婚約破棄されたと思ったら次の結婚相手が王国一恐ろしい男だった件

卯月 みつび

文字の大きさ
74 / 102
第三章 王都攻防編

貴族の戦い⑨

しおりを挟む

 お互いに頭を下げて謝るという展開にカトリーナは困惑ぎみだ。
 「えっと……」と言葉に詰まっていたカトリーナにかぶせるように、バルトはおもむろに口を開く。

「カトリーナも謝りたいことがあるのか?」
「バルト様こそ……」

 そういってぽかんとしている二人は、どちらともなく表情を崩し笑い始める。

「ふふっ、なんですか、これ!」
「ああ、なんとも気が合うものだな」
「それで、どっちから話します? さっきまでとても言いづらかったけど」
「それなら、俺からでいいか? 雰囲気は砕けたが、どうしても先に謝りたいんだ」

 その言葉に、カトリーナは頷く。
 バルトもその頷きに応えながら、もう一度、その手を強く握りしめた。

「俺が謝りたかったのは、君に迷惑をかけていたからだ」
「迷惑……ですか?」
「ああ。俺は、公爵家当主としてやるべきことをやってきたとは言えない。ただ戦ってきただけでいいと思っていたんだ。だが、それじゃあ当主としては不足だろう? 俺は、中央軍でも王都でも、公爵家当主として相応しい力を見せる必要があった。それをしていなかったから……」

 バルトは歯噛みして表情を歪ませた。
 その悲痛な表情に、カトリーナの胸も痛む。
 
「俺も色々あったが……エミリオとカルラに指摘をされて気づいた。カトリーナ、今日の夜会はつらかっただろう?」

 バルトの言葉に、カトリーナの眉間は熱を帯びる。
 思わずあふれ出そうになった涙を必死でこらえながら、それに気づかれまいとカトリーナは俯いた。

「い、いえ……そんなことは決して――」
「俺は、自分さえ耐え忍べばいいと思っていた。だが、それは違ったんだ。俺が力を示すことで、君を守ることにもつながる。公爵家当主としてよりふさわしくなることで、君も侮られることがなくなる……俺は君を守るための努力をしてこなかった。だから、謝りたかったんだ。すまなかった。カトリーナ」

 その言葉で、カトリーナの胸は熱くなり、涙腺は崩壊した。
 バルトの言葉に優しさを感じた。
 自分のことを想っていることも伝わってきた。
 それだけではなく、バルトもつらい想いを味わっていたことを言葉の端端から感じ取り、やはり自分自身の不甲斐なさも痛感した。

 嬉しさと悔しさがないまぜになった涙をこぼしながら、カトリーナも震える声を返す。

「バルト様……それは私も一緒です。私も、公爵夫人として相応しくなかった……。バルト様と一緒にいれることがうれしくて、ただそれだけで。バルト様の優しさに甘えることしかしてなかった。だから殿下の策略にもひっかかってしまうし、バルト様に迷惑しかかけてない……だから、謝りたかったんです」
「……カトリーナ」
「私はたしかに夜会でいろいろと言われました。しかし、それは全部本当のこと。私は、バルト様の妻として、バルト様の力にならなきゃいけないのに。それができなかったんです……だからごめんなさい」

 涙を流しながら頭を下げるカトリーナ。
 バルトは、そんな彼女の横にそっと寄り添うように座ると、その華奢な肩を抱きしめ甘い声を落とす。

「俺達はきっとお互いに足りなかったんだな……」
「……はい」
「だが、俺は、それほどまでに俺を想ってくれてとてもうれしい」
「っ――! それは、私も――」

 カトリーナは、バルトがうれしいと言ってくれたことが嬉しかった。
 自分もバルトから想われてうれしいことを伝えたいと慌てて顔をあげると、突然目の前にバルトの顔をが飛び込む。
 照れながらも必死で思いをつたえようとすると、そんなカトリーナの唇をバルトは言葉を遮る形で奪っていた。

「んっ……」

 突然の行動にカトリーナは体を離そうと力を入れるが、バルトの腕は既に彼女を包み込んでおり離せない。
 単に唇を合わせる口づけが徐々にその熱を増し、強引にバルトに引き寄せられその唇が舌で包まれる。
 突然の出来事に頭が真っ白になったカトリーナがぐいぐいとバルトを押す力を強めると、しかたがないな、とばかりにバルトもそっとカトリーナを離した。

「ちょっ! いきなり何をするんですか!」
「君の……カトリーナが俺を想ってくれているのを聞いていたら我慢できなくなったんだ……嫌、だったか?」
「それは、その……嫌じゃないけど」

 まっすぐにカトリーナの視線を貫くバルトの瞳を直視することができなかった。
 恥ずかしさと動揺で言葉に詰まっていると、バルトは不敵な笑みを浮かべてまたカトリーナを抱き寄せた。

「なら、いいんだな?」
「っ――!?」

 反論の言葉をその口から発するまえに、またまたその唇は塞がれてしまう。
 最初こそぐいぐいとバルトを押しのけようとしたカトリーナだったが、バルトの舌がカトリーナの唇を分け入ってきたことで、抵抗する力はそがれていった。

「ぁ……ん」

 先ほどよりもさらに深く交わることで、カトリーナの思考はすでに停止し抵抗するどころではない。
 頭がぼぅっと熱で浮かされたようになりながら、バルトの求めに必死で応えていた。
 いつの間にか、カトリーナはその手をバルトの背中に回し、より深くつながりたいとばかりに強く、強く抱きしめていた。
 息が続かなくなったところでそっとバルトが離れるが、カトリーナは離れてほしくないとばかりに潤んだ瞳で彼を見上げていた。

「仕事の忙しさを言い訳にしていたのかもしれないな……俺は、君を一生離すつもりはないんだ。君は聡明で行動力があってとても凛々しい……俺は、きっとそんな君に釣り合うような男になろう。この国を支える公爵として、そして君の夫として」
「それは……私も同じ……。あなたを支える妻として、本当の夫婦になりたい」
「カトリーナ」
「バルト様……」

 そんな決意を互いに交わしながら、今度こそお互いに引き寄せられるように唇を重ねる。
 
 かき上げられる髪が。
 唇を落とされるうなじが。
 指が這う背中が。

 彼が触れるところすべてが気恥ずかしくそれでいて心を躍らせる。
 
 カトリーナは人生初めての感覚に溺れつつ、その手で、その体で、その心でバルトを抱きしめていた。
 二人は、ようやく自覚したのだ。
 そして、向き合った二人は重なり、本当の意味での絆を手にいれる。

 弱さを突きつけられ、互いの傷を嘗めあうように。
 けれど、それは逃げではなく、繋がりあうためのものであり。

 そうして二人は、互いのすべてをさらけ出し、夫婦となっていった。
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。