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第三章 王都攻防編

貴族の戦い⑥

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 あれから二日。今日は夜会当日だ。
 
 ヨハンの策略にはまり、風評被害を被ったラフォン家だが、表向きは何も変わらなかった。
 日々のあれこれは今までと何ら変わりない。
 当然、外に出ることのないカトリーナにも変化はなかった。
 だが、彼女は自身の引き起こした軽はずみな言動を反省し後悔し落ち込んでいた。
 一見いつもと変わらないが、ため息をつく回数が増えたことや、何かを考え込んでいる機会が増えたことを、ダシャやララはもちろん、リリさえも感じ取っていたのだ。

 そんなカトリーナではあるが、今日の夜会には出なければならない。
 否応なく準備を進めていくメイド達は、浮かない主人の表情を見ては、同じように気持ちを落ち込ませていったのだった。

「カトリーナ様。ドレスも装飾品も、先日お決めになったもので変更はありませんか?」

 ダシャが聞くも返答はない。
 顔をゆがめるのを抑えながら、ダシャは静かに再度問いかけた。

「カトリーナ様? 聞こえていますか?」
「え?」

 ぼんやりと顔をあげたカトリーナだったが、すぐさま何かに気づいたように背筋を伸ばすとぎこちない笑みを浮かべる。

「ごめんなさい、ダシャ。いいわよ。ドレスも装飾品もこの前の通りでお願い。準備は大変だと思うけど、よろしくね?」
「はい。では、リリ、ララ。あなたたちが主導でやりなさい。私はこちらでみていますから」
「はい、メイド長」
「はい」

 カトリーナには相変わらずどこかそっけない態度だが、ダシャのことは信頼しているのか殊勝な態度のリリと、どんどんカトリーナに傾倒していくララは二人で協力してドレスを着せるらしい。
 額に汗しながら特別なドレスを着つけていく二人をみて、少しだけ心が緩んだのは無理のないことだろう。
 カトリーナは静かにほほ笑みながら、二人の見習いの様子をみては、心の隅では先日のことをひたすらに反芻していたのだった。



 

 夜会は、主催者であるカンパーニュ伯爵家の屋敷で行われる。
 カンパーニュ家は、宰相を務める名門伯爵家であり、その発言権の強さは王国随一だ。
 その夫人となれば、やはり社交界でも存在感がありこうして穏健派をまとめるに至っていた。

 カトリーナが屋敷につくとまず目に入ったのは、煌びやかな会場の装飾と美しく光り輝くシャンデリア。
 自分が動くと、それとともに見える角度も変わり、七色に輝くシャンデリアの美しさに、他の家の者たちも感嘆の声を漏らしていた。

「とても素敵ね。カンパーニュ夫人はこういったことにも詳しいのかしら。ここまでのものを作れる職人なんて見たこともないわ」
「そうですね。これは、王家から授かったものでカンパーニュ家の家宝らしいですよ。その名に恥じない美しさですね」

 二人がシャンデリアを見上げていると、当然カトリーナには注目が集まっていた。
 シャンデリアの下にたたずむラフォン家公爵夫人をみて、それぞれが何やら小声で言いあっていた。
 
 カトリーナは、自分の存在がこれからの貴族社会にとってそれなりの重要性を持つことはわかっていた。
 というよりも、先日のことで自覚したというほうが正しいのだろう。
 今まで、何の力も持たない子爵家の令嬢だったカトリーナ。その彼女は、先日の失態でようやく公爵家という立場の重さを思い知った。
 だからこそ、こうやって視線を集めることは理解している。
 だが、あまり居心地のよいものではないことは確かだった。

 そんなカトリーナの元に近寄ってくる人物がいた。
 その人は、美しく長い金髪をたなびかせながら、凛とした表情で歩いてくる。カトリーナもすぐにそれに気づき体ごと、彼女のほうを向いた。
 金髪の女性は一定の距離まで近づくと、どこか張り付けたような笑みを浮かべ声をかけてくる。

「はじめましてですね。私はドラ・カンパーニュ。カンパーニュ伯爵の妻でございます。よろしくお願いします」

 流れるようなカーテシーに、カトリーナはそのままの姿勢で応じた。

「ご挨拶、ありがとうございます。私はカトリーナ・ラフォン。ラフォン公爵の妻です。今日はこうしてお招き下さりありがとうございました。それにしても、とても美しいシャンデリアですね」
「ええ。長年王家に忠誠を誓い尽力していることを陛下がお認め下さりいただいたものです。なんでも、王国一番の職人が数年かけて作ったものだとか」
「カンパーニュ家にふさわしい輝きだと思います」
「それはありがとうございます……。そして、穏健派といわれる第一王子を支持している派閥の一つの象徴でもあると思っております。カトリーナ様が加わってもきっとこの輝きは陰ることはないでしょう。では、また後ほど」
「え、ええ。また」

 ドラは一瞬笑みを深めたかと思うと、礼をしてそのままその場から去ってしまった。
 カトリーナは、今のやり取りでドラを含めた穏健派の面々が自分のことをどう思っているのかを悟っていた。

「私ごときの汚点では揺るがないとでも言いたいの? ……それとも、私自身の失態に対する嫌味かしら」

 カトリーナは、当然先日のヨハン王子との醜聞が伝わっているのだと確信していた。
 だからこそ、自分の存在を穏健派の輝きを妨げる存在だと揶揄されたのだ。
 たしかに、先日のことは自分でもまずかったと思う。だからこそ、これからの数刻。夜会の時間が針の筵になるという事実に気が滅入ってしまった。

 そんなカトリーナの肩にそっと手を置くダシャ。
 その手に自身の手を重ねたカトリーナは、胸を張り、前を向いて歩きだす。

(必ず取り戻さないと。バルト様のためにも。ラフォン家の名を汚すなんて……そんなのはだめだ)

 胸に手をあて目をつぶると、バルトの微笑みと温もりが思い出される。
 それを励みに、カトリーナは夜会へと乗り込んでいった。
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