憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

降臨祭の終わり

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今回の祭りの場におけるオユキとアイリスの仕事というのは、監督役以上の物では無い。
体調の問題もあるが、それ以前に不足が多い上に所属が異なる。巫女としての仕事ではあるのだが、実際の物は基本的に存在せず、では何をするのかと言われればその場にいる事に意味があるからと、用意された席に座っているだけだ。勿論、その中でやらかした者達として言葉をかける必要はあるが。

「例年にない、しかし使徒様だけでなく、新たな奇跡。それを多く頂ける祭りとなりました。」

では主役は誰かと言われれば、当然のことながらこれまでこの町で日々の生活を営んできた者達になる。最終日だからこそ、より賑やかになるのだろうかとそう言った考えも異邦人たちにはあったものだが、実際のところは実に静かな場だ。前日まではいたるところに立ち並んでいた出店にしてもすっかりと片づけられている。
そして、これまではそれらが占有していた場所にも人々が集まり、ただ静かに司教の言葉に耳を傾け祈りを捧げている。一部、違う習慣を持つ者達は儀式の場から移された社、そちらに向かい合ってはいるが。

「忘れられていた事、私たちが日々を続けるために、安息の内で暮らしている間に失われた事。世界の存続、私たちが生を繋ぐためにと己を世界の柱とすることを選ばれた神々。」

相も変わらず、語られる言葉と、その振る舞いに一切の脈絡がない司教の言葉が続く。
壁がないと、そう言った言葉もありはしたがそもそも世界の基本としてこのあたりは組み込まれている。ゲームであったかつての世界を愛した者達、その思いを組んで生まれた世界なのだから。
何処までもショートカットは認められない。前提である何某かを達成していなければ、必要な情報も得られない。変わらぬ厳しさというのがここには存在している。そして、それを理解するためには時間と何より切欠が必要になる。異邦人に与えられた役割というのは、根本としてこの世界に対して切欠を与える、それになるのだろう。
こちらの人々ではやはり難しい、あまりにも乱暴な思考は制限がかかるとはいえ、突破すべき前提をすでに超えている者達ではある。故に、神々は特別だと評するのだと。

「凡そ私どもの行う全て。神々の認めるそれら。烙印が押されることのない全て。その行動を司り、喜ぶ神々は確かにこの世界に存在するのです。私たちにしても、こうして網を祀る場を預かる私たちにしても、神々の呼ぶべき名、それが正しく意味することを知っているわけでは無いのです。」

司教の言葉は、散々にここしばらくの出来事で思い知ることになった。
神々は、教会で祀られる10の柱。神像が確かに置かれている神々。では、その神が正しく何を司っているのか。それを正確に把握しているのは、どれほどいる事だろう。月と安息、その神にしても空に浮かぶ多くの月、その意味を語る物もいない。町に与えられる安息、それが加護を、個人に与えられる他の神からのそれを阻害するという事実にしても、この世界では共有された知識とすらなっていなかった。
そして、人の行動によって、それに気が付くものが増えていけばという事なのだろう。

「言葉が先では無く、行動が先。実に厄介な事ではありますが。」

そういった全体を考えたときに、オユキから出てくる感想というのはそれに尽きる。
この世界では、言葉を奪う神がいない。会話が成立していない、それを実感できる場面というのがあまりに少ない。互いに、互いの知っていることを基礎として、他の誰かが語る言葉が聞こえるのだ。特に口の動きと、聞こえる声。その差異が存在することが当然だと認識してしまえば、その先がない。書面に書かれれば想定は出来るのだろうが、それすらも。
ではこの世界でどうやって言語、会話能力というのが身につくのかと言えば、これまでの事からトモエとオユキにも想定が出来るという物だ。月と安息の加護がある。安息の内、そこで暮らすために必要とされているもの。それを判断する、定義する何某かは分からないが、そこには確かな線引きが存在する。こちらで暮らす人々の間ですら、それは存在する。話についてこれない、それを補助するようにに言葉をかけ、経験を積ませれば当たり前とすることができるだけの素地があるにもかかわらず、そうなっている。
清澄に対して恩恵がある。だからこそ手を取り、まずは誰かがそれを牽かなければならない。
だから、色々な面倒を超えて迄周囲から子供を集める学び舎などという発想が通ったのだろう。それが重要とそう言った価値観があるのだろう。実態が何処まで言っても不足があるのだとしても。

「意外ね。」
「何がでしょう。」
「言葉よりも先に、どう剣を振るかじゃない。」
「いえ、別にそれ以外の方に、いきなり奏したりはしませんが。」

アイリスの皮肉には、オユキから流石に否定を返しておく。

「お茶会の席や、話し合いの席に、流石に私たちも太刀を持ち込んだりはしませんよ。」
「金属の匂いが離れていないもの。」
「備えは当然ですよね。」

オユキが鉄菱や寸鉄を頼み、それを使いだしたこともある。勿論トモエはそれを喜んでいるし、王都であれこれと追加で用意もあった。生憎と普段はこちらに来た時に着ていた長袖長ズボン。そう言った装いが基本ではあるが、トモエにしてもオユキにしても。この場で目か仕込んでいるような仕事着であれば、当然あれこれと身に着けている。
近衛からは好評を博しているのだから、問題ないと。そう言い訳も通る物であるし。

「その、それにしてもアイリスさんも。」

そして、今は並んで座るアイリス。そちらにしても見た目の問題というのが出始めている。
ここしばらくの休日が彼女にとっても良い物だったのだろう。疲れ、疲労を負った部分を早く戻すためにと、そう言ったこともあるのだろう。

「仕方ないわよ。」
「いよいよ、季節によって用意が要りそうですね。」

冬毛に変わりかけているという事なのだろう。髪にしても尾にしても。今は部族の事、祖霊の加護のこともあるからとその特徴を表に出しているため、非常にこれまでの装いが窮屈そうなのだ。太ったようにもどうしても見えてしまうが、常の姿では当然そんな事は無い。寧ろ重なった諸々でやつれているほどではない、そう言った有様なのだが。

「これまでは、どのように。」
「むしろ、こっちに来てからは、ここまででも無かったのよね。祖霊様との事があったからかしら。前よりも特徴を濃く出せるようになったのよ。」
「今後のこともありますし、アイリスさん用の物も多いですから、何か用意はいりそうですね。」

こうして巫女二人がゆるゆると話ができるほどには、祭りの終わりを告げる式というのは実に緩く進んでいる。それぞれに祈りをささげた後は、参列者が実にのんびりと寛いでいる。教会の者達はどうしても忙しくしているが。領都からのティファニア達にしても、参列し、今も司教の語る過去の、神に仕える者として伝えてきた歴史に、耳を傾ける聴衆たちへ飲み物であったりを配っている。その聴衆にしても、どこまで司教の話が聞こえているのか、若しくは全く違う内容が聞こえているのか。人によって聞こえる物が、理解できる幅が違う。そして、成長と共に、加護の得られている状況によって変わっていくそれに、楽しみを見出して。時間を使え、こちらに来た時期を考えれば、あれこれと町中を見て回って、それから狩りに。そしてそこで得た糧を使い初めての祭りを楽しんで。
神々を、ミズキリにしてもそういった予定を組んでいたのだろうが、既にそれは大きく変わってしまった。オユキが思うよりもトモエが先頭を楽しんでいるということもあるし、そうであるからこそ求めるべき敵の強度というのが上がってしまっていた。トモエが何度も子供たちに念押ししているように、そもそも身につけた物は弱い相手を無造作に蹴散らすための技術ではない。結局それが主体となっているのだが、強い物と、己が向き合い、先を目指せるであろう相手、それに対して使うことが前提なのだ。未知の先を求めるトモエ、それを理念として説かれたオユキにしてもやはりこの町の周囲での戦闘というのは、現状に至るまではやはり価値を見出せない。
その辺りは理解されているだろうとも考えていたが、神々にしてもそれに気が付くのはこちらに招いてから。結局ミズキリはそういった精神性を理解し、己の計画に組み込む素地がない。ミズキリの考える人の行動、その判断基準にトモエとオユキというのは何処まで言っても当てはまらないのだ。

「使徒様方。創造神様に確かな彩を与えた方々。その多くは既に世界の循環、そこに還る事を望まれました。しかし、それは先の約束として。今はまだ叶っていません。」

続く司教の言葉に耳を傾けながらも、オユキは当たりに注意を向けて、アイリスとの話を続ける。

「そう言えば、アイリスさんはここ以外の国へ向かった経験は。」

こうしてのんびりと話ができる、そう言った場も用意されてはいるのだ。
結局のところ、この町の責任者はメイであり、巫女としては月と安息の巫女がその責を担っている。戦と武技の新参巫女二人は、事前に聞いていたように祭りの流れを学ぶためにと、建前として多くの物があるため何一つ問題なく賓客扱いである。のんびりとお茶を飲みながら、一観客、その体裁で終わりへと進むそれを眺める。
トモエはどうした所で護衛として、そう言った役割分担の形としてアベルにあれこれと言われながら、警護の実際を学んでいる最中だが。トモエにしてもこれまでの事を考えれば、自身に仕事が振られオユキが休む、それに否があるはずもないが。

「流石に魔国は遠いもの。テトラポダの側にはあの国もあるわけだし、間に抜けた国くらいかしら。」
「そうなのですね。どのみちテトラポダにも向かいますが。」
「木々と狩猟は、私たちの国だものね。」
「アイリスさんのこともあって、次はと、そうなりそうなのですが。」

そして、魔国から戻って、次にどこに向かうのか。それが話に登れば、特別な理由がない限りは、そちらになるだろうとオユキは踏んでいる。

「この国の王太子妃様の伝手を使ってるんですものね。」
「あの、それだと自分が同格と聞こえますよ。隠そうとするなら、もう少しですね。」
「私が茶会を断った時点で、貴女なら気が付いているでしょうに。」
「まぁ、それはそうですが。」

アイリスは王都での事ではあるが王妃も参加する茶会への参加を断っている。それができる相手がどのような存在か、それを考えれば最低限というのは、まざ随分と愉快な位置になるという物だ。そして一個人の手紙を携えて、この神国からそれなりの規模の者達がそれを運ぶためにと用意もされているのだ。

「ですが、それを慮れば。」
「面倒だもの。祖霊様から直接お言葉を頂いて、こうして特徴も濃くなったわけだから、一度顔を出して釘だけさしておこうかしら。」
「その、流石にアベルさんとも相談してくださいね。」
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