憧れの世界でもう一度

五味

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13章 千早振る神に臨むと謳いあげ

時にせかるる

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「前置きは、良いわよね。」

場に入れば、否応なく緊張感が高まる。周囲を囲む獣の特徴を持つ者達、これまで生活していた場が本当に狭かったのだと、そう改めて思うほどに様々だ。主催が主催であるため、夜半、実際の時間としては当然そんな事は無いが、周囲に集れた炎を映し、人には無い輝きを瞳に湛える者達。
その外側には、万が一がないようにと気を張る騎士達。そして、その外側にそれ以外の人々。そして、一段高い、すでに完成した灰色の巨大な門、その前から司教がこれまでの余裕を捨てた顔でただ場を見守っている。

「いつなりとも。」
「こちらも問題ない。」

トモエとアベルが直ぐに応える。

「イマノル。」
「は、問題ありません。」

しかし、そこはやはり年齢とそれに伴う経験の差。イマノルだけが直ぐに返答できない。

「私たちの役割は常と同じだ。王国の盾、それがいかに堅牢であるかを示すだけだ。たとえ元であろうとも。」

アベルがそう声をかければ覚悟が決まったのだろう。イマノルが一つ頷きを返せば、祭りが始まる。文字通りの降臨祭。異邦からの物を喜ぶのではなく、本来はここにいない相手をこの場に降ろす祭りが。
場の中心、そこでアイリスが高く獣の鳴き声を作る。どこまでも響く、確かな響きで。
そして、変化は分かりやすい。
彼方より此方へ、未知が引かれる。黄金に輝く道が。
何処かから此処に。
繋がる先は霞んで見えない、しかしそこを巨大な獣が走る。金に揺れる毛並み、風に揺れる稲穂が輝く如き獣が。

「まさか、本来のお姿でとまで、思わなかったわ。」
「そこまでして試すのだと、それだけの物はあると、まずは己を誇りましょうか。」

そんな軽口をたたけば、その僅かな時間で獣が地に降りる。

「まずは、よくも短い時間、それで十分な場を整えた事を誉めましょうか。」
「お久しぶりでございます、祖霊様。彼方の地より、末裔のか細い声に応えて下さった御身にお礼申し上げます。」
「いいわよ。全く。私を祀る位があるのに、他に気ばかり取られて。仕方の無い事思っていたけれど、こうしてそれだからこそという役を与えられるんだもの。生憎とあまりに先の事は私も知らないのよね。座の神が忙しくしてるもの。近い権能を持つ私は、それはもう忙しいのよ。」

獣の姿でも、第一声は当たり前のように。
しかし、その後にはそれが当然とばかりに、溶けるように獣の姿が消え、中に初めからあったとばかりに以前見た姿が現れる。
トモエとしても、未だにこちらの仕組みがどうなっているかは煩雑でよくわからないが、もっとも明確に神に連なる相手、それに対して今は揃って誰も彼もが首を垂れている。オユキの時よりも、実にわかりやすい確かな現実がここにはあるのだから。
そして、その場に於いて、頭を提げぬどころか武器に手をかけている者達がいる。

「御身の心労、それについてはあまりにも申し訳なく。この機会に、それを少しでもと願うばかりで御座います。」
「全く、私は豊饒、それを司るから愛でるのも好きなのだけれど。父から継いだ神性が確かにあるという事なのかしら。半分はあなた達の様な物ばかりよ、相性がいいのは。」

そして、ため息を一つ相手がつけば、その内側から暴力の気配が一気に膨れ上がる。

「イマノル、下がるな。それだけは許されないと、何度も教えたな。」
「はい、団長。」

地に誰かが崩れる音が聞こえる。しかしそれに振り替える余裕などもはやない。

「忙しいから、長くは無しよ。さぁ、示しなさい。この地に私の加護を、毛先ほどだとしても力の一部を置くに示すだけの研鑽があったのだと。」

そこまで言い切った従属神が、アイリスとよく似た鳴き声を上げれば、祭りの場、用意した社に雷が落ちる。その衝撃がトモエに届くことは無い。アイリスの前にはアベルが、トモエの前にはイマノルが。輝く盾を構えて立っている。威圧は防げない、神の力が持つその圧倒的な存在感ばかりはどうにもならない。ただ、場の外にしても変わらない。自然災害、その影響ですら騎士が全てを抑え込む。
落雷の後、社には焦げ跡一つつくわけもなく、ただ一振りの巨大なもろ刃の剣が突き刺さっている。

「まさかとは思いますが。」
「流石にあなた達の試し程度で、お父様の剣は持ち出さないわよ。それで安心だなんて、させる気はないけれど。」

刺さった剣を、獣が顎を開き抜き取る。そして、そのまま一振り。さしたる速度でもない、重量があるとしても起こりえない。暴風がそれだけで巻き起こる。燎原の火を払う。それがこの神の父親、その武に連なる最たる話だ。

「オユキさんが、かつて聞いた父の言葉をアイリスさんにも語りましたね、そう言えば。ならば皆伝として、私がそれを示しましょう。人は、荒れ狂う嵐すら鎮めようと研鑽を積んだのだと。」
「道半ばが届けばいいわね。」

挑発、というよりも本音。そして、化けて惑わす、その一端だろう言葉が投げられる。今更それで揺れる様な物はこの場には居ない。トモエの耳には、幻聴が聞こえる。互いに戦う、その意思を確かなものとして、持てるそれを、積み重ねたそれを先にぶつけ、その間できしむ音が。アベルは未だ自然体。しかしイマノルの肩に力が入り、足をすり前に進む音が聞こえる。

「イマノルさん。」
「どうにも。」
「後ろにいるのがクララさんでは無く、申し訳ありませんが。」

そうして、話をする時間は未だにある。アイリスが、そう言った所作があるのだと示すように、改めて見慣れぬ例を剣を加える金の狐に捧げている。どうした所で、戦端は彼女が開かねばならない。

「民を守る、そのための盾です。今日は槍では無いので、誓いには反しません。」
「あの時は、それで迷いもありましたか。」

そうして軽口をたたいている間に、アイリスが立ち上がる。

「負けが続いています。」
「まぁ、そうね。私の目も届く場ではあるから、知っているわよ。」
「ですが、流石にそろそろ。」
「そこらの相手にも勝てないあなたが、私に。」

獣が嗤う。

「勝って見せましょう。何も相手を地に転がす、勝つとはそればかりではありませんから。」
「まぁ、そうね。」
「ええ、確かにこの刃、その身に届けて見せましょう。」

アイリスがそう言い切って、太刀を抜き放てば周囲に狐火が散らばる。

「名乗りは、今は良いわ。どのみち示す物を示さないのであれば、名前は届かないもの。」
「ならば。これ以上の問答は無用。皆、吠えなさい。我らは獣。人の荷姿、しかし確かに祖霊様から引き継いだ、誇り高き獣の特徴を併せ持つ。故に高らかに、誇りと共に吠えなさい。」

その口上の終わりに、周囲から合唱が重なる。そして、それがぴたりと止まれば。
まずはアイリスが切りかかる。トモエと出会ってからは短い。しかしはっきりと、オユキが練習法を覚えていたことも幸いして明らかに鋭さを持った一刀が放たれる。
そして、相対する獣が加えた刃とぶつかり高い音が響き渡る。ただ、拮抗などもちろんするわけもない。力の差はあまりに歴然としている。相手が振るのは未だ洗練されていない暴力そのもの。勿論、それ以外も出来るだろうと、僅かな時間の邂逅でも分かる物ではあるが、それを使わない。
アイリスが弾き飛ばされ、空中で身をよじれば、飛びあがった獣が地に叩きつけるためにと既に動いている。そして、振り下ろす爪は、盾が弾く。

「守るべき相手に、私が立っている間には御身のあらゆる力が届くことは無い。」
「そうかしら。」
「それこそが誓いであり、それを体現するために我らがいる。」

防ぐだけでは足りないと、そのまま盾でアベルが殴りかかればそれを防ぐこともない。風に揺れる日がそうであるように、毛先が周囲に滲むその黄金にただ柔らかく吸収されてそれでおしまいだ。

「騎士は、盾ばかりではありません。」
「そうね、でも、それがどうかしたのかしら。」

イマノルが追撃に剣を振れば何も起こらない。火を吹き消すほどの風が起きなければ、焔は揺れても直ぐに元に戻る。
ただし、次の一刀は、飛び退って躱す。
空中、何もないはずのそこに足場があるとでも言うように、いつかオユキがやったように。

「アイリスさんと、私の剣は届くようですね。」

アイリスの剣は防いだ、トモエの一刀は剣が間に合わないから跳んで躱した。

「斬れる物なら、斬りましょう。良いですね、アイリスさん。」
「斬れない物だろうと、先々は斬るわよ。」

この場に立つ気構え、その差だろうか。
そんな事をわずかに考えて、トモエはすぐにそれを止める。他に気を回してどうにかなる相手ではない、その予想をこのわずかな時間でしっかりと上回ってくれた相手だ。

「いい覚悟ね。言葉だけでないことを願うわ。」
「ならば、今ここで。」
「ええ、存分に示しましょう。」

事前に話した役割分担、それが改めてはっきりとする。
捨て身とまでは行かないが、攻撃をするものはそれに専念する。守る物は、守ることに。
二手目は地面にまだ足を付けているトモエから。この場は技を競う場ではない。そして、過剰な制限があれば、なにも叶う事など無い。必要な時に、必要な力を。そう語るからこそ、こちらだからこそ振るえる力を使う事をトモエは恥じない。離れた位置から、決めた場所までを。ただ、斬ると決めて太刀を振るう。そして、確かに手に返る反動と響く金属同士がぶつかる音が、結果を見る以上に伝えてくれる。本来であれば、そうなれば底から制御を考えはするのだが、生憎と斬るための力だ。防がれてしまえばたちまち失せる。
そして、その行動の隙に、アイリスが飛び込み斬りつける。ただし、それにしてもトモエの力が、支配がない為簡単に返す刀が間に合う。生憎とトモエはオユキのように移動に関わる武技というのは未だに使える気もしないため、こうなるのもやむなしと思考を切り替えて、直ぐに次に動く。
獣を狩るのだ、相手は当然人間よりも速い。振る型なの速度、それだけであればまだしも、移動ではとても及ばない。ならば決められた場、その中で追い込み、逃げ場を無くすしかないという物だ。

「盾役では無く、追い込み役を。」
「トモエ、祖霊様よ。」
「今は狩るべき敵です。」

狩猟者の前に獣が出てきたのだから、それを思い知らせる。トモエのあたりまえを言葉で作る。口に出しているのは、挑発の一環だが。

「狩られるのはあなた達でしょうに。」

過ぎた言葉も、獣がただ笑って流す。本命には届かず、身内ばかりが心を乱したトモエの挑発、直ぐに作れる物はもう使うべきではないと、ここから先はただ斬る事だけに意識を向ける。
トモエの目にはあまりにも違うため普段よりもぼやけてはいるが、それでも徐々に次に獣が動く先が移り始めている。
カナリアが吹く風を目で見えると、そう語ってもいた。ならば、風邪が見えれば嵐になる前に断つ事も出来るだろうと、機先を潰し、望む動きをさせぬことを至上とした己の流派。その教えをただ示すだけだと改めてトモエは己の芯を作る。どうした所で、差は歴然。緊張もひどく、圧が構えているだけでも体力を、集中力を削る。
長くは保てぬ場、おろしているアイリスにしても、限界があるだろう。時間制限は確かにあり、その中で示さねばならないと。そうして整えた息と意気をもってトモエは次の太刀を振るう。
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