君に取り憑くラブ・ゴースト -黒髪男子に“幽霊さん”と間違われました-

りぃ

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【完】幽霊さんは恋をする -智生の話-

第14話:君が泣いた理由

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 俺はしばらく放心気味で、夕木をただただ抱きしめていた。

「……話してくれて、ありがとな」
「ううん……聞いてくれてありがとう」

 幽霊さんが聞いてくれてうれしかった。
 夕木はそう言う。

(話を聞くだけでも、できてよかったのかな……)

 でも。俺はあと一つだけ気になることがあった。

「なあ夕木」
「なに?」
「……なんで、今日は泣いてたの」

 今、直面しているであろうことの話がまだだった。
 俺が夕木を覗き込むと、夕木のさっと頬が赤くなった。

「……その、恥ずかしいんだけど」
「うん」
「俺、前に文化祭頑張るって言ったの、覚えてる……?」
「……うん」

 苦虫を嚙み潰したような気持ちで頷く。
 すると、夕木はまたぽつぽつと話し出した。

「俺のクラス、お化け屋敷をすることになったんだ。……俺が幽霊役に一番適任だから、絶対ウケるって」
「……っ」

(マジで許さない)

 大体、誰かおかしいと思わないのか。
 顔が険しくなってしまう。
 分かっていたけれど、やっぱり、夕木から聞くとより胸糞が悪かった。

「お、俺もね、確かにって思った」
「思うなよ、そんなこと」
「でも! いつもみんなのこと怖がらせちゃってるし……ぴったりだって。それに」
「……それに?」
「や、役に立てるならうれしかった」

(……)

 ああ、もう絶対嫌だ。
 こんなことで役に立ってるなんて思うなよ。

(でも夕木にとっては、違うのか)

「チャンスかもって。俺がみんなと、その……文化祭頑張ったら、もしかしたら……」
「……友達が増えるって?」
「そう……」

 夕木がそう言って場違いにはにかむから、俺は黙ってしまって。

(そんなふうに夕木をないがしろにするやつ、友達なんかにしなくていいけどな……)

 俺が内心で怒りを捏ねていると。
 突然。夕木が少し前に乗り出した。

「それにね、俺、前より“幽霊”って言われるの嫌じゃなかった」
「は?」
「……幽霊さんがいるから」
「――……!」

 冗談抜きで息が止まった。
 胸が詰まる。
 俺はただただ夕木を見つめた。

「今まで、幽霊って……化けて出ちゃう理由に納得できても、やっぱり怖いって思ってた」

(……)

「でも、でもね……」

 俺の目の前で夕木の頬が染まっていく。
 そして、俺の目を見てへにょっと――俺の大好きな顔で笑った。

「幽霊さんみたいな、優しい幽霊もありなんだって思った」

 そばにいると安心して、楽しくて。会えると嬉しい。
 そんな“幽霊さん”になら、なりたいって思えた。

 夕木は笑う。それはもう、すごくうれしそうに。
 それを聞いて、見て、俺は。
 本当に、馬鹿みたいなんだけど……

「えっ、なんで泣くの」
「うるさい」

 俺が聞きたい。
 好きな子の前で、それも今日一日だけで何回も泣くとか、最悪。
 でも、なんだか涙腺が馬鹿になってて。

「な、泣かないで……」
「っ、俺のセリフだったのに、くそ……」

 俺がぐいぐいと手で目をこする。
 その隙間から心配そうな夕木の顔が見えて、恥ずかしくて死にそうだった。

「いいから……俺のことは気にしないで」
「でも……」
「はずいから、もう……あーもー、お前が泣いてた理由を知りたいだけだったのに」

 呻く俺に、夕木は目をぱちぱちさせている。
 その目にもう涙がないことに安心して、夕木の頬を軽くつねった。

「で、もっかい聞くけど。夕木くんはなんで泣いちゃったの」
「あ……」

 夕木はそのまま視線をうろうろさせた。

「……幽霊さんみたいに頑張ろうって思って、なにしたらいいってクラスの人に聞いたんだ。けど……怖がられちゃって」
「……うん」
「やることはない、当日立ってたらいいって言われたから……うまくいかないなって思って」
「……」
「それで幽霊さんに会いたくなって、ここに来たら……」
「…………俺がいなかった?」
「……そう」

 それってつまり……

「ゆ、幽霊さんがいないってなったら、なんかすごく心細くなって……その……こ、こんなの初めてなんだよ!? でも……!」

(はー……)

 俺は天を仰ぐ。

「……つまり、俺がいなくてさみしくて泣いたってこと?」
「……そう、なる……かも……」

 夕木がかーっと赤くなる。
 俺も負けないくらい赤くなっていたかもしれない。

「なんだよ、お前。ほんとに、なんなの」
「わかんないよ、わかんないけど泣けてきて」
「じゃあ、声かけたら出てきてよ」

(あーーーもう好き……)

 もしこれが計算だと言われても構わない。俺は喜んでかかりに行く。
 ……いや、夕木のことだから素なんだろうけど。
 でも、こんな風に言われて、うれしくないやつがいるのか?
 なんでこんな子が幽霊だとか言われてひどい目にあってんの?

(意味が分からないくらい愛しい)

 こんな気持ちは初めてで、俺は途方に暮れる。

(夕木のために、俺に何ができるだろう)

 夕木にこれから一度も傷ついてほしくない。
 ずっと健やかでいてほしい。
 だから。

「……今日、いなくてごめんね?」
「……からかわないでよ」
「からかってない。……ここに居るって約束したもんな、俺」
「……」

 そっと頭をなでると夕木がくすぐったそうに首をすくめた。

「……これは嫌?」
「いや、じゃない……」

 優しく。
 自分史上一番丁寧に撫でながら、俺は夕木を見つめた。

「……『嫌だ』も『怖い』も。『困った』も『助けて』も、なんでも全部言っていいから」
「全部……?」
「うん。思ったこと全部、ぶつけていい」
「……」
「だから、自分をないがしろにするのやめて。大事にして」

 約束、と言えば、夕木はためらう。
 でも、こくっと一回頷いてくれた。

「……それと、張り切ってるとこすごく言いづらいけど」
「なに……?」
「幽霊役なんてしなくていいよ」
「でも……」

 夕木が慌てだす。
 でも俺は絶対、夕木に今のままで幽霊役をしてほしくなかった。

「お前と仲良くなろうとして、とかで頼んでるならまだいいよ。でも多分、違うじゃん」
「……」
「……俺はお前が大事で仕方ないから。お前がないがしろにされてるの嫌だ。お願い」

 もう開き直って、俺のありのままの本心をぶつける。
 迷惑かもしれないけど、でも言わずにはいられなかった。
 夕木は複雑そうに首を傾げた。

「い、いいのかな……」
「どうするか一緒に考える。もちろん、夕木がそれでもどうしてもって言うなら尊重する」
「うーん……」
「でも、俺としては……せめてさ、普通の……ほかの幽霊とかお化け役をやるやつとかと同じような感じで参加できるようになったらでいいだろって思う」
「普通の……?」
「そう、ちゃんとさ、夕木自身が幽霊って感じで出るんじゃなくて、何か別の役として演じるみたいな風に」
「でも……俺は俺のままが一番幽霊っぽいんだよ」

 夕木が当然と言わんばかりの勢いで反論してきて。
 俺は一気に火が付いた。

「ちがう、全然わかってない」

 夕木は幽霊なんかじゃない。

 だってこんなに――
 目の前の綺麗な目を見つめ返す。

(俺からしたら、どこからどう見ても幽霊に見えない)

 ちょっと不思議で、傷つきやすいのに鈍感で、でもすごくいい子。
 一生懸命毎日を生きている、かわいい人でしかなかった。

(でも、ここで言葉を尽くしても伝わらないかな……)

 もどかしくて俺はうーんと唸る。
 夕木が少し焦って俺を見つめている。

「とにかく、俺が証明する。お前は全然幽霊なんかじゃないよ」
「……」

 俺の熱意に圧されたのか、夕木はやっと頷いてくれたのだった。
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