憧れの世界でもう一度

五味

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二章 新しくも懐かしい日々

鍛錬の時間

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「くそが!」
「大声で叫べば、呼吸が乱れますよ。」

大声で何かに対して罵りながら、少年が走る。そして、何を言うでもなく、もう何かを言う気力もないのだろう、そんな4人の少年が、ただひたすらに足を動かす。
彼の後ろでは、木製の幅広剣を片手にトモエが声をかけると、同時に、それを振って威嚇としての音を鳴らす。

「いや、元気があって実によろしい。」

屋内の訓練場を少年たちがただひたすらに、かれこれ一時間ほどだろうか、走るのを眺めながら、イマノルがそんなことを呟く。
そんな彼も、オユキの隣で見慣れない構えで、大剣を両手で持ったまま立っている。

「ええ、本当に。トモエさんも生き生きとしていますね。」

オユキも、昨日の夜、トモエと悩みはしたが、すでに解決済みであるため、その光景を懐かしみながら、昨日に引き続き、短剣を構えて、微笑んでみている。

「それにしても、オユキさんも昨日の槍術で技量は見たつもりでしたが。」

そういって、イマノルが首だけを動かして、オユキを見る。

「短剣もなかなか、堂に入っていますね。」
「短いとはいえ、剣の理合いが通らぬものでもありませんから。
 イマノルさんは、見覚えのない構えですが、それはどういった物でしょう。」

剣を立てて、体の前に。両脚は、正面に対して垂直に向けられ、重心もそのまままっすぐ下に。
構えた剣は柄が、肩よりわずかに低い、そんな程度の位置に置かれている。
そんな姿勢では、次に動くにも予備動作を行う必要があり、とても実戦で使えるようなものでもないだろう。
実際昨日の彼は、戦いの最中に見た限りでは、オユキの親しんだものとはまた違うが、今の物よりは、遥かに理にかなった構えをしていた。

「騎士団で、一番最初に仕込まれるものですね。
 己が身と、武器を盾に、背後にいる無辜の民、その一切に害を通さぬ。
 我らは武器の一切を隠さず、ただ正面から敵を討つ。
 そういった物です。」
「成程。儀礼的な意味合いも含むものですか。」
「ええ。流石に実践の場では、なかなか使いませんね。それこそ防衛線の開始を告げる、そんなときでしょうか。
 あとは催事であったり、騎士同士の試合、その始まりの時ですね。
 ただ、まぁ、この構えを最低半日続けるのが、始まりですからね。」

二人で、5人が走る足音と、それを追い立てるトモエの声を聞きながら、穏やかに話し合う。
話している間も、意識は常に武器に向け、手足の延長、刃先迄が自分の体になじむ様にと、構えを続ける。

「ほら、追いつかれましたよ。」

そういって、トモエが遅れがちな少女二人を、軽く小突くと、さして変わりはしないが、速度を上げる。

「くそ。こんなのなんの役に立つんだよ。」
「喋る元気があるようで、実に結構。
 走るのは全ての基本です。敵から逃げる、敵に近づく。
 ついでに体力もつく。この程度の時間走っただけで息が上がるようだから、丸兎相手に疲労困憊、そんなことになるんです。」

そう言うと、トモエが速度を上げて、まだ元気な少年の後ろ頭を小突く。

「くそが。」

再びそう叫ぶと、少年は速度を上げる。
リーダーとして振舞うだけあって、身体能力は5人の中で、確かに頭が抜けているらしい。

「私の時は、理由の説明もなく、ただ殴られましたねぇ。」

そう、イマノルは懐かしそうに目を細めて呟くと、数年後には自分がそうして追いかける側になりましたがと、そんなことを呟く。

「世界が違えど、基礎訓練は変わりありませんか。」
「どうでしょうか、狩猟者の方がどうされているかまでは、流石に分かりませんから。
 ただ、私達の場合は、装備を身に着けて、ですから。なかなか大変でしたよ。」
「それは、大変そうですね。」

騎士団の正式な武装、それは昨日見た物だろう。
全身を覆う金属鎧、50キロは優にあるだろうそれを身に着けて、ただ走る。
それは確かに大変なものだろう。

「半月もする頃には、皆慣れますよ。
 何よりそれを行う先輩方も、同じ装備で余裕をもって新人を追いかけまわすわけですからね。」

そんな話をしていると、流石に限界なのだろう。
足を縺れさせて少女が転ぶ。そこにトモエが割って入って、抱き留めひとまずの終了を宣言する。

「はい、そこまで。少し休憩にしましょう。」

そう言うと、まだどうにか足を動かしていた残りの四人も、その場に転がるように倒れ込み、大の字になって荒い呼吸を繰り返す。

「くそ、息一つ乱しちゃいねぇ。」
「あなた達に合わせてましたからね。本来なら、普段使いの装備をして、走るんですよ。」
「分かってる。くそ。なんだってこんなに。」
「足りない物は、身につければ宜しい。」

そういって、トモエがオユキとイマノルのほうへと歩いてくる。
その姿に、お疲れ様です、そういってトモエは汗をかいているトモエに布地を渡す。

「ありがとうございます。今まで気にしていませんでしたが、水などはこちらで頂けますか。」

そう、トモエが少年たちのほうを見ながらイマノルに声をかける。
思えば、前の世界その感覚のままだったが、確かにあの様子であれば、必要だろう。
外に出るときも、特に水筒など持ち歩かなったなと、オユキは今更ながらに反省する。

「おや、出せませんか。」

イマノルはそう言うと、構えを解いて、出した手のひらの上に水球を出して見せる。
その様子に、トモエが目を見開く。

「魔術ですか、そういえば、魔術ギルドに行こうと、そう言ったきりでしたね。」
「ああ、そうでしたか。技を修めておられるようでしたので、そのあたりも一緒に習っているとばかり。
 異邦人の方でも、魔術に長けておられる方は、何度かお見掛けしましたので、てっきり。」

そう言うと、イマノルは少し待っていてください、そういって、これまでオユキとトモエは使った事のない扉へと歩いていく。

「失念していましたね。」
「そうですね。慣れというのは、やはり恐ろしいものですね。
 これまで、外に出るときにも、気にしていませんでした。」
「早いうちに、伺ってみましょうか。さて、それでは私も、人数分の食事を買ってきましょうか。」

オユキがそう言うと、お願いしますと、そうトモエが言いながら、財布を渡す。

「持ち運びの容易なものがあればよいのですが。」
「一度もよってはいませんが、屋台の類がありましたし、歩きながら口にしている方もいましたからね、そういった物を見繕ってきますよ。
 あの子たちは食べられそうですか?」
「少し休めば大丈夫でしょう。昨日も疲れたはずですが、筋肉痛などの素振りも見せませんから。
 確かに、鍛えれば鍛えただけ、はっきりと強くなるのでしょうね。」

そういって、トモエが楽しげに笑う。

「分かりました。それでは、また後程。」

そういって、オユキはトモエと別れて、傭兵ギルドを出る。
その際に受付に座る男に用件を伝えれば、熱心なことだと笑いながら言われもしたが。

そして、ギルドから出て、一人で街を歩く。
思えば、こちらに来てからこうしてトモエと別れて何かをするのは、初めてだな、そんなことを考え歩を進める。
空を見れば、まだ昼には少し早い時間にも思える。
さて、何か手ごろな店があればいいが、そんなことを考えながらオユキはあたりを見ながら大通りを進む。
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