憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

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「では、始めるとよい。実に多くの事が新しくなる祭り、それをこうして忘れられ、今となっては新しいもので始められる事を、余は喜ぼう。」

国王の宣言に、実に激しい混乱は起きている。しかし、その宣言があれば、もとより部族すら知らぬと飛び出した者達をどうにか抑えていたアイリスが嚆矢を放つ。

「この地に、我が祖霊様の加護を。それに相応しい場であるのだと、皆、存分に与えられた爪と牙で示しなさい。ここは猟場、そうであるなら獣たる我らがいかに振舞うかなど、そんな事は決まっています。」

宣言が行われれば、獣のしなやかさでもって、戸惑う騎士の間を抜けて。まさしく檻から野に解き放たれる。アイリスは流石にその場に残り、用意した鳥居に囲まれた社、結界の内に用意されたそこに立つ。そして、以前彼女の祖霊を切りつけた刃を大地にさし、オユキは生憎と見る事が叶わなかった祭祀を執り行っている。どうやら王都には同族と呼んでもいい相手がいるらしく、毛色は違うが、よく似た特徴を持つ者達がそちらの補佐を。

「まさか、王国を守る盾と剣、そうであるはずの方が遅れを取りますか。」

国王の宣言に慌て、どうした所でまごついている者も多い。既に王命はあった。祭りを始めよと。未だ国王陛下はこの国の最高権力者であり、自由に選択せよとそう告げたとして、それを為していない者達ではないかと、オユキがそのようなことを呟けば。

「近衛たるこの身は仕方ない事とは言え、守るべき民の背を追うあるまじき者達が多い、そのことに謝罪を。」

王太子が、オユキに何を言い出すのかとそのような視線は向けるがそこは年季の差なのだろう。ユリアが直ぐにオユキの言葉に乗り、さらなる挑発を重ねる。

「以前は、それこそ私の求めに応じ、民の憧れに応えるためにと実に勇壮な御姿を見せていただけた物ですが。」

何せ、既に壁の外。結界の内とは言え、王都で日々の糧を存分に得られるほどの物たちが、今更壁沿いの魔物ごときでどうとなるわけもない。既に野を駆る獣たちは十分な成果を出しているというのに。

「応えよ、騎士達よ。今はまだ、神国の剣であり盾である者達よ。我が国をこれまで守った、変わらぬ矜持はそこにあるだろう。民の捧げる感謝、それに相応しくと努めた日々は嘘では無かったであろう。」

オユキとユリアの作る流れでは過剰になりすぎると踏んだからか、そこから先は王太子が引き取ることになる。次の世代、来年には代替わりを控えた新たな王が。

「どれほどのものが変わろうとも、我らは未だに壁の内外、それは抱える事となる。今後も卿等の務めは必要だ。こうして糧をと、その声が上がれば、猶の事盾としてばかりではなく、剣の輝きを示す必要も出るだろう。」

そう、騎士達は、魔物と戦う者達は、この世界では何処まで行っても必要なのだ。
だからこそ、そこから得られるものが如何程であるのか。己の生命を危機に晒して糧を得て来る者達、その姿の輝きが失せる事は無い。

「何、我らとてこの祭りが如何なるものか理解もしている。我が国の誇る剣が先陣を切り、存分にとなれば他の者達が足を置く余地が無くなってしまう。」

そして、王太子は騎士達に瑕疵はないのだと。
寧ろ他の参加者への配慮、それがあったからこそだとして。

「故に、我が改めて命じよう。得難い機会だ、こうして本来であれば壁の内に押し込めなければならぬ者達に、我が国の誇る剣の輝きが如何程であるのか。」

しかし、言葉にははっきりと込められたものがある。王太子が引き取らねば、オユキが挑発の一環として出したであろう言葉が。

「存分に示せ。」

よもや、この状況で怯懦を示す者達はいる訳が無いだろうと。実にわかりやすく言葉の裏に。
そして、改めての言葉にそこではっきりと意識を切り替えたらしい。今は王城の中だけの出来事ではない。騎士達に対し、純粋な憧れを捧げる視線というのも実に多いのだ。
この祭りは、始まりの町と同じ。魔物は神々がこちらで、あまりに広く、資源というものが不足しがちなこの世界で。際限なく得られる資源の最たるものとして、確かに神々が用意した奇跡なのだと。
王太子の言葉に、実に分かりやすい反応が。獣たちの上げる咆哮ともまた違う、揃った鬨の声を一度上げたと思えば整然と動き始める。出立の前に、以前の行進で見た様な、民に向けて動きを作った上で、揃って草原に向けて。後には狩猟者たちや、この機会に少しくらいはと、そのような事を考えての子供たちが機会を伺っていたりもするが。今は。

「私ではなく、トモエに裁可を仰ぐべきかとは考えますが。」

多くの者達が動きを作る中、その流れに逆らうようにオユキの陣取る席に訪れる一団がある。

「さて、皆からの挨拶を、そうすべきとは思いますが、気も逸っている様子。」

ファルコと、連れの少女二人。見知った相手三人を先頭に、後ろには10人ばかりのファルコと同年代と分かる者達が居る。既に国王その人から、ファルコについては後事をリュディヴィエーヌとサリエラに託したうえで魔国に同行せよという任が下りたとはオユキも聞いている。それともう一人。

「改めて、オユキ・ファンタズマ子爵へのご挨拶を願いたく、そう考えては居りました。しかし、彼の神より覚えめでたき御方には、もはや隠せぬ様子。」
「さて、私からはその結果が良くない物であればどうなるかと、その覚悟だけを問う事としましょう。」

未だに当主ではない者達、そればかりかいよいよ家名を持たぬものもいるとは聞いている。挨拶を受けるにしても、順序という意味では、色々と問題がある者達ばかりだ。ならば、これまでの関係性があり、これからも変わらぬものがあるのだと示す為にオユキからは、ファルコに向けてだけ話を。

「この後、改めてトモエ卿に。」
「であれば、そちらは任せましょう。」

初陣の場としては、周囲にあまりにも過剰な戦力があるため、安全であることには違いない。しかし、場の熱が何処まで行っても良くない方向にも働く。そこは、トモエが指導者としてきっちりと諫める物であろう。今は調理場に陣取っており、以前と同じようにアルノーと早速持ち込まれる物を前にあれこれと行っているが。何となれば、その姿を見て、過小評価を下そうものなら、刃物に違いないものを手に持つトモエの前に、浮ついた心持で武器を携えて向かう、その意味を存分に思い知ら差られる事であろう。

「河沿いの町で、ファルコ、貴方は問いかけましたね。そして、今となっては同じ問を、ああして安息の加護の内にあるものたちが向ける事でしょう。」
「不足の多い身です。しかし、こんな私を支えてくれるものがこれだけいます。ならば、同じ言葉を掛けられても、それに只胸を張り、向き合いましょう。」

かつての彼の心からの問いかけ、それはこの少年にもどうした所で向けられるものだ。同じ年代のメイは、早々に巻き込み振り回したために、既に他を黙らせるのに十分な成果がある。しかし、ファルコの手元には未だに無い。新しい奇跡、ダンジョンに向けてあれこれと行てはいるのだが、場としてメイが代官を務める場所を使っていることもあり、実際としての評価はメイに向かう。ただ、ここまでの間。一度は苦手だと手を離したものであるにもかかわらず、出来るだけ向き合い、そのことにも腐らず、己の進む先に向けて。

「であれば、私からはこういいましょう。貴方は既に経験があります。それを存分に示しなさい。」
「畏まりました。いつか、私を支えてくれる者達も紹介の機会を頂ければ。」
「ええ。それがいつになるとは、残念ながら答えられぬ身ですが。」

そればかりはいよいよどうなる物か。
既に面会の話なども来てはいるのだが、隣国への出発にしてもいよいよあと数日まで迫っているのだ。全てを受けている時間などないし、どうした所で返られぬものもある。それこそこの度の日程が終わり、始まりの町に戻ったときに改めて、そのような形になるのが自然な流れとなりそうなものだ。当初は、学び舎の教育課程、その一環として等という話であったはずが、シグルド達も混ざって色々と話が転がったからだろうか。第一陣とされた者達は、揃って学び舎から籍を抜いたなどという話だ。魔物と戦う、やはりそれだけではままならぬこともあるからと、始まりの町に残ったリヒャルトからの手紙と共に、公爵と動き回った結果さらに規模が大きくなったというのもある。
河沿いの町、そちらを特区に近い物として、それに対する腹案や都市計画などはミズキリとケレスの手により、短い期間でしかなかったが草案が出来たこともある。いよいよあのあたり一帯で、この国の始まりの場所があるその場所の近隣一帯を巻き込んで、改めて色々試してくれようと、そう言った思惑が乗った物であるらしい。
税制や国への義務。それについては今後大きくマリーア公爵領と神国との間で変わるだろうが、魔国との関係を抱える以上、アルゼオ公爵とマリーア公爵については、国と何処までも一蓮托生となる。王太子妃、その存在があるため魔国も国を無視することなどできるはずもないのだから。そして、もう一つの公爵領にしても、アベルがどう身を置くのか、アイリスが今後どのような扱いになるのか。それ次第で領の根幹が揺らぐことにもなるため、こちらもどうにもならない。
己の在り方を改めてと選べと言いながらも、既にそれを選べないほどの事柄をこれまでで抱えた者達が実に多いものだ。国王にしても、当然そこまでを踏まえた上で、言い出している事だろう。一つの国を治める人間が、早々手放しで国益を大いに損なうような真似などしはしない。オユキ如きでは及ばぬ計算と言いうのが、背後にはいくらでもある事だろう。

「では、そうですね。いつものように。」
「はい。まずは怪我無く。」

そうして、ファルコ達をオユキは送り出す。

「我に挨拶が無かったと、これは後程正式に抗議するべきか。」
「初陣です。慣れた顔を見て落ち着きたかったのでしょう。」

そして、一言たりとも触れられなかった王太子からの言葉に、オユキからはどうにか庇う言葉を作りはするのだが。生憎とファルコは経験者であるため、どうした所で言い訳もできない。少し離れた席で見ていた公爵夫人が、なかなか鋭い目つきをしている以上、王太子から何を言われずともしっかりと言い含められる事であろう。彼は、今後オユキ達と共に他国へと向かうのだから。
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