憧れの世界でもう一度

五味

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11章 花舞台

悩みは重く

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「良き民の安寧を、我が家の誓い、そのなんと難しき事か。」

今回の席にはアドリアーナも交じっている。いつもの面々。トモエとオユキ、アイリス、マリーア公爵、アベル。それらが顔を揃え、今回ばかりはメイとリヒャルトにファルコも混じっている。

「その方ら、良き民であるからこそ、それはわかるのだが、不甲斐無い。どうしてもそう考えてしまう。」

そうして公爵のつくため息は重い。今は王都、戻れば領都と始まりの町、公爵に至っては、未だトモエたちの訪れた事もない町、その全てともなるのだから。無論そこに制限はかける物だろうが。
公爵がそうして独白している間にメイとアベルも書類の確認が終わり、重いため息をついている。

「ここまで影響が。」
「えっと。」
「まぁ、それこそ今後興味があれば習えばいいが、物価、この情報は治世を行う側にとっては重たいものでな。」
「でも、そう言ったのって、調べてるんじゃ。公爵様も平らな情報はって言ってましたし。」
「はい。調べていましたが、あくまで全体として、その把握しか。詳細な数字もありますが、それにしても一店舗の物ではありませんから。恐らく、私たちに情報を上げて来る者達も混乱しているのか、それとも。」
「ま、そっちは今は置いておけ。流石にまだ早いからな。で、オユキ、武器じゃなくて、薬か。」

統計、情報の取り扱い。それまで話し始めると、流石に過剰になるからとアベルが止めて、オユキに話が振られる。

「先ほどアドリアーナさんにも話しましたが、手数で解決できるものがそれですから。」
「調薬を行えるものは。」
「勿論限られているでしょう。しかし、もとより始まりの町よりも高額、つまり。」
「まぁ、そうだな。慢性的な材料不足があるわな。」

そう、そちらに目を付けたのは、そちらの理由もある。最も画策していることは別にある。持ち帰りたい情報、叶うなら片づけてしまいたい試験もある。

「それと、今回の御言葉もあるわけですが。」

そう、戦うものへ、技を修める物へ。確かな加護があるのだと、その言葉があった。では技とは戦うためだけの物なのか。魔術師ギルド、そこで知識を集積し、研鑽する者達、そこへ齎される新しい魔術文字。それ以外の何かは存在しないと、何故そう考えるのか。
奇跡に頼らず、出来る事を探したマルコ、始まりの町の薬師は、確かな奇跡を得ていたのだから。

「採取、調薬、それらに加護は無いのでしょうか。」
「ああ。それか。結局計れない、それが大きいが。」
「成程。どのみちそちらの育成もいるか。」

ただ、そうなると、結局手を広げすぎる。そして、規模として、既にそういった機運を作った場所でもある。そこに赴任する人材に、揃って視線が向く。

「また、私、ですか。」
「あの、言い出した以上手伝いますから。」
「えっと、メイ様、でも、薬が足りないと、やっぱり。」
「分かってはいるのですが、ではそれをしますというと、報告するのにも人手が。」

そう。メイの悩みももっともだ。加えて、そちらの人材の育成というのは、知識と経験のどちらもが必要になる。メイにしても不足が多いのだ。その状況でさらにとなれば、暗澹たる気持ちになるのも理解はできる。
オユキが手伝うといったところで、他に変えの聞かない役目のある身の上だ。いざ事が起これば、最も大変な時期には、側にいないのが常なのだから。

「えっと、私たちも頑張ってお手伝いしますよ。」
「ですが皆さんも教会の事もありますから。それに申し訳ないのですが、書類となると。」

公的な文章を読むことも難しい少年達では、無論書くこともままならない。

「それについては、リヒャルトをリース伯に預ける。ラスト子爵家からも良い返事は預かっている。」
「おや。派閥が違うと伺っていましたが。」
「色々と調整はいったがな。これはその方らの功績でもある。」

どうやら、相応にこれまで治めていたものを放出することになったらしい。金銭で穏便に。無論現場で得た情報の報告は求められるだろうが、それは初めから伏せる様な物でもない。
むしろそれを聞き、そちらはそちらでいろいろと試しながらとしてくれるのであれば、御の字ではある。

「その一環として、今度トモエに面会を求める者がいるのだが。」
「ああ、そちらもですか。ご迷惑を。」
「何、そちらもまぁ、口実はある。アベルを預かっているからな。」

色々と、本当に手間をかけているらしい。なんにせよ、シグルドはイマノルとの再会を喜ぶだろう。

「それにしても、かなり手を頂く事となりますが。」
「領都については、流石にここと変わらぬ。直ぐにとすれば、歪も増える。まずはそれを支える周囲を固めなければならん。河沿いの街にしても、今後の漁獲の問題もある。」

そう、魔物が増えれば、少なくとも、直近ではそれを感じなかったが、今後はそういった野生動物がどうなるかも、わかった物では無い。
魔物はあくまで人だけを狙うものだが、それもいつまでそのままかも分からないのだから。

「つまり、ある程度育ったら。」
「それは流石に了見せよ。こちらからも、そういった者を回すがな。」

無論、そこまで手を貸すからには、公爵とて思惑はある。要は始まりの町、既に下地が整い始めているそこで育て、十分となれば他に回す。そういう事だ。
一応、育てたい人材を供出する、人を出しているのだからまだ優しい。状況によっては、異邦では、そんな事実にお構いなしに。そういった事も多かったのだから。

「ミズキリのこともありますのに。」
「そちらは、流石に直ぐにとはならんな。そちらはオユキに改めて。」
「ええ、理解しているでしょう。それに、トラノスケさんも。」

手が入った、そう聞いている。ならば戻った時には以前よりも頼っても良いだろう。それにメイは悲観しているが、案外とあの町では能力の高いもの、経験を積んだものが多くいるのだ。

「アマリーアさんには、声をかけてみても。」
「領都の商業ギルドが機能不全を起こす。」

ついでとばかりにオユキが話してみれば、それは早々に却下される。本人はその席を離れたいようだから、喜んでもらえそうなものだが。
そう考えながら公爵と目を合わせれば、そこには執念のような物が宿っている。つまり声を掛けたら、間違いなくそれを口実にするから、やめろと、そういう事であるらしい。
それには肩を竦めて応えておく。

「さて、話はそれましたが、薬です。それこそ極論になりますが、魔物、圧倒的な格下となれば、素手でもどうにかなるわけですから。」
「そうだな、そっちが主体だったな。」
「そして、傷が治れば勿論活動出来る方、その時間。それも増えます。調薬も、簡単な事であれば補佐ができる方も多いでしょう。鍛冶はやはり、どうあがいたところで。」

そう、鍛冶というのは、過酷だ。火元に近い。鉄が溶ける温度のそれ。その側で作業を行うだけの体力。それが求められる。武器の手入にしても、最低限は行った上で持ち込まれるものだ。簡単に手伝えるものではない。無論命に直結する薬、それを軽視する物では無いが、閾値は低い。取り扱う物は、あまりにも複雑で多様な化合物ではない。実際に目で見て判別できるものなのだから。

「まぁ、葉をむしったり、干し台に並べたりは、そりゃな。」
「ええ。既にそういった事を頼んでいるかもしれませんが、手が増えれば備蓄も増える、そういう物でしょう。勿論期限はあるでしょうが。」

その期限にしても、国の備蓄を持ち出す、それができるのだ。恐らく異邦よりも遥かに長い期間が可能であろう。

「少し、大きく動くことになるな。」
「ですから、まずはギルドに。製薬も、あるのでしたか。」
「医術として纏まっているがな。向こうもこれまでは日陰であった、てこ入れにはちょうど良いな。」

そして、予算。事マリーア公爵については、今なら十分なものが有る。連日の乱獲、それで得た物の一部は、当然蓄財しているのだから。

「そして、我はまた城か。」
「えっと。」
「何、気にするな。こういう場だからこそ言う軽口でしかない。これこそ務めであるからな。」
「じゃあ、これで。」
「全てが解決とはならん。これは先の食卓でもオユキが述べておったが、すぐにという物では無いのだ。」
「でも、助けにはなるんですよね。」
「ああ。間違いなくな。」

そう、アドリアーナとしてはそれでひとまずはいいのだ。

「始まりの町でも、またいろいろと頼むことにはなりますが。」
「分かりました。出来る事なら任せてください。その、皆さんみたいに多くはないですけど。」
「私たちの出来る事も、多くはないですよ。」

さて、明日からの新しい予定もこれでひとまず決まりはした。ただ。

「一度各ギルドの方を集めて、そうしたほうが良いのでしょうが。」

そう、個別に話すその手間を思えば一所に集めて。そうすれば他にも色々と見当が出来はするのだが。

「すまんが、今は無理だ。それぞれの長は今は動かせるものではない。」

だが、そんな余裕はない。

「今回については、後で書簡を渡す。それで押し通すこととなるだろう。」
「そうするしかありませんか。」
「まぁ、な。一応どこも少しは手の空いてるのがいる。狩猟者ギルドはどうにもならんが、まぁ話には乗らざるを得ないからな。むしろそれが通るならと小間使いを雇う言い訳にもなるだろ。」
「ああ、それについても書いておくか。」
「えっと、御爺様、以前は王都の事は、そう仰っていましたが。」
「色々あってな。」

ファルコが前は伺いを立てなければ、そう言っていたことを先に進める公爵に疑問を持つが、それに返ってくるのはただ重いため息だけだ。
状況が変わり、これまでに既に行っている事、その話が流れたのだろう。押し付けられた事は実に多いだろう。そして、その裁量の枠と言う事だ。こういった事にしても。
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