憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

騎兵

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食事の品評も兼ねているため、オユキとメイの下には一口二口、その程度の量だけが運ばれる。

「何度か席を同じくした折にも、うすうすとは。」

そして、他三人、採取者ギルドの長であるハベルもなかなかの健啖ぶりを見せている。

「我らがというよりも、オユキ様が小食が過ぎるのではないかと。」
「その自覚はありますが、どうにも異邦の事を基礎として考えてしまいますし。」

オユキ自身が量を食べられない事はさておき、目の前で明らかに過剰とも思える量を食べられてしまうと、どうした所で気後れするというものだ。アイリスの食べる量についてはさておき、見るからに老齢と見える二人が、平然と大量の肉を口に運んでいるのを見ると、苦手意識を持ってしまっている身の上では猶の事。

「それにしても、採取できるものもなかなか華やいでいますね。」
「森が近く、水源も出来ましたからな。」
「釣りを含め、結界内での水産資源は採取の区分になりますか。」

運ばれる物の内、結界内で作業している者達も居るが、結界からわずかに出た場所には武器を持たない者達もいる。食事の合間に誰彼となく護衛をしながらとなっている一角で、釣り上げた魚、流石にオユキ達のいる場からは何とも知れないが、それらは狩猟者ギルドの出張所では無く採取者ギルドの出張所に持ち込まれている。

「私どもも扱いなれているとは言えませんが、近場であり、知っているものも多いですから。」
「成程。おや。」

そして、何やらその一角で騒ぎが起きている。
釣り上げたのに歓声が上がったかと思えば、何やら忙しなく動き回っている。地面に向かって飛び掛かる物も多く、しかし護衛が動いてないあたり魔物としての危険性は無いと分かる。

「ああ、そう言えば、高級魚扱いでしたか。」
「オユキは、心当たりが。」
「ああして追いかけているという事は、稚魚では無いでしょうから、アンギラでしたか。」

鰻、もう少し気温が下がってからが旬だろうが、このあたりにも出て来るようになったらしい。以前川沿いの町では得られなかったが、こちらには生息しているらしい。相も変わらず生物相というのがどうなっているか非常に気になるものだが、魔物がいる以上でたらめになっているだろうとしか言えない。

「素晴らしい事ですね。是非アングラスが取れるかも調べさせなければ。」
「成魚も美味しいですよ。ただ、捕まえるのに慣れないうちはああして騒ぎが起こるでしょうね。」

トモエとアルノーもその騒ぎの正体に気が付いたらしく、手ごろな串をそれぞれに持って向かっている。

「私は初めて聞くわね。」
「見た目は確かに難があると私も思いますが、それこそ私どもの暮らしていた地域では先史の頃より親しまれた食材です。後はこちらでも同様かは分かりませんが、血液に人を害する毒が含まれていますので、それなりに調理の際に気を付けなければいけないというのが、難点でしょうか。」
「オユキ様、その毒というのは。」
「流石に詳細までは覚えていませんが、経口で嘔吐や下痢、傷口であれば炎症を起こしたかと。熱変性しやすい物だったはずですから、きちんと加熱調理すれば問題ありません。そもそも、私たちにとっても馴染みある職材ですから。」

ハベルからすぐに、毒という言葉に反応して詳細を求められるが、オユキの覚えている範囲ではその程度。毒性を示す物質の名称も、具体的な調理時間なども流石に直ぐには出てこない。なんにせよ稚魚で大丈夫でも、成長過程でため込む可能性もあるかもしれないが、それこそトモエの方がより詳しいだろう。遠目にも実に嬉しそうにアルノーと鰻を運んでいる。
そうして光景を眺めていれば、まずアイリスの耳が動き、オユキも門の方へと視線を戻す。離れていても分かるほどに、危険ともまた違う、明らかに祭りを楽しむ者達とは異なる空気をもってそこから向かってくるものがいるのだから。
どうやら、相応に時間をかけて三名が選び抜かれたらしい。先頭はどうした所でオユキが名を直接呼んだローレンツ。馬上で振るうに遜色ない長大な剣を掲げ、その両脇に構えだけは同じく、馬上槍を掲げた騎士が従っている。成人よりもさらに背の高い馬の上に、重装鎧を着こんだ騎士達が、まさに威風堂々と言った様子で並足で近づいてくる。同じ町で暮らしているのはすでに知っていただろうが、そもそも完全装備で騎乗することは無かったため、初めて見る物も多いのだろう。加えて、分かりやすい圧を持っている。特に戦いに慣れぬ者達は、口を閉じ自然と道を空けている。

「お呼びと伺い、王都第二騎士団所属、ローレンツ。御前に。」
「手間をかけましたね。」
「何ほどの事でもございません。どうぞ何時なりとも、何なりと。」

馬から乗り手が降り、騎士が三人そろって実に慣れた仕草で膝を突く。そして乗り手がいなくなったというのに、軽く手綱に手をかけているだけだというのに、乗り手に習って頭を下げ微動だにしない。本当に賢い馬であるらしい。

「気が付けば大仰な催しとなったこともあります。聞けば古くはこうした祭りがあったのだと、そのような話も。」
「狩猟を嗜む事はままありますが、成程。そちらが来歴だったのかもしれませぬな。」
「ええ。私共も概要を先ほど司教様より伺ったばかり、詳細は今後また願いますが、今は。」
「失礼いたしました。」

どちらかと言えば、オユキの話の運び方の問題ではあるのだが、先にローレンツが話しを膨らませたのだとして謝罪する。

「さて、狩猟、その成果を分かち合うとはいえ、王都より遠く機会に乏しいものたちが暮らすこの場。そこで神国の誇る剣と盾、その輝きを確かに示す機会があるのです。」
「我らの誇る輝きを示せ、そう言われて否と口にするものは騎士などとは呼べませぬ。」
「心強いお言葉です。ならば巫女オユキが改めて願いましょう。民を守る、王にそれを認められた者達が如何程であるか。その輝きを確かに此処で。」
「ご下命、確かに承りました。」

随分と劇が買った振る舞いではあるが、衆目もすっかりとこの出し物を楽しんでいる。少し離れた場所からは、勇壮な歌を歌姫が歌いだしてもいる。
膝を追っていた騎士達が立ち上がり、重装の鎧をものともせずに軽やかに飛びあがって騎乗している。そうされた馬にしても微動だにしない。さて、もう出発ではないのかと、オユキが内心で疑問を感じていると、メイから咳払いがある。何やら、言葉をかけるのを待たれているようだとそれで気が付き、これまでに覚えのある物でらしい物を探す。

「民を守る力、それを今この場で示しなさい。」
「我が剣の誓い、それを確かに。」

何やら不慣れが伝わったらしく、どうにも妙な間が空いてしまったが、それを返答に騎士達が自身の乗馬の手綱を振ればいななきと共に駆け出す。まずは緩く、しかし、それも直ぐに尋常ではない速度に。

「オユキ、流石に今の檄は優美さにかけますわ。」
「生憎と、不足の多い身ですから。」

それこそいよいよこういった事になると分かっていれば、短刀を持ち込んだのだが。

「ただ、私がここまで表立ってとなれば、渡す先が決まってしまったような形になりますね。」
「随分と熱が入っていたようだし、仕方ないんじゃないかしら。祖霊様の加護もあるから、私の方でそちらに連なる形で考えるわ。」
「お手数かけます。」

騎馬が草原を駆け抜ける。栗毛の馬が二頭、青鹿毛が一頭。緑たなびく草原を駆け抜けるさまは、実に絵になる。重装騎士の証である鎧と馬上で扱うためにと長大な武具が陽光を照り返し、地響きをあげて駆け抜ける。その姿にあこがれを見る物も多い。ただ熱のこもった嘆息でそれを示す者、歓声を上げる者、ただ見逃すまいと目を凝らす者。示し方は様々だが、その武優に対して憧れと共に賞賛を。
そして、事前に数人が走り回っていた理由が直ぐに分かる。草原、広い其処に何やら大きな影が。距離があり、影としか分からぬ大きな魔物。近隣ではまずでない中型をここまで追い込んできたのだろう。狩りの流儀として。
力を此処にいる者達に示せとオユキが発したからだろう、肩慣らし程度と言わんばかりに鹿を数体仕留めてから、ようやくローレンツがそちらに向かう。

「ビソンテ、ですか。」
「うむ。流石に数は少なく、道から逸れねば出てくるものでもないがな。」
「近隣で中型となれば、また難儀しそうですね。」
「何、其の方らの協力もあって、今となっては不安もない。危険を理解し、敵わぬ無謀を求める者もおらぬ。そもそも祭り、神の働きでも無ければここまで人の活動圏に近づくこともない。」

一年にも満たない間に、こちらも実に色々とよく回り始めているらしい。
そして、中型種10mを超えるバイソン、異邦のそれよりもさらに攻撃的な角を持ち、長い毛が武器から身を守る魔物、それが追い込まれ、騎士に向かっている。
流石に中型種とはいえ、弱い部類。変異種よりも、丸兎のそれにすら及ばないとはいえ、嘶きを上げ角を前にただ突進してくる姿というのは近くにいれば山が迫っていると、そう勘違いしそうなものだ。大型のトラック、それよりも大きな生き物が明確にこちらを襲うと突っ込んでくるのだ。恐れ、怯えたところで誰もが頷くだろう。しかし、今は人馬共にそれが当然と真っ向から向かっていく。そして、手前から馬が方向を変えすれ違う。そこから生まれる結果は実にわかりやすい。勢い其のままに野牛が地を滑り、切り離された首が胴体よりも先を暫く転がる。ただの一振りで、それほどに巨大な魔物の首を断ち切った騎士が、それが当然と、周囲に既に危険はないのだと悠々と馬をオユキ達の下に進めて来る。
生憎と、それを迎えるのはオユキやメイが先では無く、そのあまりにわかりやすい力を見た者達による歓声だが。

「アベルさんの方で、手配をしてくれているんですね。」

そして、その最中に話し合いのためにと呼び出していた相手も席についている。

「ああ。少し距離もあるし、何より重いからな。丸ごとだと。それにしても、王都の騎士が剣を振って、この程度の魔物でもすべて残るのか。」
「そういった祭りだそうですから。」
「王家程歴史を残している家はない、本来ならそうなんだがな。」

そればかりはここが始まりの町であるとか、おかしな司教がいるとか、そう言った事が理由としか言いようがない。

「ええと、アイリスさん。」
「あれ、美味しいのよね。」

そして、随分と熱心な視線を送るアイリスにメイが声をかければ、返ってくる言葉は実に単純だ。此処は、今はそのような場だ。戦うものが成果を上げた、ならばそうでないものは感謝を、得られた糧を彼らの技術でより良い物に。それが出来なくとも、分かりやすい戦果を称えて。
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