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第三章 王都攻防編
新しいものたちに囲まれて⑤
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「プリーニオ。明日から、カトリーナに誰かしら見張りを付けてくれ」
「はい、かしこまりました」
夕食の席。
バルトとプリ―ニオの間でそんな約定が結ばれる。
それを横で聞いていたカトリーナは、咄嗟に抗議の声をあげた。
「バルト様! それは、私に監視をつけるってことですか!?」
カトリーナは勢いよく立ち上がり、その赤い髪を振り乱す。
「ああ。申し訳ないが、さすがにカトリーナが一人で王都を歩き回ることは許容できない」
「いままでずっと一人で出歩いていましたけど……」
「昔と今では立場がちがう。君は公爵夫人になったんだ。君を利用して何かを企む人間がいないとも限らない」
「そうだけど……」
カトリーナは、むっとしながらバルトをジト目でみつめた。
バルトはバルトでどこか居心地が悪そうだが、その発言を覆すことはない。
王都にきて初日の夕食は、残念ながら険悪な雰囲気で幕を開けていた。
プリ―ニオは苦笑いを浮かべながら、ダシャは当然でしょうという風に澄ましながら横に立っている。
給仕をしているリリの顔はやたら険しく、ララは困ったように眉尻を下げていた。セヴェリーノは別の仕事をやっているのだろう。夕食の席にはいかなかった。
「それにしたって、ずっと見張りっていうのは横暴よ! 私にだって一人になりたいときはあるし」
「それは、公爵夫人としての立場を理解できたときだ。今は、その時じゃない」
「じゃあ、その時はいつになったらくるんですか!? 期限もないのに頑張れません」
「それは……俺にもわからんが」
徐々に互いにピリピリし始めたその時、プリ―ニオがそっと口を挟む。
「では、こうしたらいかがでしょう? バルト様が安心できるとき……そうですね。では、この屋敷の使用人、全員がカトリーナ様を公爵夫人としてふさわしい振る舞いができていると断言できたら、常時見張りをつけることをやめる、というのは」
「なっ――!?」
その言葉にカトリーナは絶句した。
というのも、カトリーナ自身、公爵夫人としてやっていくことそのものに不安があり、ふさわしい人間になどなれるとは思っていなかったからだ。今まで貧乏子爵家で平民同然の生活をおくってきた自分に何を求めるのか。そんな困惑が彼女の心に膨れ上がる。
それに、一緒にいるダシャや今まで自分をみてきたプリ―ニオが公爵夫人としてふさわしいなど思ってくれるとは思っていなかった。
今までやってきたことを思うと当然である。
加えて、リリとララに至ってはカトリーナを好いてないような態度を示しており、そのこともありカトリーナにはプリ―ニオが掲げた条件のハードルが高すぎるとしか思えなかった。
対して、バルトは納得がいったのか、にやりと笑みを浮かべた。
「それはいいな! 確かに、いつもいる使用人達がそういうのであれば、俺も無理は言わない。そうするとしよう」
「カトリーナ様が公爵夫人にふさわしい……ふふっ」
「何笑ってるのよ、ダシャ! あとでひどいわよ!」
カトリーナの後ろで噴き出しているダシャにカトリーナは突っ込みをいれる。
高まりつつあった険悪な空気は、すこしだけ緩み、カトリーナは拗ねたように頬を膨らませた。
「もう……プリ―ニオもダシャもひどいんだから……。そんなに信用ないかなぁ、私」
そんな呟きには、バルト一同皆が心の中でそろって「ない」と断言したことは彼女は知らない。
今までしでかしたことを思い出してほしいと皆が思っていた。
「そうしましたら、こうしましょう。リリとララ。二人は、仕事をダシャと分担しつつカトリーナ様の傍にいなさい。二人のうち、どちらかは必ず目を離さないこと。もちろん、どうしても難しい時はダシャと分担してもよいが、基本的にはそれは二人の仕事だ。わかったな?」
プリ―ニオの言葉に、リリとララは目を見開いた。
「執事長!? どうして私達が!」
「どうして? お前たちはラフォン家の使用人だろう。それに、いまだダシャが担っている仕事の割合が多すぎるからな。そこにカトリーナ様の監視を加えたらダシャでも難しいだろう。二人はまだ見習いのようなものだ。仕えるべき方がどのようなお人なのか、見極めるいい機会でもある」
「でも……」
「もしできないなら、やめてもいい。私は止めはしないよ」
プリ―ニオは笑顔で厳しいことを二人に突き付けた。
あまりカトリーナなどには見せない雰囲気に、すこしだけ怖いとおもうカトリーナだった。
リリとララも、その言葉に嘘はないと悟ったのだろう。
リリは、両手を握りしめながら。ララは視線を逸らしながら頭を下げる。
「はい、かしこまりました。奥様、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
そんな嫌々な態度を出されても。
どこか憂鬱な気持ちを抱きながら、カトリーナはぎこちない笑みを浮かべた。
「ええ、こちらこそお願いね。苦労をかけるわ」
王都に来た初日からどうなることやらとため息をそっと吐く。
カトリーナを見下ろす月は、どんよりとした雲に隠れてすぐに見えなくなった。
「はい、かしこまりました」
夕食の席。
バルトとプリ―ニオの間でそんな約定が結ばれる。
それを横で聞いていたカトリーナは、咄嗟に抗議の声をあげた。
「バルト様! それは、私に監視をつけるってことですか!?」
カトリーナは勢いよく立ち上がり、その赤い髪を振り乱す。
「ああ。申し訳ないが、さすがにカトリーナが一人で王都を歩き回ることは許容できない」
「いままでずっと一人で出歩いていましたけど……」
「昔と今では立場がちがう。君は公爵夫人になったんだ。君を利用して何かを企む人間がいないとも限らない」
「そうだけど……」
カトリーナは、むっとしながらバルトをジト目でみつめた。
バルトはバルトでどこか居心地が悪そうだが、その発言を覆すことはない。
王都にきて初日の夕食は、残念ながら険悪な雰囲気で幕を開けていた。
プリ―ニオは苦笑いを浮かべながら、ダシャは当然でしょうという風に澄ましながら横に立っている。
給仕をしているリリの顔はやたら険しく、ララは困ったように眉尻を下げていた。セヴェリーノは別の仕事をやっているのだろう。夕食の席にはいかなかった。
「それにしたって、ずっと見張りっていうのは横暴よ! 私にだって一人になりたいときはあるし」
「それは、公爵夫人としての立場を理解できたときだ。今は、その時じゃない」
「じゃあ、その時はいつになったらくるんですか!? 期限もないのに頑張れません」
「それは……俺にもわからんが」
徐々に互いにピリピリし始めたその時、プリ―ニオがそっと口を挟む。
「では、こうしたらいかがでしょう? バルト様が安心できるとき……そうですね。では、この屋敷の使用人、全員がカトリーナ様を公爵夫人としてふさわしい振る舞いができていると断言できたら、常時見張りをつけることをやめる、というのは」
「なっ――!?」
その言葉にカトリーナは絶句した。
というのも、カトリーナ自身、公爵夫人としてやっていくことそのものに不安があり、ふさわしい人間になどなれるとは思っていなかったからだ。今まで貧乏子爵家で平民同然の生活をおくってきた自分に何を求めるのか。そんな困惑が彼女の心に膨れ上がる。
それに、一緒にいるダシャや今まで自分をみてきたプリ―ニオが公爵夫人としてふさわしいなど思ってくれるとは思っていなかった。
今までやってきたことを思うと当然である。
加えて、リリとララに至ってはカトリーナを好いてないような態度を示しており、そのこともありカトリーナにはプリ―ニオが掲げた条件のハードルが高すぎるとしか思えなかった。
対して、バルトは納得がいったのか、にやりと笑みを浮かべた。
「それはいいな! 確かに、いつもいる使用人達がそういうのであれば、俺も無理は言わない。そうするとしよう」
「カトリーナ様が公爵夫人にふさわしい……ふふっ」
「何笑ってるのよ、ダシャ! あとでひどいわよ!」
カトリーナの後ろで噴き出しているダシャにカトリーナは突っ込みをいれる。
高まりつつあった険悪な空気は、すこしだけ緩み、カトリーナは拗ねたように頬を膨らませた。
「もう……プリ―ニオもダシャもひどいんだから……。そんなに信用ないかなぁ、私」
そんな呟きには、バルト一同皆が心の中でそろって「ない」と断言したことは彼女は知らない。
今までしでかしたことを思い出してほしいと皆が思っていた。
「そうしましたら、こうしましょう。リリとララ。二人は、仕事をダシャと分担しつつカトリーナ様の傍にいなさい。二人のうち、どちらかは必ず目を離さないこと。もちろん、どうしても難しい時はダシャと分担してもよいが、基本的にはそれは二人の仕事だ。わかったな?」
プリ―ニオの言葉に、リリとララは目を見開いた。
「執事長!? どうして私達が!」
「どうして? お前たちはラフォン家の使用人だろう。それに、いまだダシャが担っている仕事の割合が多すぎるからな。そこにカトリーナ様の監視を加えたらダシャでも難しいだろう。二人はまだ見習いのようなものだ。仕えるべき方がどのようなお人なのか、見極めるいい機会でもある」
「でも……」
「もしできないなら、やめてもいい。私は止めはしないよ」
プリ―ニオは笑顔で厳しいことを二人に突き付けた。
あまりカトリーナなどには見せない雰囲気に、すこしだけ怖いとおもうカトリーナだった。
リリとララも、その言葉に嘘はないと悟ったのだろう。
リリは、両手を握りしめながら。ララは視線を逸らしながら頭を下げる。
「はい、かしこまりました。奥様、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
そんな嫌々な態度を出されても。
どこか憂鬱な気持ちを抱きながら、カトリーナはぎこちない笑みを浮かべた。
「ええ、こちらこそお願いね。苦労をかけるわ」
王都に来た初日からどうなることやらとため息をそっと吐く。
カトリーナを見下ろす月は、どんよりとした雲に隠れてすぐに見えなくなった。
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