婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

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第三章 王都攻防編

貴族の戦い⑤

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 一晩経って、ようやく落ち着いたカトリーナは、仕事に行くというバルトを見送った。
 バルトは行くのを相当渋ったのだが、そこは責任のある副隊長。休むわけにはいかなかったのだ。
 
 代わりに、護身用や非常連絡用の高価な魔道具をいくつも持たせ、何度も振り返りながら仕事に向かっていった。

「バルト様ったら。こんなにたくさんあっても持ち歩けないのに」

 両手いっぱいになった魔道具を見ながら、彼女はほほ笑んでいる。
 その横から、ダシャとリリ、ララはやってきて声をかけた。

「カトリーナ様。朝の日課はおしまいですか?」
「あ、ダシャ。お疲れ様。今終わったところだけど、見てよ。これ。バルト様が置いてったのだけど」
「なんですか。その大量の魔道具は……。全く。バルト様も心配性ですね」
「そうなの。でもちょっぴり嬉しかったり」

 カトリーナとダシャは互いに目配せをしてほほ笑むと、ようやく本題へと入っていく。

「それはそうと、明後日に開かれる夜会の連絡がございました。穏健派に属する家々の女性が集まる夜会になります」
「女性だけの?」
「ええ。なんでも、穏健派のつながりを強くしようとある伯爵家のご婦人が発起されたのだとか。この度、バルト様とご結婚なされたカトリーナ様にもぜひにと……こちらが招待状になります」

 それを受け取ったカトリーナは静かに読み込んでいく。
 その表情は、どんどんと険しくなっていった。

「その伯爵家って……かなりの大物?」
「それはもう。現在の宰相の奥様がいらっしゃるそうですよ」
「それはまた……」

 そう呟きながら、頭を抱えているカトリーナにララがそっと紅茶を差し出した。

「奥様。紅茶でございます」
「ありがとう、ララ。それより、どうして二人ともここにいるのかしら? 何かあるの?」

 キョトンとした顔で問いかけたカトリーナの態度に、リリはむっとして、ララは可愛らしく怒る。

「何言ってるんですか! もう夜会は明後日ですよ? 奥様のドレスや装飾品の準備、そのお体を磨いたりと時間がいくらたっても足りません!」
「どうしてそんなこともわからないのよ……」
「リリ。そんなこと言わないの!」

 リリのボヤキは聞かなかったことにしながら、カトリーナはやはりキョトンとしたまま首をかしげている。

「でも……ドレスならそこにあるし、装飾品だって……。っていうか、磨くとかいいのよ。ちゃんと毎日洗ってるのよ?」

 何かを言おうとしたララの横から、リリがずいっと入ってきてカトリーナの目の前に立つ。
 未だ呆けているカトリーナの顔を覗き込むように睨みつけると、リリはどこか冷たい声で言い放った。

「奥様が以前いた場所は子爵家ですよね? でも、ここは公爵家です。その家にふさわしい格というものがございます。ドレスも新調するには間に合いませんが、おつくり直しが必要ですし、ほかの者もあったまま使うなんてことはあってはならないのです。常に流行を先取しなければ馬鹿にされるのです」
「は、はい。わかったわ……」

 怒涛のような説明にやや引き気味のカトリーナだったが、ようやく重要性が理解できたのだろう。
 大きなため息を吐いてダシャを見た。

「それって、三人に任せるとかは――」
「論外に決まっているじゃありませんか。さぁ、一息ついたらすぐに準備を始めますよ」
「はぁ、なんだか大変そう」
「大変そうじゃありません。大変なんです」

 さらっと言われた言葉に、カトリーナは絶望した。
 どちらかというと、冷静に何でもこなすダシャが大変だと言い切るのだから嫌な予感しかしない。
 慌ただしく動き始めるメイド達を見て、カトリーナは憂鬱な気持ちへと埋没していった。

 ◆

 カトリーナはあまり気乗のしない夜会の準備に勤しんでいると、玄関が騒がしい。
 何事かと思ってダシャ、リリ、ララと目線を合わせながら遠巻きに聞こえる声をそっと聞いていると、情報を集める前に騒ぎの人物が早々に目の前にやってきていた。
 いつもならもっと遅くなるはずのバルトが慌てた様子で屋敷に帰ってきていたのだ。
 その表情は険しく、最近の甘々なバルトからすると珍しい様相だった。
 カトリーナは不思議に思い、「何かあったの?」と問いかけようとするが、その前にバルトが口火を切る。

「やられた! 迂闊だった」

 そう悔しそうに言いながら、バルトはカトリーナの部屋のソファに座り込んだ。
 そして手を組んで膝に肘をつきうなだれる。

「バルト様、どうしたの? 帰ってくるなりいきなり」

 バルトはカトリーナの声を聞き、そして吟味するように飲み込むとすっと顔を挙げた。

「ヨハン殿下は、ラフォン公爵夫人が言い寄ってきたことへの抗議を俺に叩きつけてきた」
「え!?」
「な!?」

 その場にいる者は驚いてものが言えない。
 明らかにいらだった様子のバルトは、皆の疑問を待たずにどんどんと言葉を積み上げていく。

「しかも、それは既に王城では噂になっている……それを俺が嘘だと言ってもしょうがない。単なる水掛け論になるのが落ちだ。むしろ、昨日のうちに王家に対して抗議をすべきだった。もしくは、証人を作り上げるために第三者となり得る人物を呼ぶか、だ。俺も、カトリーナも迂闊だったと言わざるを得ない」
「お、穏健派の方々に助力を頼むというのは……?」
「ラフォン家より格の高い貴族はいない。それは難しいだろう」

 その言葉に、血の気が引いたカトリーナは、かろうじて言葉を絞り出す。

「でも、事実ではありません!」
「わかっている……だが、事実だろうとなかろうと、これを聞いたもの達がどう思うかが重要なんだ」
「申し訳ありません、私のせいで――」
「いや、これは殿下の策略だ。それにはまった俺達全員の失態だ。これほど早く仕掛けてくるとは思ってもみなかった」

 バルトとカトリーナは俯いている。
 そんな二人を見ながら、ダシャは静かに歯噛みしていた。
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