憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

診察後

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マルコの診察の結果は、多少の改善は見られるのだがやはり時間はかかるとの事であった。外に出たいとオユキが言えば、気分転換の範囲であれば全く問題が無いと言われ、今後も変わらず起きてから暫くは四阿で過ごして疲れてしまえばこうして屋敷の寝室に戻ってこようとそうした話にまとまった。一先ずはと三日分ほどが追加で用意された薬を、早速今日の分飲み切ってしまえばオユキは眠気にまた襲われることとなった。どうにも、しっかりと睡眠を矯正する作用がある成分も混ぜられているらしくマルコが言うには、其の方が治りが早いとの事でもあった。
副作用では無いのならと、どうにか己を納得させたオユキは、少々気になるところは確かにあるのだがそれでもそういった一切を一先ず置いておき、薬の作用に逆らわずに目を閉じる。トモエと、ゆっくりとした時間を過ごしていればそのまま自然と眠りに落ちて。

「オユキさん、寝たようですね。」
「そうですか。」

オユキが今はすっかりと寝入っている。先ほどまでは、声を掛ければどうにかといった様子で多少の反応は示していたのだが、今はそれもない。食事を少しくらいは、トモエとしてはそう考えるのだがどうにも薬の効果が出るのが早い。ここまで直ぐに寝込むというのなら、それこそ薬を服用する前に軽く口にさせるしかないだろうと考えながら、今度はシェリアと少し話をする。

「それにしても、随分と効果が出るのが早く感じますね。」
「それは、どちらの。」
「ああ、先ほどマルコさんの話にあった、この町で生まれる子が増えるという話なのですが。」

オユキの話は、少なくとも今はトモエもオユキも納得している。そちらは問題が無い。それこそ、今後改善の見込みが無ければ、それこそ治ると言われている予定よりも期間が過ぎるようであれば、改めて問い質してみたりすることもあるかもしれないが、それにしてもまだ先の事。今考えるべきとトモエが考えているのは、この町に新しく増える住人たちについて。そして、マルコの案内を今はカレンに頼んでこの屋敷にもいると言われている今は未だ生まれていない子供を抱えた者達の方へと。

「それですか。」

侍女として、ある程度の使用人たちを統括する立場にあるからだろう。シェリアが実に深々とため息を。

「そうすると、シェリア様の方では、ある程度把握されているわけですか。」
「はい。御報告が遅れた事には、謝罪を。」
「いえ、カレンからある程度は聞いていましたし、オユキさんも好きにせよと言い切ったわけですから。」
「ですが、職務が。」
「それは、仕方のない物でしょう。」

確かに借り受けている人員ではあるし、この屋敷の規模に対して少ない人材でどうにか日々意地を行っているのだ。護衛と言えばいいのか、守衛と言えばいいのか。今も門前に訪れているであろう様々な相手を容赦なく追い払う人員と、公爵、王家からそれぞれに用意されている護衛の人員。それらの日々を支える女給たち。実に多くの人間がこの屋敷で働いており、それらに対して一応はファンタズマ子爵家として手当は出している。最も、ほとんどの部分はそれぞれ都合された場所から別途支払いもあるため出所が違うだけで収支は変わらない。一部、あくまで極一部のこの町で雇用した人員に関しては確かにトモエとオユキの懐から直接の出費となるのだが身に着けている技能が非常に少なく、所詮は見習い。中には泊まり込みを望む物も当然いるため、そういった者達は部屋代と食費、そうした諸々を天引きして支払う形となるため、金銭として動く部分というのは非常に少ない。
その辺りは、オユキではなくトモエが管理している部分にはなるのだが、日々の狩猟で得られる金銭と比べても実に微々たるものだ。あまりにため込んでしまえば、この町の経済が上手く回らないではないのかとよく知らないトモエでも不安になる程ではある。折に触れて教会に寄付としてまとめて動かすようにはしているし、得た物で珍しいと感じる物に関しては、人を雇って領都へ運んでもらったりとしてはいるのだが。

「本当に、あの者達は。」
「とは言いましても、適齢期には違いないでしょうし、子供が欲しいと考えても仕方がないとは思いますから。」
「ですが、もう少し自重というものを覚えて欲しいものです。」
「まぁ、これまで得られなかったわけですから。」

これまでは、得ようと願っても、欲しいと願っても得られなかったに違いなく。では、既に変わったからと、前提がようやく変わったからそれを考えろと言った所で、実感が出来ぬ以上はどうにもなるまい。
オユキが割と表に出るほどに衝撃を受けたのは、監督責任というものがあると考えての事ではあるのだろうが、トモエからしてみればそもそもそんなものは無いと言い切るしかないようなものだ。余暇の過ごし方にまで、いちいち雇用主が口を出してどうするのか、家が認めていない相手とそういった事をして、子供が出来たとしてその責任が雇用主にあるのかと言われれば、そんな事があるものかとトモエは応える事だろう。今頃は、考えなしに事に及んだのであれば、マルコから薬を渡されて戦々恐々としている事だろうし、覚悟があっての事であればそれこそ喜んでいる事だろう。

「少なくとも、覚悟があっての者達には祝い金くらいは出しましょうか。」
「良いのですか。」
「ええ。進退に関しては選んで頂くことになるでしょうが、領都、若しくは王都まででしたら送りましょう。」
「お優しいことですね。」
「いえ、打算が無いかと言えばそうでもありませんから。」

妊娠している者達を送り返して、若しくはこの場に残る事を選ぶというのならそれはそれで。この町は賑やかになっていくことであろうし、屋敷もまた少し、賑やかさを増していくだろう。

「次の世代が増えていく、良い事には違いありませんからね。」
「それは、そうなのでしょうが。」

かれこれ、一年近くが立つであろうか。この国には、この世界には人口の上限が設けられており、それがようやく撤廃されたのだとそういった話を聞かされてから。ここまでの間、なかなかその結果を聞く事は無かったのだが、漸く目に見える結果として出てきたのだ。今はマルコがどうにか出来てはいる。今後はいよいよどうなるか分からない。しかし、愛の証として、次の世代をと考えるものたちにとって、嬉しい出来事には違いない。
これまでは、どれほど望んでも得られなかった存在を、これからは確かに得られるのだから。
トモエにしても、かつてそれを望んだことがありオユキが応えてくれたからこそ得たものがある。その喜びはどれほどの物かは、未だに鮮烈な記憶として確かにトモエは覚えている。付随する出来事は確かに、いくらかの面倒を感じる物ではあったし、なかなか難儀したのは事実ではあるのだが。

「とりあえず、そうですね。」
「配置の話でしょうか。」
「はい。」

妊娠したのだとして、当然今後の進退を話さなければならない。この場に残り、仕事をするというのであれば良し。そうでは無く、実家に報告に行かねばならないと言い出すのであれば、そのための手配を行わなければならない。残ってこの場で、それこそマルコや教会の世話になって出産までをというのであれば、それはそれで手配もいるのだ。マルコの言葉によれば、何もこの屋敷で日々を営む者達だけでは無いのだ、妊娠が発覚しているのは。この町で、一体どれだけの者達が新しい命をその身に宿しているというのか。

「メイ様にも、報告はいるのでしょうね。」
「間違いなく。」

この町の管理者である、メイ。彼女にも流石に己の屋敷で、どころかこの町のあちらこちらで妊娠が発覚しているのだと伝えねばならないだろう。例え彼女が既に把握しているのだとしても、報告は一応必要であるには違いない。

「そう言えば、リース伯爵子女は。」
「いえ、以前彼女が良い人と考えている方にも合いましたが、此方には来ていないでしょうし。」
「成程。ですが。」
「どうなのでしょう。流石に大丈夫かとは思いますが、それでももう少し先になるのでは。」

さて、こうしてあちらこちらでそうした話が出てきている。その結果を見たとして、あのおとなしく見えても内に随分と情熱的な面を秘めている少女が何を考えるかと言われても、そればかりはトモエも今一つ想像の範囲を出る事が無い。どうした所で、随分と下世話な話になるなと、そうトモエとしても考えながら。

「シェリア様は。」
「私に勝てる殿方が入れば、そう考えてしまうのですが。」

では、身の回りまず頼むシェリアにそういった予定はないのかと、オユキからしっかりと信頼も得ている相手に尋ねてみれば、トモエとしては心当たりのある回答が返ってくる。
かつては、トモエもそのように考えていたのだ。
時分よりも弱い相手に、一体全体どうしてそういった感情を抱けるのかと。

「では、良い出会いがある事を祈るとしましょうか。」
「トモエ様は、それでも。」
「はい。構いませんよ。オユキさんも喜ぶでしょう。」

オユキにしても、我が事のように喜ぶだろう。その中で、申し訳なさそうにすることもあるだろう。どうしてもシェリアに頼まねばならない事、慣れた彼女だからこそ頼めること、そうした部分も出て来るには違いない。オユキの様子を見れば、何処かかつてのトモエに似た気質を持つからと、随分と気安い振る舞いを見せているし、シェリアにしてもそうであるように努めているというの外から見ればやはり分かりやすい。
それこそ、今後の話にはなるのだろうが、彼女が己の良い人を紹介したいと言えば、オユキがそれこそ容赦なくその人物に対してあれこれと問いただすのだろう。

「では、そうですね。」

オユキが喜ぶと告げてみれば、シェリアの方でも思うところがあったらしい。

「次の大会、そこで少し探してみましょうか。」
「日取りは決まっていましたか。」
「いえ、まだ確定では無いようですが、年に二度とそうしてはどうかという話もあります。」

戦と武技の名のもとに開かれる、一切の加護を排して行われる大会が近いのだ。内々に言われていることがいくつかある。シェリアにしても、それをある程度は知っているのだろう。若しくは、トモエとオユキよりも遥かに詳しいのかもしれない。

「では、その場で刃を合わせる事があれば。」
「ええ。」

万が一、トモエとシェリアという舞台があるのならば、その場ではトモエが容赦なくシェリアを下して見せるだろう。ローレンツに関しては、相手が負けを認めてくれたからこそだったのだから。
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