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第三章 王都攻防編
貴族の戦い⑨
しおりを挟むお互いに頭を下げて謝るという展開にカトリーナは困惑ぎみだ。
「えっと……」と言葉に詰まっていたカトリーナにかぶせるように、バルトはおもむろに口を開く。
「カトリーナも謝りたいことがあるのか?」
「バルト様こそ……」
そういってぽかんとしている二人は、どちらともなく表情を崩し笑い始める。
「ふふっ、なんですか、これ!」
「ああ、なんとも気が合うものだな」
「それで、どっちから話します? さっきまでとても言いづらかったけど」
「それなら、俺からでいいか? 雰囲気は砕けたが、どうしても先に謝りたいんだ」
その言葉に、カトリーナは頷く。
バルトもその頷きに応えながら、もう一度、その手を強く握りしめた。
「俺が謝りたかったのは、君に迷惑をかけていたからだ」
「迷惑……ですか?」
「ああ。俺は、公爵家当主としてやるべきことをやってきたとは言えない。ただ戦ってきただけでいいと思っていたんだ。だが、それじゃあ当主としては不足だろう? 俺は、中央軍でも王都でも、公爵家当主として相応しい力を見せる必要があった。それをしていなかったから……」
バルトは歯噛みして表情を歪ませた。
その悲痛な表情に、カトリーナの胸も痛む。
「俺も色々あったが……エミリオとカルラに指摘をされて気づいた。カトリーナ、今日の夜会はつらかっただろう?」
バルトの言葉に、カトリーナの眉間は熱を帯びる。
思わずあふれ出そうになった涙を必死でこらえながら、それに気づかれまいとカトリーナは俯いた。
「い、いえ……そんなことは決して――」
「俺は、自分さえ耐え忍べばいいと思っていた。だが、それは違ったんだ。俺が力を示すことで、君を守ることにもつながる。公爵家当主としてよりふさわしくなることで、君も侮られることがなくなる……俺は君を守るための努力をしてこなかった。だから、謝りたかったんだ。すまなかった。カトリーナ」
その言葉で、カトリーナの胸は熱くなり、涙腺は崩壊した。
バルトの言葉に優しさを感じた。
自分のことを想っていることも伝わってきた。
それだけではなく、バルトもつらい想いを味わっていたことを言葉の端端から感じ取り、やはり自分自身の不甲斐なさも痛感した。
嬉しさと悔しさがないまぜになった涙をこぼしながら、カトリーナも震える声を返す。
「バルト様……それは私も一緒です。私も、公爵夫人として相応しくなかった……。バルト様と一緒にいれることがうれしくて、ただそれだけで。バルト様の優しさに甘えることしかしてなかった。だから殿下の策略にもひっかかってしまうし、バルト様に迷惑しかかけてない……だから、謝りたかったんです」
「……カトリーナ」
「私はたしかに夜会でいろいろと言われました。しかし、それは全部本当のこと。私は、バルト様の妻として、バルト様の力にならなきゃいけないのに。それができなかったんです……だからごめんなさい」
涙を流しながら頭を下げるカトリーナ。
バルトは、そんな彼女の横にそっと寄り添うように座ると、その華奢な肩を抱きしめ甘い声を落とす。
「俺達はきっとお互いに足りなかったんだな……」
「……はい」
「だが、俺は、それほどまでに俺を想ってくれてとてもうれしい」
「っ――! それは、私も――」
カトリーナは、バルトがうれしいと言ってくれたことが嬉しかった。
自分もバルトから想われてうれしいことを伝えたいと慌てて顔をあげると、突然目の前にバルトの顔をが飛び込む。
照れながらも必死で思いをつたえようとすると、そんなカトリーナの唇をバルトは言葉を遮る形で奪っていた。
「んっ……」
突然の行動にカトリーナは体を離そうと力を入れるが、バルトの腕は既に彼女を包み込んでおり離せない。
単に唇を合わせる口づけが徐々にその熱を増し、強引にバルトに引き寄せられその唇が舌で包まれる。
突然の出来事に頭が真っ白になったカトリーナがぐいぐいとバルトを押す力を強めると、しかたがないな、とばかりにバルトもそっとカトリーナを離した。
「ちょっ! いきなり何をするんですか!」
「君の……カトリーナが俺を想ってくれているのを聞いていたら我慢できなくなったんだ……嫌、だったか?」
「それは、その……嫌じゃないけど」
まっすぐにカトリーナの視線を貫くバルトの瞳を直視することができなかった。
恥ずかしさと動揺で言葉に詰まっていると、バルトは不敵な笑みを浮かべてまたカトリーナを抱き寄せた。
「なら、いいんだな?」
「っ――!?」
反論の言葉をその口から発するまえに、またまたその唇は塞がれてしまう。
最初こそぐいぐいとバルトを押しのけようとしたカトリーナだったが、バルトの舌がカトリーナの唇を分け入ってきたことで、抵抗する力はそがれていった。
「ぁ……ん」
先ほどよりもさらに深く交わることで、カトリーナの思考はすでに停止し抵抗するどころではない。
頭がぼぅっと熱で浮かされたようになりながら、バルトの求めに必死で応えていた。
いつの間にか、カトリーナはその手をバルトの背中に回し、より深くつながりたいとばかりに強く、強く抱きしめていた。
息が続かなくなったところでそっとバルトが離れるが、カトリーナは離れてほしくないとばかりに潤んだ瞳で彼を見上げていた。
「仕事の忙しさを言い訳にしていたのかもしれないな……俺は、君を一生離すつもりはないんだ。君は聡明で行動力があってとても凛々しい……俺は、きっとそんな君に釣り合うような男になろう。この国を支える公爵として、そして君の夫として」
「それは……私も同じ……。あなたを支える妻として、本当の夫婦になりたい」
「カトリーナ」
「バルト様……」
そんな決意を互いに交わしながら、今度こそお互いに引き寄せられるように唇を重ねる。
かき上げられる髪が。
唇を落とされるうなじが。
指が這う背中が。
彼が触れるところすべてが気恥ずかしくそれでいて心を躍らせる。
カトリーナは人生初めての感覚に溺れつつ、その手で、その体で、その心でバルトを抱きしめていた。
二人は、ようやく自覚したのだ。
そして、向き合った二人は重なり、本当の意味での絆を手にいれる。
弱さを突きつけられ、互いの傷を嘗めあうように。
けれど、それは逃げではなく、繋がりあうためのものであり。
そうして二人は、互いのすべてをさらけ出し、夫婦となっていった。
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