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カルマイン編
不思議なルール
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「俺は人間界の貴族のルールとやらはわからぬが、メイディアはあの若さで当主というのはすごいことじゃないか」
「ウゥオンッ! ワウアウァ!」
「ふむ、しかしそうは言ってもだぞ。あのアデリーナ嬢と婚姻関係にあったのなら、お前の出る幕というのは無いのではないか?」
「キュウウゥン」
ぴいぴいと鼻を鳴らすイェネドとシグムントは、屋敷の一階からかおる甘い匂いに釣られるように、長い廊下を歩いていた。大きな建物だ。一階だけで、すでに三回は角を曲がっている。廊下は色分けされた絨毯が敷かれており、壁紙もそれぞれ違う。それがどういう意味があるのかはさっぱりわからない。まるでそれぞれの縄張りを守るかのように、壁にかけられた大きな絵画の中で、厳しい顔つきの男が睨みを効かせていた。
「こっちだイェネド。この匂いは、なんの香りだろうなあ」
「ゥワンッ!」
大きな扉の前で立ち止まったシグムントが、ふんふんと鼻を引くつかせる。先ほども、己の身長よりも大きな扉を開いたばかりだ。この先もまた、色の違う絨毯の敷かれた廊下があるのだろうか。
よいせっと扉を開けば、どうやら大きな食堂のようだった。
「むぉ、っ! こっちから中庭が見えるぞイェネド。はああ、オルセンシュタイン家はたくさんの兵士でもいたのだろうか」
まるで城の食堂のように広い。吊り下げられた大きな照明はキラキラ光り、美術品としての価値も高そうに見える。このまま見上げていては首が痛くなりそうだと頸をさすりながら、イェネドとともに机の間を通って中庭の見える窓際へと向かう。窓から目を逸らすように横を向けば、ちょうど二人を誘うように調理場の扉が開いていた。
「こっちだイェネド」
「アゥ!」
メイディアのいう通り、裏口から中庭につながっているようだった。しかし、その裏口というのが調理場の中だとは思わなかったが。
調理場からは、小窓を通して中庭の様子が見れるようになっていた。中は屋敷の中でも一番肩の力を抜けるというか、山小屋のような地味さがあった。
まるで中に入った瞬間、違う世界へ訪れたかのようである。シグムントは丸い石がいくつも埋め込まれた壁に触れながら、天井に吊るされたハーブや調理器具などを見上げていた。
「あら、甘い匂いに釣られてきたのかしら」
「アデリーナ嬢」
どうやら菓子を作っていたらしい。白いエプロンをつけたアデリーナが、出来上がったばかりの焼き菓子を持ち姿を現した。
アデリーナは焼きたてのそれを台におくと、調理台の内部に作られた戸棚を開けて紅茶の缶を取り出す。どうやらお茶の時間だったようだ。そのまま丸椅子をシグムントに勧めてきた。
「どうぞ座って。私のお城にお越しになったんだもの、おもてなしをしなくてはね」
「いやあこれは面映い。菓子の匂いに釣られてきた俺を快く受け入れてくれるとは」
「いいのよ。ワンちゃん、あなたはミルクでいいかしら」
「ァワヮ……」
イェネドも焼き菓子を食べるつもりだったらしい。丸皿に注がれたミルクを差し出されて、恨めしそうにシグムントを見上げる。しかし、その銀灰の瞳はキラキラと調理台の上に注がれていたので、一口の期待もできないかもしれない。
結局、シグムントの足元を温めるように伏せをして、イェネドはいい子を演じることにした。
「つかぬことをお伺いするが、アデリーナ嬢とメイディアは夫婦なのだろうか」
「あらまあ! 嫌だわ、そんなこと無いですよ。もう妙なこと言うんだからシグムントさんったら、びっくりしちゃったわ!」
「そうか。いや歳の差なんて愛の前では瑣末ごとだろうに、俺の知り合いでも随分と幼妻を取るものもいたからついな」
「そう? うふふ、でも嬉しいわ。こんなおばあちゃんでも少しは若く見えたのかしら」
「何を言う。立派なレディじゃないか。俺なんかよりも随分年下だろうに」
嫌だわシグムントさんったら。頬を染めて楽しげに笑うアデリーナは随分と嬉しそうだが、足元にいたイェネドは魔族だとバレやしないかと心臓が縮み上がるかと思ったという。確実に、イザルがいればグーで殴られていたことだろう。
「それにしても、ここは随分と大きな食堂だ。館の中も通路によっては絨毯の色が違っただろう? 随分と凝った作りだが彼の趣味なのか?」
「いいえ、先代の当主だった頃は言葉の通じない人たちを兵士として雇用もしていたから、色で通路を区切っていたのよ。旦那様がこの家の主人を務めるようになってからもう随分楽になったのよ。ほら、彼は仕事であまり屋敷に帰ってこないじゃない? だから、ほとんど好き勝手させてもらってるの」
「兵士……華やかな屋敷の見た目からは想像もつかぬな。ふむ、ならば実質主人はアデリーナ嬢ということか。確かに廊下に飾られた花や整えられた庭園なんかは女性の細やかさを感じるな」
アデリーナに分けてもらった焼き菓子に、勧められたクリームを乗せて食す。一緒に出された紅茶の爽やかな香りが、焼き菓子に混ぜ込まれた柑橘類の果肉と実に合う。シグムントは頬を膨らませながら頬張ると、にんまりと笑みを浮かべた。
「そんなにいい笑顔で召し上がってくれるなんて、作った甲斐があるわあ」
「きゃぅん……」
「あら、ワンちゃんも食べたいの? いいわよ、クリームもつけてあげましょうね」
「よかったなあイェネド。女性の手ずからのあーんなど、男の隅に置けぬな」
「シグムントさんったら本当に、私のことをお嬢さんのように扱うんだから」
気恥ずかしそうに笑うアデリーナは、おしゃべり相手が欲しかったのだろうか。そのままメイディアがいない間何をしているかやら、庭園の草木は時期によって面倒の見方が違うのやらを話してくれた。
その中でも、先代の当主の話は特に長かった。どうやらメイディアはオルセンシュタイン家では秘匿されて育ったらしく、アデリーナが言うにはろくな扱いを受けてこなかったのだという。
「彼が日の目を浴びたのは、ご家族が亡くなった後のことよ。今はもうオルセンシュタイン家が有名だったのは随分と昔。格式高い屋敷も見栄えだけはいいけれど、支えていたものは離散し、保有していた鉱山もいくつか手放してしまってね」
「ああ、そういえば第一騎士団の演習場もオルセンシュタイン家のものだったとか」
「そうなの。今は唯一保有している鉱山から取れる宝石で生計を立てているわね。今は時期じゃ無いけれど、もう少し暖かくなれば採集も再開されるわ」
「宝石に採集の時期があるのか?」
「え、ええ……ちょっと話しすぎちゃったわね。もうこれくらいにしておきましょう」
オッポを振り回して焼き菓子を食べ終えたイェネドが、からになった皿を前足で動かして二個目の催促をする。その様子に気を取られたのか、アデリーナはそれ以上話をすることはなかった。
「この後、イザルさんたちはどう過ごされるのかしら。何か聞いていらっしゃる?」
「ああ、なんでも金策……おおかた魔物の討伐報酬を狙いにいくんじゃないだろうか」
「まあ! ならオルセンシュタイン家の鉱山だけは避けていただかないと!」
「メイディアが話ているんじゃないか?」
「だといいのだけれど……まあ、今の時期は入山規制をしているから、きっと山の入り口までしか行けないわね」
そう言って肩をすくめるアデリーナ嬢は、取り出したハンカチにいくつか焼き菓子を包んでくれた。
「これは?」
「シグムントさん、先程屋敷の中を探検していたでしょう? ここにきたのも中庭に出るため。違う?」
「驚いた。アデリーナは聡明だな。うむ、俺は今からイェネドとおんもを探検しに行くつもりだったのだ」
「なら森の奥にある塔だけは言ってはダメよ、あそこはほら、お化けが出るから」
「なんと!」
先程のメイディアの言葉の続きはこれだったらしい。イェネドと二人顔を見合わせると、ぎこちなくアデリーナに向き直る。お化け。魔族が怖いものがダメと言いうのは笑い話にもならないが、シグムントはそう言った類のものにめっぽう弱かった。
「うむ、ご、ご忠告をありがとう。どらイェネド、あまりお嬢さんの時間を取るものではないな、うん。行くぞおんもに」
「きゃわん」
「べべべ、別に怖くなんてないさ! そういうものはな、こちらから手出しをしなければおそってはこぬのだから!」
「あらシグムントさん。中庭へ出るならこちらの扉ですよ」
「ふえい!」
ぎこちない動きをして扉に向かうシグムントに、イェネドの冷ややかな視線が刺さる。いつになくへっぴりごしな様子にフンスと呆れたため息を吐く様子は、もはやどちらが飼い主かわからない。イェネドはアデリーナが用意してくれたお菓子のカゴを口に咥えると、ちゃかちゃかとつめで石を鳴らすようにシグムントの背に続く。
「本当にお利口なわんちゃんねえ、イェネドちゃん」
「ではアデリーナ。しばしの別れだ」
「お夕飯までには帰ってきてくださいね、探検もほどほどに」
シグムントはどこからか取り出したお気に入りの棒を地べたにつくと、片手をあげてアデリーナの言葉に答えた。
中庭は薔薇だけが咲き誇る庭園というわけではなかったらしい。調理場を出ると、すぐ傍には料理に使うのだろうハーブや薬草が植えられていた。
「ウォウッ」
「む? しかしなあ、まあ気持ちもわからんでもないが……人型に戻ると人目につくぞ」
「クゥン……」
「むう……、少し探検して、人目につかなさそうなところならどうだろう。なあに、その姿は気楽だが二足歩行を忘れそうなのだろう? イェネドの気持ちは分からんでもないさ」
ワシワシとイェネドの頭を撫でる。パタパタと尾を振る様子から、どうやら納得してくれたらしい。空いている手に手綱を持つ。側から見れば犬の散歩をしているただの男だ。場所は人の家の庭園だが。
テラコッタタイルの道を歩きながら、シグムントは安心するように景色を見て回る。御伽話に出てきそうな木は丸く剪定され、その足元には花のついた低木が等間隔に植っている。上から見上げれば、迷路のような作りにもなっていそうだ。しかし、迷うことはないだろう。景色は見渡せるし、低木を跨いで隣の道へ行こうと思えば行ける。
まず、シグムントは中央に作られた女性像を目指すことにした。手にした瓶から溢れ出る水の行き先が気になったのだ。花に囲まれた道を歩いているだけで、随分と楽しい。イェネドも時折小走りになるようにシグムントを追い越しては、まだこないのかと振り向く。
どうやら加えているカゴの中のおやつを早く食べたいらしい。
「ほうら見えてきた。ああ、やっぱり噴水になっていたのか」
チャカチャカと小走りで駆け寄るイェネドが、尾を振りながら鼻先を水に突っ込む。どうやら中に観賞用の魚が飼われていたらしく、イェネドの不躾な訪問に慌てて逃げていく。
「ふむ、コインでも入れるかと思ったが、先に住んでいるものがおるようだなあ」
「ヘブシッ」
「向こうに東屋がある、あそこなら屋敷からも離れているし、人型になれるんじゃないか」
「ワンッ」
シグムントの指を指す方向には、森に面した場所に作られた東屋があった。優美な檻のような鉄柵が隔てているから、間違っても外に出ることはないだろう。
白薔薇が可憐に香りを運ぶ人工の小道を進んで向かう。花に囲まれる狭さも悪くないなと、シグムントは呑気なことを思った。
「ウゥオンッ! ワウアウァ!」
「ふむ、しかしそうは言ってもだぞ。あのアデリーナ嬢と婚姻関係にあったのなら、お前の出る幕というのは無いのではないか?」
「キュウウゥン」
ぴいぴいと鼻を鳴らすイェネドとシグムントは、屋敷の一階からかおる甘い匂いに釣られるように、長い廊下を歩いていた。大きな建物だ。一階だけで、すでに三回は角を曲がっている。廊下は色分けされた絨毯が敷かれており、壁紙もそれぞれ違う。それがどういう意味があるのかはさっぱりわからない。まるでそれぞれの縄張りを守るかのように、壁にかけられた大きな絵画の中で、厳しい顔つきの男が睨みを効かせていた。
「こっちだイェネド。この匂いは、なんの香りだろうなあ」
「ゥワンッ!」
大きな扉の前で立ち止まったシグムントが、ふんふんと鼻を引くつかせる。先ほども、己の身長よりも大きな扉を開いたばかりだ。この先もまた、色の違う絨毯の敷かれた廊下があるのだろうか。
よいせっと扉を開けば、どうやら大きな食堂のようだった。
「むぉ、っ! こっちから中庭が見えるぞイェネド。はああ、オルセンシュタイン家はたくさんの兵士でもいたのだろうか」
まるで城の食堂のように広い。吊り下げられた大きな照明はキラキラ光り、美術品としての価値も高そうに見える。このまま見上げていては首が痛くなりそうだと頸をさすりながら、イェネドとともに机の間を通って中庭の見える窓際へと向かう。窓から目を逸らすように横を向けば、ちょうど二人を誘うように調理場の扉が開いていた。
「こっちだイェネド」
「アゥ!」
メイディアのいう通り、裏口から中庭につながっているようだった。しかし、その裏口というのが調理場の中だとは思わなかったが。
調理場からは、小窓を通して中庭の様子が見れるようになっていた。中は屋敷の中でも一番肩の力を抜けるというか、山小屋のような地味さがあった。
まるで中に入った瞬間、違う世界へ訪れたかのようである。シグムントは丸い石がいくつも埋め込まれた壁に触れながら、天井に吊るされたハーブや調理器具などを見上げていた。
「あら、甘い匂いに釣られてきたのかしら」
「アデリーナ嬢」
どうやら菓子を作っていたらしい。白いエプロンをつけたアデリーナが、出来上がったばかりの焼き菓子を持ち姿を現した。
アデリーナは焼きたてのそれを台におくと、調理台の内部に作られた戸棚を開けて紅茶の缶を取り出す。どうやらお茶の時間だったようだ。そのまま丸椅子をシグムントに勧めてきた。
「どうぞ座って。私のお城にお越しになったんだもの、おもてなしをしなくてはね」
「いやあこれは面映い。菓子の匂いに釣られてきた俺を快く受け入れてくれるとは」
「いいのよ。ワンちゃん、あなたはミルクでいいかしら」
「ァワヮ……」
イェネドも焼き菓子を食べるつもりだったらしい。丸皿に注がれたミルクを差し出されて、恨めしそうにシグムントを見上げる。しかし、その銀灰の瞳はキラキラと調理台の上に注がれていたので、一口の期待もできないかもしれない。
結局、シグムントの足元を温めるように伏せをして、イェネドはいい子を演じることにした。
「つかぬことをお伺いするが、アデリーナ嬢とメイディアは夫婦なのだろうか」
「あらまあ! 嫌だわ、そんなこと無いですよ。もう妙なこと言うんだからシグムントさんったら、びっくりしちゃったわ!」
「そうか。いや歳の差なんて愛の前では瑣末ごとだろうに、俺の知り合いでも随分と幼妻を取るものもいたからついな」
「そう? うふふ、でも嬉しいわ。こんなおばあちゃんでも少しは若く見えたのかしら」
「何を言う。立派なレディじゃないか。俺なんかよりも随分年下だろうに」
嫌だわシグムントさんったら。頬を染めて楽しげに笑うアデリーナは随分と嬉しそうだが、足元にいたイェネドは魔族だとバレやしないかと心臓が縮み上がるかと思ったという。確実に、イザルがいればグーで殴られていたことだろう。
「それにしても、ここは随分と大きな食堂だ。館の中も通路によっては絨毯の色が違っただろう? 随分と凝った作りだが彼の趣味なのか?」
「いいえ、先代の当主だった頃は言葉の通じない人たちを兵士として雇用もしていたから、色で通路を区切っていたのよ。旦那様がこの家の主人を務めるようになってからもう随分楽になったのよ。ほら、彼は仕事であまり屋敷に帰ってこないじゃない? だから、ほとんど好き勝手させてもらってるの」
「兵士……華やかな屋敷の見た目からは想像もつかぬな。ふむ、ならば実質主人はアデリーナ嬢ということか。確かに廊下に飾られた花や整えられた庭園なんかは女性の細やかさを感じるな」
アデリーナに分けてもらった焼き菓子に、勧められたクリームを乗せて食す。一緒に出された紅茶の爽やかな香りが、焼き菓子に混ぜ込まれた柑橘類の果肉と実に合う。シグムントは頬を膨らませながら頬張ると、にんまりと笑みを浮かべた。
「そんなにいい笑顔で召し上がってくれるなんて、作った甲斐があるわあ」
「きゃぅん……」
「あら、ワンちゃんも食べたいの? いいわよ、クリームもつけてあげましょうね」
「よかったなあイェネド。女性の手ずからのあーんなど、男の隅に置けぬな」
「シグムントさんったら本当に、私のことをお嬢さんのように扱うんだから」
気恥ずかしそうに笑うアデリーナは、おしゃべり相手が欲しかったのだろうか。そのままメイディアがいない間何をしているかやら、庭園の草木は時期によって面倒の見方が違うのやらを話してくれた。
その中でも、先代の当主の話は特に長かった。どうやらメイディアはオルセンシュタイン家では秘匿されて育ったらしく、アデリーナが言うにはろくな扱いを受けてこなかったのだという。
「彼が日の目を浴びたのは、ご家族が亡くなった後のことよ。今はもうオルセンシュタイン家が有名だったのは随分と昔。格式高い屋敷も見栄えだけはいいけれど、支えていたものは離散し、保有していた鉱山もいくつか手放してしまってね」
「ああ、そういえば第一騎士団の演習場もオルセンシュタイン家のものだったとか」
「そうなの。今は唯一保有している鉱山から取れる宝石で生計を立てているわね。今は時期じゃ無いけれど、もう少し暖かくなれば採集も再開されるわ」
「宝石に採集の時期があるのか?」
「え、ええ……ちょっと話しすぎちゃったわね。もうこれくらいにしておきましょう」
オッポを振り回して焼き菓子を食べ終えたイェネドが、からになった皿を前足で動かして二個目の催促をする。その様子に気を取られたのか、アデリーナはそれ以上話をすることはなかった。
「この後、イザルさんたちはどう過ごされるのかしら。何か聞いていらっしゃる?」
「ああ、なんでも金策……おおかた魔物の討伐報酬を狙いにいくんじゃないだろうか」
「まあ! ならオルセンシュタイン家の鉱山だけは避けていただかないと!」
「メイディアが話ているんじゃないか?」
「だといいのだけれど……まあ、今の時期は入山規制をしているから、きっと山の入り口までしか行けないわね」
そう言って肩をすくめるアデリーナ嬢は、取り出したハンカチにいくつか焼き菓子を包んでくれた。
「これは?」
「シグムントさん、先程屋敷の中を探検していたでしょう? ここにきたのも中庭に出るため。違う?」
「驚いた。アデリーナは聡明だな。うむ、俺は今からイェネドとおんもを探検しに行くつもりだったのだ」
「なら森の奥にある塔だけは言ってはダメよ、あそこはほら、お化けが出るから」
「なんと!」
先程のメイディアの言葉の続きはこれだったらしい。イェネドと二人顔を見合わせると、ぎこちなくアデリーナに向き直る。お化け。魔族が怖いものがダメと言いうのは笑い話にもならないが、シグムントはそう言った類のものにめっぽう弱かった。
「うむ、ご、ご忠告をありがとう。どらイェネド、あまりお嬢さんの時間を取るものではないな、うん。行くぞおんもに」
「きゃわん」
「べべべ、別に怖くなんてないさ! そういうものはな、こちらから手出しをしなければおそってはこぬのだから!」
「あらシグムントさん。中庭へ出るならこちらの扉ですよ」
「ふえい!」
ぎこちない動きをして扉に向かうシグムントに、イェネドの冷ややかな視線が刺さる。いつになくへっぴりごしな様子にフンスと呆れたため息を吐く様子は、もはやどちらが飼い主かわからない。イェネドはアデリーナが用意してくれたお菓子のカゴを口に咥えると、ちゃかちゃかとつめで石を鳴らすようにシグムントの背に続く。
「本当にお利口なわんちゃんねえ、イェネドちゃん」
「ではアデリーナ。しばしの別れだ」
「お夕飯までには帰ってきてくださいね、探検もほどほどに」
シグムントはどこからか取り出したお気に入りの棒を地べたにつくと、片手をあげてアデリーナの言葉に答えた。
中庭は薔薇だけが咲き誇る庭園というわけではなかったらしい。調理場を出ると、すぐ傍には料理に使うのだろうハーブや薬草が植えられていた。
「ウォウッ」
「む? しかしなあ、まあ気持ちもわからんでもないが……人型に戻ると人目につくぞ」
「クゥン……」
「むう……、少し探検して、人目につかなさそうなところならどうだろう。なあに、その姿は気楽だが二足歩行を忘れそうなのだろう? イェネドの気持ちは分からんでもないさ」
ワシワシとイェネドの頭を撫でる。パタパタと尾を振る様子から、どうやら納得してくれたらしい。空いている手に手綱を持つ。側から見れば犬の散歩をしているただの男だ。場所は人の家の庭園だが。
テラコッタタイルの道を歩きながら、シグムントは安心するように景色を見て回る。御伽話に出てきそうな木は丸く剪定され、その足元には花のついた低木が等間隔に植っている。上から見上げれば、迷路のような作りにもなっていそうだ。しかし、迷うことはないだろう。景色は見渡せるし、低木を跨いで隣の道へ行こうと思えば行ける。
まず、シグムントは中央に作られた女性像を目指すことにした。手にした瓶から溢れ出る水の行き先が気になったのだ。花に囲まれた道を歩いているだけで、随分と楽しい。イェネドも時折小走りになるようにシグムントを追い越しては、まだこないのかと振り向く。
どうやら加えているカゴの中のおやつを早く食べたいらしい。
「ほうら見えてきた。ああ、やっぱり噴水になっていたのか」
チャカチャカと小走りで駆け寄るイェネドが、尾を振りながら鼻先を水に突っ込む。どうやら中に観賞用の魚が飼われていたらしく、イェネドの不躾な訪問に慌てて逃げていく。
「ふむ、コインでも入れるかと思ったが、先に住んでいるものがおるようだなあ」
「ヘブシッ」
「向こうに東屋がある、あそこなら屋敷からも離れているし、人型になれるんじゃないか」
「ワンッ」
シグムントの指を指す方向には、森に面した場所に作られた東屋があった。優美な檻のような鉄柵が隔てているから、間違っても外に出ることはないだろう。
白薔薇が可憐に香りを運ぶ人工の小道を進んで向かう。花に囲まれる狭さも悪くないなと、シグムントは呑気なことを思った。
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