70 / 102
第三章 王都攻防編
貴族の戦い⑤
しおりを挟む
一晩経って、ようやく落ち着いたカトリーナは、仕事に行くというバルトを見送った。
バルトは行くのを相当渋ったのだが、そこは責任のある副隊長。休むわけにはいかなかったのだ。
代わりに、護身用や非常連絡用の高価な魔道具をいくつも持たせ、何度も振り返りながら仕事に向かっていった。
「バルト様ったら。こんなにたくさんあっても持ち歩けないのに」
両手いっぱいになった魔道具を見ながら、彼女はほほ笑んでいる。
その横から、ダシャとリリ、ララはやってきて声をかけた。
「カトリーナ様。朝の日課はおしまいですか?」
「あ、ダシャ。お疲れ様。今終わったところだけど、見てよ。これ。バルト様が置いてったのだけど」
「なんですか。その大量の魔道具は……。全く。バルト様も心配性ですね」
「そうなの。でもちょっぴり嬉しかったり」
カトリーナとダシャは互いに目配せをしてほほ笑むと、ようやく本題へと入っていく。
「それはそうと、明後日に開かれる夜会の連絡がございました。穏健派に属する家々の女性が集まる夜会になります」
「女性だけの?」
「ええ。なんでも、穏健派のつながりを強くしようとある伯爵家のご婦人が発起されたのだとか。この度、バルト様とご結婚なされたカトリーナ様にもぜひにと……こちらが招待状になります」
それを受け取ったカトリーナは静かに読み込んでいく。
その表情は、どんどんと険しくなっていった。
「その伯爵家って……かなりの大物?」
「それはもう。現在の宰相の奥様がいらっしゃるそうですよ」
「それはまた……」
そう呟きながら、頭を抱えているカトリーナにララがそっと紅茶を差し出した。
「奥様。紅茶でございます」
「ありがとう、ララ。それより、どうして二人ともここにいるのかしら? 何かあるの?」
キョトンとした顔で問いかけたカトリーナの態度に、リリはむっとして、ララは可愛らしく怒る。
「何言ってるんですか! もう夜会は明後日ですよ? 奥様のドレスや装飾品の準備、そのお体を磨いたりと時間がいくらたっても足りません!」
「どうしてそんなこともわからないのよ……」
「リリ。そんなこと言わないの!」
リリのボヤキは聞かなかったことにしながら、カトリーナはやはりキョトンとしたまま首をかしげている。
「でも……ドレスならそこにあるし、装飾品だって……。っていうか、磨くとかいいのよ。ちゃんと毎日洗ってるのよ?」
何かを言おうとしたララの横から、リリがずいっと入ってきてカトリーナの目の前に立つ。
未だ呆けているカトリーナの顔を覗き込むように睨みつけると、リリはどこか冷たい声で言い放った。
「奥様が以前いた場所は子爵家ですよね? でも、ここは公爵家です。その家にふさわしい格というものがございます。ドレスも新調するには間に合いませんが、おつくり直しが必要ですし、ほかの者もあったまま使うなんてことはあってはならないのです。常に流行を先取しなければ馬鹿にされるのです」
「は、はい。わかったわ……」
怒涛のような説明にやや引き気味のカトリーナだったが、ようやく重要性が理解できたのだろう。
大きなため息を吐いてダシャを見た。
「それって、三人に任せるとかは――」
「論外に決まっているじゃありませんか。さぁ、一息ついたらすぐに準備を始めますよ」
「はぁ、なんだか大変そう」
「大変そうじゃありません。大変なんです」
さらっと言われた言葉に、カトリーナは絶望した。
どちらかというと、冷静に何でもこなすダシャが大変だと言い切るのだから嫌な予感しかしない。
慌ただしく動き始めるメイド達を見て、カトリーナは憂鬱な気持ちへと埋没していった。
◆
カトリーナはあまり気乗のしない夜会の準備に勤しんでいると、玄関が騒がしい。
何事かと思ってダシャ、リリ、ララと目線を合わせながら遠巻きに聞こえる声をそっと聞いていると、情報を集める前に騒ぎの人物が早々に目の前にやってきていた。
いつもならもっと遅くなるはずのバルトが慌てた様子で屋敷に帰ってきていたのだ。
その表情は険しく、最近の甘々なバルトからすると珍しい様相だった。
カトリーナは不思議に思い、「何かあったの?」と問いかけようとするが、その前にバルトが口火を切る。
「やられた! 迂闊だった」
そう悔しそうに言いながら、バルトはカトリーナの部屋のソファに座り込んだ。
そして手を組んで膝に肘をつきうなだれる。
「バルト様、どうしたの? 帰ってくるなりいきなり」
バルトはカトリーナの声を聞き、そして吟味するように飲み込むとすっと顔を挙げた。
「ヨハン殿下は、ラフォン公爵夫人が言い寄ってきたことへの抗議を俺に叩きつけてきた」
「え!?」
「な!?」
その場にいる者は驚いてものが言えない。
明らかにいらだった様子のバルトは、皆の疑問を待たずにどんどんと言葉を積み上げていく。
「しかも、それは既に王城では噂になっている……それを俺が嘘だと言ってもしょうがない。単なる水掛け論になるのが落ちだ。むしろ、昨日のうちに王家に対して抗議をすべきだった。もしくは、証人を作り上げるために第三者となり得る人物を呼ぶか、だ。俺も、カトリーナも迂闊だったと言わざるを得ない」
「お、穏健派の方々に助力を頼むというのは……?」
「ラフォン家より格の高い貴族はいない。それは難しいだろう」
その言葉に、血の気が引いたカトリーナは、かろうじて言葉を絞り出す。
「でも、事実ではありません!」
「わかっている……だが、事実だろうとなかろうと、これを聞いたもの達がどう思うかが重要なんだ」
「申し訳ありません、私のせいで――」
「いや、これは殿下の策略だ。それにはまった俺達全員の失態だ。これほど早く仕掛けてくるとは思ってもみなかった」
バルトとカトリーナは俯いている。
そんな二人を見ながら、ダシャは静かに歯噛みしていた。
バルトは行くのを相当渋ったのだが、そこは責任のある副隊長。休むわけにはいかなかったのだ。
代わりに、護身用や非常連絡用の高価な魔道具をいくつも持たせ、何度も振り返りながら仕事に向かっていった。
「バルト様ったら。こんなにたくさんあっても持ち歩けないのに」
両手いっぱいになった魔道具を見ながら、彼女はほほ笑んでいる。
その横から、ダシャとリリ、ララはやってきて声をかけた。
「カトリーナ様。朝の日課はおしまいですか?」
「あ、ダシャ。お疲れ様。今終わったところだけど、見てよ。これ。バルト様が置いてったのだけど」
「なんですか。その大量の魔道具は……。全く。バルト様も心配性ですね」
「そうなの。でもちょっぴり嬉しかったり」
カトリーナとダシャは互いに目配せをしてほほ笑むと、ようやく本題へと入っていく。
「それはそうと、明後日に開かれる夜会の連絡がございました。穏健派に属する家々の女性が集まる夜会になります」
「女性だけの?」
「ええ。なんでも、穏健派のつながりを強くしようとある伯爵家のご婦人が発起されたのだとか。この度、バルト様とご結婚なされたカトリーナ様にもぜひにと……こちらが招待状になります」
それを受け取ったカトリーナは静かに読み込んでいく。
その表情は、どんどんと険しくなっていった。
「その伯爵家って……かなりの大物?」
「それはもう。現在の宰相の奥様がいらっしゃるそうですよ」
「それはまた……」
そう呟きながら、頭を抱えているカトリーナにララがそっと紅茶を差し出した。
「奥様。紅茶でございます」
「ありがとう、ララ。それより、どうして二人ともここにいるのかしら? 何かあるの?」
キョトンとした顔で問いかけたカトリーナの態度に、リリはむっとして、ララは可愛らしく怒る。
「何言ってるんですか! もう夜会は明後日ですよ? 奥様のドレスや装飾品の準備、そのお体を磨いたりと時間がいくらたっても足りません!」
「どうしてそんなこともわからないのよ……」
「リリ。そんなこと言わないの!」
リリのボヤキは聞かなかったことにしながら、カトリーナはやはりキョトンとしたまま首をかしげている。
「でも……ドレスならそこにあるし、装飾品だって……。っていうか、磨くとかいいのよ。ちゃんと毎日洗ってるのよ?」
何かを言おうとしたララの横から、リリがずいっと入ってきてカトリーナの目の前に立つ。
未だ呆けているカトリーナの顔を覗き込むように睨みつけると、リリはどこか冷たい声で言い放った。
「奥様が以前いた場所は子爵家ですよね? でも、ここは公爵家です。その家にふさわしい格というものがございます。ドレスも新調するには間に合いませんが、おつくり直しが必要ですし、ほかの者もあったまま使うなんてことはあってはならないのです。常に流行を先取しなければ馬鹿にされるのです」
「は、はい。わかったわ……」
怒涛のような説明にやや引き気味のカトリーナだったが、ようやく重要性が理解できたのだろう。
大きなため息を吐いてダシャを見た。
「それって、三人に任せるとかは――」
「論外に決まっているじゃありませんか。さぁ、一息ついたらすぐに準備を始めますよ」
「はぁ、なんだか大変そう」
「大変そうじゃありません。大変なんです」
さらっと言われた言葉に、カトリーナは絶望した。
どちらかというと、冷静に何でもこなすダシャが大変だと言い切るのだから嫌な予感しかしない。
慌ただしく動き始めるメイド達を見て、カトリーナは憂鬱な気持ちへと埋没していった。
◆
カトリーナはあまり気乗のしない夜会の準備に勤しんでいると、玄関が騒がしい。
何事かと思ってダシャ、リリ、ララと目線を合わせながら遠巻きに聞こえる声をそっと聞いていると、情報を集める前に騒ぎの人物が早々に目の前にやってきていた。
いつもならもっと遅くなるはずのバルトが慌てた様子で屋敷に帰ってきていたのだ。
その表情は険しく、最近の甘々なバルトからすると珍しい様相だった。
カトリーナは不思議に思い、「何かあったの?」と問いかけようとするが、その前にバルトが口火を切る。
「やられた! 迂闊だった」
そう悔しそうに言いながら、バルトはカトリーナの部屋のソファに座り込んだ。
そして手を組んで膝に肘をつきうなだれる。
「バルト様、どうしたの? 帰ってくるなりいきなり」
バルトはカトリーナの声を聞き、そして吟味するように飲み込むとすっと顔を挙げた。
「ヨハン殿下は、ラフォン公爵夫人が言い寄ってきたことへの抗議を俺に叩きつけてきた」
「え!?」
「な!?」
その場にいる者は驚いてものが言えない。
明らかにいらだった様子のバルトは、皆の疑問を待たずにどんどんと言葉を積み上げていく。
「しかも、それは既に王城では噂になっている……それを俺が嘘だと言ってもしょうがない。単なる水掛け論になるのが落ちだ。むしろ、昨日のうちに王家に対して抗議をすべきだった。もしくは、証人を作り上げるために第三者となり得る人物を呼ぶか、だ。俺も、カトリーナも迂闊だったと言わざるを得ない」
「お、穏健派の方々に助力を頼むというのは……?」
「ラフォン家より格の高い貴族はいない。それは難しいだろう」
その言葉に、血の気が引いたカトリーナは、かろうじて言葉を絞り出す。
「でも、事実ではありません!」
「わかっている……だが、事実だろうとなかろうと、これを聞いたもの達がどう思うかが重要なんだ」
「申し訳ありません、私のせいで――」
「いや、これは殿下の策略だ。それにはまった俺達全員の失態だ。これほど早く仕掛けてくるとは思ってもみなかった」
バルトとカトリーナは俯いている。
そんな二人を見ながら、ダシャは静かに歯噛みしていた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。