憧れの世界でもう一度

五味

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10章 王都の祭り

お茶会前の一幕

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狩りを終えてから食事をして、ではすぐにと流石に行くものでもない。
確認と報告に狩猟者ギルドによれば、改めて用意された書類を引き取りつつ、ギルドとしての感謝や要望などを聞き、相応の時間を使う物だ。

「成程、な。要望としては確かに伝えるが。」
「ええ。何卒よろしくとお伝えください。」

国庫の放出、それにしても何かと手間がかかるのだ。ではどうするか。勿論先に小回りの利く場所、そこからものが減ることになる。加えて魔物から得た収穫物、特にトロフィーとして残ったものも多い。その処理には当然、食肉然としてブッロクが現れたものとはわけが違う。手間がかかるのだ、どうしても。
そして、その負担、時間というのが、現実の余裕というのにまた影響を与える。ギルド、その存在の正当性を維持するためにも、査定、販売そのあたりは手が抜ける物でもない。結果として、今もギルドの中は一足早い祭りとなっている。別室に案内されるその前では、商人が列をなしており、加えて他の者たちにしても、明らかにその為と大量に運びこまれる品が見えているのだ。不足を感じている者達、商人として卸売りを行うだけでない、一足早い祭りの喧騒に対応している各店舗の人々も顔を出すという物だ。
そして、不足を感じれば、訴えるであろう。狩猟者は取りに行かないのかと。

「私としては、今回の事で考えていることもありますが。」

そう、そしてこの状況というのは、オユキにとって非常に都合がいい状況でもあるのだ。狩猟者の現状、これを放置しておく手はない。公爵にしても今回こうして目を向けている以上、それについての理解はあるはずだが、オユキに関してはもう少し短期的な目標だ。
一部、良い人々、身の回りの人々はオユキを始め少年達を見た上で、判断をしてくれている。
しかし大多数はそうではない。個人を知らぬ、その相手に、流石に一人一人をきちんと見ろとそういうのは難しいのだから。

「そちらは、今後お時間を頂ければと。」

ただ、生憎今日は時間がない。そう一先ず断りだけを入れておけば、揃って公爵の屋敷へと取って返す。明後日はいよいよ生誕祭、王太子の初めての子供、表向きは新たな王族の誕生を祝う、そんな祭りがあるのだ。
特等席で様子を見たいと、そう言ってみれば実に簡単にその願いは叶えられ、今日の夕方には公爵家の王と本邸へと移動することとなっている。
そう言った準備も考えれば、いよいよ時間が無いのだが。戻れば例によって、そもそも外で血なまぐさい切った張ったをしてきたのだ。使用人として主人の客にその扱いはどうかと、そう思わないでもない。そんな扱いで身だしなみを整えられれば、後は来客を待つだけとなっている。

「試着などしていなかったというのに、よくもまぁ。」
「えっと、私たちも良かったんですか。」

さて、一同揃ってよく間に合った物だと思いはするが、真新しい衣装、これまでのようにおさがりを直したものではなく、領都で誂えたものでもない、そんな服に身を包んでいる。

「ええ、王妃様と席を同じくする以上は、やはり求められるものもありますから。
「その、まだ、作法は。」
「お茶会までは、手が回っていませんからね。リース伯爵子女も同席します。よく見て、習うように。」
「はい。」

どうやら、流石に任せておけぬと増員が行われるらしい。夫人はどうするのかとオユキが目で問えば。

「生憎私は粗忽な殿方が他家の子女に声を掛けた、その対応があります。」
「アベルさんから注意があったと思いますが。」
「平素なら十分、その程度の用意はありましたが。時勢が良くなかったですね。」
「えっと、王太子様のお子様が生まれるから、結婚とかもあやかってって言うのが多いんですね。」

どうやら、ティファニアが言うとおりであるらしい。公爵夫人がため息とともに頷く。領都暮らし。華々しい貴族の結婚式なども執り行ったのだろう。ならばその前後で、手伝いが増えたという経験がしっかりあるのかもしれない。

「子爵家であれば、伯爵令息としては問題ないかと思いますが。」
「その腹積もりがあっての事なら、構いません。」
「ああ、まったく考えていなかったと。そういえば、アベルさんが止めたときに、面倒を避けよう、そのように応えていましたね。」
「成程。後でよく話をする必要がありそうですね。」

ついつい、記憶をたどったままに口に出してしまったオユキは、非常に冷めた目をした公爵夫人の様子に失態を悟る。確かに、ともすれば恥をかかせることにもなる。其処は、まぁ明確な瑕疵があるほうが気を遣わなければなるまい。加えて高位。施しをする側なのだから。

「それと、オユキ。」
「何でしょうか。」
「功績についてです。鎖にはあなた方の家紋をあしらうものかしら。」

言われて、そう言えばメイに小物に入れる物だと聞いたことを思い出す。しかし、オユキとてそこまで詳しいものでもない。それにまだそちらにまで手が回っていないこともある。
つまり、その催促も含めての言葉なのだろうが。

「小物、布物や衣服に入れるというのは覚えていますが。」
「成程。教会でも用意があるようですから、立場と場面によって使い分ける事となるでしょう。」
「ええ、巫女であることを隠すというのに、常にという訳にも行きませんからね。」

そう、身分を隠すと決めているのに、それが簡単に分かるものなど常日頃身につける訳にもいかない。

「それと、今日の用件に関わりそうなことですが、アイリスが祝祷の依頼があるのではないかと。」
「水と癒しの女神になると思っていましたが、確かに複数でも問題ありませんか。」
「ええ、幸い巫女がいますし。」

そう、都合のいい事に。そして、なんと言えばいいのか。主とする神こそ違えど、持祭の身内がいる。城内の見学を望んだ同行者もいる。そして、護衛として実に申し分のない存在と、案内にこれ以上ない王族の血縁者。
成程、確かに期限を区切るわけだと、ため息が出そうだ。間に合うべきは出産では無くそちらだという事なのだろうから。

「アイリスは、何か。」
「部族の物と違うのなら、難色を示すでしょう。」
「あちらの物とは、かなり異なりますからね。祖霊に対して行うものを曲げてというのも、難しいでしょう。」
「であるなら、今回は私がとなるでしょう。」

さて、話が出れば、こちらは引き受けても構わない物であるらしい。ただ、そうなるとまた忙しくなりそうではあるが。

「お手数かけますが、エリーザ助祭も。」
「ええ、承りました。神聖なる我らの務め、勿論抜かりなく。しかしそちらは司祭様にお願いするほかなく。」
「オユキとアイリスの補佐もあるので、直ぐには無理ですね。後程教会への手紙を。」
「畏まりました、公爵夫人。」

そうして色々と、本当に決めなければならないことが多い。どれもこれもろくに準備ができない事柄というのが、実に厄介ではあるが。

「わー、オユキちゃん、祝祷をやるんだ。」
「恐らく、望まれると思いますから。皆さんにもお手伝いを頼んでも。」
「えっと、道具を持って側に控えるのが、持祭のお務めだけど。」
「申し訳ありません、生憎と当教会の物は何分。皆さんさえ宜しければ。」

教会に努め、主として崇めている者がいるからとアドリアーナが遠慮するが、まぁ、今はそれも難しい。
あくまで人の依頼で行うものと、神からの言葉で行わなければいけないもの。優先順位というのは非常に分かりやすいのだから。

「分かりました、それじゃあ。任せてください。」

さて、そう快く返事を貰えたのは有難いのだが、そうなると助祭には追加で願い出ることもある。
改めてそちらを見れば、心得ているとばかりに頷かれる。頼もしい限りだ。

「事前に共有しておくべきことはこれくらいでしょうか。後はクララさんが、イマノルさんから何か預かっているかもしれませんが。」
「オユキ、イマノルというのは。」
「始まりの町で、同じくアベルさんの下にいた、元第四騎士団の殿方です。実家が武家とその程度しか聞いておらず。」
「そうですね、難しいとは思いますが。」

受け取るにしても、その場ですぐに確認するなと言う事であるらしい。内容によっては勿論返事をという流れになるだろうから、それは避けなければいけない。
まったく、なかなか難易度が高い会話になりそうだと、オユキとしては今から疲労を感じてしまうのだが。

「そういえば、トモエさんやジークは。」
「今回は王妃様をリース伯爵子女が招く、その形になりますので。」
「公爵様のお屋敷で、ですか。」
「ええ、寄子でもありますし、リース伯爵の王都における屋敷は、王妃様を招くには。ですので、場を貸すというのは実のところある物です。」

それに本来であれば、招くのは王妃である。今は色々都合が悪く、王城が使えないため用意せよ、そういった形でもあるため、伯爵家が公爵家に頼んだ。そういう言い訳も通せる。

「えっと、と言う事は女性だけになるんですね。」
「ええ、殿方達はその間にやることもありますから。後はこの場にいない他の子たちも。」

今いるのは、オユキとエリーザを筆頭にアドリアーナ、ティファニアの二名だけだ。つまるところ残った者達には、トモエ以外はマナー教室が待っている。そういう事だ。
その後は席順などについて、簡単に説明が行われ、実際には侍女が案内するからと言われれば、声がかかる。
メイは迎えに出ているためこの場にいないが、間もなく到着するという事だろう。
さて、なかなか気の置けない会となるか、気楽なものとなるか。叶うなら後者であってほしいのだが。
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