憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

彼の心

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一刺し一刺しに、想いを込めて。技術では、やはりオユキは素人以上の物ではない。それどころか、はらはらとした視線を受けながら。ともすれば、この後手直しが行われるのだと、オユキはわかっている。如何に伴侶の手によるものとはいえ、衆目に晒される個所にトモエが身に着ける以上はやはり相応しい品格とでもいえばいいのだろうか。オユキにとっては、そうした言葉しか思いつかないのだが、品質として求められる最低限というのが存在している。
これでオユキが殊勝に季節に合わせてと、そうしたことを考えて行うというのであればまだしも、今はエステールの言葉に乗せられて行っているだけ。他にも、オユキ自身が忙しくなってしまえば、とてもではないが一つの意匠を縫取るのにここまで時間をかけているようではとてもではない。つまり、今後外に頼むことを想定したうえで、そちらときちんと揃っていなければ全体として調和もとれはしないのだから。

「対応に時間がかかる、そればかりは他国とのことですから。此処で不和を抱えて、それは誰もが望まない事でしょう」

少し難易度が高い縫い取り、ただ、オユキが当然とばかりに行うように布の裏から針を通して表へ、さらに必要な場所まで糸を張って表から裏へ。そのような物ではない。既にある程度の図案が出来上がったところにもう一度針を通して、さらには表でひと手間どころでは無く。オユキの記憶にある範囲では玉結びとでもいえる物では無く、他の糸と絡めて止めた上でとまた随分とややこしい方法をとらなければならない。

「アイリスさんからは、武国の巫女がこちらにとそうした話を聞いていますし、私に面会の予定とのことでしたから」
「あら、この国に来たのね」
「ヴィルヘルミナさんが、戦と武技の神に望んだことですから」
「幼子よ、きちんと集中せねば、そのあたりはなかなかに難易度が高いぞ。完成品として身に着けて、それでその方の不手際でほどけて外れることなど望んではおるまい」
「布と糸で摩擦はあるので、早々無い事とは思いますが」
「早々無いというその方の言葉通りじゃな。それこそ、幼子よりも遥かに優れた手によって、その程度」
「確かに、私のような拙い技術ではと言う事ですか」
「幼子がそれを贈る相手、短い期間鹿となっては、あの者も喜びはすまい」

確かに、トモエはオユキが手ずから作ったものを短い期間だけと、そうなってしまえば悲しむだろう。もしくは、それが当然の結果と受け入れるのだろうか。
それをオユキは、考えて。やはり、気が進まないというよりも、少し悲しいと感じてしまう。
目的も無く、目的はあるのだが、オユキにとっての目的になりえないそれでは無く、トモエも喜ぶのだからと言われて行っている今は、やはり力が入るというもの。セツナが上手くオユキを操縦して見せるのは、要は氷の乙女としての特性により詳しいと言う事なのだろう。オユキ自身、過去の己であれば、此処までを行いはしなかっただろう。だが、どうにもこちらに来てからというもの、この体になってからというもの。セツナの言葉が、オユキの内にあるものを的確にくすぐり、煽るのだ。自尊心を、不安を、トモエに向けている感情を。

「トモエさん、喜んでいただけるでしょうか」
「それは、間違いなかろう。気にすべきは、そこに幼子の手によるものと喜ぶか、きちんと品自体も喜ぶのか、そうした差が生まれることくらいか」
「ですが、この後は、結局手直しが入るわけですし」
「入らぬ様に、とまでは言わぬがな。それでもどの程度残っているのかは、分からぬ相手でも無かろう」
「どう、でしょうか」

セツナの語る言葉に、果たしてどうなのだろうかと、オユキとしてはついつい考えてしまう。それこそ、かつての世界であれば、全てが既製品というよりも人に頼んで作ったものばかり。そうでは無かったのは、オユキが毎年一回はと決めていたもの、それからたまに、時間が空いた時に行った物くらい。だが、当時にしても、確かにトモエはそのあたり理解をしてくれていたように思う。見た目からして、品質の差があるのは事実なのだが、それ以上に別の何かを感じ取って。こちらでも、オユキがトモエに用意したのは数度。その度に、確かにトモエはオユキの手によるものを的確に選んでいた気もする。

「そう、ですね」
「うむ。妾たちの選ぶ伴侶。連れ添うものに対して、最低限求めるのはそれじゃからの」
「それは、随分と敷居が高いのではなくて」

ヴィルヘルミナが、何やら苦笑いと共に。

「妾たちが、良しと思うた相手との間には、自然と共有するための物が生まれる。それを通して、己が作ったもの、それがなにくれとなく分かる様になるものじゃ。無論、それを受け取る相手ばかりとは限らぬのじゃが」
「あら、そこまでの事があっても、受け取らない相手がいるのかしら」
「何分、過去にもいくつか事があっての。どうにも、妾たちにしても女しかおらぬ種族、対して一人の男が多数の女に囲まれて良しとする、それが当然と言った文化を持つ相手となればの」
「ええと、それは、寧ろ相手に対する理解の不足を言うしか」
「例えば、幼子の伴侶にしても祖の由を辿れば、そうした物じゃぞ」

言われて、オユキは全く己が意識していない事ではあるのだが、椅子から腰を浮かせてしまう。
アイリスに炎獅子と評されているトモエの事を思い出す。獅子、つまりはプライドと呼ばれる一頭の雄に連れ従う複数の雌とその子供たち。そういった社会を形成するはずの生き物が、トモエの身を構成する流れの一部にある。セツナの言葉に、それに返した己の言葉によれば、まさに己が今そうした状況ではないかと。
賢しらに、相手の種族への理解を持たぬ相手、それに対して慕情を募らせる事を、種族の長ないしは年長者として諭すべきではないのかと。そうした話が綺麗に自分に返ってくる、今の話の流れではまさにそれではないか。過去の己には、全くもってそうした想いは無かったのだが、こちらに来ていつだかにアベルにトモエが可哀そうだなどと言われたこともある。そこまで思い出してしまえば、最早オユキは気が気では無いとでもいえばいいのだろうか。
別に、綺麗な体で射て欲しいなどとは思わない。己の体躯がそうしたことに向かぬだろうというのはやはり理解もある。今後の事を考えれば、二人の間で等と言うのはとてもではないが認められるような事でも無い。だからこそ、トモエが望むのなら、そうしたことを売りだしている場所に向かう分には構わないと考えていた。トモエにも、そう伝えた上で、トモエからは目が一切笑っていない笑みと共にありえないといわれたこともある。だが、どうだろう。アイリスは、上手くアベルのほうに流れたのだが、今トモエの周りにはそれなり以上の数がいる。

「オユキ、私にはカリンと違ってその心算は全くないから、その目を向けるのは止めてもらえるかしら」
「幼子とはいえ、妾たちであれば、まさにといった物よのう」

ヴィルヘルミナが、オユキに笑いながら。セツナは己の種族たるものそうでなくてはと。

「それにしても、オユキは、本当にトモエの事ばかりね」
「ふむ。それほどか。そこまでとなれば、互いの間に、かなりの物が生まれるとは思うが。成程、それ故にあの者は幼子に向けて整えた部屋でも平然として居るのか」
「オユキさんが、落ち着くまではもう少しかかりそうですもの。そのあたりのお話、少し詳しく聞かせてもらえるかしら。カリンにも、私から注意しておかなければいけないようですし」

オユキの心中は、見事に乱れている。
そして、それは、何もオユキの内にばかりとどまっているわけではない。
ここ数日、セツナが改めてカナリアと整えた部屋で休んでいるからだろう。要は、オユキが苦手とする他の気配の濃いマナから己の得意とする者への変換。意識して等未だにできず。体に、どこかにあるらしい、カナリアやセツナが認識できているらしい場所に変換は任せて。そうしていたこれまでは、明らかに回復が遅れていた、どころか日々削られている者のほうが多かったのだとよく分かるほどに。
劇的に回復している今となっては、氷の乙女という種族が示すがごとく、己の感情が容赦なく周囲に現れる。オユキが座る一角、ヴィルヘルミナも席についているその場とエステールや侍女が控えている席。そのあたりには、幼子が感情を乱して、こうして屋内であるにもかかわらずまさに吹雪と呼んでもいい状況を引き起こすなどままある事だとばかりに。
ここまでの事を、改めて振り返る。トモエが、果たして好意を示している相手というのがどういった相手かと。トモエに、好意を、オユキを退けてという程ではないにしろ、そうした位置を狙っている相手は誰だったのかと。オユキが把握している、第一はそれこそカリン。オユキは特に考えもせずに行った事ではあるのだが、アイリスはオユキの警戒に、そこから示すものに気が付いて実際のところは身を引いている。外で、公で。オユキが殊更、トモエは己の隣にあるのだと、己の隣にはトモエしかたたせる気は無いのだと示しているのは、行ってしまえば過去から変わらぬ独占欲による物。それが、こちらに来てからは、種族由来なのだろうがかなり強くなっている。寧ろ、それすらも、そうした感情が基底にある方が、オユキの動きが良くなるとでもいえばいのだろうか。

「あら、意外と、面白いわね」
「どうじゃろうな。こうして、心乱すたびに幼子の内は」
「こう、言っては何だけれど」
「ゆうてくれるな。妾にしても、考えなかったことでは無いのだ」

エステールが、侍女たちが何やら不安げにしているのだが、オユキはそれにも気が付かず。部屋の中は、オユキの内心がそのまま表れたかのように、ただただ白く染める、白に閉ざす氷雪が吹き荒れている。オユキを中心に、最もオユキの周囲、侍女たちの周囲はセツナが抑えているためどこが起点かは分かりにくいだろうが、そのような真似ができるのはこの室内に置いて現状二人だけ。残った一人が、ヴィルヘルミナと話しながら、抑えている以上は未だに椅子から中途半端に立ち上がった体制のままに固まっている者しか確かにおるまい。
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