憧れの世界でもう一度

五味

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6章 始まりの町へ

新しい日に向けて

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「まぁ、あの子だけですよね、私達に勝とうと、そう本気で考えているのは。」

トモエのいう事に、オユキがそう頷けば、トモエも楽しげに笑う。

「ええ、あの頃のオユキさんと同じように。」
「私は、どうなのでしょう。義父、師に認められようと、そんなことは考えていましたが、正直なところ。」

そこで、オユキが口ごもる。
トモエだけでなく、当時肩を並べた相手には失礼な事ではあるのだから。

「ええ、こちらに来て、私も分かりましたとも。」

ただ、トモエはそれでも楽しげな表情を崩さない。
理由はオユキにも分かる。こちらに来てからというものの、トモエは実に楽し気に武器を振るい、技を楽し気に磨いているのだから。

「向こうでは、まぁ、誘惑が無かったと、望んだことが無かったといえば、やはり嘘になりますからね。」
「人相手ではりませんが。」
「それは、流石に気兼ねしますよ、私も。」

オユキが少し悪戯気に返せば、トモエもただ苦笑いで返す。

「ただ、人にしても技はともかく、総合で圧倒的に格上と、そういった方に困りませんからね。」
「魔物として、人型は、正直あの手の人形くらいしかいないのですよね。
 それこそ中型を超えてしまえば、人型ではあるものの、そういった事になりますから。」
「たしかに、あまりに大きくなれば、もはや武器ではどうにもなりませんからね。」
「一応、闘技場などもあったように思いますが、見世物は。」
「そうですね、好みはしませんね。」

そこで、互いに話を切って、それぞれにグラスを傾けながら、少しの間口に物を運ぶ。

「ただ、一度くらいは見てみたいと、そうは思います。
 こういった場であればこそ、そういった研鑽が見られればと、そうは思いますから。」
「道すがらではありますから、また寄ってみましょうか。」
「オユキさんは、何かありますか。」
「私は、そうですね。今は私が好きだったここを、案内したいと。
 それで、トモエさんが楽しいと、そう思って頂ければ。」

オユキは、今はそれで十分と、そう繰り返す。
結局のところ、疲労の原因はそれなのだろう。
以前あれだけ熱中し、面白いと、そう語り聞かせた物が、こちらに来てみて、お粗末なところが目立つ。
それに気が付いたトモエに、失望されたくないのだ。
楽しんでいたものが、そうでもないのだと。語って聞かせた、それほどの魅力があふれた世界ではないのだと。

「あまり、責任を感じなくてもいいかと、そう思いますよ。」
「私が誘ったようなものですから。」
「選んだのは私なのに、ですか。」
「私が勧めなければ、こんな選択肢はなかったでしょうから。」
「それは、そうかもしれませんが。」
「そういった意味で、それ以外の意味でも、トモエさんが楽しめる、それが第一です。
 だって、私はこうしてここに、トモエさんが一緒にいてくれる、それだけで嬉しいのですから。」
「それは、私もそうですよ。」

二人で手をそっと取り合って、話を続ける。

「私のためにと、疲れてしまうのは望むところではありませんが。」
「今日の事は、予想外、そうとしか言えませんね。」
「先ほどの話が正しいのなら。」
「これからも、たまにあるでしょう。ただ、まぁ、それもいいでしょう。
 いえ、心配をかけてしまう、その意味では望むところではありませんが。」
「私のためにと無理をして、それで心配をするなと、そう言いますか。」
「言いませんとも。それ以上に楽しんでほしい、そう願うだけです。
 なんにせよ、今回の事で諦めはつきましたから。」

そういってオユキは笑顔を作る。
肩越しに見上げる、前とは逆の位置関係、それがおかしいというのもあるのだが。

「所変わっても、面倒ごとは無くなりませんね。」
「それこそ人の世、それに変わりはないと、そういう事なのでしょうね。」
「ええ。」

そうして、ゆっくりと話しながらも、グラスを傾け、手をのんびりと動かせば、机の上にあったものも片付いてしまう。
もう少しと、そんなことも考えないではないが、それでもここまでとオユキはトモエに声をかける。

「さて、明日のためにも、今は眠りましょうか。」
「そうですね。明日も、なんだかんだと忙しい一日になりそうですから。」

そうして、オユキが立ち上がろうと思えば、トモエに抱えられて、そのままベッドまで運ばれる。
部屋にはそれぞれにベッドはあるが、今日はそういう気分なのだろう、オユキを寝かせた後はトモエも隣に並ぶ。
こうして一緒に並んで寝るのは、それこそ始まりの町を出て以来だろうか。

「今は休みましょうか。」
「そうですね。嫌なことは一度吐き出したら、忘れるだけです。」
「忘れてはいけない事だけは、まぁ、覚えておきますとも。」
「まったく、かかる火の粉は払わなければ、そうは思いますが、あの方たちも完全に敵と、そうするわけにはいかないですものね。」
「悪意を持って、そういう訳ではないから、厄介なのですよね。そして諭しても聞く耳を持たない、そうである以上、こちらから出来る事は可能な限り関わらない。それだけです。
 やむを得ない時には、今日のような対応になるでしょうが。」
「明日、一応狩猟者ギルドで確認しておきましょうか。」

そうして、明日の事を改めて確認すれば、二人で眠りに落ちる。
そして、目を覚ませば、多少は気が晴れており、朝食の後に少年たちを送り出す。勿論、護衛を付けて。
トモエとオユキは、そのまま数度顔を合わせた相手を部屋でのんびり待つかと、そう構えていたが、送り出して間もなく、それこそ飲み物に手を付ける、その程度の時間も置かずに、相手が現れた。

「朝早くから、申し訳ございません。」
「いえ、足を運んでくださった、そのことにただ感謝するのみです。」
「お言葉有難く。さて、早速ではありますが、まずは。」

そうメイが言葉を切ると、居住まいを正して、隣に立つ彼女の従者だろう、彼が差し出した書状を広げてから声を張る。

「この度、デズモンド・カーソン・マリーア公爵より、狩猟者トモエ、オユキに感状が授けられる。」

居住まいをただした彼女に合わせ、オユキとトモエも礼を取ってはいたが、掛けられた言葉に改めて頭を下げる。

「本来であれば、マリーア公爵自らが称すべき成果ではあるが、此度は我、リース伯爵家長女、メイ・グレース・リースが代理を務めるものとする。」

そして、そこから改めて公爵がどの品を喜んだかなどが、修辞をたっぷりに告げられる。
ただ、その中でも短剣に触れられていないあたり、彼女にそれを伝えるのは良しとしないことにしたのだろう。
あまりに無造作に渡したため、ともすれば気づけなかった彼女を責める声に繋がるのかもしれないのだ。
そう言った、意味では、悪いことをしてしまったものだと、オユキも少し反省する。
かかれたことを読み終わったのか、その書状を再度巻き取ったメイが差し出すのを、トモエが頭を下げたまま、手を伸ばして受け取る。

「では、堅苦しい話は、ここまでとしましょうか。」

受け取ったトモエに合わせて、二人が改めて頭を下げれば、メイからそう声がかかる。

「その、シグルドさん、でしたかしら。」
「はい、あの子は本日は教会へ寄進に。」
「まぁ、良い心掛けですわね、子供とそう聞いていましたから、先ぶれは出しませんでしたが、あの子にも公爵様からお礼の言葉を預かっていますわ。」
「昨夜、作法は出来ると、そう言ったところはみましたが、何分本人の気性もありますから。
 頂いた手紙を、大事に、教わりながら読んでいましたよ。」
「様子が聞けただけで、何よりですわ。それにしても。」

そうして、彼女が頬に手を当ててため息をつく。

「まさか、預かった短剣があのようなものだとは。」

どうやら、知らされていたらしい。

「その、私達としても扱いに困るものでしたから。」
「ええ、そうでしょうとも。私にしても、知らされてしまえば、あなた方を公爵家にと、そうする以外ありませんもの。父から聞かされた時には、思わずその場で倒れるかと思いましたもの。」
「ご迷惑を。」
「まぁ、私の心労、その意味ではそうですが、喜ぶべきもの、喜ぶべきことですから。
 そちらについては、お二方の希望をと、公爵様より伺っております。何かあれば。
 今出ないときは、アマリーアに言付けを、と。」
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