恋愛フィルター〜恋愛トーナメント第2章〜

天咲琴乃 あまさき ことの

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第5章

第5話 恋をしない選択

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  恋をしない選択

 その日は、やけに周りがうるさかった。
 パン屋の常連が、レジ越しに言った。
「ラジオ、聴いたよ。いい人そうじゃない」


 編集者も、笑いながら続けた。
「年上で落ち着いてるって、今どき貴重ですよ」



 友人は、もっと直接的だった。
「もうさ、次に行ってもいいんじゃない?」




 雨音は、曖昧に笑ってやり過ごした。
否定もしない。肯定もしない。




 夜になって、一人になると、ようやく胸の奥が動き出す。



 ——いい人。
 ——落ち着いている。
 ——次に行ける。
 どれも間違っていない。
 でも、どれも決定打じゃなかった。
 過去の自分なら、ここで焦っていた。



 「逃したら終わり」
 「年齢的に」
 「こんな人、もう現れない」
 そうやって、自分を急かしていた。



 恋は、いつも締切付きだった。
 でも今は違う。



 胸の奥に、ブレーキの感覚がある。
 なくるは、何もしていない。




 連絡を増やすことも、距離を詰めることも、期待を煽ることも。
 それなのに、周囲の声が、代わりに急かしてくる。




 ——本当にそれでいいの?
 ——一人になるかもしれないよ?
 不安は、確かにある。
 夜が長く感じる日もある。
 将来を考えると、心細くなる瞬間もある。
 それでも。




 雨音は、ゆっくりと息を吸った。
 過去の恋を思い出す。
 優しさと称した管理。
 愛情と呼ばれた支配。



 声にすがって、自分の感覚を疑い続けた日々。




 あの頃に戻るくらいなら、
 一人の夜を選ぶ方が、ずっといい。
 ラジオをつける。



 なくるの声が、いつも通りに流れてくる。



 彼は、何も約束しない。
 未来を匂わせない。
 希望を餌にしない。

    まあ、モテそうだもんな。女の人に困ってないだろうな。私の文章が好きなだけで。私を好きな訳じゃない。勘違いしてはいけない。


    きっと、誰にでも紳士で優しいんだと思う。



 それが、今の雨音には何より信頼できた。
 恋をしない。




 それは、逃げじゃない。
 自分を切り売りしない、という選択だ。



 誰かに選ばれるためじゃなく、
 自分が壊れないために。
 雨音は、心の中でそっと言葉を置く。




 ——今は、ここまででいい。
 恋愛フィルターは、確かに働いていた。
 そしてそれは、誰かを拒むためじゃなく、
 自分を守るためのものだった。


   フィルターにかけよう。
    へんな異性は寄せ付けないために。
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