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73 萌え殺す気かこのテディベアめ

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 アビゲイルとアレキサンダーが正式に婚約を決め、二人そろってロズ・フォギアリア帝国皇帝オーガスタ・マージョリー・フォギアリア陛下に報告と挨拶に行って、正式に二人は婚約者となった。
 
 それから二ヵ月弱が経ち、帝都において皇太子の十六歳の生誕祭と、成人となった祝いの夜会が開かれることとなり、アビゲイルも家族とともに出席することになっていた。
 アビゲイルをエスコートするのは、もちろん婚約者となったアレキサンダーだ。この日のためにまた、あの五日かかる帝都へ来てくれたのが、まるで自分のことのように嬉しいアビゲイル。
 
「そもそも義兄上は皇太子殿下の誕生日と成人の祝いに来てくれたのであって、姉上の為ではないでしょうに」
「だって、嬉しいものは嬉しいのよ。いいじゃないの」

 憎まれ口を叩くヴィクターだけれども、アレキサンダーを呼ぶとき、「西辺境伯閣下」から「義兄上」と言い方を変えたので、アビゲイルはなんだか弟が憎めない。
 
 まだ早いのではと言いながら、ヴィクターにそう呼ばれたときのアレキサンダーも、あの強面な顔がほんのり赤くなっていて、アビゲイルはその晩悶えまくったことを覚えている。
 
 アレク様がデレた何これクソ可愛い。
 おっと仮にも姫がクソとか言ってはいけないわね。
 けど何あれほんとあたしを萌え殺す気かこのテディベアめこのやろう好き好き愛してるどうしよう止まらない。
 
 だが、その後それを「アレク様が可愛くてどうしましょう」と言うと家族と使用人たちに、全員そろって「可愛い……?」と怪訝な表情をされたので、可愛い基準が彼らと違うことに多少イラっとしたりもした。
 
 テディベアが照れてたら可愛いじゃないか。どうしてそれを分かってくれないのよ。
 
 そして離れていて会えない間は、ヘーゼルダイン領の辺境伯夫人としての勉強をしながら、そのデレたアレキサンダーの萌え感を思い出して、また可愛らしい青い目をした編みぐるみのテディベアがアビゲイルの部屋にどんどん増えてゆく。
 もう数十体が母と訪問する孤児院へのお土産として旅立っていったが、さすがに孤児院の子供たちに「もうクマはいい」と言われたとか言われないとか。
 
 いいもん。今度は全部ヘーゼルダインに持っていって、そっちの子供たちに配るから問題ありませんからね。
 
「わかりました! わかりましたからおひい様、そろそろお支度をいたしますよ!」

 ルイカの声に一心不乱に編み針を動かしていたアビゲイルはようやく我に返った。
 まだ昼すぎの時間だけれど、今夜に迫った皇太子殿下の生誕祭兼成人祝いの夜会の為に着飾る時間としては、今頃から始めないと間に合わない。
 
 何しろ頭からつま先までしっかり磨き上げられて、ドレスを着付けてから今日の靴やアクセサリーを決めて、バッチリ化粧を施してから髪型をしっかりと作りこまなければならないのだ。本当なら朝からやったっていいくらいだ。
 
 久しぶりに帝都に来てくれた婚約者のアレキサンダーに、とびきり美しく着飾った姿を見てもらいたい乙女心に、自分も女なのだなあとしみじみ思う。
 前世から数えたら精神年齢は四十路であるのに、女はいつだって女なのだ。好きな相手の前では綺麗でいたいし、綺麗だと言われたい。
 
 今日のドレスは青い薔薇の刺繍が同系色の生地の全身に施されたスレンダーライン。
 ホルタートップのバックレスタイプになっていて、開いた背中に宝石のビジューが映える。プラチナブロンドの長い髪を複雑に編み込んで結い上げているため、背中がセクシーに見えるようになっている。胸元にパットとワイヤーが入っているので、ブラ無しで着られるのが楽で良い。
 
 このアビゲイルの身体として生まれてから、たわわに育った胸のため、いつもその重さと足元の見えなさ、ブラによる締め付けに苦労していたから、コルセットはキツイけれどもそこだけは救いであった。
 ここ最近寝るとき以外は始終コルセットを身に着けていたから、多少は慣れたとはいえ、外したときの解放感が半端ではなかった。しかしコルセットで締め付けているからか、暴飲暴食を避けられて、体型維持は今のところバッチリだ。むしろウエストが更に細くなった気もする。
 
 最後にアクセサリーを身に着ける際に、「西辺境伯閣下からの贈り物です」と見せられたネックレスとイヤリングのセットを見て、アビゲイルは頬を染めて一つ息を吐いた。
 
 色の大変濃いスターサファイア。その周りに無色の小さなダイヤモンドが施されている。
 宝石の鉱山を多く所有しており、その一流の加工職人も大勢抱えるヘーゼルダイン西辺境伯ならではの豪華な品物であった。
 しかもその色はアレキサンダーの瞳の色と同じウルトラマリンブルー。その色を選んだアレキサンダーの気遣いがなんともニクイのである。
 
 貴族男性が女性に宝石やドレスなどを贈るとして、自分の瞳と同じ色を選ぶのは、「貴方を自分の色に染め上げたい」という愛情の表れだ。口下手で直接の言葉をなかなか言ってくれないアレキサンダーらしい贈り物である。
 ルイカが宝石に頬を染めているアビゲイルを見て、「愛されておりますね、おひい様」とくすくす笑いながら、それをアビゲイルに着けてくれた。
 
 全ての支度が終わって姿見の前に立つと、身震いするほどの美女がそこに居る。手前味噌だが、アビゲイル・ステラ・フォックスという女性はさすがに傾国と呼ばれるだけはあると、改めて思う。この美貌の十分の一くらいでも前世の自分にあったら、女優としてもっと早く大成していたんじゃないかなあと思わずにいられない。
 
 間もなくして執事がアビゲイルを呼びに来る。
 
「おひい様。ヘーゼルダイン西辺境伯閣下がお迎えにみえられました」
「まあ、ぎりぎりだったわね」
「ああ、間に合ってよろしゅうございましたね、おひい様」
「ごめんねルイカ。急がせちゃって」
「いいえ。さあ参りましょうか」
「旦那様と奥様、ヴィクター坊ちゃまもお揃いでお待ちです」

 間に合ったはいいけれど、家族の中で一番最後だったらしいことにアビゲイルは思わず苦笑した。
 
 ルイカに手を引かれて、ドレスの裾を踏まぬようにしずしずとエントランスホールに降りていくと家族が揃っていいた。
 
「まあまあ、なんて美しいんでしょう、アビーったら。流石は私の可愛い娘」
「いやあ、本当だね。一時は傾国なんて陰口叩かれてたけれども、美しいものは美しいんだから、しょうがないものなあ」
「もうおかしな人に絡まれないことを祈るだけですね。姉上はそういうところがそそっかしいので」
「あらヴィクター、今日からは大丈夫よ。だってアレキサンダー閣下がいるのだもの。ねえ閣下?」

 家族の先に立っていた正装のアレキサンダーと目が合う。
 久しぶりに姿を見た背が高くて体格の良い偉丈夫の姿に涙が滲みそうになるけれど、折角施した化粧が落ちてはたまらないので、感情を押さえてアレキサンダーに歩み寄る。
 
「アレク様!」

 思いっきり胸に飛び込みたい気持ちを我慢して、その大きな手を取って見上げる。
 
「すごくお会いしたかったから嬉しいです」
「俺もだ、アビー。……いや、月並みなセリフで何だが、その……大変美しいよ。よ、良く似合っている。その宝石も」
「ああこれ……この色って」
「……おこがましいかもしれんが……その、お、俺の目の色と同じ色を選んだ」
「うふふ……じゃあ、アレク様があたしのすぐそばで見守ってくださっているわけですね。何だか安心します。でも、本物はもっとずっと素敵ですよ! 今日は特に……っていうか、いつも素敵なんですけれどね。惚れ直してもよろしくて?」
「そう言ってくれるのはアビーだけだよ。俺は今日は君の引き立て役に徹しよう。突っ立っているだけでいいのなら『虫』除けぐらいにはなるかもしれん」
「またすぐそういうこと仰るんですから……」

 虫避けどころか、アレキサンダーが普通に視線を投げるだけで睨まれたと思って「虫」は近寄ってこない気がすると、目の前の愛しのアレキサンダーしか見えていないアビゲイルを除いて、その場に居た全員が思った。

 そういうアレキサンダーも清潔に短く切った髪に青と白の騎士の正装をしていて、アビゲイルの青い薔薇のドレスとお揃いの色合いをしている。その袖に付いたカフスボタンもよく見るとアビゲイルに贈ったスターサファイヤと同じものが使われていた。お揃いが大変嬉しい。
 前世に置いてペアルックなんてバカップルの代名詞だったけれども、今生においてこんなに嬉しいのは仕様なのかどうなのか。
 バカップルの自覚はあるのだけれど。
 
 二人がそんなイチャイチャした会話をしているのを見て、砂を吐きそうな顔で苦笑した父・ローマンが「じゃあ、時間だからそろそろ行こう」と皆を促した。
 
 両親とヴィクターはフォックス家の馬車で宮殿に向かうけれど、アビゲイルはアレキサンダーとともにヘーゼルダイン家の馬車に乗りこむ。

「姉上、くれぐれも義兄上にご迷惑をかけることはなさらないでくださいね」
「はいはい。そんなことしません!」
「……義兄上、不束な姉でございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、ああ。心得た。ヴィクター殿」

 相変わらず姉に対して辛辣なヴィクターだけれど、アレキサンダーに対してちゃんと「義兄上」と呼んでいるし、そう呼ばれたアレキサンダーがちょっと嬉しそうなので、アビゲイルはそれ以上何も言わないことにした。
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