憧れの世界でもう一度

五味

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二章 新しくも懐かしい日々

訓練は続く

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「それでは、ここまでにしましょうか。」

イマノルが、少し間合いを開けて、オユキにそう告げる。
先に受けに回ったトモエが、無造作に見えるイマノルの薙ぎ払いで、軽々と足を浮かされているのを見たこともあり、終始、躱すか逸らすかと、それに意識を費やしたこともあり、短い時間ではあったが既に大きく呼吸が乱れていた。

「お二方とも、やはりよく訓練をされているようですね。
 とっさの動きに、やはりぎこちなさが見られますが、まぁ、これならこの町の近隣であれば、よほどのことが無い限り問題ないでしょう。」
「ご指導、ありがとうございます。」

オユキは逸らすだけでもしびれた手を、軽く振りながら、そう返す。

「いえ、こちらも勉強になりました。
 トモエさんの、槍先を狙って切り落とす返しには、やはりヒヤッとしましたし、オユキさんの逸らしも、全力で槍を振っていれば、致命的な隙になったでしょうから。
 やはり、魔物とは勝手が違いますね。私達も、たまに人相手はやりますが、何処か力に頼ってと、そうなっているのだと、改めて気が付きました。」
「逆に私たちは、人相手の理合いしか身に着けていませんでしたから。
 まさか、受けたはずが、そのまま浮かされるとは思いませんでした。
 体格もほとんど変わらないはずですのに。」

立ち合いの終わりを見て近寄ってきたトモエが、そういいながら、話に混じる。

「そうですね。人もそうですが、魔物も見た目からは想像できない力を持つものもいますので。
 油断して受けると、ああなりますから。」
「ええ、今後も気を付けます。」
「さて、どうしましょうか。これ以上は恐らく過剰になるとは思いますが。」

そう、イマノルがオユキを見ながらそう告げる。
トモエはまだ体力に余裕もあるだろうが、オユキのほうは、そろそろ疲労が隠せなくなり始めている。
肉体もそうだが、慣れない体躯で集中力を要する作業を繰り返したため、精神のほうが付かれ始めている。

「そうですね、私のほうは、もう集中が難しいでしょう。
 少なくとも、しばらく休まないと、あまり身になりそうもないですね。」
「オユキさんは、体の成長が先ですね。
 よく食べ、よく動き、よく休むことです。」

そうして、武器を戻す前にと、衣類と合わせてトモエが買ってきた布で軽く武器の手入れを行う。
その様子を見て、イマノルは感心したように頷くながら、彼もそれに混ざる。

「武器の扱いも、随分と心得ておられるようですね。
 自分の命を預ける物です、いい心掛けです。」
「その、少々失礼な物言いになるかもしれませんが。」

そうトモエが切り出せば、イマノルは、なんでしょうとそう応える。

「その、イマノルさんは、私の知っている、前の世界のものとはなりますが、傭兵とそう呼ばれる方よりも、随分と丁寧ですから。
 立ち合いの最中も、何か型としての動きもされていましたし。」

何処か申し訳なさそうにトモエが聞けば、イマノルはそれに一つ頷いて、さらりと答える。

「ああ、そのことですか。私はもともと、王都で騎士団に所属していましたから。
 所謂お役所仕事に疲れて、こうして外に出てきました。」
「そうなのですか。」
「そういった背景ですので、まぁこのように。」

そういって、イマノルが苦笑いをする。

「それでは、槍術などもそちらで?」
「いえ、騎士団の正式装備は、幅広剣に盾ですからね。槍は家のものです。
 お二人が興味があれば、紹介しますよ。父も、珍しい理合いと、喜ぶでしょうから。」
「そうですね、旅ができる、その程度まで腕を磨けば、その時は。」

と、そんな話をしているうちに、武器の手入れも終わり、元あった場所に立てかける。
さて、まだ帰るには早い時間だろう、そう考えオユキはトモエに声をかける。

「まだ時間が入ようですから、短刀術を少し見せていただいても宜しいですか?」
「あまり魔物の相手に向く、そういったものではありませんが。」
「森に入れば、どうしても槍よりはと、そういう場面も出るでしょうから。」
「そうですね、森の中では長柄を振れる場所も少ないでしょう。
 周囲の障害物事と、そういった方もいらっしゃいますが、まぁやめていただきたいですね。」
「分かりました。ただ、人相手、そのつもりで聞いてくださいね。」

そういうトモエに、オユキはこちらに来た時から持っていた、短剣を腰につるす鞘ごと差し出す。

「私は、席を外したほうが?」
「いえ、ご興味がおありでしたら、どうぞ。お耳汚しかもしれませんが。」

そうトモエが返せば、イマノルはそれでは、遠慮なくと。その場で見ることとしたようだ。
オユキから短剣を受け取ったトモエは、さやから抜かずに、何度か不利、バランスを確かめた後に、構えを取り、説明を始める。

常に牽制として、自分と相手、その間に刃を置く。
自分の体は、半身に構え、刃に隠すように。
振って切るのではなく、相手の動きに合わせ素肌にひっかける、その意識を常に持つこと。
よほど余裕があるのでもなければ、致命傷を狙える武器ではない、そういった心構えから、いくつかの型まで。

その披露が終われば、オユキと、イマノルも手をたたく。

「いや、実にお見事。
 なるほど、ナイフも突き詰めれば、ここまでのものですか。」
「お目汚しを。」
「それこそ謙遜でしょう。いや、実に良いものを見させていただきました。」
「相変わらず、お見事でした。
 ただ、やはり今の私向け、そういった理合いが多いようですね。」

オユキがそういえば、トモエもその言葉に頷きながら、短剣をオユキへと返す。

「そうですね。それと、今のは片刃の想定での動きですから、両刃の場合は、いくつか使えませんので。」
「分かりました。長刀に関してもそうですが、一度そういったものが無いか、確認してみましょうか。」
「片刃のものでしたら、ありますよ。」

オユキとトモエの会話に、イマノルがそう口をはさむ。

「ここでは金属資源が取れませんから、それこそ王都より北に行く必要はありますが。
 左手に、盾の代わりに持つ方もいますし、そういった方は片刃のものを選びますからね。」
「成程。ありがとうございます。」
「こちらで、どうしてもという事でしたら、商業ギルドに依頼を出せば、取り寄せてくれますよ。」
「ああ、そういった依頼も引き受けてくださるのですね。」
「ええ、値が付けばすべて商品、それが彼らのモットーでもあります。
 もちろん現地で買うのに比べれば、割高にはなりますが、そのあたりは、まぁ、ご判断ください。」

さて、それでは、ここまでとしましょうか。
そういって、イマノルは二人に軽く頭を下げて、奥のほうへと歩いていく。
その先にも扉があり、また別の施設に繋がっているのだろう。
外から見えた場所は、ここから直接出られる位置関係にはないが、それこそ外からは見えなかった部分で、あそこから番っているのかもしれない。

去っていく、イマノルにオユキとトモエも深く頭を下げてから、自分たちが来た方向へと戻る。
そして、変わらずそこに立っていた、ルイスと呼ばれた男から、預けた木札を受け取る。

「こっからも見えていたが、なかなか腕が建つようだな。
 正直、初日でイマノルと最後までやりあえたのは、久しぶりだ。」
「はい。かなりの方でした。」

そこでも、そんなことを簡単に話して、傭兵ギルドの受付へと戻る。
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