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54 こんなもんいつ作った
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ヴィクターの行方を捜しに邸じゅうを捜索することにしたアビゲイル。
もう両親や使用人たちが粗方探し回ったあとだったので、皆一様にもう何をしても無駄だという顔をしていた。
だが、フォックス邸に二度目の訪問の珍客、ラリマールの使い魔である喋る猫のマイケルが「にゃんとかなります。ご安心を」とその見かけによらぬ渋いバリトンボイスで頼もしく言うものだから、本当ににゃんとかなりそうな気がしてきた。
「弟君にょ持ち物をお貸し頂けますか」
「はあ、具体的にどんなものがよろしいでしょうか、マイケル様」
「より匂いにょ残った物にょほうがよろしいかと。下着とか靴下とか」
「下着はちょっと……あの子にも羞恥心がございますので……。レ、レイ、何かあったかしら。あの子の着てた服とか」
「手袋、ハンカチ、靴でも良いです。靴でしたら洗ってあってもよろしいですにょで」
「そ、それでしたら……」
ほどなくしてレイはヴィクターの衣裳部屋から磨き上げた革靴を持ってきた。弟の靴を見てアビゲイルは自分の足と比べて、弟なのにヴィクターはすっかり大人の男の足のサイズになったなあとしみじみ思った。
マイケルはそのクリームパンのような両手でしっかりと片方の靴を持つと、中に顔を突っ込んでクンカクンカと匂いを嗅いでいる。ヴィクターの匂いを覚えるつもりだろうが、まるで前世の警察犬のようだ。
しばらくして靴の中から顔を上げたマイケル氏は口を大きく開けていた。
あ、これって変な匂い嗅いじゃったときの猫の仕草だ。
「……え、マ、マイケル様? まさかうちの弟の靴臭いですか?」
「いえ、これはしっかり匂いを覚えるために口を開けていたにょでして。我が君にょ丸一日履いた靴に比べたらまるで香水にょ様ですにょでご安心を」
「え、やめましょうよ、ラリマール殿下のイメージが……」
生牡蠣にあたったり、顔が紫の斑点だらけになったり、靴が臭かったりと、マイケルにかかればなんかもうラリマールのイメージがこれ以上下がり様もないほど下がった気がしてならない。
「おっと、これは失礼。……よし、覚えました。参りましょう姫君」
「ど、どちらに?」
「こちらから匂います。こにょ向こうにょお部屋はにゃんですか?」
「弟の書斎ですわ。ご案内いたします。そういえば侍従のレイが最後に弟の姿を見たのがこちらの書斎でしたわ」
件の書斎にやって来たアビゲイルは、レイの開けてくれたドアから先に入って、マイケル氏を促した。
マイケルはとてとてと室内に入ると、くるりと見回して鼻をすんすんと動かしている。
何かわかりましたか、と尋ねるアビゲイルをよそに、室内をちょろちょろと動き回ってから、おもむろに書棚のほうへ歩いていった。
ヴィクターの書棚には、図書室ほどではないものの、仕事で使うための資料が沢山並んでいる。どれも頭文字の順にきちんと整理されていて、いかにも几帳面な弟の書棚といえた。
三架ある中の中央の書棚の前でマイケルは立ち止まり、その匂いを嗅いだりちょっと背伸びをして背表紙をちょんちょんと触ってから、ふむ、と言ってその前で立ち止まる。
「マイケル様、その書棚に何かありましたか?」
「姫君、そこの上から二段目にょ緑色にょ本を斜めに引き出してみてください」
「え……? これですか?」
マイケルがエストック型の猫じゃらしを持って指し示すところに、彼のいうような緑色の背表紙で「植物大全」と書かれた本があった。アビゲイルはその本を手前に斜めに引いてみる。……とくに何の変化もない。
何の意味があるのかとマイケルのほうを見やると、彼はまた何やら背伸びして鼻を鳴らしながら匂いを嗅いで、彼の手の届く場所のまた緑色をした本を斜めに引き出してみる。そのあととある本と本の隙間に手を入れて、横に平積みにされている本に対して横に斜めに倒した。
ガコン。そんな少し重い音がして、アビゲイルは書棚から重い本でも落下したのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
ぎぎ、という音とともに、埃を舞わせながら書棚が片側を中心に手前に動いたのだ。書棚その物がドアであったかのように。
「これは……隠し扉……?」
レイが驚いてそれを凝視する。それを聞いてマイケルは何故か得意そうに「そにょようでございますにゃ」と胸を張る。
アビゲイルは邸にこんなものがあったなんて知らない。貴族の邸には非常口である隠し通路が作られる場合があるけれども、初めて見た。
「おひい様、知っておられましたか?」
「レイも知らないのね。あたしも知らなかったわ。お父様からも聞いたことなんて一度もなかった。ヴィクターは知っていたのかしら……」
もしかして、ほかの部屋にもこのような物があるのだろうか?
例えば、父ローマンの書斎など、フォックス家の主の重要な部屋などだ。フォックス家の重要人物である現当主ローマンと次期当主であるヴィクターの部屋にあるというのなら、何となく納得はできるが……。
隠し扉の向こうは暗い階段になっていて、どこに続いているのかもわからない。埃っぽいような空気に少し息苦しくなる。
「坊ちゃまはここから出てゆかれたのでしょうか」
「靴の跡がありますにゃあ」
「えっ」
マイケルが扉の中の床に前足をついて肉球の跡を付けた場所のすぐ近く、男性の靴跡があった。
長い間使われていなかったらしいその扉の奥の床は、すっかり埃が積もっていて誰かが通った足跡がくっきりと残っていたのだ。まだ真新しい。
先ほどのヴィクターの靴を一応合わせてみるが、靴裏の跡は違えども、サイズはほぼ一緒で、ヴィクターのもので間違いはなさそうだ。
「……行って、みる?」
もう両親や使用人たちが粗方探し回ったあとだったので、皆一様にもう何をしても無駄だという顔をしていた。
だが、フォックス邸に二度目の訪問の珍客、ラリマールの使い魔である喋る猫のマイケルが「にゃんとかなります。ご安心を」とその見かけによらぬ渋いバリトンボイスで頼もしく言うものだから、本当ににゃんとかなりそうな気がしてきた。
「弟君にょ持ち物をお貸し頂けますか」
「はあ、具体的にどんなものがよろしいでしょうか、マイケル様」
「より匂いにょ残った物にょほうがよろしいかと。下着とか靴下とか」
「下着はちょっと……あの子にも羞恥心がございますので……。レ、レイ、何かあったかしら。あの子の着てた服とか」
「手袋、ハンカチ、靴でも良いです。靴でしたら洗ってあってもよろしいですにょで」
「そ、それでしたら……」
ほどなくしてレイはヴィクターの衣裳部屋から磨き上げた革靴を持ってきた。弟の靴を見てアビゲイルは自分の足と比べて、弟なのにヴィクターはすっかり大人の男の足のサイズになったなあとしみじみ思った。
マイケルはそのクリームパンのような両手でしっかりと片方の靴を持つと、中に顔を突っ込んでクンカクンカと匂いを嗅いでいる。ヴィクターの匂いを覚えるつもりだろうが、まるで前世の警察犬のようだ。
しばらくして靴の中から顔を上げたマイケル氏は口を大きく開けていた。
あ、これって変な匂い嗅いじゃったときの猫の仕草だ。
「……え、マ、マイケル様? まさかうちの弟の靴臭いですか?」
「いえ、これはしっかり匂いを覚えるために口を開けていたにょでして。我が君にょ丸一日履いた靴に比べたらまるで香水にょ様ですにょでご安心を」
「え、やめましょうよ、ラリマール殿下のイメージが……」
生牡蠣にあたったり、顔が紫の斑点だらけになったり、靴が臭かったりと、マイケルにかかればなんかもうラリマールのイメージがこれ以上下がり様もないほど下がった気がしてならない。
「おっと、これは失礼。……よし、覚えました。参りましょう姫君」
「ど、どちらに?」
「こちらから匂います。こにょ向こうにょお部屋はにゃんですか?」
「弟の書斎ですわ。ご案内いたします。そういえば侍従のレイが最後に弟の姿を見たのがこちらの書斎でしたわ」
件の書斎にやって来たアビゲイルは、レイの開けてくれたドアから先に入って、マイケル氏を促した。
マイケルはとてとてと室内に入ると、くるりと見回して鼻をすんすんと動かしている。
何かわかりましたか、と尋ねるアビゲイルをよそに、室内をちょろちょろと動き回ってから、おもむろに書棚のほうへ歩いていった。
ヴィクターの書棚には、図書室ほどではないものの、仕事で使うための資料が沢山並んでいる。どれも頭文字の順にきちんと整理されていて、いかにも几帳面な弟の書棚といえた。
三架ある中の中央の書棚の前でマイケルは立ち止まり、その匂いを嗅いだりちょっと背伸びをして背表紙をちょんちょんと触ってから、ふむ、と言ってその前で立ち止まる。
「マイケル様、その書棚に何かありましたか?」
「姫君、そこの上から二段目にょ緑色にょ本を斜めに引き出してみてください」
「え……? これですか?」
マイケルがエストック型の猫じゃらしを持って指し示すところに、彼のいうような緑色の背表紙で「植物大全」と書かれた本があった。アビゲイルはその本を手前に斜めに引いてみる。……とくに何の変化もない。
何の意味があるのかとマイケルのほうを見やると、彼はまた何やら背伸びして鼻を鳴らしながら匂いを嗅いで、彼の手の届く場所のまた緑色をした本を斜めに引き出してみる。そのあととある本と本の隙間に手を入れて、横に平積みにされている本に対して横に斜めに倒した。
ガコン。そんな少し重い音がして、アビゲイルは書棚から重い本でも落下したのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
ぎぎ、という音とともに、埃を舞わせながら書棚が片側を中心に手前に動いたのだ。書棚その物がドアであったかのように。
「これは……隠し扉……?」
レイが驚いてそれを凝視する。それを聞いてマイケルは何故か得意そうに「そにょようでございますにゃ」と胸を張る。
アビゲイルは邸にこんなものがあったなんて知らない。貴族の邸には非常口である隠し通路が作られる場合があるけれども、初めて見た。
「おひい様、知っておられましたか?」
「レイも知らないのね。あたしも知らなかったわ。お父様からも聞いたことなんて一度もなかった。ヴィクターは知っていたのかしら……」
もしかして、ほかの部屋にもこのような物があるのだろうか?
例えば、父ローマンの書斎など、フォックス家の主の重要な部屋などだ。フォックス家の重要人物である現当主ローマンと次期当主であるヴィクターの部屋にあるというのなら、何となく納得はできるが……。
隠し扉の向こうは暗い階段になっていて、どこに続いているのかもわからない。埃っぽいような空気に少し息苦しくなる。
「坊ちゃまはここから出てゆかれたのでしょうか」
「靴の跡がありますにゃあ」
「えっ」
マイケルが扉の中の床に前足をついて肉球の跡を付けた場所のすぐ近く、男性の靴跡があった。
長い間使われていなかったらしいその扉の奥の床は、すっかり埃が積もっていて誰かが通った足跡がくっきりと残っていたのだ。まだ真新しい。
先ほどのヴィクターの靴を一応合わせてみるが、靴裏の跡は違えども、サイズはほぼ一緒で、ヴィクターのもので間違いはなさそうだ。
「……行って、みる?」
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