サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

おばあさまの帰国

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 マリカと2人で、放課後生徒が少なくなってから、ライオネルに学校の教室や設備を案内して歩いた。

本人は部活の見学にも行きたそうだったが、それは何とか阻止した。

自分の影響力を甘く見ないで欲しい。
先日公開されたばかりの出演映画が、今ランキング1位なのだ。

しかし、本人の弁によると「公開前の方が、映画の宣伝で忙しいし露出も多いんだ。今は雑誌の取材がパラパラ入るだけで暇なんだ。だからこの年度初めに転校もできたんだけど…。」という事らしい。

しかし部活の見学はまだ駄目だ。
みんながクロード・ベネットのいる日常に慣れてからでないと…。

そんな日が来るのだろうか?


ストランド伯爵邸の場所を教えることも兼ねてライオネル、ライとマリカを車で一緒に送っていくことにする。

一応、明日からお世話になるので執事のパーマーとおじい様にライを紹介しておくことにしたのだ。

伯爵邸の玄関の扉を開けた時の今日のパーマーの顔は、見物だった。

しかし流石に伊達に何十年もここの執事をしているわけではない。
直ぐに顔を引き締めて、「エミリー様こんにちは。マリカさま、ミスター・ベネット、ようこそいらっしゃいました。」と私達を迎え入れてくれた。

「パーマー、ベネットさんは今日私達のクラスに転校して来たの。本名は、ライオネル・カドガンとおっしゃるから、これからはライオネルでお願いね。」

エミリーがそう言うと、パーマーはライに目線で確認をとった。

「かしこまりました。失礼ですがそう呼ばせていただきます。閣下と奥様が、青の間でお待ちです。」


今度驚いたのは、エミリーとマリカの方だった。

「おばあ様?! イタリアからいらしてるの?」

「いえ、いらしてるのではなく、帰ってこられたのです。あちらを引き払って。」

「ええっ! どうしてまた…。」

「それは直接奥様にお聞きください。」


何も聞いていなかったので、本当に驚いた。

ストランド伯爵夫人である私たちのおばあ様は、痛風の治療の為にここ何年も気候の温暖なイタリアで療養生活をしていた。

去年のクリスマスにもイギリスは寒いからと帰ってこなかったのに、向こうの屋敷を引き払ってくるとは、何かあったのだろうか?


青の間に行くと、懐かしいおばあ様が座っていた。

まだ9月に入ったばかりなのに、暖かそうなひざ掛けをかけている。
以前より白くなった髪がしばらく会っていなかったことを思わせた。

「エミリー! こっちへ来て顔を見せてちょうだい。本当に久しぶりね。写真ではこんなに背が高くなったってわからなかったわ。」

いたずらっぽくきらめく青色の瞳と人を巻き込んで一緒に笑いたくさせる笑顔は変わっていない。

「おばあ様、お久しぶりです。お元気そうで嬉しいわ。」

ハグをするとおばあ様の香水の匂いがした。


おじい様も隣に座って、嬉しそうにおばあ様を見ている。

「エミリー、そちらの方を紹介してくれんか。今日、転校して来たお友達だと言っておったな。」

「ええ。おじい様、おばあ様、こちらのマリカはお馴染みでしょ。」

「もちろん。マリカ、お久しぶり。貴方も大きくなったこと。」

「お久しぶりです、奥様。」

マリカが、膝を折って挨拶をする。

「そちらの方は転校生のライオネル・カドガンさん。俳優のクロード・ベネットさんと言った方がご存じかしら。ライ、こちらは私の祖父と祖母でストランド伯爵夫妻です。」

おじい様はクロード・ベネットを知っていたようで、軽く目を見張ったが、おばあ様はまったくクロードのことを知らなかったみたいだ。

「俳優? どんな作品に出ていらっしゃるのかしら…でも聞いてもわからないかもしれないわね。最近のイギリスの芸能事情には疎いから…。」

「初めましてライオネル・カドガンと申します。お目にかかれて光栄です。私の母もタニア・ベネットの名前で女優をしておりました。奥様『エジプトの夜明け』はご存知でしょうか。母はあの作品でクレオパトラの役をしておりました。」

ライがそう言うと、おばあ様の目が一段と輝きを増した。

「まあ、タニア・ベネットなら知ってるわっ! 以前パーティーでお会いしたこともあるし。まあまあ、こんな大きな息子さんがいらっしゃるの!」

「エバンジェリン、あれは10年以上前の事だ。まだタニア・ベネットが新人女優の頃だったよ。そうか、結婚後に出来た息子さんがクロード・ベネットだったんだね。それは知らなかったよ。確か旦那さんになった人は、お医者さんだったと記憶しているが…。」

さすがおじい様、よく覚えていること。

それに久しぶりにおじい様がおばあ様を愛しそうに呼ぶ「エバンジェリン」が聞けたよ。
おばあ様の長い名前を、おじい様はいつも略さずに独特のリズム感でエバンジェリンと呼ぶ。
おじい様の呼び方が好きなのよ、とエミリーは以前おばあ様から聞いたことがある。


「父は今年の冬にロンドンの病院から、こちらのストランド中央病院に転勤になったんです。母と私は映画の仕事があったので、そちらが終わってから遅れてこっちに移ってきました。」

「ん? カドガンと言ったね。もしかして消化器外科部長のドクター・マーフィー・カドガンがお父さんなのかい?」

「はい、そうです。」

「なんと、彼は独身だと思ってたよ。春の病院の懇親会には一人で出席していたからね。」

「なかなか職場のパーティーには母を同伴できないんです。趣旨の違うパーティーになってしまうので…。」

確かに…職場のパーティーに有名女優が現れたら大騒ぎになるだろう。


しかしよく考えると、おじい様とおばあ様はライの両親とすでに知り合いだったんだね。
さすが顔の広い伯爵夫妻である。

「…ふぅむ。ということは、この話も落としどころをつけやすいわね。みんな座ってちょうだい。お茶にしましょう。」

おばあ様がパーマーを呼んでお茶の支度をさせる。
挨拶だけのつもりだったけれど、長くなりそうだ。

みんなが落ちついたところで、おばあ様が改まって話し始めた。

「エミリー、私が帰って来た訳がわかる?」

「体調が良くなってきたからじゃないの?」

「いいえ、ひどく悪くはなっていないけれど、ひどく良くもなっていないわ。私が帰らなくちゃと思ったのは、あなたがロブと婚約したからよ。貴方の母親のマーガレットは男爵の娘だとは言っても田舎の出でしょ。中央の社交界にはお付き合いがあまりなかったのよ。なにせ息子のレオポルドが見初めて連れて来たのもスキー合宿で山の中に行った時だったんだから…。つまり、あなたの母親はいい人なんだけど、公爵家との縁組の何たるかは本当には判っていないわ。個人的にデボン公爵家との付き合いはあっても、これからは王族やその縁戚の公爵、侯爵一族、そして古くからの伯爵家の大御所との付き合いが始まるのよ。マーガレットやエミリーにアドバイスするのはダグラスおじい様だけでは心もとないと思ったからなの。…まあ、ダグラスそんな顔をしないで。貴方の事は信用しているけれど、女は女でべつのお付き合いがあるのよ。」

おばあ様は話をしながらおじい様の手をぎゅっと握る。
相変わらずの熱々である。

しかし、自分の婚約がここまで大事だとは思ってもいなかった。

「今度のライオネルのこともそうよ。学園長にも一言、言っておかなくてはいけないわ。公爵家の者と婚約した娘が、映画スターを度々祖父の家に連れて来るという行為を、貴方たちの事を全く知らない人たちがどう思うか想像してごらんなさい。親切が親切にならない時もあるのよ。スキャンダルはお互いにとってマイナスにしかならないわ。」

私達は、ハッとした。
そういうことは全く考えていなかったのだ。

「まず、ライオネルを早めにロブに合わせて顔繫ぎをしておくことね。同じクラスにいる有名人だと、どうしても噂になりがちだから、いらぬ心配を公爵家にかけないうちに人となりを知っておいてもらう方がいいわ。そして、お昼休みにはライオネルだけが家にいらっしゃい。こちらから車を差し向けるから。」

「いえ奥様、そんなご迷惑をかけるわけにはいきません。1人で食堂でいただきます。」

「いいえ、変な遠慮はいらないわ。ライオネル、貴方もストランド領に来たからには私たちの家族よ。学園の平穏や病院の医師の確保のことを考えてそう言っているのです。明日から家にお昼を食べにいらっしゃい。わかりましたね。」

いつもにこにこしているおばあ様がこういう調子でものを言う時には伯爵たりとも従わざるを得ないのだ。
ライも気圧されたようで、今度は素直に頷いた。

「さぁ、めんどくさい話はこれでお終い。久しぶりにイギリスのお茶菓子をいただきましょう。」

おばあ様はそういうと、何段重ねにもなったお菓子のパーラーから、エミリーにお菓子の取り分けをさせた。

「トングを持つ手を、もう少しゆっくりと動かしなさい。」という注意を一度されたが、後の紅茶の注ぎ方などは満足したようで何も言われなかった。


その後、みんなでお茶を飲みながらおばあ様のイタリアの話を聞いた。

ライは、前作のスパイ映画に出演した時にイタリアに行った事があったようで、おばあ様と話が弾んでいた。
この調子なら明日からもここに1人で訪ねて来やすいかもしれない。

「あっエミリー、アレックスが家に帰って来た時にでも、こちらに訪ねて来るように言っといて頂戴。あの子は夏に旅行の途中でイタリアの家に寄った時に、忘れ物をたくさんして帰ったのよ。本当に小さい頃から忘れ物が多いのは変わらないんだから…。」

アル兄さまはこの夏で大学を卒業したので、もう少ししたら家に帰って来て父様に領地経営の事を教わりながらここストランド領で観光事業にたずさわることになっている。

大学卒の学士さまでも、おばあさまにかかるとキンダーガーデン(幼稚園)の子どものようだ。


おばあ様が帰って来た。

私の婚約についておばあ様が言った事には正直ビビったが、でもおばあ様がついてくれていたら怖いものなしのような気がする。

家に帰ってこの事を告げた父様たちの驚く顔を想像して、エミリーはゆったりと美味しいお茶を楽しんだ。
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