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授業が始まった。題して「マダム・リゼのマナー教室」。子爵から順番に一列に並ばされ、アドバイスされるわけだが。
「背筋を伸ばして!」
「キョロキョロしない!」
「頭を前に出さない!」
「このくらいキープできなくてどうする気ですか!」
いやー、厳しい。子爵、男爵の家の娘ばかりだからそれなりに姿勢は整っているはず。しかし情け容赦なくダメ出しのオンパレードなのだ。
「これくらいで根をあげるようなら、良いご縁談はまとまりませんよ」
「このままでは出来損ないの嫁と蔑まれます」
「良い姿勢なくして良い人生は歩めません!」
悪い姿勢では嫁の貰い手もない、あっても不幸になると言われ続けて気分も滅入ってくる。姿勢と結婚は関係あるのだろうか。そりゃ姿勢がいいと綺麗に見えるだろうけど、極端すぎないか?あまりに言われるので、全員が死んだ魚の目のようになって遠くを眺めている。
そして私の前に先生が立った。ついに私の番である。うわー、嫌だわ~。しかし逃げ出せるわけもなく、緊張しながら先生のアドバイスを聞く。先生は前からだけではなく背中の方にも行ったり少し離れたりして、とにかくジロジロと私のことを見た。値踏みされているようで落ち着かない。
「あなた、体幹ができているわね」
まさか、第一声がそれだった。体幹という言葉がこの世界にあることに驚く。孤児院育ちのリサは貴族と違って身体を使うことが多かったのかもしれない。そういえば確かに芯がしっかりしていると思う。
「先ほども話し方などしっかりしていると見受けました。きちんとした教育を受けたのですね」
先生がべた褒めである。周囲からの圧力を感じる。貴族がコテンパンにやられているのに平民で孤児のリサが褒められたら、そりゃ面白くないだろう。そういうの、やめてほしい。ただでさえ浮いているのだ。これ以上波風を立てたくない。
「皆さん!」
手をパンパン、と叩いて先生は注意を促した。全員の視線が私に注がれている。いやいやいや、やめてくれ。そう思うが、先生は私のことなどお構いなしだ。
「リサの姿勢をよく見てください。これこそが正しい姿勢です」
直立不動で何もできず、嫌な感じの汗が背中を伝うのがわかる。死んだ魚のような目をしたまま、全員が私の方を向いている。目はビー玉のようだ。怖い。
「あなた方は身近にいる方の真似をしているに過ぎません。高位貴族の姿勢を見て、見よう見まねで何も考えずに背中を反らしているだけなのです。きちんとしたマナー教師についていた人はどれだけいますか。良い姿勢というのはただ背中を伸ばして立つだけではダメなのです」
先生は私の背中に手を添え、朗々と語っている。
「リサの姿勢が正しいのは、おそらく誰の真似もしていないからでしょう。それはリサが平民だからです。おそらく身近に貴族の方はいなかったのでしょう?」
「は、はい」
いきなり聞かれて正直に答えた。先生は満足げにうなづく。
「皆さんは貴族ですし、貴族としか付き合ってこなかったでしょう。でもリサは違います。リサの姿勢はある意味人間として自然な体勢なのです」
先生の話は長々と続く。つまり私が褒められたのは、おかしな癖がついていないということらしい。貴族の家に生まれたら、親や周囲の人から立ち振る舞いを学ぶ。親世代は学校などに行かず、独自のマナー講習などを家ごとに受けてきた。そのためいざ結婚してみると、婚家とは違いがあったりすることがよくあったそうだ。間違ったまま覚えている親がそれを娘に伝えて、ということが実際にあるらしい。
「そういうことにならないよう、皆さんはしっかりと正しいことを身につけてもらわないといけません」
先生は熱心に講義をし、全員それを感心したように聞いている。私は緊張した姿勢のままだ。苦しい、心の中でつぶやく。これって拷問に近いわ。だって他の生徒たちは姿勢を崩しているのだ。
「皆さん、リサの姿勢をもう一度よく見るように。長時間このように立てないといけません。姿勢を崩すなど論外です。平民のリサでこそ成せるわざというものです」
先生、私を軽くディスっていませんか?引き攣りそうになる顔を何とか誤魔化し、愛想笑いを浮かべるのだった。
「背筋を伸ばして!」
「キョロキョロしない!」
「頭を前に出さない!」
「このくらいキープできなくてどうする気ですか!」
いやー、厳しい。子爵、男爵の家の娘ばかりだからそれなりに姿勢は整っているはず。しかし情け容赦なくダメ出しのオンパレードなのだ。
「これくらいで根をあげるようなら、良いご縁談はまとまりませんよ」
「このままでは出来損ないの嫁と蔑まれます」
「良い姿勢なくして良い人生は歩めません!」
悪い姿勢では嫁の貰い手もない、あっても不幸になると言われ続けて気分も滅入ってくる。姿勢と結婚は関係あるのだろうか。そりゃ姿勢がいいと綺麗に見えるだろうけど、極端すぎないか?あまりに言われるので、全員が死んだ魚の目のようになって遠くを眺めている。
そして私の前に先生が立った。ついに私の番である。うわー、嫌だわ~。しかし逃げ出せるわけもなく、緊張しながら先生のアドバイスを聞く。先生は前からだけではなく背中の方にも行ったり少し離れたりして、とにかくジロジロと私のことを見た。値踏みされているようで落ち着かない。
「あなた、体幹ができているわね」
まさか、第一声がそれだった。体幹という言葉がこの世界にあることに驚く。孤児院育ちのリサは貴族と違って身体を使うことが多かったのかもしれない。そういえば確かに芯がしっかりしていると思う。
「先ほども話し方などしっかりしていると見受けました。きちんとした教育を受けたのですね」
先生がべた褒めである。周囲からの圧力を感じる。貴族がコテンパンにやられているのに平民で孤児のリサが褒められたら、そりゃ面白くないだろう。そういうの、やめてほしい。ただでさえ浮いているのだ。これ以上波風を立てたくない。
「皆さん!」
手をパンパン、と叩いて先生は注意を促した。全員の視線が私に注がれている。いやいやいや、やめてくれ。そう思うが、先生は私のことなどお構いなしだ。
「リサの姿勢をよく見てください。これこそが正しい姿勢です」
直立不動で何もできず、嫌な感じの汗が背中を伝うのがわかる。死んだ魚のような目をしたまま、全員が私の方を向いている。目はビー玉のようだ。怖い。
「あなた方は身近にいる方の真似をしているに過ぎません。高位貴族の姿勢を見て、見よう見まねで何も考えずに背中を反らしているだけなのです。きちんとしたマナー教師についていた人はどれだけいますか。良い姿勢というのはただ背中を伸ばして立つだけではダメなのです」
先生は私の背中に手を添え、朗々と語っている。
「リサの姿勢が正しいのは、おそらく誰の真似もしていないからでしょう。それはリサが平民だからです。おそらく身近に貴族の方はいなかったのでしょう?」
「は、はい」
いきなり聞かれて正直に答えた。先生は満足げにうなづく。
「皆さんは貴族ですし、貴族としか付き合ってこなかったでしょう。でもリサは違います。リサの姿勢はある意味人間として自然な体勢なのです」
先生の話は長々と続く。つまり私が褒められたのは、おかしな癖がついていないということらしい。貴族の家に生まれたら、親や周囲の人から立ち振る舞いを学ぶ。親世代は学校などに行かず、独自のマナー講習などを家ごとに受けてきた。そのためいざ結婚してみると、婚家とは違いがあったりすることがよくあったそうだ。間違ったまま覚えている親がそれを娘に伝えて、ということが実際にあるらしい。
「そういうことにならないよう、皆さんはしっかりと正しいことを身につけてもらわないといけません」
先生は熱心に講義をし、全員それを感心したように聞いている。私は緊張した姿勢のままだ。苦しい、心の中でつぶやく。これって拷問に近いわ。だって他の生徒たちは姿勢を崩しているのだ。
「皆さん、リサの姿勢をもう一度よく見るように。長時間このように立てないといけません。姿勢を崩すなど論外です。平民のリサでこそ成せるわざというものです」
先生、私を軽くディスっていませんか?引き攣りそうになる顔を何とか誤魔化し、愛想笑いを浮かべるのだった。
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