9 / 19
1口の五分休符ー朗読する歯科医師5人組ー
3話 蒼太(そうた)
しおりを挟む
蒼太
矯正は、正確でなければならない。
力の方向、量、時間。
一つでも狂えば、結果は歪む。
だから俺は、こだわる。
誰がなんと言おうと、そこは譲らない。
「開始、五分遅れます」
そう言っただけで、院内の空気が少し揺れたのが分かった。
律がちらりと俺を見る。
理は何も言わない。
院長は、相変わらず笑っている。
――選書が甘い。
今日の朗読に使う絵本。
文字量が多すぎる。
リズムが悪い。
五分で終わらない。
「この本じゃない」
俺は、はっきり言った。
律は一瞬、きょとんとした顔をしてから、
「あ、そっか。じゃあ変えようか」
と、あっさり引いた。
それが、腹立たしかった。
譲るな。
そこは話し合え。
適当に流すな。
……そんなこと、口には出さない。
出せない。
子どもたちが集まる。
律が前に立ち、朗読を始める。
声が柔らかい。
間がいい。
子どもが自然に寄ってくる。
――くそ。
正しいのは、俺の選書だ。
でも、救っているのは、あいつの声だ。
それを認めるのが、どうしても嫌だった。
俺と律は、兄弟だ。
二歳違い。
小さい頃から、あいつは要領がよかった。
人に好かれる。
空気を読む。
怒られない。
俺は違った。
成績で黙らせるしかなかった。
正しさで殴るしかなかった。
五分休符の終わり。
子どもたちは静かだった。
「よかったですね」
理が言う。
俺は、うなずけなかった。
終わったあと、律が近づいてくる。
「さっきの本、ありがとう。確かに、あっちの方がよかった」
――違う。
俺が言いたかったのは、そんなことじゃない。
「……お前さ」
言葉が詰まる。
お前は、
どうしてそんなに軽やかなんだ。
どうして、傷つかないふりができる。
でも、俺は知っている。
律が誰よりも気を遣っていることを。
誰よりも、周りを見ていることを。
だから、余計に腹が立つ。
俺は、自分のやり方でしか人を守れない。
正確さでしか、安心を与えられない。
五分休符。
それは、俺にとって苦い時間だ。
正しさだけでは、足りないと突きつけられるから。
診療室に戻ると、院長がいた。
「蒼太くん」
その声は、柔らかい。
「あなたは、間違っていません」
俺は、顔を上げた。
「でもね」
院長は、微笑んだまま言う。
「正しい人ほど、孤独になる」
胸の奥が、ぎしりと鳴った。
俺は、孤独だ。
たぶん、ずっと。
それでも。
五分休符が終わるたび、
律の背中を見てしまう。
あいつが前に立つ理由を、
俺はまだ、理解できていない。
だから今日も、
俺は黙って、次の選書をする。
正しさを、手放せないまま。
矯正は、正確でなければならない。
力の方向、量、時間。
一つでも狂えば、結果は歪む。
だから俺は、こだわる。
誰がなんと言おうと、そこは譲らない。
「開始、五分遅れます」
そう言っただけで、院内の空気が少し揺れたのが分かった。
律がちらりと俺を見る。
理は何も言わない。
院長は、相変わらず笑っている。
――選書が甘い。
今日の朗読に使う絵本。
文字量が多すぎる。
リズムが悪い。
五分で終わらない。
「この本じゃない」
俺は、はっきり言った。
律は一瞬、きょとんとした顔をしてから、
「あ、そっか。じゃあ変えようか」
と、あっさり引いた。
それが、腹立たしかった。
譲るな。
そこは話し合え。
適当に流すな。
……そんなこと、口には出さない。
出せない。
子どもたちが集まる。
律が前に立ち、朗読を始める。
声が柔らかい。
間がいい。
子どもが自然に寄ってくる。
――くそ。
正しいのは、俺の選書だ。
でも、救っているのは、あいつの声だ。
それを認めるのが、どうしても嫌だった。
俺と律は、兄弟だ。
二歳違い。
小さい頃から、あいつは要領がよかった。
人に好かれる。
空気を読む。
怒られない。
俺は違った。
成績で黙らせるしかなかった。
正しさで殴るしかなかった。
五分休符の終わり。
子どもたちは静かだった。
「よかったですね」
理が言う。
俺は、うなずけなかった。
終わったあと、律が近づいてくる。
「さっきの本、ありがとう。確かに、あっちの方がよかった」
――違う。
俺が言いたかったのは、そんなことじゃない。
「……お前さ」
言葉が詰まる。
お前は、
どうしてそんなに軽やかなんだ。
どうして、傷つかないふりができる。
でも、俺は知っている。
律が誰よりも気を遣っていることを。
誰よりも、周りを見ていることを。
だから、余計に腹が立つ。
俺は、自分のやり方でしか人を守れない。
正確さでしか、安心を与えられない。
五分休符。
それは、俺にとって苦い時間だ。
正しさだけでは、足りないと突きつけられるから。
診療室に戻ると、院長がいた。
「蒼太くん」
その声は、柔らかい。
「あなたは、間違っていません」
俺は、顔を上げた。
「でもね」
院長は、微笑んだまま言う。
「正しい人ほど、孤独になる」
胸の奥が、ぎしりと鳴った。
俺は、孤独だ。
たぶん、ずっと。
それでも。
五分休符が終わるたび、
律の背中を見てしまう。
あいつが前に立つ理由を、
俺はまだ、理解できていない。
だから今日も、
俺は黙って、次の選書をする。
正しさを、手放せないまま。
21
あなたにおすすめの小説
ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~
さとう涼
恋愛
カレに愛されている間だけ、
自分が特別な存在だと錯覚できる……
◇◇◇
『恋い焦がれて』の4年後のお話(短編)です。
主人公は大学生→社会人となりました!
※先に『恋い焦がれて』をお読みください。
※1話目から『恋い焦がれて』のネタバレになっておりますのでご注意ください!
※女性視点・男性視点の交互に話が進みます
『心読み令嬢の最適解は、きみのとなり』 – 数字にならない気持ちを、あなたと見つける –
星乃和花
恋愛
【完結済:全12話+@】
侯爵令嬢アリアには、人の頭の上に「数字」が見える――心読みの持ち主。
好感度、さみしさ、期待値。すべてを数値に置き換えれば、人生は最適解の連続。
そう信じて、「楽勝な人生」を計算してきた。
ある日、そんな彼女は王立図書館の物静かな司書・ユリウスに出会う。
はじめての心読みが通用しない相手に戸惑いながら、書庫ボランティアを願い出る。
彼の効率の悪い“誤差”みたいな出来事を、大事そうに拾い集めていく姿に、マリアの心は揺れーー
その一方で、条件だけを見ればこれ以上ない縁談相手――誠実な公爵家嫡男レヴァンからは、正式な婚約の申し入れが……。
家と未来を守る「最適解」の結婚か、
図書館という居場所と、静かな司書への「好き」か。
⸻「人生は“楽勝”じゃない。それでも、この誤差だらけの毎日を、あなたと選びたい。」
全部をわかっている“優秀な令嬢”としてではなく、
わからないことを抱えたまま生きるひとりの女の子として、
アリアが最後に選ぶのは、どんな“計算外の幸福”なのか。
数字では測れないやさしさと、
最適解じゃないほうの恋を抱きしめる、ほっこり甘い異世界恋愛です。
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~【after story】
けいこ
恋愛
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~
のafter storyです。
よろしくお願い致しますm(_ _)m
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。
真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。
婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜
ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して──
大商会の娘サーシャ。
子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。
華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。
そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。
けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。
サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。
新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。
一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき──
夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。
※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。
※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる