憧れの世界でもう一度

五味

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9章 忙しくも楽しい日々

技を競う

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そして、セシリアの声は他の者たちの耳のも確実に届いた。
その素朴な、しかし重く答えのない疑問に、まず答えたのはシグルドであった。それは彼の経験として。

「いや、練習だろ。これまで、あんちゃん達に合う前にはやってきたし、俺だってオユキに剣向けたぞ。」
「ジークは、模造刀だったじゃない。闘技大会、もしかしたらこれを誰かに向けるのかなって。だって、ジークも、最初怒られたでしょ。」

セシリアがそう返せばシグルドからも言葉はない。ただ苦く笑って、それで終わりだ。

「でも、闘技大会だって、多分そうだと思うよ。」
「今日見たのは、違ったじゃない。怪我は確かにしてないように見えたけど、それはたぶんトモエさんやオユキちゃんがしてくれてる、それと同じでしょう。」
「それは、でも、神様が闘技大会を。」
「だから、それを自分で出来ずに甘える私は、出ないほうが良いのかなって。」

今日の闘技大会の見学。それに際して行われていた試合で血しぶきがまったり、命の取り合いに発展することは無かったようだ。オユキの知っているそれ、つまりゲームのプレイヤーのそれは、互いにそれの価値が道の傍らに落ちている石くれよりも低かったこともあり、考慮に値はしなかったのだが。こちらでは、少なくとも今は違う。

「そうですね、互いに怪我をする、その覚悟が無いのであれば試合の場に立つべきではないでしょう。」

トモエとしてはそう語るしかない。そしてトモエにしても見世物とするのは好まない、その理由はそこにある。
行われるものは鍛錬の為の試合、一環としての物では無く、互いに身につけた物を競わせる仕合なのだから、そこにはいくらでも不測の事態は起こる。
それこそ以前での領都のように、負けを認めぬとそう相手が訴えれば相応の傷を与える必要もあるのだから。どういった形式になるのかと言われて、オユキはトモエに以前に数えるほど試した対人戦、そのシステムの話をしもしたし、大掛かりな準備が行われているところ考えると恐らくそのような物になるとそういった予想も加えて。

「あー、そういうってことは、やっぱ練習とは分けるんだよな。」
「当たり前です。私やオユキさんとの物はあくまで指導ですから。前にも言いましたが、今のあなた達で試合を行えば怪我はします。手加減というのはそれほど難しいものですし、慣れない場です。
 先のあなた達がそうであったように、普段より力が入ることもあるでしょう。」

ただ、少年たちにそのあたりは説明せずにトモエが話しを続ける。

「そして、その覚悟も持たずに試合に臨めば、ただ何もできず、相手にも失礼な物となる事でしょうね。」
「あー、ま、考えとくさ。出てもいいって言われてはいるから、出るよ。それまでには、まぁそのあたりも決まりそうだし。」
「まぁ、そうでしょうね。一先ず表面上は。」
「でも、トモエさんは、どうなんですか、武器を人に向けるのは。」

シグルドはそのあたり良い方向で割り切れる性質だろう。勝気な性格というのは、こういったところでは実によく働くものだ。しかしそうでなければ難しいのだが、さて、セシリアは忘れている事が有る。

「そもそも当流派は人に向ける物です。」
「そういえば、そうでしたね。」

ただシグルドがそれに頷いているあたり、彼はそのあたりも覚えていたようだ。

「ですので、まぁ、私の方は特別どうこうというのはありませんね。勝負の中であればなおの事、普段の鍛錬にしても軽い骨折、ひびなどはままありましたから。流石に真剣や金属製の道具は使わなかったので切り傷は少なかったのですが。」
「木で出来た武器で、切り傷か。」
「ええ、手入れをしていてもやはり折れる事はありましたから、その破片ですね。他にも、欠けたり削れたり、理由はあります。」

アイリスにしても、魔物相手に普段以上に熱を上げていたが、今は上手く切り替えているのだろう、トモエの話を聞きながらただただ不思議そうな表情を浮かべている。

「魔物のいない世界、そう聞いていたのだけど。ハヤト様にしても、確かにひどく熱心だったのよね。」
「戦いの場、思う存分できる場がないから、むしろ内輪で加熱したのかね。」
「流派が別れているのだから、その中でなら少々あったようにも思うけれど。」
「ま、それにしても命の取り合いではないだろうからな。」

アベルとアイリスがそのような話をしている。ダビとマルタについては、マルタがエリーザの案内を行うために残り、ダビは今馬車で荷物の整理を子供たちに教えている。護衛の仕事だろうかと断ろうとはしたのだが、傭兵として慣れている作業でもある、習えるならそれに越したことは無いと結局頼むこととなった。

「にしても、もしも当たればオユキ迄かな、俺は。」
「どうかしら。」

そんなアベルの評価にはただオユキも笑顔で答えるだけとしておく。
そもそも彼が見た物は、普段の狩り、模索中の者でしかなく、それ以外はアイリスとの物でしかない。その程度でこちらの手の内を計れると思われるのは心外だ。川沿いに向かったときの一件、頭に置かれた手を抜けるのにさほど苦労もなかったのだ。つまり身体能力があっても技が通じる、無論本気ではなかったにしても、それは既に証明されている。

「なんにせよ、皆さん楽しみにしてくれているようで何よりですね。」
「それは、本当にそうね。」
「その分は、まぁ、お互い頑張りましょうか。」
「明日から早速、かしら。衣装は、随分と慣れない物になりそうね。」

アイリスの言葉にオユキはそういえばと、疑問を覚える。これまで見た傭兵のほとんどは金属鎧を着ているのだが、アイリスはオユキ達と変わらない。

「そういえば、アイリスさんは金属鎧は。」
「私以外の獣人も、基本的に嫌うわよ。今はあなた達と一緒に草原が多いけれど、得意は山だもの。」
「森というわけではないんですね。」
「そちらも得意だけれど、やっぱり高低差のある場所が一番ね。出来る事も増えるし。」
「まぁ、バランス感覚や筋力、その辺りは及ぶところでは無いでしょうから。そういった場所に馴染んでいればやはり重たい装備や、音は気になりますか。」

そうしてアイリスと話していると、トモエと少年たちの方でも話は終わったようで、こちらに向かって歩いてくる。
まだまだ時間はあるし、昼食の休憩にも早い。ならばこの後行う事は決まっている。

「よし、次行くか。ようやく体もちゃんと動くようになってきたしな。」
「そうですね。そろそろ皆さんも鹿を狙ってみますか。」
「あ、私鹿肉のシチュー好きです。」

まだ早いとはいっても、体を動かせば当然お腹は空く。実にらしい話題をアナが投げかければ、やはり全体も一斉に意識がそちらに向く。

「良いですね。持ち帰ってお願いしましょうか。」
「ま、嫌いな人間は少ないな。それなりに人数もいるし、ちょっと追い込んでくるか。」
「魔物の大きさで、得られる肉の大きさが変わりませんからね。」
「このあたりは、お肉以外だと。」

そうしてセシリアがあたりを見るが、残念ながら草原だ。流石にそれは難しい。

「北の方にキノコと木が出る一角もあるが。」
「遠いですね。」
「そうなんだよなぁ。」
「森は、流石に無理ですよね。」
「流石にそっちはトモエとオユキでも怪しいからな。毒に酸、そういった手段を持つ魔物が多い。もう少し装備を変えなきゃ怪我するだけだ。」

そうアベルが話せば少年たちにしても嫌そうな顔をする。始まりの町で数度入っただけの森、そこで魔物ですらない下ばえの草や、虫に手酷くやられているのだ。

「領都もそうだったけど、王都も薬高いよなぁ。」
「そればっかりはな。素材が取れん。今後始まりの町でダンジョンの調査が進めば、その辺りの事情も変わりそうだが。」
「結局セリーとルーおばさんしか分からなかったんだっけ。」
「木精と花精、恐らく植物の声が聞こえるなら、そういう事だろうって話には落ち着いたが。」
「王都なら、もっとたくさんいるんじゃね。」
「いはするが、既に仕事を持っているものも多いからな、自由が利く傭兵や狩猟者ばかりって訳でも無い。」
「おー。」

そんな話をアベルとしているシグルドにトモエが簡単に補足を行う。

「それに、始まりの町、あそこよりももっと広い場所ですから。」
「あー、人が増えれば、そんだけ大変になるよな、纏める側は。」
「ま、そういう事だ。」

そうして話していれば、結界を抜け、少し歩き魔物が周囲からこちらを目標とする位置にたどり着く。
周囲は相変わらず影程度にしか見えない同業者が狩りを行っているし、それよりも近い場所では用意された護衛が職務に励んでくれているのも目に入る。

「せっかくですし、料理をしてもいいか、それも戻った時に確認してみましょうか。」
「今は結局用意してくれてますもんね。」
「あ、それなら私異邦の料理にも興味があります。」
「材料、手に入るでしょうか。」

さて、すっかりと食欲に意識が傾いてしまっているが、それこそ狩猟というものであろう。どうやらアイリスも乗り気であるようだし、この後はなかなか充実した時間になりそうだ。
早速とばかりに向かってきたグレイウルフの率いるグレイハウンド、それにシグルドがまずはとばかりに立ち向かう。まだ危なっかしさは残ているのだが、それでも任せる事に不安はない。
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