憧れの世界でもう一度

五味

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11章 花舞台

前夜、二人

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「いよいよと、そうなりますね。」
「そうですね。実際には明後日からではありますが。」

忙しい日々、増えた雑事に併せて、ただ目の前にある物に対応していればすぐに過ぎ去った。光陰矢の如し。時間の経過そのものは、そこまで長く感じる物では無かったが。
どうにも着せ替え人形になっていた時間や、口上、当日の動作。それを繰り返し行うだけの時間は、そう評するほどには早く過ぎてくれない。ただ、こうしていざ前日となれば、やはり忙しく、気が付けばもう。そのような具合である。

「大丈夫ですか。」
「明日の事は、問題なく。大半はアイリスさんが主体ですから。」

そして、祝祷はオユキが引き取った、見た目としてどちらが目立つか。それらもあって、明日はアイリスが主役を飾る。他国の物が、そのような言葉も上がったようだが、それこそ神の権威の前には何の意味もない雑音にしかならない。
そして、その合間に、実に速やかに整理が進められた物であるらしい。アベルにしろ、マリーア公爵にしろ。オユキが観光を急ぐ、その素振りから言葉にせずとも、十分に伝わったのだ。切り離しそのものは早い。そして、その余波の全てを治めるまでに残りの時間を使うのだと。
そちらの助けは、それこそ彼の神殿へ、その折にとなるだろう。

「また、考え事ですか。」
「申し訳ありません。何分、こうできるのも久しぶりでしたから。」

トモエのほうでも、少年達。初めて開かれる神の名を冠するその大会。それに向けて随分と熱が入るものだし、オユキも無様を晒すつもりはない。
恐らく、技の伝授そのものは、それに使える何かは始まりの町に戻ってからとなるのだろうが、演舞として、トモエから奉納演武用の方を遅くまで習ったのだ。それこそ、今の体が眠気に負ける、その時間近くまで。

「次の旅路、始まってしまえば忙しないでしょうが。」
「ええ、流石に始まりの町では、時間を取りましょう。私のほうでも、確かに心が若くない、それを実感しましたから。」
「急がなければならない事は、多くありますが。まぁ、今度はやりくりできることも、頼める手も多いですからね。」

結局のところは、オユキの判断ミスでもある。身分を隠し密やかに。その方が今後の負担も少ないと考えての事ではあったが、初めから明かしてしまう、その方がむしろ楽ではあったのだ。こればかりは、こちらの支配階級、上位貴族。その権勢を過小評価していた。
オユキ達に丁寧だからと、心遣いがあるからと。強権を振るうのが難しい。そう考えていたのだ。神の決め事もある。難しいこともあるのだろうと。ただ、蓋を開けてみれば、同格の家が4つもあるはずだというのに、面会についても数度望まれ、それも公爵の別邸で片が付くものであった。それについては、巫女という存在が重いと、それもあるのだろうが。

「一先ず、これが終われば、城内の見学と、祝祷を終えれば、帰還と、そうなりますね。ゆっくりと、そうするつもりでしたが。」
「早く戻るに越したことは無いですから。」
「次からは、色々楽にはなると思いますが。それでも、そうするための準備もいりますね。」

そう、色々と予想はある物だが、結局快適な空間、それを作るために手を入れる必要は大いにある。始まりの町では、それこそそちらにも手を入れつつ、そうなっていくだろう。

「準備ですか。オユキさんは、悔いがありませんか。今回の事について。」

そして、聞かれてしまえば、笑って返す事も出来ない。あるのだから。悔いが。己のふがいなさと、晴れ舞台、それに並ぶものとしても。

「トモエさんには、申し訳ない事になりそうです。」

他に時間を使う必要があった。過去と変わらない。結局鍛錬に使える時間、それは変わらずオユキのほうが随分と短かった。過去もそうであり、その結果埋まらない差があるというのに。むしろ、ただ開くばかり。相対するときは勝つつもりで。その覚悟は変わらない。ただその思いを汚す、その現実があったというだけだ。

「昔と同じ言葉を繰り返しましょう。私の為に、それが分かるのですから。」
「こちらでは、お互いに並んで歩く。それを望んでいたのですが。」
「望みの形、叶えるために必要な事、それらは変わる物でしょう。ならば、今の状況を望まず、ただそのように。オユキさんは、本当にそれを望んだと、そう言えますか。」

そのように問われてしまえば、オユキの答えは決まっている。常により良くなるように。結果はそれこそどうなるか分かった物では無い。可能な限りの材料を並べて予想したところで、想定外は常に起こるのだから。
過去も、今も。望める最良、それだけは求めてきた。独りよがりにならぬようにと、その都度こうして話し合いながら。

「いいえ。話す時間、それがあるたびに話したように。」
「ならば、良い物でしょう。それを言えば、私が出来ぬ事、それが多いのが良くないのですから。」
「経験も知識もいりますから。一朝一夕という訳にも。」
「武の道も同じです。互いにできぬことを、互いが。その約束でしょう。」
「トモエさんは、師として皆伝として、私に対して、そう言えますか。」

オユキとしては、自分が疲れているからと、そう分かっている。言い訳の様な、甘えるようなその言葉の理由は。

「そもそも、その姿を作ったのは私です。ならばその理由は私の判断ですから。」

そして、トモエの答えも単純だ。因果は確かにトモエにもある。だからオユキは違う道を模索する。これまでの延長ではなく。その結果の時間不足、ならばそれは指導者たる己の瑕疵だと。

「もしも、今の姿でなければ、どうなっていたのでしょうね。」
「そういった遊びも、楽しそうではありますが。」

では、それを考えてみると。案外と思いつかない物だ。本筋、以前創造神が零したこと、それを考えれば。

「突っかかられたのは、トモエさんだったのでしょうね。そこから。」
「ああ、それであの子達が始まりの町にという事ですか。」
「ええ、文字通り、武器を持つことは無かったのでしょう。」

あの日、オユキに突っかからなければトモエに向かい。そしてトモエが語った通りの現実がそこに。そして結果として、イリアとカナリア、それも失われたかもしれない。今の関係ではならなかったかもしれない。

「始まりが変われば、後は蝶の羽が起こすそよ風、その方向が全て変わったのでしょうね。」
「トラノスケさん、その違和感に気が付くことも遅れたでしょうね。本当に、どうなったものやら。」

そして、二人でただ笑いあう。その先にあった未来がどうなるかは分からない。ただ今と比べてよかったのだろうか、そう考えれば確かに二人そろって首を横に振るのだから。

「ですから、今が良かったのでしょう。領都でもオユキさんが言ったように。道に傾倒してしまえば、そればかりでは、やはり人の生ではありませんから。」
「祭りの活気、それを楽しんでいただけたようで何よりです。」
「それを用意してくれたオユキさんに、感謝していますとも。」

オユキとアイリス、それからアベルはどうにもならないが、慣れた顔の護衛。そこに王都に詳しいものが加わったのだ。なんだかんだと、戦利品が食卓に並ぶものであるし、土産話も色々聞けた物だ。そうして、思い思いに。全体では無くそれぞれの興味に依った話を聞くのは、実に楽しい物ではあった。
少女たちにしても、数日は、特に午前中はエリーザ助祭と城から訪れた儀典官によって、祝祷に望む振舞い、それを徹底的に見られている。一応の合格点はそれぞれ貰え、闘技大会の翌日に行われるそれに参加できると、昨日は随分と喜んでいたものだ。

「ただ、かつてと変わりません。恐らく今模索している物ではありません。過去、それを使ってではありますが。」
「ええ、シグルド君がそうしたように。」

そう、あの少年がイマノルに向かったときにそうしたように。
敵わないと分かっていたところで、勝つ、その石を捨てる事はオユキには無い。最初に辞退を考えたのは、まともな勝算が欲しかったから、それでしかない。
武の道が弱者の卑屈である、そうであるなら。かつての差が今は逆転している。

「後は、当日、誰と当たるか、それも楽しみにしたいものですね。」
「そうですね。お互い、それは最後になって欲しいとは思いますが。」
「ああ、それはおそらくそうなります。」

確率、その程度のもの、如何様にでも手を加えるだろう。

「神々の存在、やはりそれは大きいですね。」
「ええ、まったくです。」

そうして、二人で静かに笑った後、オユキは改めて尋ねてみる。聞くまでもない事ではあるが、それこそ若人に賢しらに語ったのも最近の事だ。

「トモエさん、こちらの世界は、楽しんでくださっていますか。」
「ええ、勿論ですとも。気になる事、今更になって望むこともあり悩ましくはありますが、それすらも楽しいのですから。オユキさんは。」
「ええ、勿論。これが無くなった時には、心配をかけてしまうほど、それほどでしたから。」

かつてのサービス終了の時。その折にはオユキとミズキリ、他にも会社の中核メンバーと。翌日は特別休暇だとそう会社全体に宣言する酔狂をしたうえで。終わるその間際までゲームの中で。終わった後には揃って思い出を語って痛飲して。年甲斐もなく、揃って泣き出したものだ。そして、その場で後進に譲る、それを契機として時代の終わりを決めたのだ。

「そうであれば、明日からもより良く。今度はこの反省を互いに生かして、そうしましょうか。」
「まったく。子供たちとの約束を破る、それは何度繰り返してもつらいものですね。」

ゆっくり戻ろう。それが出来なくなった。こうしてトモエと話せば、それだけが改めて心残りとなる。
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