憧れの世界でもう一度

五味

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23章 ようやく少し観光を

撤退

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では、長らくお時間を頂いたので今日はこのあたりで。そんなお決まりのセリフをオユキが投げてみたところで当然それが適う事は無かった。これまで手に持っていなかったはずの扇を袂から出して、それを広げて口元に。そして、座った目線でオユキの品定めと言わんばかりに投げかけられる視線の無遠慮な事。トモエの方も、何やら王太子妃に変わらず同情的であり、この子供がもう少しどうにかなるならと下手をうてばそちらも不要な援護を行いそうな空気を湛えている。
この場で味方と呼んでも良いのは、もはや公爵夫人とシェリアだけ。
なかなかに、詰んでいる状況だと、そんな事をただただオユキとしては考えるものだ。

「では、話は変わりますが、次の闘技大会。」

オユキが別の話題をと、乗らざるを得ないだろう話題を口に出せば、相手の眉が僅かに上がる。

「あちらこちらに与えられた奇跡を運ぶ、そうしたこともあります。一体次を、何時にと。」
「ええ、話は進んでいます。勿論、貴女方に協力を求める内容も。」
「現状で、そちらを伺わせて頂く事は叶うのでしょうか。」

さて、こうしてオユキが口にした話題に対して、実に不服とそれを隠しもしない様子を王太子妃が浮かべる。間違いなく、交渉が可能な手札がそこにあるという事だろう。ならば、現状オユキとしてはそれに漬け込むしかない。公爵夫人から、後押しも得られはしないだろうかと、そうして視線を送ってみれば。

「確か、まずは二回に分けるのであったかしら。そのどちらもというのは、なかなか望み過ぎでしょうね。如何に風翼の門があるとはいえ、移動にかかる時間というのは無視できるものではありませんもの。」

そして、どの程度の期間を拘束するつもりなのかと。
そうして話が行われている間に、トモエはトモエの方で今はどうにか泣き止んできた赤子を抱きつつ、以前に月と安息から聞かされている胸元の飾りを改めて確認してみる。最初に抱き上げる時には、一向に色が変わっていない物ではあったのだが、今となっては三日月と、字面通りに三日月と呼べるだけの物になっている。これがオユキだけによるものかと言われれば、トモエとしては当然疑問に思えてならない。

「そうですね。ええ、そうでしょうとも。なればこそ、今暫くは此処、王都で生活というのを考えても良いのではないかしら。」
「さて、私としても、トモエとしても、暫くはあの長閑な始まりの町でと考えておりますが。」

韜晦は許さぬとばかりに、刺すような視線が向けられているものだ。
だが、そうだとしてものらりくらりとかわして見せて、この場を凌ぎ切る必要がある。さもなくば、向こう半年くらいの予定が自動的に決まってしまう。王太子妃の考えている事も、手に取るようにとまではいわないがオユキの中である程度の予測がついている。己の子供、その健やかなることを望んでというのも間違いではない。しかし、少なくない割合で今後王位を継ぐ王太子との間に生まれた子供が、一切の不足が無いのだと示して見せるのだという色すらも間違いなく浮かんでいる。ならばこの相手は、我が子を守る為であれば、正しく鬼子母神の如く振舞うだろう。そうなったときに、流石に逃げ切れるものではない。門を使ってどこぞに行こうとも、相手も同じ方法で追いかけて来るのだから。

「長閑であることを求めるのであれば、ええ、相応しい場を考えましょう。」
「斯様な身には、真に有難い事ではありますが。如何でしょうか、此度の事、この一事を捉えてとするにはあまりに早計かと。」
「そうですね。少なくとも、まだ数度様子を見てというのが良いものでしょう。」
「ほう。数度は様子を見るのだと。」

公爵夫人の作る落としどころは、どうやらその辺りらしい。今度ばかりは、逃げるための手札も持っていないという事か、あまりの事態に用意が無いのか。目線だけで話をしようにも、流石にそこまでの積み重ねが公爵夫人との間に存在しない。それが、今この場で随分と足を引っ張る物だ。勿論、公爵夫人にしても表に出してはいないのだが、頭を抱えてしまいたいと、そんな事を間違いなく考えているだろう。ともすれば、ストレスによって今頃胃に痛みを覚えているかもしれない、かつての世界であれば。

「そう、ですね。何分、因果関係が分かる物ではありません。試すにしても、今回と同じ程度間を置く必要があるようにも思いますが。」
「ほう。」

王太子妃が、楽し気に続けよと簡単に扇を使ってオユキを示す。ひらひらと動かす扇、その先についた紐に結ばれた小さな石。豪奢と呼ぶには質素だが、品良く飾られたそれが今のオユキにとっては短刀であるかのように見えている。

「事実として、そうですね、事実としてご令息を抱かせて頂いた折に、確かに私から何かがといった感触はありました。」

此処で要らぬ嘘をついたとして、追及されればどうにもならぬから。

「しかし、由来と思われる物が多く、特定には至りません。」
「ほう。」
「私も、報告だけは聞いておりますが、確かに正確性に欠けるとそう聞いています。」
「ええ。こちらに来る迄の間に、少しトモエさんとも話したのですが、最初に聞いた神としての呼び名は秘密と絢爛であったのです。しかしながら、実際にその場に降りられた神にはその名を持つ方が居られませんでした。」

改めてと言えばいいのか、そんな説明をまずは口にして。向こうとしても、聞くつもりがあるとそれを示された以上は話を続けるしかない。細かいところは置いておき、まずは概要として。加えて降臨した神の内、恐らくこちらが原因ではないかと、そうオユキが考えている神に関しても。

「華と恋の女神様が。」
「はい。確かに、私の認識ではその名を持つ神が。」

そう、あくまでオユキの認識できた範囲で。自分が事が終わったころに、既に意識が無かったことには触れずにそれまでの間に認識できていた柱に触れる。

「確か、ご令息の事に関わって、彼の柱からのお言葉も頂いているわけですし。」
「確かに、筋は通りますか。」
「と、言うよりも。極端な話をするのであれば、既に過去洗礼と言いますか、そうしたことを既に行っているわけです。そして、その折に今回のような事が無かったのだと、それを思えば私にばかり原因がある、そう考えるのはあまりに早計ではないかと。」

オユキとしても、己の論理が破綻している事など十分に承知。しかし、相手は当然それなりに考える頭を持っているわけでもあり、加えてこれまでの互いに交わした手紙でのやり取りが前提にあるには違いない。つまり、此処で下手に踏み込めばそこから己の知らぬ何かが出て来るのではないかと、そうした疑念を持たせる効果が望めると考えての事。
要は、このままただ何を決めるでもなく時間を使い、さっさと逃げ出してしまえというのがオユキの現在の最大目標。そして、対応の時間を作った上で、それこそ後見人たちと話をして対応を決めるのだ。

「成程。では、オユキ。貴女は何をもって確かめたいと、そう語るのですか。」
「正直に申し上げれば、これから生まれて来る者達にしても、同様の危惧が存在しています。」

それは、王太子妃、貴女ならわかるだろうと。
己の子供が、魂が薄い状態で生まれてしまう。汚染が周囲に在る中で、それでもこちらで生を受けてしまう。無垢な魂では、加護の足りぬ魂ではやはり汚染に抗する事等できはしないと、それを我が子を持って示されたのは貴女ではないのかと。それがこの世界で、これから無作為に起こり、そしてオユキがそれに手を取られることとなればそれが何を引き起こすのか、それが分からない筈も無いだろうと。
主に向けている相手は、王太子妃とトモエに向けて。
一人では、限度がある。
巫女として、己の身をまさに供物として捧げてとすれば可能ではあるだろう。それを行えば、オユキに対して過剰な負荷を求めぬとそうあちらこちらで話して回っているトモエとしても、己の振る舞いと大いに矛盾するのだと、そう感じてくれるはずだと。
ただ、あくまで、それは今のところオユキの考えでしかない。

「では、オユキさん。」
「あの、トモエさん。」

そして、話を聞いていたはずのトモエがオユキにまた名前も知らぬ赤子を渡す。渡された以上は、そのまま抱いてとするしかなく、今となっては随分と機嫌がよさそうにオユキの長い髪を掴んだりとしている相手に、されるがまま。是非とも、オユキではなく、王太子妃に渡してあげて欲しいものだがと視線で訴えて見ても、素知らぬ顔でただトモエは赤子の胸元にある功績を確認するようにのぞき込む。
そして、何やら納得したとばかりに頷きを作れば、オユキから改めて取り上げて、今度は王太子妃にそのまま。

「この功績が、月と安息から与えられたこの功績が満ちれば、問題が無いとの事でした。
 こちらに伺った折には、一向に変化が無かったのですが、オユキさんが抱いて初めて今はこの様に。」

王太子妃が、トモエに差し出されてそのまま子供を抱く。その顔を見れば、ああ、成程と。確かにトモエはこの表情の為であれば、同じ何かを感じた相手に対してトモエは一切を惜しみはしないだろう。オユキに、他よりも優先しろとそう語るだろう。

「ああ。この子の功績が、今となっては僅かに満ちて。」
「恐らく、必要なのでしょうね。時に、折に触れて。」

だから、トモエは容赦なく妥協点というのを作る。

「ですから、オユキさん。王太子妃様は、オユキさんを良き友人と、そう遇するだけの心があります。」
「それは、ええ、分かりはするのですが。」

では、それでも構わないのかと。方々に向かって、観光を楽しむ時間というのがそれでは随分と犠牲になるのではないかと。

「オユキさんが、不安に思う程ではありません。季節ごとの催し、王都で行われる物であれば、私達も参加をせざるを得ないでしょう。」
「その時に、という事ですか。」

トモエが、すでに良しとしており具体的な日付を口にしたのだ。ならば、この場ではそれで納得がいくのかとただオユキからは視線で王太子妃に尋ねるだけ。

「確かに、それで構わないというのであれば、成程それが良いのでしょう。」
「ですが、闘技大会、その予選にしても来月にと言う話も怪しいのですが。」
「何か、ありましたか。その、アイリスさんの国許の方が、随分と早く到着しているとは聞いていますが。」

王太子妃が何やら言い難そうにしている。それに関して、知らぬ話が何かそこであったのかと。

「内々の話とするように。」

しかし、王太子妃からの話というのは、やはり想定を超える物だ。

「武国から、現国王陛下の兄上が、武国の公爵家当主、その方が近々こちらに。」
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