訳あり悪役令嬢は、婚約破棄後の人生を自由に生きる

卯月 みつび

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1巻

1-3

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 私はできるだけ心を落ち着かせて応接間に向かう。
 応接間の扉を開けると、クロード殿下は足を組んでソファに座りながら、お茶を飲んでいた。そして、彼の後ろに、背の高い騎士が立っている。

「お待たせしてしまい、大変失礼いたしました。改めまして、レティシア・シャリエールと申します。この度は――」
「堅苦しい挨拶あいさつはいらない。まあ、名乗ってくれたんだ。俺も同じように名乗るとしようか……俺はクロード・アレンフラール。立場的には、この国の第二王子となっている」
「存じております、殿下」

 私の挨拶あいさつさえぎったのに悪びれもしない殿下。噂とたがわぬ様子に、私は思わず顔を引きつらせる。

「一応、聞いておきたいのですが、そちらの方は……」
「俺の護衛だ。気にするな」

 私と目も合わさずに言い放つ殿下の態度にイラッとしながら、彼の向かいの席に座った。私の後ろにはシュザンヌとドニが立つ。小さいころから一緒にいる二人のおかげで、背筋を伸ばすことができた。私は一呼吸置くと、口を開く。

「本日は、わざわざおいでくださいまして、ありがとうございました。まさか、が領地にクロード殿下がお越しくださるとは、思ってもみませんでした」
「パトリスの領地だからと期待していたが、所詮は田舎いなかだな。面白くもなんともない」

 パトリスとはお父様の名前だ。うちの領地は殿下の期待外れだったらしい。

「あら。それは大変失礼いたしました。せっかくですので、が領地の特産などお召し上がりになってはいかがですか? 王都では珍しい物もあるかと思います。ドニ、準備を――」
「いらん!」

 大きな声でさえぎられ、私とドニは固まってしまった。
 なんということだ。うちの領地のお菓子や果物は、とてもおいしいのに! 散歩から帰ってきたばかりで、私だって食べたいんだからね! 

「そんな貴族然としたやりとりをしに来たんじゃない。お前に聞きたいことがあるんだ」
「まあ、光栄でございます。それで……どういったお話でしょうか?」
「決まってるだろ? お前が兄貴との婚約を破棄した理由だ」

 私はピクリと眉を動かしたが、大きく表情は変えない。
 しかし、クロード殿下の言葉に、私の心臓は早鐘はやがねを打ち、背中にじわっと冷や汗が噴き出す。

「あの、どういうことでしょうか? 私が婚約を破棄したのではなく、殿下が破棄されたのです。それもこれも、私自身の未熟な嫉妬しっとが引き起こしたもの。今では反省しておりますが、私がアンナ様に失礼なことをした結果でございます」
「しらばっくれるな。お前が嫉妬しっとに狂うだと? そんなことがあり得ないのは、父上もパトリスもわかっている。何より、お前の行動が物語っているんだよ。本気であの男爵令嬢に危害を加える気がないってことをな。クリストフ、あれを」
「は」

 クロード殿下の後ろに控えていた騎士が、そっと書類を手渡した。殿下はそれに視線を落とし、ゆっくり読み上げていく。

「お前は、貴族院でアンナ嬢にいろいろやったそうだな? アンナ嬢をののしったり、授業に行けないようにしたり。他には、水をかける、持ち物を隠す、ドレスを切り裂く……ははっ! なんだこれ。夕食のおかずを一品減らす、だ? 地味すぎて嫌がらせかどうかもわからない」

 私が犯した罪を目の前で読み上げられるなど、これ以上の恥辱ちじょくはない。
 そりゃあ、笑われても仕方ない内容ではあるだろう。けど、当時はそれで精一杯だったのだ。それ以上はできなかったのだから仕方ない。

「その事実が婚約破棄を招いたのでございます。恥ずべき失態です」
「確かにその行為自体は褒められたものじゃないが、お前はちゃんとフォローをしてるんだよな。律儀に、この夕食おかず事件にもよ。くくっ、やっぱりくだらない」

 殿下の言葉に、私は思わず目を見開いた。

「一個ずつ挙げていったほうがいいか? えっと、お前がアンナ嬢をののしった後は、決まって仲のいい友人や兄貴の野郎が現れていたそうだ。ののしられた後にアンナ嬢が一人になることはなかった。授業を受けられなかった時は、親切な教師が現れて特別授業を開いた。水をかけられた後にはちょうどよく水の魔法操作にけた生徒が通りかかり、ドレスを乾かしてくれた。持ち物を隠されてもそれが兄貴との仲を深めることにつながったり、ドレスを切り裂かれた後は、より一層美しいドレスを手に入れて夜会などで目立っていた。夕食のおかずは……まあ、これはいいか。アンナ嬢に何が起ころうとも、必ず誰かが彼女を助けている。こんなことってあり得るのか?」
「あの方の人徳でしょう。私にはなく、あの方にはあった。それだけでございます」
「あっそ。じゃあそのアフターケアをした全員が、同じ人物に指示されて行動しているって調べがついてたとしても?」

 さぐるような視線。思考の奥まで見透みすかすようなその茶色い瞳は、ひどく透き通っていた。
 私は、完璧だった――完璧だったはずなのに。
 貴族院に入り、とある危険を予見した私は、ディオン殿下に婚約を破棄してもらえるよう暗躍あんやくした。
 殿下は失敗を許さない、ある意味潔癖けっぺきなところがある。彼のことだから、きっと些細ささいな汚点であっても私を見限ると思っていたのだ。
 だが、思ったよりも私はディオン殿下の信頼を得ていたらしい。彼に見限られるのは、なかなか難儀だった。
 できることなら、アンナ様を傷つけたくなかった。けれど、そうしなければ失われる命がたくさんあったのだ。私は、心を鬼にして遂行すいこうするしかなかった。
 もちろん、ただ傷つけてそれっきりではいたたまれない。
 彼女の心が折れてしまわないよう配慮したのだが、バレないために最善を尽くしたつもりだった。けれど、クロード殿下はそれを見抜き、調べをすませているという。
 誰も気づかなかったことに、彼は気づいた。
 私は目の前の男に対する警戒心を最大限まで上げた。

「おほほ。たわむれが過ぎますわ、殿下。私にそんな力はありません。嫉妬しっとに狂った女のみじめな末路と、笑ってください」
「このままだと、おそらく父上とパトリスは、兄貴に婚約破棄の撤回をすすめるだろうな。いや、パトリスはまだしも、父上は間違いなく、だ」
「なっ――!? どうして!」

 思いがけない言葉に立ち上がりそうになる。しかし、そっと肩に手を置いてくれたシュザンヌのおかげで助かった。寸前で腰を落ち着けると、すぐさま表情を引きしめて殿下を見る。

「それが国益になるからだ。この国の平和と王家を守るためには、兄貴じゃ足りない。レティシア嬢……お前の力が必ず必要になる」
「そんなことありませんっ。私のおこないは王妃にはふさわしくありませんわ」
「ふさわしいかどうかの問題じゃない。それは、お前が一番よくわかっているはずだろ?」

 どこか勝ち誇ったように、笑みを浮かべるクロード殿下。彼は組んでいた足を解いて、ぐいっと身を乗り出した。

「それに、気づいているか? 過失で婚約を破棄されたはずのお前が、元の関係に戻ることをかたくなに拒否している今の状況が、おかしいって」

 しまった。
 そう思った時には遅かった。本当なら、私は喜ばなければならなかったのだ。陛下やお父様が元のさやに戻そうと考えてるなど思ってもみなかったから、動揺してしまった。完全に失敗だ。
 なんだ、この王子。何がしたいんだ? 
 疑問を抱きつつ、私はクロード殿下をじっと見つめた。

「最初は不思議だったんだ。あのシャリエール家の令嬢、淑女しゅくじょかがみとまで言われるレティシア嬢が、陰湿ないじめを? まさかと思って貴族院で目撃証言を集めてみたら、本当にしてるんだもんな。けど、そこで一番の謎が残る。それは、なぜお前が婚約を破棄させるように仕向けたのか」
「だから、ずっと言っているではありませんか。私の不徳の致すところだと」

 すこしむっとしながら言う私に対して、殿下は食い気味に言葉を重ねてくる。

「面倒だから、もうその設定はやめてもよくないか? いいから聞け。その謎はしばらくの間解けなかった。俺だって、王家と影響力の大きいシャリエール公爵家がつながることは、国にとっていいことだと思ってたからな。それを阻止するお前にどんなたくらみがあったのか。シャリエール家以外の公爵家について調べを進めると、おのずと答えにたどり着いた」

 ああ、目の前の男はもう気づいているんだ。私のたくらみに。努力の結果がもたらしたものに。

「この国に、公爵家は四つある。仮に、シャリエール家以外の公爵家を、三公と呼ぶことにしようか。そう……三公は、お前らの婚約に懸念を抱いていた。実質はともかく、表面上は同格として体裁を保ってきた公爵家のバランスが崩れることを、恐れたんだ。王家と婚姻でつながれば、シャリエール家は他の三公よりも政治的な影響力を持つことは間違いない。それは、三公にとって我慢ならないことだったんだろう」

 クロード殿下は、私が調べ、考えた通りに話を続ける。
 これは誰にも言えないことだったのに。言ってしまえば、ディオン殿下のみならず、お父様や陛下も否定することにつながるから。

「三公は、静かに準備を進めていた。婚約を進めようとする父上とパトリスの隙を突いて、食料や、武器や、人材の準備を。すこしずつ、すこしずつ……それこそ数年単位で」

 クロード殿下の話を聞きながら、ぐっと唇をむ。
 だってしょうがなかったじゃない。私にだって、ディオン殿下を支えていこうと思っていた時期はあった。彼に、もうすこし王としての資質が備わっていれば。そう思わなかった日はない。けれどディオン殿下にそれを求めることは難しかった。だから、私が泥をかぶらなきゃならなかった。

「今回の婚約破棄の裏にあったもの。それは、痴情ちじょうのもつれでも、父上達の思惑でも、公爵令嬢の酔狂でもなんでもない。それは――内乱だ」

 頭の中に心臓の音が木霊こだまする。
 鳴りやまない音が、私の不安をこれでもかと駆り立てる。膝の上で組んでいる手に爪が食い込んでいることに気づいて、私は慌てて力を抜いた。
 前を見ると、クロード殿下がさも楽しそうにほほ笑んでいる。
 遠目には、お茶会を開いているようにでも見えるだろう。しかし、ここはそんな楽しい場ではない。私がそっと進めてきた、人生をかけた大博打おおばくちが失敗に終わろうとしている現場だ。

「……ほ、ほほ。ご冗談を。どの貴族の方も、王家を支えていきたいと、心から思っているはずです。内乱なんて物騒な言葉を口にすることすらありえませんわ」

 必死につくろう私に対し、クロード殿下はため息をつく。

「はぁ、もうつくろわなくてもいいんじゃないか? 別に、俺は今回の件について何かするつもりはない。お前の思惑に気づいたことを、誰かに話そうとすら思ってもないんだから」
「は?」

 思わず、間抜けな声が出た。
 え? じゃあ、クロード殿下は、一体何しに来たの? まったくもって訳がわからず、私は大げさに首をかしげてしまった。

「公爵令嬢がそんな間抜けづらをさらすな。まあ、不思議に思うのも無理はないか。俺がここに来たのは、お前の計画には大きな穴があると指摘するためだ」
「大きな……穴ですか?」
「ああ。それは、俺にとって看過できる問題じゃない。だから、こんな田舎いなかにこうしておもむいたし、直接お前と話すことにした。兄貴は計画のの字にも気づいちゃいなかったからな」
「それは、そうでしょうけど……」

 はぁ。もうここまでばれてるなら、彼の言う通り、これ以上つくろったところでしょうがないだろう。っていうか田舎いなかとか、一言多いし。
 確かに私は、内乱を避けるために婚約破棄をくわだてた。クロード殿下の言うことは事実だ。
 私が内乱の予兆に気づいたのは、あるお菓子がきっかけだった。
 この国で好まれるのは、クッキーやケーキのような、子どもからお年寄りまでが食べやすい焼き菓子。だが、貴族院に入り、シャリエール公爵家以外の三公の領地を回った際、それらと異なるお菓子が量産されていることに気がついた。
 三公の領地で量産されていたのは、硬くて食べづらい上に、甘くもない焼き菓子だ。
 そんな菓子が流行するものだろうかと不思議に思い、貴族院で三公にゆかりのある者達に聞いてみると、誰もが流行はやるはずがないと一笑した。『公爵様がお好きなだけで、たみが好んで食べることはほとんどありません』と。
 調べた結果、彼らの言葉通り、焼き菓子はそれぞれの公爵家が領内の菓子店に作らせている物であった。そして、それを買っているのも公爵家。
 違和感を覚え、三公の商人との売買履歴を調べて――日持ちのする食料を他領から買いつけていることが発覚した。それも、あまり目立たない量を少しずつ、数年にわたって。
 しかし、それらの食料が市井しせいに売りに出されている様子はないし、他領に転売しているわけでもない。
 三公が日持ちのする食料を溜め込む理由を考え、私は『もしや』と不安に駆られた。そして、彼らを徹底的に調べた。結局三公は、食料だけでなく、お金や人材、多くのものを集めていた。
 まるで――戦いの準備を進めるかのように。
 最初は気のせいだと思いたかったけど、情報を集めれば集めるほど、ディオン殿下と私が結婚した後に悲劇が起きるという確信が増していった。
 内乱を回避するには、私達が結婚しないことが一番だ。
 もちろん、お父様にこのことを話すこともできた。
 けれど、誰も何も気づいていない現状でこの爆弾を投下することは、私にはできなかった。それこそ、派閥争いに拍車をかけ、国が分裂する未来しか浮かばない。人知れず内乱の危険を消失させる――そう考えた時、私がコントロールできる中で一番現実的だったのが、婚約の解消をうながすというものだった。
 うまくいったと思っていたけど、大きな穴ってなんだろう……気になる。

「それで、私の計画に何か問題が?」
「ああ。それは、内乱を回避したあとの、国の行く先に決まってるだろ? っていうか、お前はそれに気がつきながらも目をつぶったんだろうな。兄貴がお前以外の令嬢と結婚して国を仕切っていったら、遠からず、国は衰退すいたいするだろう。この国に待っているのは、破滅と混沌こんとんだ」

 その言葉に、私は口角を上げて答える。

「あら……それは、ディオン殿下と他のご令嬢を見くびりすぎではないのですか? もしかしたら、うまく国を繁栄させていけるかもしれないじゃないですか」
「それが難しいのはわかってるんだろ?」

 ため息をつきながら頭を抱えるクロード殿下。彼の意見は、確かに共感できるものだった。
 というのも、ディオン殿下の優秀さは、とてもいびつなものだからだ。
 ディオン殿下は、頭は決して悪くない。それどころか、貴族院でも常にトップの成績を誇るほどの秀才である。加えて、清廉せいれん潔白をその身で体現するかのごとく、悪をよしとしない正義感を持っていた。
 これだけを聞けば、王にふさわしいように思えるが、知性と正義感だけでは国は治められない。
 ディオン殿下に決定的に不足しているのは、悪をも包みこむうつわの広さと、それを可能にする柔軟性だ。
 私も聞いた話なのだけど、小さいころの殿下は、それはもう厳しい教育を受けたらしい。
 年齢以上に知識を吸収していく殿下に、周囲の者は期待したという。事実、本人もその期待にしっかりこたえたようだ。
 やがてディオン殿下は、自分は決して間違わないのだと過信するようになった。
 他者の言葉を聞き入れず、独自の判断だけで動くようになったのだ。
 ある時は、外交の場で些細ささいな失敗をし、王家に恥をかかせた臣下を、その場で解雇した。
 またある時は、城につかえる者が足しげく通っていた賭場とばで彼が破産に追い込まれたと知り、その賭場とばを問答無用で潰した。
 王族に苦言をていした者達を、すべて捕まえ拘束したこともあった。
 殿下は狭い視野、かたよった価値観で物事を見ているから、こうした判断を下す。しかし本来、小さな失敗は正せばよいのだ。
 確かに臣下が王家に恥をかかせてはいけないし、人を破産に追い込む賭場とばなど危険極まりない。王族への苦言は、時と場合によっては不敬罪にあたるだろう。
 とはいえ賭場とばの件に至っては、そもそも賭け事にうつつを抜かす者の責任もある。王家への苦言は陳情ちんじょうとして受け取り、改善への道しるべとすべきだ。
 陛下も幾度となく諭してこられたが、殿下には理解していただけなかったらしい。お父様が沈痛な表情でそう語っていた。
 だからこそ、ディオン殿下には彼を裏からサポートし、時にはその間違いを正せる婚約者が必要だった。
 そして、私に白羽しらはの矢が立ったのだという。確かに、私は身分もあるし、自分で言うのもなんだけど、能力的にもそれなりだ。殿下をサポートしていくには、うってつけな存在だったのだろう。
 けれど、そういった理由での婚約が国を破滅に導くなんて、それこそ大問題だ。
 クロード殿下の言う懸念はわかっていたが、内乱が起きた時の被害と天秤てんびんにかければ答えは一つ。
 私は、ニコリとほほ笑むと、わざとらしく肩をすくめた。

「あら? 内乱を起こして国力を低下させ、他国に攻め入られるほうが、流れる血だって多いのではありませんか?」
「やっぱりわかっていやがったか。なら、なんで国の衰退すいたいを避けようとしない」

 私はハンと鼻を鳴らした。彼はどうしてわかりきったことを聞くのだろう。

「なぜって、それを考えるのは王の務めだからです。私はすでに無関係。そんなの、知ったこっちゃありません」
「なんだ、いきなり口調まで砕けやがって」
つくろってもしょうがないと言ったのはそちらでしょう? この場での話は内密にしていただけるという話ですし。もちろん、私の口調も水に流してくださるんですよね? 殿下?」
「はっ。いい度胸してやがる。まあ、いい。それはそうと、関係ないっていうのは、どういうことだ? 公爵令嬢の言うことじゃないだろう」
「たかだか公爵令嬢には、国の衰退すいたいを避けることはできませんから。それに私のたくらみなど、殿下にあっさりあばかれてしまうくらいポンコツですしね。とてもお役に立てません」

 私の言葉を聞いて、クロード殿下はいぶかしげにこちらを見つめてくる。
 何かを見通そうとするその瞳は、焦りとは別の理由で、私の心臓を跳ねさせた。

「それで? そのことで私を糾弾きゅうだんしに来たのですか?」
「まさか。国の危機をいち早く察し、その危険を避けるために尽力してきたレティシア嬢に、そんなことをするつもりはまったくない」
「では何を――」
「情報を集める力と、それらをつなぎ合わせて未来を導き出す頭脳。加えて、視野の広さと先見のめい。ただの令嬢としておくには、惜しいと思ってな……」

 言いたいことがはっきりしない言葉に、私は「はぁ」とため息のような相槌あいづちを打つ。
 すると、そんな私の前に、クロード殿下が突然ひざまずいた。そして私の右手をそっと取り、そのまま、うるんだ瞳で私を見つめてくる。

「アレンフラール国の王位継承権第二位。クロード・アレンフラールは、あなたを妻にめとりたくまいりました。この国のうれいを絶つため、一緒にこの先の人生を歩んでいってくださいませんか?」

 唐突に紳士と化したクロード殿下は、熱を帯びた視線を送ってくる。
 吸い込まれそうな彼の瞳に、私の顔は熱くなる。美しい男性に結婚を申し込まれるなど、生まれてこのかた、初めてだから。
 クロード殿下はにこりとほほ笑み、私の手に向かってそっと顔を近づけてくる。まさかの展開に、私の頭はショート寸前だ。ドキドキと高鳴る胸にいたほうの手を置き、ぎゅっと握りしめる。
 そんな私をちらと見て、殿下はそっと目を閉じた。そして、殿下の唇が私の手の甲に触れようとしたその瞬間――

「目つぶし」
「ぐわっ!」

 私は容赦なく、人差し指と中指を殿下のまぶたに突き刺した。

「なに、その、さっきまでとまったく違うキャラ。どん引きなんですけど。これでも私、婚約破棄を言い渡されて傷ついた乙女ですよ? 突然現れた人にいきなり求婚されて、はいそうですか、とうなずくと思ったんですか? それに、クロード殿下も王家の人間じゃないですか。そしたら、ディオン殿下と比べたらマシだとしても、結局は内乱を引き起こす元となってしまいます。そんな結婚、受け入れられるはずありませんし、口づけも許した覚えはありません」

 心の声がそのまま口から出てしまった。
 ついやってしまったが、とりあえず、衝動的に目つぶしをしてしまったことを謝らなければ。ちなみに、この行動は公爵令嬢としての私ではなく、前世の私のものだ。
 こんなところまで前世の私が影響していると思うと、もはや私ははたからみたら別人になっているのではないだろうか。いや、決してそんなことはないと信じたい。

「目つぶしの件は申し訳ございませんでした。これも、先ほどと同じく、水に流してくださるとありがたいのですが」

 痛みにうめいていたクロード殿下は、ようやく開いた目で私を見ると、こらえきれなくなったように大声で笑いはじめた。

「ははっ、なんだよそれ! あははははっ! 目つぶしとか、ガキじゃあるまいし! はは!」

 不敬罪という言葉が頭にちらついていたけど、殿下がここまで笑ってるなら、大丈夫だろう。大丈夫だよね。きっと、大丈夫……

「面白い! 気に入った! お前――いや、レティシア。さっきの求婚は取り消そう。実は、まだ目の前の令嬢にこんなことがしでかせるのか疑問で、試すためにああ言ったんだよ。淑女しゅくじょを、しかも婚姻というデリケートな話題で試すような真似をして、悪かった。この通りだ」

 そう言うと、クロード殿下は頭を下げる。先ほどよりもさらに驚くべき豹変ひょうへん具合に、私は思わずうろたえた。

「で、殿下!? やめてください。頭を下げるなど。王家の人間がそのように頭を下げることなど、あってはなりません!」
「まあいいんだ。なんたって、くくっ。天下の公爵令嬢が……こんなっ、馬鹿みたいな女なんて、面白すぎる! ははっ、はははははは!」

 そう言って大笑いする殿下を見て、私の中で何かが湧き上がってくる。これはあれに違いない。失礼な人に対して、当然持ってもいい感情。そう、怒りだ。

「むきーーー! 馬鹿とはなんですか、馬鹿とは! そっちこそ、求婚の言葉で人を試すなんて、人としてどうなんですか! 人でなし! 腹黒!」

 盛大にしかめっつらを作って顔をそらす。それでも笑いをらし続けるクロード殿下がいた。
 何が面白いんだか。私は、まったくもって気分が悪い! 

「いや、そんなに怒るとは思ってなかったからな。今度こそ悪かった。それこそ、お前と敵対したい訳じゃない。むしろ、協力体制を作りたいんだよ」
「どの口が言いますか」
「そうねるな。さっきも言ったが、お前の計画がこのまま成功するとして、国はおそらく衰退すいたいしていく一方だろう。別に俺も、王位を望んでいる訳じゃないからな。だが、王家の一員として国の行く末は気になる……。その未来を変えるべく、お前の力を借りたいんだ」
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