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第三章 王都攻防編
新しいものたちに囲まれて④
しおりを挟む「って、プリ―ニオもダシャもあれだけ大きな声で話してたら聞こえちゃうって。下で、『そんなことできるわけない』『そうですよね』とか言ってるんだから」
そんなことをつぶやきながら、カトリーナは一人王都を歩いていた。
子爵家の令嬢だったころから、王都の市民街は庭のようなものだ。貴族街は、正直リクライネン家の財政では家を持てなかったし、歩いていても場違いなだけ。カトリーナは、慣れ親しんだ王都の街を颯爽と歩いていた。
「一人で実家に顔を出すと……もしかしたら怒られるかも?」
現状を冷静に分析すると、実家に顔を出すのは別の日がよさそうだ。昔とは立場が違うのだから。
とりあえず、かつての知り合い達くらいには挨拶に行きたい。
そう思っていたカトリーナは下町の商店街をぷらぷらと歩いていた。
すると、どこからともなく声がかかる。
「お? 嬢ちゃんじゃねぇか! 久しぶりだな!」
カトリーナが視線を向けると、そこにはなじみの肉屋の主人が手を振っていた。
「あら、おじさん、久しぶりね。元気だった?」
「元気じゃねぇと店なんかできねぇよ! それよりも、聞いたぜ。突然公爵家に嫁いじまったんだってな!」
「ええ。でも、また王都で生活するようになったからいろいろとよろしくね」
「まかせろってんだ! で、いつもの……はいらねぇか。もう金はあるんだもんな!」
「どうしようかしら……懐かしいし、もらってもいい?」
カトリーナがそういってほほ笑むと、肉屋の主人もにかっと歯を見せて笑った。
「お! まだ公爵家にかぶれてねぇな!? どんと来やがれ! すぐ用意してやるよ!」
「おねがいね」
そんなやり取りをしていると、子爵家のころを思い出す。
婆やとの買い出しや、一人でのお出かけなど、懐かしいことがまるで遠い昔のように思い起こされる。
カトリーナは肉屋の主人にお金を渡して手を振ると、自然と顔が綻んだ。
その後も、たびたび声がかけられた。
次に出会ったのは、花屋のおばさんだ。
「あら、リクライネン家の……っと、今は違うんだったわね。えっと、公爵夫人、ごきげんうるわしゅう……こんなんでよかったかい?」
「やめてよ、おばさん。私は今も昔もカトリーナであることは変わりないんだから。いつも通りでいいの」
「ははっ、なんだい。噂されてるのとはやっぱり違うじゃないか。うちの人も適当なこといって」
「噂?」
花屋のおばさんの言葉に、カトリーナは首を傾げた。
「ああ! あんたが、金目当てに公爵家に嫁入りして成金令嬢になっちゃったってもっぱらの噂だよ!」
カトリーナは思わず苦笑いを浮かべる。
「まあ、お金目当ては間違いないんだけどね」
「でも貴族様みたいにお高くとまってないのは今まで通りさ! これからもそのままでよろしくしたいところだね!」
「うん、ありがとう!」
その後も、いくつかのお店の人たちとおしゃべりをしながら、品物を買ったり雑談したりしながら時間を過ごした。
概ね、カトリーナの噂は一様だったが、前と変わらず接してくれることにうれしさを覚えていた。
そうこうしていると、じきに日も落ちてくる。
そろそろ帰ろうかというその時、カトリーナの視界にあるものが飛び込んできた。よくよく見ると、大通りの向こう側に大柄の男が立っているのが見えた。
周囲の人々は、その男に近寄ろうとはしない。
なぜなら、その男の表情は殺気立っており、みるからに不機嫌だったからだ。しかも、厳つい容姿と大柄な体。纏っているのは鎧であり、誰もが避けたい様相であった。
息は荒く、ぜぇぜぇとした音が聞こえる。
カトリーナはそんな男を見て、思わず顔をしかめた。
「やばっ」
「カトリーナ」
その男は彼女の名をよび近づいてくる。
一歩、一歩近づいてくるごとに、その圧力は増していった。
気まずさが頂点になったカトリーナは、ちらりと男の様子を窺ったが、やはり怖い。ただただ怖かった。
「君は……一体何を考えているんだ。一人で王都を歩き回るなんて危ないだろう」
「えっとね? 私、子爵家の頃は買い出しとか一人で行ってたし、慣れてるから大丈夫なのよ! 道をしっかり覚えているし、治安もいいし、それに――」
「カトリーナ!!」
言い訳を始めたカトリーナを、男は声をあげて制した。
そして、無言でじっとカトリーナを見つめる。いや、睨んでいた。
その無言の圧に耐えきれなくなったカトリーナは観念したのか、手をもじもじさせながら呟いた。
「ご、ごめんなさい。バルト様」
「……わかればいい。だが、心配したんだぞ? 屋敷に帰ったら、君が一人でいなくなったと聞いたから」
バルトはそういうと、カトリーナの小さな手を、その大きな手で包み込む。
突然のスキンシップに、カトリーナは顔を赤らめた。
「バ、バルト様?」
「罰として、帰るまではこのままだ。異議は認めない」
「はい……」
怒られたカトリーナは当初こそしゅんとしていたが、屋敷に帰る頃にはどこか幸せな気持ちになっていたカトリーナ。
緩んだ表情を見られて、ダシャやプリ―ニオにしこたま怒られたのはまた別の話である。
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