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第1章:白銀の監獄
第4話:黒翼の檻
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重い瞼を押し上げると、視界に入ってきたのは、天界の白亜の天井ではなく、湿り気を帯びた無機質な岩肌だった。
「……っ」
動こうとした瞬間、背中に走った激痛にエルリエルは息を呑んだ。翼を捥がれた傷跡が、焼けるように熱い。
「起きるな。まだ傷は塞がってねえ」
低く、聞き覚えのある声。
すぐ傍の椅子に、あの漆黒の翼を持つ男が座っていた。男は手際よく布を絞ると、エルリエルの額に置かれた熱いタオルを取り替える。その手つきは、言葉の荒々しさに反して驚くほど繊細だった。
「……ここは」
「俺の隠れ家だ。天界の連中も、ここまでは追ってこれねえよ」
男は、エルリエルの顎に指をかけ、無理やり水差しを唇に押し当てた。
「飲め。死なれたら復讐のしがいがねえ」
エルリエルは屈辱に震えながらも、生き延びるために水を飲み干した。
自分をハメた上層部。手のひらを返した仲間たち。そして、今自分を「籠」に閉じ込めている、かつて自分が裁いた男。
すべてが敵。天にも地にも、自分の味方は一人もいない。
「……なぜ、殺さない。見せしめにして、笑いものにすればいいだろう」
「言っただろ。たっぷりと『可愛がって』やるってな。あんたが天界で積み上げてきた高潔なプライドを、一つずつ剥いでいくのが楽しみなんだよ」
男は意地悪く口角を上げると、エルリエルの傷口に新しい薬を塗り込んだ。その瞬間、エルリエルは短い悲鳴を上げて、男の腕に縋り付いてしまう。
「あ、……っ……は、あ……!」
「いい声だな。そんな顔、あそこじゃ一度も見せなかっただろ?」
男の瞳が、至近距離でエルリエルを捉える。
復讐だ、と言う。なぶってやると、言う。
それなのに、男の手のひらから伝わってくる熱は、エルリエルが天界で一度も触れたことのない、震えるような「情愛」を孕んでいるように思えた。
(なぜだ……。この男は、私を恨んでいるはずなのに)
エルリエルは、自分を抱きかかえる男の腕の中で、恐怖と同時に、生まれて初めての奇妙な安堵感に襲われていた。
「聖人」という役割から解放され、ただの「無力な罪人」として扱われること。
それすら、この男が仕掛けた残酷な罰の一部なのだと思い込もうとしながら。
その時、隠れ家の外で鳥の羽ばたきのような音がした。
男の表情が、一瞬にして冷徹な戦士のものへと変わる。
「……チッ、追っ手の犬どもか。嗅ぎ回るのが早えな」
男はエルリエルをベッドに横たえると、その長い髪をひと撫でして立ち上がった。
「いいか。大人しくしてろ。……あんたを奪われたりしてやるものか」
その言葉は、誰にも聞こえないほど低かったが、確かな所有の響きを持ってエルリエルの鼓動を激しく打ち鳴らした。
「……っ」
動こうとした瞬間、背中に走った激痛にエルリエルは息を呑んだ。翼を捥がれた傷跡が、焼けるように熱い。
「起きるな。まだ傷は塞がってねえ」
低く、聞き覚えのある声。
すぐ傍の椅子に、あの漆黒の翼を持つ男が座っていた。男は手際よく布を絞ると、エルリエルの額に置かれた熱いタオルを取り替える。その手つきは、言葉の荒々しさに反して驚くほど繊細だった。
「……ここは」
「俺の隠れ家だ。天界の連中も、ここまでは追ってこれねえよ」
男は、エルリエルの顎に指をかけ、無理やり水差しを唇に押し当てた。
「飲め。死なれたら復讐のしがいがねえ」
エルリエルは屈辱に震えながらも、生き延びるために水を飲み干した。
自分をハメた上層部。手のひらを返した仲間たち。そして、今自分を「籠」に閉じ込めている、かつて自分が裁いた男。
すべてが敵。天にも地にも、自分の味方は一人もいない。
「……なぜ、殺さない。見せしめにして、笑いものにすればいいだろう」
「言っただろ。たっぷりと『可愛がって』やるってな。あんたが天界で積み上げてきた高潔なプライドを、一つずつ剥いでいくのが楽しみなんだよ」
男は意地悪く口角を上げると、エルリエルの傷口に新しい薬を塗り込んだ。その瞬間、エルリエルは短い悲鳴を上げて、男の腕に縋り付いてしまう。
「あ、……っ……は、あ……!」
「いい声だな。そんな顔、あそこじゃ一度も見せなかっただろ?」
男の瞳が、至近距離でエルリエルを捉える。
復讐だ、と言う。なぶってやると、言う。
それなのに、男の手のひらから伝わってくる熱は、エルリエルが天界で一度も触れたことのない、震えるような「情愛」を孕んでいるように思えた。
(なぜだ……。この男は、私を恨んでいるはずなのに)
エルリエルは、自分を抱きかかえる男の腕の中で、恐怖と同時に、生まれて初めての奇妙な安堵感に襲われていた。
「聖人」という役割から解放され、ただの「無力な罪人」として扱われること。
それすら、この男が仕掛けた残酷な罰の一部なのだと思い込もうとしながら。
その時、隠れ家の外で鳥の羽ばたきのような音がした。
男の表情が、一瞬にして冷徹な戦士のものへと変わる。
「……チッ、追っ手の犬どもか。嗅ぎ回るのが早えな」
男はエルリエルをベッドに横たえると、その長い髪をひと撫でして立ち上がった。
「いいか。大人しくしてろ。……あんたを奪われたりしてやるものか」
その言葉は、誰にも聞こえないほど低かったが、確かな所有の響きを持ってエルリエルの鼓動を激しく打ち鳴らした。
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