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8章 王都
一先ず
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公爵夫人との二度目の顔合わせは速やかに終わり、採寸も終わり、アナとセシリアの持ち込んだ衣装の直しが決まれば、後は今後の確認としてのんびりと歓談の場となった。
少々人数が多いとはいえ、そもそもそれができるだけの広さもあり、昨日は間に合わなかったのか、用意しなかったのか。今となっては広間に大きな机も用意され、20人近い人間が同時に座り色々と話し合う事となった。
「少々急な日程ですが。」
「いえ、それをする理由があるのでしょう。私共はただ従うだけ。」
一先ず今後の日程と、そう説明されたのが教会や神殿周りは流石に少し後かと思えば、そちらが優先され、4日後にはとそのような話をされることになった。
「相も変わらず物分かりが良い事。理由は。」
「高貴な方の都合、その斟酌を全て行う事などとても。ただ、ご厚情に報いる、そうあるのみです。」
「あら。少しは考えを聞いてみたいのですが。せっかくの席ですもの。」
「でしたら、茶菓の共に、つまらぬ予想ではありますが。」
最も席の主役とされているのは、どうしても公爵夫人とオユキになる。
実際の経験で言えば、こういった席であればトモエの方が優れてはいるのだが、見目の問題もありオユキが引き受けなければならない。今後アナとセシリア、アドリアーナも似たようなやり取りを求められていくだろうが、今は公爵夫人の伴って連れてきた侍女たちに側に立たれて、すっかり委縮してしまっている。
教会まで、王妃を伴う以上、そちらでも席は用意される。つまり授業の時間は既に始まっているのだ。
オユキにしても、少々視線は感じることもあるが、そこまで逸脱していないと、そう判断されているらしい。文化圏の違いも考慮されているようではある。
「恐らくではありますが、王太子様の気が急いておられるのかと。」
「陛下もです。」
オユキの予想に、公爵夫人はただため息をこぼす。
「全く、大の男がそわそわと。」
「王太子様にとっては、初めてのお子様ですし、初孫ともなるのでしょうから。」
「それにしても、生まれて間もない子を洗礼のために連れ出そうなど。全く。」
その言葉にオユキとしてはまさかと思い、トモエも眉を顰めるが、そちらは否定される。
「それは王妃様と、王太子妃様の両名が抑えました。」
「となると、月と安息の教会から、司祭様の手伝いを求める事になりますか。失礼いたしました、あまりの事に言葉が。」
オユキとしては予想からあまりに外れた事柄が告げられたため、この場で口にすべきではない、そう考えていたことが少々漏れ、言葉遣いに対するものとして謝罪する。
その振る舞いに、公爵夫人が口元を扇で覆ったうえで、オユキに言葉をかける。
「そうですね。この場は教育も兼ねておりますから。勿論私的な場であれば、夫同様、私も崩すことを認めるつもりではありますが。」
さて、笑い声も立てずに口元を覆った以上は、今この場にいるもの相手では口にすべきでない、そういった事柄であるらしい。
トモエを一度見れば、それに頷きが返ってくるあたり、オユキの予想は正しいのだろうが、それにしても女性の仕草によるサイン迄は、完全にオユキの範疇外ではある。今後扇を使うにしても、鉄扇が頭に浮かんでしまう、そういった手合いではあるのだから。
「申し訳ございません。洗礼は城内で行う事になるのでしょうが、そうであれば人手を頼むことも私も考えが及ぶのですが。」
一先ずそれらしい理由を付けたうえで、少年たちにに視線を向ける。
流石に、そういった場には早いと、少なくとも王太子の子ともなれば、それにまつわる事柄は公務だ。それに同席を出来るほどにと考えれば、流石に少年達ではと。
「流石に分ける事にはなるでしょうが、少なくとも同道はすることになります。」
その言葉に表面上の意味はしっかり伝わっているようで、少年たちの表情がさらに強張る。
実際には馬車の荷物、そうなりはするのだろうが。
彼らにしても、此処でみっちりと教えられることになりそうだ。少なくとも伯爵家に面目が立つ、そう思われる程度には叩き込まれるだろう。
「御婆様。私は、その辺りは。」
「そうですね、これまで避けてきた、その埋め合わせとも考えはしましたが、貴方は同行しない方が良いでしょう。」
「分かりました。」
流石に公爵の孫が王太子の孫に関わる事柄、それに大いに関わってしまえば、後々面倒もあるのだろう。
そうであるなら、アベルはどうだろうかと視線を送れば、ただ肩を竦めて返される。護衛の責任者、そこは譲れないという事であるらしい。どうにも、王太子と公爵、その二人がいる場を単独で任されることまでを考えれば、この人物にも、元騎士団の長、現傭兵ギルドの長、それ以外にも何かありそうではあるが。
「さて、他の理由については追々としておきましょう。今は今後の確認ですからね。」
「畏まりました。」
「教会へ向かう、その日程が急ぐこととなりましたので、まずはそちらから。衣装も急ぎとなります。本来は余裕を持って行うべきことなのですが。」
そうして公爵夫人が姿勢を崩す。硬い場はここまでで、後はもう席を辞すという事だろう。どうにも直近の予定しか伝えられないことを考えると、なかなか愉快なパワーゲームが巻き起こっているらしい。
遠方と連絡が取れなければまだしも、取れてしまう以上、配慮の必要な相手と話を纏めるために難儀もするであろう。
「では、一先ずの採点ですが。」
されるだろうとは思っていたが、そこから少々公爵の厳しい評価が続く。40点を辛うじての境界と考えれば、それを超える事が出来たのは、アベルとアイリス、トモエだけというなかなかに手ひどい評価だ。
「私もですか。」
そして、その結果に、オユキよりも低かったという事実にファルコが分かりやすく落ち込む。
「オユキ。」
「今回の席については、主催、場は確かに私どもの間借りさせて頂いている場ではありますが、ホストはやはり公爵夫人様です。そのお方と一番関係の近いファルコ様が、本来であれば私共をご紹介いただく、そういった流れから入るのが。」
「初めからではないですか。」
「茶会の振る舞いではなくとも、夜会でも晩餐でも、本来であればあなたが行うべきことを行わず、それを察したオユキに、年長であるとそう聞き及んではいますが。」
「いえ、そうですね。成程、私は師事しているつもり、そうでしかないという事ですね。」
加えて彼としては、トモエを既に師として仰ぐ、その心構えは持っているからこそ、そういうこともあるのだろうが。
「その、ファルコ様。」
そうであれば彼は雑事を師に任せる、そうなってしまうためにさらに減点されるのだが。
公爵夫人も分かりやすくため息をついてしまう。ことこれに関しては彼女の手から離れ、彼の両親、娘、義理かどうかは判断が出来ないが、そちらの評価もしっかりと下がったようではあるが。
「オユキ、その辺りは流石にこちらで。ファルコ、後程改めて話があります。」
公爵夫人の浮かべる笑顔には分かりやすい迫力があるなと、オユキとしてはそんな事を考えてとりあえず現実から意識を逸らして置く。少年たちにしても、0ではないことくらいしか救いのない点であったのが応えているようではあるし。
少なくとも、侍女たちに渋い顔をされていた、それに気が付けなかった当たり、補佐ができる人員、それに気が付けなかったところが、最も大きい減点ではあるのだが。
正直そこを除けば、少女たちに関してはオユキと大差はないのだから。
「オユキは、そうですね。」
「自覚はあります。加えて基礎となっているものが。」
「ええ、アイリスと共通するものですから、それは見て分かりました。ただ。」
そう、オユキとトモエにしても、今後は公爵家、王族の血縁者に使われる者とそうなる以上、他国の、異国の振る舞いはやはり許容されない場面も出てくるという事だ。
そう考えながらもオユキが頷いて返せば、それについては公爵夫人からの理解として、言葉が返ってくる。
「トモエは知っているようですから、概要はまずそちらから聞くのがいいでしょうね。それと、トモエにしても少々気配に厳しさが残っています。席に着いた以上、それは他の者に任せるべき事柄です。いえ、習い性という事でしょうね。」
「どうにも、意識して気を抜いてはいたのですが。」
「侍女が手を隠すたびに肩が揺れていたが。」
トモエにしてもアベルからしっかりと突っ込みが入るが、そればかりはどうしようもない。
特に暗器までをおさめたトモエにしてみれば、あのように武器が隠しやすい服であれば、警戒するなというのが無理のある事ではあるだろうし。
「なかなか、難儀しそうな者たちですね。」
「お手数おかけいたします。」
「順にと、そうするしかないでしょうね。まずは教会への同行、それからとしましょうか。
オユキとアイリスは優先すべき事柄があるので、そちらの調整もありますが。」
そして、しっかりと今後の午前中、その時間に行うべきことは決まり、オユキの予想から外れ、公爵夫人も離れではなく同じ屋敷の一室で、そうなる程度には前途多難だと示されて、慣れない場から解放されることとなった。
少々人数が多いとはいえ、そもそもそれができるだけの広さもあり、昨日は間に合わなかったのか、用意しなかったのか。今となっては広間に大きな机も用意され、20人近い人間が同時に座り色々と話し合う事となった。
「少々急な日程ですが。」
「いえ、それをする理由があるのでしょう。私共はただ従うだけ。」
一先ず今後の日程と、そう説明されたのが教会や神殿周りは流石に少し後かと思えば、そちらが優先され、4日後にはとそのような話をされることになった。
「相も変わらず物分かりが良い事。理由は。」
「高貴な方の都合、その斟酌を全て行う事などとても。ただ、ご厚情に報いる、そうあるのみです。」
「あら。少しは考えを聞いてみたいのですが。せっかくの席ですもの。」
「でしたら、茶菓の共に、つまらぬ予想ではありますが。」
最も席の主役とされているのは、どうしても公爵夫人とオユキになる。
実際の経験で言えば、こういった席であればトモエの方が優れてはいるのだが、見目の問題もありオユキが引き受けなければならない。今後アナとセシリア、アドリアーナも似たようなやり取りを求められていくだろうが、今は公爵夫人の伴って連れてきた侍女たちに側に立たれて、すっかり委縮してしまっている。
教会まで、王妃を伴う以上、そちらでも席は用意される。つまり授業の時間は既に始まっているのだ。
オユキにしても、少々視線は感じることもあるが、そこまで逸脱していないと、そう判断されているらしい。文化圏の違いも考慮されているようではある。
「恐らくではありますが、王太子様の気が急いておられるのかと。」
「陛下もです。」
オユキの予想に、公爵夫人はただため息をこぼす。
「全く、大の男がそわそわと。」
「王太子様にとっては、初めてのお子様ですし、初孫ともなるのでしょうから。」
「それにしても、生まれて間もない子を洗礼のために連れ出そうなど。全く。」
その言葉にオユキとしてはまさかと思い、トモエも眉を顰めるが、そちらは否定される。
「それは王妃様と、王太子妃様の両名が抑えました。」
「となると、月と安息の教会から、司祭様の手伝いを求める事になりますか。失礼いたしました、あまりの事に言葉が。」
オユキとしては予想からあまりに外れた事柄が告げられたため、この場で口にすべきではない、そう考えていたことが少々漏れ、言葉遣いに対するものとして謝罪する。
その振る舞いに、公爵夫人が口元を扇で覆ったうえで、オユキに言葉をかける。
「そうですね。この場は教育も兼ねておりますから。勿論私的な場であれば、夫同様、私も崩すことを認めるつもりではありますが。」
さて、笑い声も立てずに口元を覆った以上は、今この場にいるもの相手では口にすべきでない、そういった事柄であるらしい。
トモエを一度見れば、それに頷きが返ってくるあたり、オユキの予想は正しいのだろうが、それにしても女性の仕草によるサイン迄は、完全にオユキの範疇外ではある。今後扇を使うにしても、鉄扇が頭に浮かんでしまう、そういった手合いではあるのだから。
「申し訳ございません。洗礼は城内で行う事になるのでしょうが、そうであれば人手を頼むことも私も考えが及ぶのですが。」
一先ずそれらしい理由を付けたうえで、少年たちにに視線を向ける。
流石に、そういった場には早いと、少なくとも王太子の子ともなれば、それにまつわる事柄は公務だ。それに同席を出来るほどにと考えれば、流石に少年達ではと。
「流石に分ける事にはなるでしょうが、少なくとも同道はすることになります。」
その言葉に表面上の意味はしっかり伝わっているようで、少年たちの表情がさらに強張る。
実際には馬車の荷物、そうなりはするのだろうが。
彼らにしても、此処でみっちりと教えられることになりそうだ。少なくとも伯爵家に面目が立つ、そう思われる程度には叩き込まれるだろう。
「御婆様。私は、その辺りは。」
「そうですね、これまで避けてきた、その埋め合わせとも考えはしましたが、貴方は同行しない方が良いでしょう。」
「分かりました。」
流石に公爵の孫が王太子の孫に関わる事柄、それに大いに関わってしまえば、後々面倒もあるのだろう。
そうであるなら、アベルはどうだろうかと視線を送れば、ただ肩を竦めて返される。護衛の責任者、そこは譲れないという事であるらしい。どうにも、王太子と公爵、その二人がいる場を単独で任されることまでを考えれば、この人物にも、元騎士団の長、現傭兵ギルドの長、それ以外にも何かありそうではあるが。
「さて、他の理由については追々としておきましょう。今は今後の確認ですからね。」
「畏まりました。」
「教会へ向かう、その日程が急ぐこととなりましたので、まずはそちらから。衣装も急ぎとなります。本来は余裕を持って行うべきことなのですが。」
そうして公爵夫人が姿勢を崩す。硬い場はここまでで、後はもう席を辞すという事だろう。どうにも直近の予定しか伝えられないことを考えると、なかなか愉快なパワーゲームが巻き起こっているらしい。
遠方と連絡が取れなければまだしも、取れてしまう以上、配慮の必要な相手と話を纏めるために難儀もするであろう。
「では、一先ずの採点ですが。」
されるだろうとは思っていたが、そこから少々公爵の厳しい評価が続く。40点を辛うじての境界と考えれば、それを超える事が出来たのは、アベルとアイリス、トモエだけというなかなかに手ひどい評価だ。
「私もですか。」
そして、その結果に、オユキよりも低かったという事実にファルコが分かりやすく落ち込む。
「オユキ。」
「今回の席については、主催、場は確かに私どもの間借りさせて頂いている場ではありますが、ホストはやはり公爵夫人様です。そのお方と一番関係の近いファルコ様が、本来であれば私共をご紹介いただく、そういった流れから入るのが。」
「初めからではないですか。」
「茶会の振る舞いではなくとも、夜会でも晩餐でも、本来であればあなたが行うべきことを行わず、それを察したオユキに、年長であるとそう聞き及んではいますが。」
「いえ、そうですね。成程、私は師事しているつもり、そうでしかないという事ですね。」
加えて彼としては、トモエを既に師として仰ぐ、その心構えは持っているからこそ、そういうこともあるのだろうが。
「その、ファルコ様。」
そうであれば彼は雑事を師に任せる、そうなってしまうためにさらに減点されるのだが。
公爵夫人も分かりやすくため息をついてしまう。ことこれに関しては彼女の手から離れ、彼の両親、娘、義理かどうかは判断が出来ないが、そちらの評価もしっかりと下がったようではあるが。
「オユキ、その辺りは流石にこちらで。ファルコ、後程改めて話があります。」
公爵夫人の浮かべる笑顔には分かりやすい迫力があるなと、オユキとしてはそんな事を考えてとりあえず現実から意識を逸らして置く。少年たちにしても、0ではないことくらいしか救いのない点であったのが応えているようではあるし。
少なくとも、侍女たちに渋い顔をされていた、それに気が付けなかった当たり、補佐ができる人員、それに気が付けなかったところが、最も大きい減点ではあるのだが。
正直そこを除けば、少女たちに関してはオユキと大差はないのだから。
「オユキは、そうですね。」
「自覚はあります。加えて基礎となっているものが。」
「ええ、アイリスと共通するものですから、それは見て分かりました。ただ。」
そう、オユキとトモエにしても、今後は公爵家、王族の血縁者に使われる者とそうなる以上、他国の、異国の振る舞いはやはり許容されない場面も出てくるという事だ。
そう考えながらもオユキが頷いて返せば、それについては公爵夫人からの理解として、言葉が返ってくる。
「トモエは知っているようですから、概要はまずそちらから聞くのがいいでしょうね。それと、トモエにしても少々気配に厳しさが残っています。席に着いた以上、それは他の者に任せるべき事柄です。いえ、習い性という事でしょうね。」
「どうにも、意識して気を抜いてはいたのですが。」
「侍女が手を隠すたびに肩が揺れていたが。」
トモエにしてもアベルからしっかりと突っ込みが入るが、そればかりはどうしようもない。
特に暗器までをおさめたトモエにしてみれば、あのように武器が隠しやすい服であれば、警戒するなというのが無理のある事ではあるだろうし。
「なかなか、難儀しそうな者たちですね。」
「お手数おかけいたします。」
「順にと、そうするしかないでしょうね。まずは教会への同行、それからとしましょうか。
オユキとアイリスは優先すべき事柄があるので、そちらの調整もありますが。」
そして、しっかりと今後の午前中、その時間に行うべきことは決まり、オユキの予想から外れ、公爵夫人も離れではなく同じ屋敷の一室で、そうなる程度には前途多難だと示されて、慣れない場から解放されることとなった。
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