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第三章 王都攻防編
貴族の戦い⑧
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カトリーナは夜会から帰ってくると、そのままベッドへダイブした。
正直、今日の夜会は散々だったからだ。
カンパーニュ家夫人の乾杯の挨拶の後、新参者であるカトリーナの元には多くの人がやってきた。
当然公爵家ということで丁寧な挨拶をしてはくれたが、その言葉の端端に感じる本音が、彼女の心を針で刺していく。
「この度は、公爵夫人とお会いできてとても光栄でございます。公爵夫人といえば、その美貌は噂になっておりますね。王族の方をも魅了されてしまうほどだとか。こうしてお会いしてみるとそれも納得です。さすがは、公爵領でいろいろとご研鑽なされた方ですね。王都にいるご令嬢とはまた違った美しさがありますわ」
「ラフォン公爵が見初められた方です。きっと、旦那様に似てその頭脳は軍略にも優れておられるのかしら。もしよろしければ、今度王都で流行っている香水やドレスについてお話ができたらと思っております」
「こうして穏健派の集まりにご参加なされてくださり本当にうれしく思いますわ。もちろん、まだ、この会の趣旨はご存知ないようですから、すこしずつお伝えできればと思っております」
こういった言葉を受け続けて、カトリーナは疲れ切っていた。
カトリーナが受け取ったように、わかりやすく意訳するならば。
「過激派の第二王子に色仕掛けしてどういうつもりなの? 田舎っぽさ丸出しの容姿でいい気になってんじゃないわよ」
「どうせ戦うことしかしらないラフォン家だから、ちょっとは流行りに目を向ければいいんじゃない?」
「穏健派で一番爵位が高いんだからもっとちゃんとしてくれないと困るんだけど」
これに気づかないカトリーナではなかったため、必死で作り上げた笑顔は、当然引きつっていた。
その後は、カンパーニュ夫人あげ、カトリーナ下げが夜会を通して行われ、あからさまな上下関係を教え込まれ続けた夜会だったのだ。
苛立ちを抱く気も起きず、今はただ重い身体を引きずって屋敷に戻ってくることだけで精一杯だった。
「ダシャ……」
「はい、なんでしょう」
「今、王都でラフォン家がどう思われているのかようやくわかったわ」
「それはようございました」
顔をベッドにつっこんだまま話すカトリーナの言葉に、ダシャは淡々を答えていく。
カトリーナは、少し間を開けると、やや硬い声色で再び問いかけていく。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい」
「知らなかったのって私だけ?」
その質問に、ダシャは言葉に詰まった。
だが、すぐに背筋を伸ばして気を取り直すと、真実を告げる。
「いいえ。カトリーナ様とご主人様くらいだったかと」
「バルト様も?」
「というより、知ってはいましたが何もやってこなかったといったほうが正しいかもしれません」
「雇い主に結構辛辣なのね」
「カトリーナ様に似たのでは?」
そこでようやくカトリーナは顔をあげてダシャをみた。
そして、視線を合わせ二人でほほ笑みあう。
「ダメな主人よね」
「いいえ。気づいてくださるとを待っていましたから。私も、執事長も、エリアナ様も」
「叔母様が?」
「お二人の成長を、切に願っておりました」
「心配させてしまったのね」
カトリーナは勢いよく起き上がると、その場に立ちダシャに目配せをする。
すると、勝手しったるとばかりにそっと近づきドレスを脱がしていく。
「バルト様はまだ?」
「ええ。今日も遅いようですね」
「帰ってきたらすぐ教えて。すこし、話したいことがあるの」
「わかっております」
二人は少しばかりの緊張感を持ちながら休む準備を整えていく。
バルトが返ってきたのは、準備が整ってから幾ばかりか経ったころだった。
◆
バルトが帰ってくると、カトリーナはすぐさま声をかけ話があることを伝える。
すると、バルトも同じように真剣な表情で同じことを伝えてきた。
「どうしたのかしら。バルト様。いつもの雰囲気が違っていたかしら?」
「さぁ。あとは直接聞いてみたらいかがでしょうか」
そういって、カトリーナは寝室でバルトを待っていた。
まもなくしてバルトも体を綺麗にしてやってくる。いつもの光景だが、二人ともどこか纏う空気が張り詰めていた。
二人は、向かい合わせに小さなテーブルに座ると、ダシャがいれてくれたお茶とバルトのために用意された軽食に手を付ける。
「今日もお疲れさまでした」
「ああ、カトリーナも大変だっただろう」
「そうね。慣れない席だったから疲れたわ」
どこかぎこちない会話ししながら、二人は軽食なりお茶なりを口に含む。
そんな中、カトリーナは意を決してバルトに切り出した。
下を向いたまま、手を握りしめ、そして想いを声に乗せる。
公爵家としての自覚が足りなかった自分。
そんな自分を知ってもしかしたらバルトも失望してしまうかもしれない。
そんな恐怖をはねのけ、カトリーナはようやく口を開いた。
「バルト様、申し訳ありません」
そんな決意と共に絞り出された言葉。
それを発した瞬間、なにやら同じような言葉がかぶさったような気がした。
カトリーナの耳に聞こえたのは「カトリーナ、すまなかった」という言葉。
ふと見上げると、そこには同じように頭を下げた後、顔をあげたであろうバルトの姿があった。
彼の目は驚きで見開かれており、口が半開きになっている。整った顔で間抜けな顔は可愛いものだと、この時カトリーナは気づいた。
「どうして謝るんだ?」
「バルト様こそ」
困惑する二人の後ろでは、ダシャが必死で笑いを堪えていたのだった。
正直、今日の夜会は散々だったからだ。
カンパーニュ家夫人の乾杯の挨拶の後、新参者であるカトリーナの元には多くの人がやってきた。
当然公爵家ということで丁寧な挨拶をしてはくれたが、その言葉の端端に感じる本音が、彼女の心を針で刺していく。
「この度は、公爵夫人とお会いできてとても光栄でございます。公爵夫人といえば、その美貌は噂になっておりますね。王族の方をも魅了されてしまうほどだとか。こうしてお会いしてみるとそれも納得です。さすがは、公爵領でいろいろとご研鑽なされた方ですね。王都にいるご令嬢とはまた違った美しさがありますわ」
「ラフォン公爵が見初められた方です。きっと、旦那様に似てその頭脳は軍略にも優れておられるのかしら。もしよろしければ、今度王都で流行っている香水やドレスについてお話ができたらと思っております」
「こうして穏健派の集まりにご参加なされてくださり本当にうれしく思いますわ。もちろん、まだ、この会の趣旨はご存知ないようですから、すこしずつお伝えできればと思っております」
こういった言葉を受け続けて、カトリーナは疲れ切っていた。
カトリーナが受け取ったように、わかりやすく意訳するならば。
「過激派の第二王子に色仕掛けしてどういうつもりなの? 田舎っぽさ丸出しの容姿でいい気になってんじゃないわよ」
「どうせ戦うことしかしらないラフォン家だから、ちょっとは流行りに目を向ければいいんじゃない?」
「穏健派で一番爵位が高いんだからもっとちゃんとしてくれないと困るんだけど」
これに気づかないカトリーナではなかったため、必死で作り上げた笑顔は、当然引きつっていた。
その後は、カンパーニュ夫人あげ、カトリーナ下げが夜会を通して行われ、あからさまな上下関係を教え込まれ続けた夜会だったのだ。
苛立ちを抱く気も起きず、今はただ重い身体を引きずって屋敷に戻ってくることだけで精一杯だった。
「ダシャ……」
「はい、なんでしょう」
「今、王都でラフォン家がどう思われているのかようやくわかったわ」
「それはようございました」
顔をベッドにつっこんだまま話すカトリーナの言葉に、ダシャは淡々を答えていく。
カトリーナは、少し間を開けると、やや硬い声色で再び問いかけていく。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい」
「知らなかったのって私だけ?」
その質問に、ダシャは言葉に詰まった。
だが、すぐに背筋を伸ばして気を取り直すと、真実を告げる。
「いいえ。カトリーナ様とご主人様くらいだったかと」
「バルト様も?」
「というより、知ってはいましたが何もやってこなかったといったほうが正しいかもしれません」
「雇い主に結構辛辣なのね」
「カトリーナ様に似たのでは?」
そこでようやくカトリーナは顔をあげてダシャをみた。
そして、視線を合わせ二人でほほ笑みあう。
「ダメな主人よね」
「いいえ。気づいてくださるとを待っていましたから。私も、執事長も、エリアナ様も」
「叔母様が?」
「お二人の成長を、切に願っておりました」
「心配させてしまったのね」
カトリーナは勢いよく起き上がると、その場に立ちダシャに目配せをする。
すると、勝手しったるとばかりにそっと近づきドレスを脱がしていく。
「バルト様はまだ?」
「ええ。今日も遅いようですね」
「帰ってきたらすぐ教えて。すこし、話したいことがあるの」
「わかっております」
二人は少しばかりの緊張感を持ちながら休む準備を整えていく。
バルトが返ってきたのは、準備が整ってから幾ばかりか経ったころだった。
◆
バルトが帰ってくると、カトリーナはすぐさま声をかけ話があることを伝える。
すると、バルトも同じように真剣な表情で同じことを伝えてきた。
「どうしたのかしら。バルト様。いつもの雰囲気が違っていたかしら?」
「さぁ。あとは直接聞いてみたらいかがでしょうか」
そういって、カトリーナは寝室でバルトを待っていた。
まもなくしてバルトも体を綺麗にしてやってくる。いつもの光景だが、二人ともどこか纏う空気が張り詰めていた。
二人は、向かい合わせに小さなテーブルに座ると、ダシャがいれてくれたお茶とバルトのために用意された軽食に手を付ける。
「今日もお疲れさまでした」
「ああ、カトリーナも大変だっただろう」
「そうね。慣れない席だったから疲れたわ」
どこかぎこちない会話ししながら、二人は軽食なりお茶なりを口に含む。
そんな中、カトリーナは意を決してバルトに切り出した。
下を向いたまま、手を握りしめ、そして想いを声に乗せる。
公爵家としての自覚が足りなかった自分。
そんな自分を知ってもしかしたらバルトも失望してしまうかもしれない。
そんな恐怖をはねのけ、カトリーナはようやく口を開いた。
「バルト様、申し訳ありません」
そんな決意と共に絞り出された言葉。
それを発した瞬間、なにやら同じような言葉がかぶさったような気がした。
カトリーナの耳に聞こえたのは「カトリーナ、すまなかった」という言葉。
ふと見上げると、そこには同じように頭を下げた後、顔をあげたであろうバルトの姿があった。
彼の目は驚きで見開かれており、口が半開きになっている。整った顔で間抜けな顔は可愛いものだと、この時カトリーナは気づいた。
「どうして謝るんだ?」
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困惑する二人の後ろでは、ダシャが必死で笑いを堪えていたのだった。
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