える玄関へと向かった。
ドアノッカーで来訪を知らせたのはセタンナだ。イザルはというと、その背後で相変わらずの不機嫌顔を晒していた。豪邸を前にしても、態度を変えないのがイザルという男だ。ちなみに、足元でおすわりをしているイェネドが一番姿勢が良かった。
「お城みたいな家だなあ」
「魔王城の方がすげえだろう。嫌味か」
「あれは俺の家じゃなくて職場だ。ヒュトーは普段洞穴に住んでるんだぞ」
だから魔王城はそこまで居心地がよいわけじゃないさ。そう言ってふくふくと笑うシグムントは、城ではあまりいい扱いを受けていなかったのだろう。
なんとなくばつが悪そうに黙りこくるイザルとルシアンへと、セタンナは面白いものを見る目を向けていた
四人と一匹の目の前の扉が、重厚な音を立てて開いた。扉の向こうに立っていたのは思ったよりも老齢の女性で、思わずセタンナ以外の男どもは呆気にとられてしまった。
もしかしたら、メイド長だろうか。そんなことを思ったが、目の前の女性の正体はセタンナが教えてくれた。
「アデリーナ嬢。お久しぶりです。今日から二日間、よろしくお願いいたします」
「アデリーナ……」
「嬢……?」
セタンナの言葉に、イザルとルシアンが疑問を漏らす。嬢とつけるにはあまりにも高齢過ぎやしないだろうかと思ったのだろう。セタンナの咳払いに慌てて二人が口をつぐむ中。アデリーナは丁寧にカーテシーで挨拶を返した。
「お待ちしてましたわセタンナ殿。そちらの殿方達はお知り合いでして?」
「ああ、メイディアと同じ遊撃部隊に属するルシアンと、その兄のイザルです。そして一番小柄なのはシグムント」
「お初にお目にかかるアデリーナ嬢。こちらはイェネド」
「あら、ご丁寧にワンちゃんまで頭を下げてくださるなんてお利口さんね。立ち話も疲れてしまうし、どうぞ中にお入りになって」
セタンナの紹介にぎこちなく頭を下げたイザルとルシアンとは逆に、シグムントは場慣れした様子で礼を返す。元魔王はこんなところでも発揮されるらしい。二人に続く無愛想な兄弟二人は、飾られた壺や絵画を前に、魔族二人が粗相をしないようにせねばと内心で決意するのであった。
「旦那様、ご友人がいらっしゃいましたよ」
屋敷に入るなり、アデリーナは虚空に向かって語りかける。広い屋敷で声を張り上げるでもなく、人を呼ぶには小さいくらいの声だ。
不思議そうにシグムントが首を傾げる中、イェネドは赤い瞳を輝かせるようにして立ち上がった。思わずイザルがイェネドの首輪を掴んだのは致し方ない。
「セタンナたいちょ……う、あ」
「あ」
「うっわ」
アデリーナの声に応えるように、緩やかに広がる両階段の上から姿を現したのはメイディアだ。イザル達を見るなり、わかりやすく顔色を悪くする。その服装は、当然ながらいつもの軍服ではない。のりの効いた白いドレスシャツに細身のテーパードパンツを合わせた姿は、貴族らしくはないが実に様になっていた。
「メイディア、お前そんな服も着るんだな」
「いや俺だって服くらい持ってるわ」
普段のだらしない姿を知っているからだろう、ルシアンがポカンとした声色で宣った。
辟易としたメイディアの顔は、見られたくないところを見られたと言ったところだ。まともな服装をしていると、両階段を降りる姿もそれなりに見える。
アデリーナの隣に並んだメイディアの狼の瞳が、イェネドへ意味深に向けられた。
「アデリーナ、セタンナ隊長は二階の客室を使ってもらって。残りは、一階の余ってる部屋にベット運ぶからそこで」
「残りはでくくりやがった」
「ここはメイディアの家だから、イザルは文句を言うな」
「アゥン‼︎」
「イェネドもイザル達と一緒な」
早速アデリーナに連れられて二階へと向かうセタンナを見送ると、メイディアはガラリと態度を変えた。構ってくれと言わんばかりに吠えたイェネドの頭をわしりと撫でると、深いため息を吐く。まさかここで再び会うことは、流石に想定外だったらしい。喜びで振り回されていたイェネドの尾っぽは、へなりと情けなく垂れ下がった。
「……一応聞くけど、試合でんの?」
「いや俺らは金策」
「あ、出ないんだ。てかタイミング悪いなまじで……なんでこんなときに限って」
「んだよ、別に長居するつもりもねえよ。気にしなきゃいいだろうが」
メイディアの言葉に、イザルがぶっきらぼうに返す。こちらとしてはセタンナに巻き込まれてここまできたのだ。面倒臭そうな態度を取られる筋合いはない。
なんだかあまり空気が良くないらしい。イェネドがメイディアの顔色を窺うように見つめるも、先ほどのように目を合わせてくれる気配はなかった。
案内された部屋は随分と広々とした場所だった。
「スライムの死骸ならあるが」
「俺の家に変なもん持ち込まないでくんない!?」
ベットを持ってくるからと宣ったメイディアに、妙な方向に気を利かせたシグムントがインベントリに手を突っ込んだ。スライムのベットはイザルだけが知っているものだ。それとなくやめておけと窘められるあたり、イザルの中でトラウマになっている。
結局気を利かせたメイディアが簡易ベットを三台分用意してくれたのでことなきを得たが、夕飯の時間までは何もすることはないのだ。
「なあ、メイディアとアデリーナってどういう関係だ」
「そりゃ……女主人と息子なんじゃないの」
「でも、嬢ってつけるか。それに母親なら腰に手は回さねえだろう」
「アデリーナ嬢は朗らかな人だったなあ」
メイディアが部屋を後にしてから、イザルは早速気になったことを口にした。それは、メイディアとアデリーナ嬢との身体的な距離が近かったように思えたのだ。アデリーナへ指示をする時、確かにメイディアはその腰に手を添えていた。
歳の差は親子ほど大きく離れている。それなのに、メイディアは旦那様と呼ばれていた。年齢の違和感がなければ、まるで夫婦のように近い関係に見える。
「なあ、マジで結婚してたらどうするよ」
「結婚? あいつがアデリーナとか。ないだろ」
「ウァウ!」
「イェネドは俺のだって吠えておる」
太い尾っぽで床を叩くようにして吠える。イェネドの抗議は少しばかし必死さが伺えた。
「でも、あいつ確か成り上がり貴族だって言ってたんだよな」
「あ? そりゃあこんなにでけえ家住んでんならそうだろ。……イェネドてめえ下手に動いて家具こわしたら金玉引きちぎるからな」
「きゃぅん……」
イザルの言葉に情けない声を漏らすイェネドの横で、ルシアンは未だ考え込んでいた。どうやら何かが引っ掛かるらしい。
用意された部屋を見れば、いい暮らしをしているというのは一目瞭然だ。壁には猟銃が交差するように飾られており、年季の入った様子から骨董品としての価値も高そうである。
「なんだか面倒ごとの匂いがすんな。あんま深く首突っ込まねえようにしようぜ」
「イザルはすぐに外見だけで物事を判断する。人間というのはおいぼれて見えても、魔族からすれば随分と若い場合もあるのだぞ」
「だからって、メイディアは魔族じゃねえだろうが」
「ギャゎ……っ」
イザルの言葉に、イェネドが妙な声を出す。危うくメイディアが己と同じウェアウルフの生き残りだといいそうになったのだ。犬の言葉はわからないにしろ、意思の疎通のできるシグムントがいるのだ。迂闊なことは言えない。
きょとんとするシグムントが見つめてくるのを下手くそな咳で誤魔化すと、メイディアはぎこちなく顔を背ける。
「む……今何か言いかけなかったかイェネド」
「きゃゎん」
「わかった! さてはおしっこだな!」
「んだよ、てめえ今犬なんだから外で済ませてこいや」
「フグゥ……‼︎」
うまく誤魔化せたが、意図せぬ方向に話が逸れてしまった。イェネドはシグムントによって首輪にリードをつけられると、情けない顔で連れていかれる羽目になった。曰く、手洗いを探しがてら、せっかくだから屋敷の中を見てまわりたいとのことだ。
イザルもルシアンも止めるようなことはしないあたり、おそらくこれはシグムントのお守りも入っているのだろう。
「ぁうあ……」
「む、もちろんアデリーナ嬢に許可はもらうさ。ついでに、イェネドのおしっこができる場所も探すつもりだ」
「ぅう、ゎんっ」
「む? メイディアにはおしっこというなって? なんだ、妙なところで恥じらうなあ」
シグムントにリードを握られながらも、道を案内するのはイェネド自身だ。探検の許可を得るべく、アデリーナの匂いを辿る。どうやらイェネドたちのいる二階にはいないらしい。そのままメイディアが降りた階段を抜けると、一階に移動する。
「砂糖の焦げる甘い香りがする」
「アデリーナが晩飯に出すデザート焼いてんだよ。んで、お前らはなんで二人で降りてきてんの」
声の主はメイディアだった。どうやら新しいシーツをセタンナの部屋に運ぶところだったらしい。階下の二人に気がついて声をかけてきたという。
「おおメイディア! ちょうどよかった。屋敷を探検ついでにおしっこしていいか! イェネドが!」
「人ん家の屋敷にマーキングすんの⁉︎」
「ギャウウ‼︎」
違う! というイェネドの盛大な抗議はなんとか言われのない誤解を解くことができた。
メイディアは辛抱強くシグムントの下手な説明を聞き届けると、なんだそんなことかと気持ちよく許可をくれた。
「別にかまいやしねえけどさ……ああびびった。あ、庭に出るなら森の塔には近寄るなよ。あそこ、出るから」
「森の塔」
「アゥ?」
にんまりと微笑むメイディアに、そこはかとなく寒気を感じる。シグムントは珍しく、これが脅しだということを理解したようだ。ぎこちなく頷いた。
「あ、そうそう。中庭出るんなら裏口からな? 頼むから屋敷のその辺にしっこすんなよイェネド!」
「ギャワンッ」
揶揄うように宣ったメイディアに、イェネドが抗議をするように吠える。シグムントはその頭をワシワシと撫でると、セタンナのいる部屋へと向かうメイディアの背中を見送った。
オルセンシュタインの管理する土地を買い取って、そこに演習場を建てたらしい。ルシアンは、随分と規模の大きな話に曖昧に頷くことしかできなかった。
セタンナは、親善試合が行われる期間はオルセンシュタイン家で過ごすという。女性にしては少なすぎる荷物を持っていたので、まさか泊まるとは思いもよらなかった。
シグムントの瞳が、キラキラと輝いた。目の前には花崗岩でできた淡い色合いのタイルが、城のように見事な屋敷へと案内するように伸びている。連れてこられたオルセンシュタイン家の優美な鉄の扉が開くと、美しい薔薇の庭園が広がっていた。庭園の中央では艶かしい女性の彫刻が涼をもたらしている。粗野なメイディアが住んでいるとは思えないほどの上等な屋敷だ。
「似合わね……」
「今はアデリーナ嬢が屋敷の一才を取り仕切っているだ。メイディアのものというよりも、もはや彼女の屋敷だな」
「誰だよアデリーナ……」
「会えばわかる。そして女性を呼び捨てにするな」
思わず口に出てしまったらしいイザルの言葉を拾ったのはセタンナだ。
どうやらこの薔薇園もアデリーナ嬢により整えられたという。手仕事とは思えない仕上がりに、シグムントはただただ感心するばかりだ。
セタンナを先頭にするように、獣型をとるイェネドを入れた四人と一頭は、繊細な彫刻が施された両開きの扉を構える玄関へと向かった。
ドアノッカーで来訪を知らせたのはセタンナだ。イザルはというと、その背後で相変わらずの不機嫌顔を晒していた。豪邸を前にしても、態度を変えないのがイザルという男だ。ちなみに、足元でおすわりをしているイェネドが一番姿勢が良かった。
「お城みたいな家だなあ」
「魔王城の方がすげえだろう。嫌味か」
「あれは俺の家じゃなくて職場だ。ヒュトーは普段洞穴に住んでるんだぞ」
だから魔王城はそこまで居心地がよいわけじゃないさ。そう言ってふくふくと笑うシグムントは、城ではあまりいい扱いを受けていなかったのだろう。
なんとなくばつが悪そうに黙りこくるイザルとルシアンへと、セタンナは面白いものを見る目を向けていた
四人と一匹の目の前の扉が、重厚な音を立てて開いた。扉の向こうに立っていたのは思ったよりも老齢の女性で、思わずセタンナ以外の男どもは呆気にとられてしまった。
もしかしたら、メイド長だろうか。そんなことを思ったが、目の前の女性の正体はセタンナが教えてくれた。
「アデリーナ嬢。お久しぶりです。今日から二日間、よろしくお願いいたします」
「アデリーナ……」
「嬢……?」
セタンナの言葉に、イザルとルシアンが疑問を漏らす。嬢とつけるにはあまりにも高齢過ぎやしないだろうかと思ったのだろう。セタンナの咳払いに慌てて二人が口をつぐむ中。アデリーナは丁寧にカーテシーで挨拶を返した。
「お待ちしてましたわセタンナ殿。そちらの殿方達はお知り合いでして?」
「ああ、メイディアと同じ遊撃部隊に属するルシアンと、その兄のイザルです。そして一番小柄なのはシグムント」
「お初にお目にかかるアデリーナ嬢。こちらはイェネド」
「あら、ご丁寧にワンちゃんまで頭を下げてくださるなんてお利口さんね。立ち話も疲れてしまうし、どうぞ中にお入りになって」
セタンナの紹介にぎこちなく頭を下げたイザルとルシアンとは逆に、シグムントは場慣れした様子で礼を返す。元魔王はこんなところでも発揮されるらしい。二人に続く無愛想な兄弟二人は、飾られた壺や絵画を前に、魔族二人が粗相をしないようにせねばと内心で決意するのであった。
「旦那様、ご友人がいらっしゃいましたよ」
屋敷に入るなり、アデリーナは虚空に向かって語りかける。広い屋敷で声を張り上げるでもなく、人を呼ぶには小さいくらいの声だ。
不思議そうにシグムントが首を傾げる中、イェネドは赤い瞳を輝かせるようにして立ち上がった。思わずイザルがイェネドの首輪を掴んだのは致し方ない。
「セタンナたいちょ……う、あ」
「あ」
「うっわ」
アデリーナの声に応えるように、緩やかに広がる両階段の上から姿を現したのはメイディアだ。イザル達を見るなり、わかりやすく顔色を悪くする。その服装は、当然ながらいつもの軍服ではない。のりの効いた白いドレスシャツに細身のテーパードパンツを合わせた姿は、貴族らしくはないが実に様になっていた。
「メイディア、お前そんな服も着るんだな」
「いや俺だって服くらい持ってるわ」
普段のだらしない姿を知っているからだろう、ルシアンがポカンとした声色で宣った。
辟易としたメイディアの顔は、見られたくないところを見られたと言ったところだ。まともな服装をしていると、両階段を降りる姿もそれなりに見える。
アデリーナの隣に並んだメイディアの狼の瞳が、イェネドへ意味深に向けられた。
「アデリーナ、セタンナ隊長は二階の客室を使ってもらって。残りは、一階の余ってる部屋にベット運ぶからそこで」
「残りはでくくりやがった」
「ここはメイディアの家だから、イザルは文句を言うな」
「アゥン‼︎」
「イェネドもイザル達と一緒な」
早速アデリーナに連れられて二階へと向かうセタンナを見送ると、メイディアはガラリと態度を変えた。構ってくれと言わんばかりに吠えたイェネドの頭をわしりと撫でると、深いため息を吐く。まさかここで再び会うことは、流石に想定外だったらしい。喜びで振り回されていたイェネドの尾っぽは、へなりと情けなく垂れ下がった。
「……一応聞くけど、試合でんの?」
「いや俺らは金策」
「あ、出ないんだ。てかタイミング悪いなまじで……なんでこんなときに限って」
「んだよ、別に長居するつもりもねえよ。気にしなきゃいいだろうが」
メイディアの言葉に、イザルがぶっきらぼうに返す。こちらとしてはセタンナに巻き込まれてここまできたのだ。面倒臭そうな態度を取られる筋合いはない。
なんだかあまり空気が良くないらしい。イェネドがメイディアの顔色を窺うように見つめるも、先ほどのように目を合わせてくれる気配はなかった。
案内された部屋は随分と広々とした場所だった。
「スライムの死骸ならあるが」
「俺の家に変なもん持ち込まないでくんない!?」
ベットを持ってくるからと宣ったメイディアに、妙な方向に気を利かせたシグムントがインベントリに手を突っ込んだ。スライムのベットはイザルだけが知っているものだ。それとなくやめておけと窘められるあたり、イザルの中でトラウマになっている。
結局気を利かせたメイディアが簡易ベットを三台分用意してくれたのでことなきを得たが、夕飯の時間までは何もすることはないのだ。
「なあ、メイディアとアデリーナってどういう関係だ」
「そりゃ……女主人と息子なんじゃないの」
「でも、嬢ってつけるか。それに母親なら腰に手は回さねえだろう」
「アデリーナ嬢は朗らかな人だったなあ」
メイディアが部屋を後にしてから、イザルは早速気になったことを口にした。それは、メイディアとアデリーナ嬢との身体的な距離が近かったように思えたのだ。アデリーナへ指示をする時、確かにメイディアはその腰に手を添えていた。
歳の差は親子ほど大きく離れている。それなのに、メイディアは旦那様と呼ばれていた。年齢の違和感がなければ、まるで夫婦のように近い関係に見える。
「なあ、マジで結婚してたらどうするよ」
「結婚? あいつがアデリーナとか。ないだろ」
「ウァウ!」
「イェネドは俺のだって吠えておる」
太い尾っぽで床を叩くようにして吠える。イェネドの抗議は少しばかし必死さが伺えた。
「でも、あいつ確か成り上がり貴族だって言ってたんだよな」
「あ? そりゃあこんなにでけえ家住んでんならそうだろ。……イェネドてめえ下手に動いて家具こわしたら金玉引きちぎるからな」
「きゃぅん……」
イザルの言葉に情けない声を漏らすイェネドの横で、ルシアンは未だ考え込んでいた。どうやら何かが引っ掛かるらしい。
用意された部屋を見れば、いい暮らしをしているというのは一目瞭然だ。壁には猟銃が交差するように飾られており、年季の入った様子から骨董品としての価値も高そうである。
「なんだか面倒ごとの匂いがすんな。あんま深く首突っ込まねえようにしようぜ」
「イザルはすぐに外見だけで物事を判断する。人間というのはおいぼれて見えても、魔族からすれば随分と若い場合もあるのだぞ」
「だからって、メイディアは魔族じゃねえだろうが」
「ギャゎ……っ」
イザルの言葉に、イェネドが妙な声を出す。危うくメイディアが己と同じウェアウルフの生き残りだといいそうになったのだ。犬の言葉はわからないにしろ、意思の疎通のできるシグムントがいるのだ。迂闊なことは言えない。
きょとんとするシグムントが見つめてくるのを下手くそな咳で誤魔化すと、メイディアはぎこちなく顔を背ける。
「む……今何か言いかけなかったかイェネド」
「きゃゎん」
「わかった! さてはおしっこだな!」
「んだよ、てめえ今犬なんだから外で済ませてこいや」
「フグゥ……‼︎」
うまく誤魔化せたが、意図せぬ方向に話が逸れてしまった。イェネドはシグムントによって首輪にリードをつけられると、情けない顔で連れていかれる羽目になった。曰く、手洗いを探しがてら、せっかくだから屋敷の中を見てまわりたいとのことだ。
イザルもルシアンも止めるようなことはしないあたり、おそらくこれはシグムントのお守りも入っているのだろう。
「ぁうあ……」
「む、もちろんアデリーナ嬢に許可はもらうさ。ついでに、イェネドのおしっこができる場所も探すつもりだ」
「ぅう、ゎんっ」
「む? メイディアにはおしっこというなって? なんだ、妙なところで恥じらうなあ」
シグムントにリードを握られながらも、道を案内するのはイェネド自身だ。探検の許可を得るべく、アデリーナの匂いを辿る。どうやらイェネドたちのいる二階にはいないらしい。そのままメイディアが降りた階段を抜けると、一階に移動する。
「砂糖の焦げる甘い香りがする」
「アデリーナが晩飯に出すデザート焼いてんだよ。んで、お前らはなんで二人で降りてきてんの」
声の主はメイディアだった。どうやら新しいシーツをセタンナの部屋に運ぶところだったらしい。階下の二人に気がついて声をかけてきたという。
「おおメイディア! ちょうどよかった。屋敷を探検ついでにおしっこしていいか! イェネドが!」
「人ん家の屋敷にマーキングすんの⁉︎」
「ギャウウ‼︎」
違う! というイェネドの盛大な抗議はなんとか言われのない誤解を解くことができた。
メイディアは辛抱強くシグムントの下手な説明を聞き届けると、なんだそんなことかと気持ちよく許可をくれた。
「別にかまいやしねえけどさ……ああびびった。あ、庭に出るなら森の塔には近寄るなよ。あそこ、出るから」
「森の塔」
「アゥ?」
にんまりと微笑むメイディアに、そこはかとなく寒気を感じる。シグムントは珍しく、これが脅しだということを理解したようだ。ぎこちなく頷いた。
「あ、そうそう。中庭出るんなら裏口からな? 頼むから屋敷のその辺にしっこすんなよイェネド!」
「ギャワンッ」
揶揄うように宣ったメイディアに、イェネドが抗議をするように吠える。シグムントはその頭をワシワシと撫でると、セタンナのいる部屋へと向かうメイディアの背中を見送った。
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