憧れの世界でもう一度

五味

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9章 忙しくも楽しい日々

確認とお願いと

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流石に案内された部屋は普通の応接間、そう呼んでもいい造りの物であった。最も迎えるためにその場にいた人物にしてもきっちりと鎧を着こんでいるからなおの事不思議な印象はぬぐえないのだが。
調度がこれまで見た物とさして変わらない、つまり鎧を着て利用することを想定されている造りには見えないのだが。思えばこの教会が祀る神にしても、当たり前のように鎧を着こんだまま椅子に座り飲み食いをしていたことを考えればらしいと思えるものでもあるのだが。

「お待ちしておりました。」
「ああ。巫女オユキとアイリスを案内して参った。」
「マリーア伯爵子息も、お手数をおかけいたしました。」
「何、同行しただけだ。さて、用向きについては巫女たちから直接頼む。」

そうしてファルコが話しながらも、アナとトモエの方でも案内の女性に声をかける。

「その。」
「如何いたしましたか。」

どうにも気後れがあるようだと、流石に任せきりにもできず、トモエが口を挟む形ではあるのだが。

「失礼。この子たちが始まりの町、ロザリア司教からこちらの教会へ向けて用向きが。それに合わせて衣装を。」
「ああ。畏まりました。さ、どうぞこちらに。」

そうしていれば持祭組の二人が連れられて部屋から出ていき、残り、この部屋で待っていた相手と同じ席に着くのは三人だけではあるが、それぞれが席に付き、早速とばかりに用件を切り出す。

「この度は、ご多忙の中お時間を頂きありがとうございます。」
「いいえ。巫女様。私共の頂いた勤めです。何程のこともありません。本来であれば先の件でこちらから出向くべきところをこうしてご足労頂き、こちらこそ申し訳ありません。」
「何分急な事とはなりましょう。そちらについてはやむを得ぬと、そう理解はしています。改めて、オユキです。今後も何かとあるでしょうが。」
「これは失礼いたしました。私はマルタ・マルス・プリエステス。いやしくも当教会にて、司祭の任を頂いております。」

どうにもこちらの神職は女性が多いようではある。これまで訪れた教会でも、男性もいるにはいるがやはり女性の方が目立つ。理由としては、トモエが言われた教えを広める任、それにかかわっての事となるのだろうが。宣教と称して未開地に、この過酷な世界で向かうなら、何かと男性の方が都合がいい物ではあるのだから。

「早速で申し訳ありませんが。」
「ええ、伺っております。後程紹介させていただきますが、当教会から助祭を一人お預けします。」
「忙しい中、こちらの都合を押し付ける形となり。」
「いえ、こちらで巫女様が練習をと、そうなれば、やはり。」

そうして司祭が愁いと共にため息をつくのだ。祭りの準備、それに気が付けば闘争を望む手合いの多い場、なんというか面倒になると、そういう事であるのだろう。祭りと喧嘩、それをセットで語るものも多い以上血の気の多さというのは、この場では良くない方向に働くものであるのだろう。

「必要な物については、祖母が手配を行う。手間をかけるが、先にそれらを認めて頂けるだろうか。」
「勿論ですとも。既に用意はあります。御戻りの時にお預けさせていただきましょう。それと。」

そういって改めて司祭から検分するような視線が、巫女二人に向けられる。

「お二人とも、こういった装いの慣れはなさそうですね。」
「浅学の身故、申し訳ありませんが、巫女も、そうなのですか。」
「少々華美な物とはなりますが。」

どうやら神像、神の姿に近い装いをするのが決まりなのであろう。
それを考えれば、確かにこれまでに出会った神職、始まりの町は恐らく創造神ではあろうが、水と癒し、月と安息にしても、共通する造りではあったのだから。
ただ、どちらにしても主たる神がそうであるように、オユキとしても馴染みのある長衣から逸脱した物では無かったため気に留められなかったということもあるのだろう。

「間に合うでしょうか。」
「そこは御婆様、失礼、マリーア公爵が間に合わせるであろう。マルタ殿、実際の日取り、巫女として両名が祭祀に参加するのは。」
「2週は先です。」

それにしても短い。

「その、巫女として、それまでに招かれるけれど。」
「流石に晩餐に鎧を着てと、そうはいきませんね。」
「個人ではなく、巫女と、その立場でですか。その場合も正装はありますので、そちらをご用意いただくことになるかと思いますが。」

司祭にしても、常に鎧という訳でも無いのだろう。流石にそういった用意はあるらしい。
ただ、司祭の表情を見るに、どうにも不安ではあるが。

「タバードにストールだけが決まっておりまして。」

オユキとしては、それがどういった物か、タバードについては先ほどからきているものをまま見かけるので分かるが、完成図がいまいち思い当たらない。
ただ、トモエとアイリス、二人して何やら視線がオユキに向くあたり、似合わないと、そういう事なのだろう。

「オユキさん、ストールというのは、こう肩から掛ける。タバード型だと、こうポンチョに近い物と言いますか。」
「ああ。」

確かに今の見た目でそれを着ようと思えば、なんというか微笑ましいものにしかなりそうにない。

「そのあたりは、ご用意いただく方の審美眼に任せるしかありませんか。」
「色と刺繍にも、決まりが。」
「彼の神の巫女として、色と紋章は外せないでしょうね。」

だとすれば、基本は赤。確かにオユキ自身似合うとは思えないし、メイにしてもトモエはともかくオユキの衣装には主体として使わなかったものだが。その辺りは、もうオユキにはどうできる物でもない。見た目の微笑ましさは甘んじて受け入れるしかない物だろう。

「そちらについてはご厚意に甘えさせていただくしかない身ですから。それにしても、祭祀の練習、こちらが不安ですね。」
「そうよね。流石に今からとなると、鎧を使っての練習なんて、どうにか前日にできればといったところかしら。」
「ご迷惑を。」
「いえ、私が持ち込んだ話だもの、こちらこそ、手間をかけて。」
「当日まで、また折に触れてお伺いさせて頂く事もあるかと思いますが。」
「ええ、喜んでお迎えさせていただきます。そうですね、場を整えるのには一週かかりますので。」

どうやらこの司祭にも話は伝わっているらしい。つまり神像については、それ以降に運んできてほしいという事だろう。そして、その前に王太子の晩餐があるという事は、それも巫女としての装束を、鎧ではないが着たうえで行ってくれという事であるらしい。

「畏まりました。」
「いいえ、ここまでご協力いただける、それだけでも有難い事ですから。」
「そういえば、私たち以外は。」
「戦と武技、ですから。」

そう、苦笑いと共に言われれば、その場にいる誰もが納得するしかない。

「詳細な日程については、後程ご紹介いただく助祭様と、それで宜しいでしょうか。」
「ええ。連絡については、お任せさせていただきますが。」
「ああ。当家の者を遣いとして出す。不便は無いよう心掛けはするが。」
「ままならぬこともあるでしょう。勿論、分かっておりますとも。」

用はオユキとアイリス、新しい巫女二人があまり目立ちたくないと、そういった希望があるために少々手を加えなければいけないとそういう事なのだが。

「それと、こちらは少々厚かましいお願いとはなるのですが。」

オユキがそう切り出せば、司祭が首をかしげる。

「生憎と異邦から来て間もない身の上です。有難くもお役目を頂きましたので、こちらにおける戦と武技の神、それにまつわる事柄、そのご教示を頂けましたらと。」
「ええ、勿論ですとも。我らの大切な御勤めです。」

そうして華やかに笑う様子は、その申し出を喜んでいただけているようで何よりではある。

「そうですね、巫女様方は、既にご存知の事は。」
「その、申し訳ないのだけれど。」
「お招き頂けた事はあるのですが、申し訳ありません。」

それについては二人そろって平謝りとするしかない。

「そうですね、では創世の話から、そうするのが良いでしょうか。」

そうして司祭が少し考えているところにノックの音が響く。どうやらアナとセシリアの用意が出来たようで、招き入れれば、確かに先の前提を考えれば二人とも異なる衣装を着ている。アナの物は見覚えのある、それこそ神職と聞いて想像するものではあるが、セシリアは両肩が出ている白い衣装、古い絵画に描かれるアルテミス、それがモチーフになっていると見て取れるものではある。絵画では、黄色と緑、赤が使われることもあるが飾りとして使われている帯や紐に緑が入る程度の物であるらしい。
そうして入ってきた二人がそれぞれに異なる振る舞いで、教会からの預かり物なのだろう、それを持って部屋に入ってきて、以前にも聞いた口上と共に手紙と、小箱を机に並べて、それぞれの形で聖印を切る。

「加護無き道を超え、よくぞ参られました。戦と武技の神に仕える司祭、マルタ・マルス・プリエステスが確かに、最も古い教会からの贈り物を、此処に頂いた。」

受け取る側の応えが少々武骨なのは、使える神の気質というものなのだろう。
ただ、そこで肩から力を抜いて、大きく続く少女たちについては、大人として周りから微笑ましい視線が向けられるものではあるが。
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