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第三章

3-4「模擬大会後編」

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 俺と道化師が位置につく。

 ちなみに、審判はアオイだ。

「では二人とも位置についたので……戦闘開始です!」

 俺は道化師の右側面に移動するため地面を蹴り上げる。

 道化師は試合前に言っていた。

 "遠距離、近距離と両極端の相手と戦ってもらいましたが、私はその両方です。どう戦いますかな"

 そうなると、近寄る事も遠くに離れることも得策じゃない。この距離を維持し、相手の動向を伺うべきだ。

「カズナリ。勝負の世界は試合が開始前から始まるのが常です」

 道化師は動かない。俺は大鎌を構えその場に距離を保つように道化師の側面に回り込むように走る。

「私は確かに遠距離、近距離その両方と言いました。それに対して距離を保つ。それは素晴らしい判断です」

 道化師は自分の持っている杖を剣のように下段に構える。

「もし、あなたが近寄る。または遠ざかるようであれば一撃であなたを地中に沈めていたでしょう。ですが、一つだけあなたは勘違いをしました」

 勘違い……だと?

「遠距離と近距離……その両方。そこにあるのは中距離という領域であることを」

 その言葉が言い終わると同時に俺は地面を蹴り道化師との間に距離を取ろうとした。

風よ、掴めウィンド・ファンゲン

 その声とともに俺の体は道化師の方に引き寄せられる。

 いや、後ろから追い風が吹いて飛ばされる。

 杖に手をかける道化師の姿が近寄ってくる。

 キンッ

 鉄のぶつかる鋭い音がする。

 俺は咄嗟に構えた大鎌の刃で道化師の放った一閃を防ぐ。

「反応速度は申し分ないようですね」

 道化師のその声とともに俺の腹に重い一撃が加えられる。

「ぐはぁ!」

 俺の体は吹き飛ばされ土が目の前に見える。

 蹴り飛ばされたのか……俺は。

「反応速度、身体能力、学習能力。今のところこの三点は及第点でしょう。ですが、戦闘で常に求められるのはそれらを含めた総合的な能力です」

 鎌の柄を杖のようにし俺は立ち上がる。

「カズナリ、大鎌は常に振りが大きくなります。その振りを隙にするか武器にするかは利用者次第です」

 ***

 ―side アオイ―

 タラントさんはカズナリさんに常に話しかけながらも攻撃の手を緩めることはありません。

 カズナリさんは大鎌でその攻撃を何とか防いでいますがそれもギリギリ……。

 大鎌という武器の性質上一回一回の振りが大きくなり、反撃をすることが難しいようです。

「カズナリ……今あなたは頼りすぎています」

 その一言をタラントさんが言った瞬間カズナリさんの動きに一瞬迷いが生まれました。

 その隙を突き、タラントさんがカズナリさんに思いっきり蹴りを入れます。

 これで何度目でしょうか、カズナリさんが吹き飛ばされ地面に転がります。

 タラントさんからはカズナリさんが死にそうになるまで試合を止めるなと言われています。

 ですが、カズナリさんのいまの姿を見て何度も止めようと思いました。ですがそのたびにタラントさんの瞳がアタシを睨むのです。

 あの目つきは狩人の目に似ています。もし動くような真似をしたら命がない……そんな目です。

 タラントさんはアタシの考えていることがわかっているようです。

 なら、なぜアタシを審判役にしたのでしょうか……。

 まさか、カズナリさんが傷だらけになっている姿を見てもアタシが耐えることができるかを判断するために……。

 ですが、これはあまりにも一方的な攻撃です。経験値があまりにも違いすぎます。

 こんなボロボロになるカズナリさんを見続けるなんてアタシにはとても耐えられません。

 ***

 ―side タラント―

 これで何度目のダウンでしょうか。

 カズナリさんが起き上がってきます。

 その目はまだ死んでいません。

「カズナリ。降参してもいいんですよー」

「降参なんて絶対にするもんか」

 その一瞬、アオイさんに目を向けたのを私は見逃しません。愛する人の前でかっこ悪いところを見せないためか、それとも守り抜く力が欲しいのか……。

「……今のあなたは頼りすぎています」

 私は再びその言葉を口にします。そう、カズナリさんは頼りすぎています。いまも私に近寄るために地面を蹴り上げ一直線に向かってきます。身体能力の魔法。

 そして、大きく振るわれる大鎌。

 その二つだけでは私に攻撃を与えることなんてできません。

 それがわかるまで私は何度でもカズナリさんを地面に沈め続けます。

 そのたびに試合を終わらせようとするアオイさんに視線を送ります。

 この試合はカズナリさんだけでなくアオイさんのための試合でもあります。

 助けるだけがすべてではない。時として信頼し見守ることも戦で必要なことであるとわかってもらうために。

 そうして私はもう何度目になるかわからないカズナリさんへの攻撃を繰り返すのです。

 ***

 ―side カズナリ―

 また、道化師に蹴り飛ばされる……。もう、数十回はいっているだろう。

 俺はそのたびに立ち上がる。

 道化師に一撃も与えることができない。

 大鎌を道化師に当てることができない。

 ……当てることができない。

 いや、違う。

 "今のあなたは頼りすぎています"

 そうだ、俺は頼りすぎている。大鎌で攻撃することに固執しすぎていた。

 であれば……。

 俺は空中に飛び上がり上空から道化師に向かって大鎌を振るう。

 しかし、大鎌は地面に突き刺さりその攻撃はかわされる。

 道化師は後方に飛躍していた。

 ならば。

 俺は刺さした勢いで前転しながら蹴りを入れる。

 そして再び遠心力の乗った大鎌が道化師に向かって刃を向く。

 杖で攻撃は防がれる。

 回転数が足りない。もっとだ、もっともっと。

 俺が大鎌を使うのではなく大鎌に俺を使わせる。

 大鎌を振るうのではく俺が振るわれる。中心は常に大鎌だ。

 俺の体を大鎌に任せる。

 大鎌の回転に合わせ動き続ける。回転が止まることなく常に大鎌は回り続ける。

 ――回る回る回る。

 回転数が増していく。視界が常に回り続ける。しかし、その視界には常に道化師を入れる。

 大鎌の回転数が増えすぎたときは大鎌から手を放しその場で刃を回転させる。

 縦に、横に、斜めに、大鎌を回し続ける。

 回転数を常に一定以上に、大鎌が中心であり。俺も中心であり続ける。

 そうすることによって俺の攻撃は断片的なものではなく連続的なものになっていく。

 先ほどとは一転し、俺が攻撃を仕掛ける側になっていた。

 そして、一瞬。

 一瞬だけ道化師の左脇が開くのが見える。俺は考えるより先にそこへ蹴りを入れたのだった。

 ***

 ―side アオイ―

 今目の前で、先ほどとは逆の展開を迎えています。

 攻めるカズナリさん、守りに徹するタラントさん。

 カズナリさんの攻撃の仕方が一瞬にして変わりました。それは周りから見るとまるで踊っているような、そんな印象を受けるほどです。

 大鎌を振るうのではなく、大鎌と踊っているといったほうが合う、そんな戦い方です。

 そして気が付いたときには、カズナリさんの蹴りがタラントさんの左脇に入っていました。

 吹き飛ばされるタラントさん。

「こうさーん」

 吹き飛ばされたほうからそんなのんきな声が聞こえます。

「こうさんだよー、審判のアオイ嬢ー!」

 その声に気づきます。

「えっと! 試合終了!」

 追撃をかけるように迫っていたカズナリさんの動きが止まります。

 止まった瞬間、タラントさんの首元に大鎌の刃が迫っていました。

「おおーカズナリ! 本気で殺そうやろうとしてましたね」

「あ、いや。悪い。気が付いたら……」

 カズナリさんは咄嗟にタラントさんに謝っておりました。

 まさか、今の戦闘を無意識でやっていたんでしょうか。

「さてさて、私の出番は終わりです。次はアオイ嬢ですよ」

 タラントさんはそう言いながらアタシの横を通り過ぎます。

「おい! なんで降参なんてしたんだよ!」

 カズナリさんが大きな声でタラントさんにそう尋ねます。

「お前なら俺の攻撃を防ぎきれただろ!」

 たしかにその通りです。タラントさんならあの攻撃も防ぎきれたと思います。それに魔法だって一度しか使っていません。

「いえいえ、あくまでも私の目的はカズナリの戦闘経験の向上です。この試合で学ぶことのできることはもう学べたでしょう?」

 そういうタラントさんの視線はカズナリさんとアタシの両方を見ていました。

 やはり、タラントさんの思惑通りだったわけですか……。

「まあ、それに優勝賞品は興味ないですし! では、アオイ嬢。スタンバイしてください、始めますよ」

 アタシはその声に押され、ボロボロのカズナリさんの前に立ちました。
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