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失った語彙と得た素直

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 熱い。体温が高いのだろうか。体はなんだかすっかりと拘束されており、身動きが取れない。なんでかなあ、と薄ぼんやりとした思考で、その身を閉じ込める力強い腕にペタペタと触れた。
 
 腹の中がなんともくちく、天嘉はまどろみの中、ゆっくりと己の腹に手を伸ばした。まるでそこは幼児のようにぽこりと膨らみ、薄い腹の皮膚が伸ばされていて、少しだけ張っている。
 
「おも、い…」
 
 もぞり、体を閉じ込めるように横断する蘇芳の腕をどかそうとしたのだが、どうにもうまくいかずに数分で諦めた。天嘉は、ならばせめて寝返りくらいはと身を捩ろうとして、細い悲鳴を上げた。
 
「ひ、ぁっ…、」
 
 ぞろりと背筋を甘く刺激されたかのように、体の力が抜けてしまった。頭に疑問符を散らしながら、恐る恐る尻の間に指を滑らせる。
 縁を引き伸ばすようにして、そこには確かに蘇芳の性器が入ったままになっていた。
 
「ん…、天嘉…」
「ひょわ…っ…、」
 
 後ろから、離れるなといわんばかりにぐいと引き寄せられる。尻に冷たい感触がして、ああ、また自分は行為中に粗相をしたのだと自覚をすると、顔から火が出るかと思った。
 
「すぉ…、蘇芳…、だめ、なあ起きて…」
「ん…、」
「腹の…、ちんこ抜いて、起きて蘇芳…」
「なぜだ…、まだ、眠いのだ…」
「うぁ、っ…ね、寝ても、いいからあ…、」
 
 腹を抑えられ、尻と結合部の僅かな隙間からぶぴゅりと白濁を漏らす。重力に負けて太ももを伝い染みを作った感覚に、じわりと耳を赤らめた天嘉を見て、蘇芳は悪戯に腰を揺らした。
 
「朝から、なんだか心地がいいと思えば、」
「は、ぁ…ッ、や、やだ…あ、や、やだっ」
「朝からこなれておる。おはよう、」
「ぉはよ、んぁっ、も、ちんちん、やだ…っ」
 
 ひぐひぐとぐずりだした天嘉に、蘇芳がゆっくりと性器を引き抜いた。
 こめかみに口付け、腕に閉じ込めて乱れていた天嘉の体をそっと撫でる。腹をゆるく押してやれば、恥ずかしい音を立てながら、叩きつけて吸収しきれなかった分の己の精液が尻から吹きこぼれた。

「天嘉、泣くな。お前がそうなると俺は止まらん、また貪られたくなければ、今は大人しくしていろ。」
「やだ…、うん…」

 まるで幼子のようにぐすぐすと愚図る天嘉の身体を抱き上げると、蘇芳は不精にも片足で襖を乱暴に開く。
 どうやらすこし肌寒さを感じる早朝のようであった。

「蘇芳、」
「なんだ。」
「昨日のことだけど、 」
「……、」

 天嘉のその一言で、抱く手の力が少しだけ強くなった。なんだろう、そう思って顔を見上げようとしたのだが、抱き直されたので慌てで首に縋り付いた。
 ちらりと目に入った蘇芳の耳は仄かに赤らみ、天嘉はなるほど照れているのかとようやっと理解した。
 どうやら自制出来ずに獣化したのが恥ずかしかったらしい。天嘉は気にしていないのに、蘇芳にとってはソレは早漏と同じくらい恥ずかしいことだった。

 かわいい。何となくそう思って、抱きつく腕を強めながら頬を寄せると、なだめるようにそっと背を撫でられた。


 しばらく大人しく抱きついていれば、漸く露天についたらしい。天嘉は蘇芳によってそっとスツール代わりの平たい岩場に腰掛けさせられると、しゃがみこんだ蘇芳の手ずから優しくかけ湯を施された。

 下肢の汚れを流していく。散々鳴かされて、激しく抱かれたのだ。天嘉の目についたのは太腿や腰についた蘇芳の手のひらのあと。なんだかそれがひどくやらしく見えてしまい、少しだけ意識してしまった。

「蘇芳、」
「…あまり、幼子のように名前を呼ぶな。自制が効かなくなるだろう。」
「ごめん…」

 苦笑い混じりにそんなことを言った蘇芳は、そっと労るように天嘉の頬に触れる。天嘉はなんだか、昨日の情事を引きずっているのかわからないが、無性に甘えたいというかなんというか。
 もう行為を行うという気力も体力も残っていないのに、蘇芳にくっつきたくてしかたがなかった。
 我ながら、なんという雌だろう。
 そんなこと、はしたなくていけない。わかっているのに体のどこかは触れていたい。天嘉は蘇芳の顔から目をそらすと、きゅうっと黒髪の先を握りしめた。

「…構わないが、それは手綱とはちがうぞ天嘉。」
「うん、」
「……もしかして、甘えているのか?」
「わかんね」
「わかんねえとは…」

 だって、甘えたくても甘やかされているから、天嘉のこれはなんていう心情だか口に出来るすべがない。
 蘇芳はマイペースだが、振る舞いはいわゆる、現代で言うスパダリと言うやつで、基本的には天嘉には甘い。甘いからこそ、昨夜のように怒られるとすごく怖い。
 だから、天嘉は思わず蘇芳に縋り付いて嫌いになんねえでとみっともなく泣いたのだ。

「わかんねえの…、俺バカだから、この胸のざわざわ…なんて言ったらいい?」
「ざわざわ?」
「うん、」

 ちゃぷりと軽やかな水面の音がして、体をかけ湯で馴染ませた天嘉を、蘇芳がゆっくりと湯船に入れる。天嘉はされるがままになりながら、なんだか介護みたいだなあと思った。

「不安なのか?」
「不安…不安なの、かな…」

 湯船の中。蘇芳の膝に収まりながら、天嘉の手はしっかりと黒髪を握りしめる。
 発する言葉とは裏腹に、不思議と凪いだ目をしている天嘉の頭を撫でるように肩に凭れ掛からせると、蘇芳はそっと髪に口付けた。
 ぴたりと首筋にくっつけられた天嘉の小さな顔。鼻先が首筋に当たるのがくすぐったい。

「怒られたの、ショックだったのかもしれね、自業自得だけど…びっくりした。」
「しょっく…?」
「衝撃的な?」
「ああ、理解した。」

 手のひらで掬った湯を、そっと天嘉の肩にかけてやる。大きな手が労るように肩を撫でるから、天嘉はお腹も撫でて欲しくなってしまい、ついその手を取って腹に触れさせた。

「あと、馬鹿だったなって。蘇芳がいるのに無茶してさ、」
「…反省はしているのだろう、俺も叩いてしまったしな。もう蒸し返さんでもいいだろう。」
「蒸し返すってか、言葉にして、何が言いたいのか整理している感じ?」
「なるほど、なら俺は最後まで聞いていよう。」
「ありがと。」

 なんの。そう言って蘇芳は天嘉の話が自己嫌悪からくるものではないと理解すると、小さく笑った。
 まったくこの嫁は本当に律儀で、胸に凝った蟠りもこうして吐き出して、天嘉なりに蘇芳に教えようとしてくるのが、素直で本当に可愛いと思う。 
うーん、と小さく逡巡する天嘉の手が、蘇芳の指に絡まった。
 膨らんだ腹の上、大きな蘇芳の手のひらを簡単に動けなくしてしまう天嘉の小さな掌が愛おしい。

「くっついてたい、」
「うん?」
「…怒られて、嫌われっかもってチキって、どこにもいかねえでってなってんのかも。」
「ちきって」
「怯えてってこと。」
「なるほど。」

 天嘉の妙竹林な言い回しに阻まれながら、蘇芳がその言葉を振り返る。
 天嘉は無言でくりくりと蘇芳の指を弄くりながら、額を首筋にくっつけておとなしい。

 そうか、天嘉は俺に怒られて、嫌われるかと思ったのか。ありえない話だ。天狗は番と離縁することはまずない。
 妖怪の中でもっとも執着心が強く、そして我も強い。番が見つかれば拐かし、一生囲ったまま出さないものもいると聞く。
 蘇芳だってそうだ。天嘉を拾い、己の番とわかった途端に孕ませた。
 相手の言い分があろうとも、長い年月添い遂げるのである。だからこそずっと嫌いでいる方が大変だ。じっくり甘やかし、快楽を教え、そして己の雌とさせた。理解し合えなければ体に教え込めばいい。これが天狗の愛し方であった。

 蘇芳は愛している、天嘉のことを何よりも愛している。ややこの母として早い段階で受け入れ、己の愛も受け取ってくれただけでも充分なのに、今はこうして腕の中で、己の過ちで蘇芳のために心を砕いているのだとわかると、なんだかとても堪らない。
 しかも、くっついていたい。だと。己の不安を埋めるための選択肢に、この蘇芳を指名した。それは何という甘美で、満たされる言葉だろう。

 嬉しい。口元がニヤけるくらい嬉しいのだ。
 思わず抱く手に力が入ったのに気付いたのか、天嘉がゆるゆると顔を上げた。

「…顔すげえな」
「自覚している。」
「…お前とさ、こうしてるとおちつく…」
「あまり、喜ばせないでくれないか…」
「素直になってみただけだけど、お好みではねえの?」
「実に宜しい…」

 そんなやり取りをしながら、天嘉の声に楽気な色が加わった。翻弄されている。この人の雌に、この大天狗が翻弄されているのだ。
 くいくいと髪を引っ張られ、そちらを向けば天嘉からおずおずと口付けをされる。
 ちぅ、軽く吸い付くだけの幼い口付けだ。
 舌を絡めた欲混じりの口付けも大変に好みであるが、濡れた琥珀に見つめられ、照れくさそうに唇を吸われるのも大変に宜しい。

「天嘉。」
「今日は、いい。」
「そのいいは、こういうことか?」

 柔らかな尻肉を揉みながら、額を重ねる。
 ピクリと反応した細い体が、ゆるゆると引っかき傷になってしまった蘇芳の背に伸ばされた。

「やらしいのはもうやだ…」
「なんと、」
「でも、今日は一日くっついてろ。」
「なんと!!」

 天嘉の過去にない甘えたな言葉に、思わずバサリと生やしてしまった金の翼。
 バシャッと激しく水面を揺らして大きな翼が現れたものだから、天嘉は目を丸くして固まった。
 蘇芳からしてみれば、興奮して生やすこれらは誤射と同じ意味をもつ。
 シュルシュルと居たたまれなさそうに慎ましくなって消えた翼を見て、天嘉は思わず吹き出した。



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