5 / 21
第1章:白銀の監獄
第5話:灰色の審判
しおりを挟む
「なぜだ……。翼を奪い、地に堕とした私を、なぜまだ追う……」
エルリエルは、洞窟の奥で息を潜めながら呟いた。
外からは、天界特有の鋭く清冽な光の礫が、爆音と共に隠れ家を叩く音が響いている。
「決まってるだろ」
ベルフェが重い剣を引き寄せ、自嘲気味に笑った。
「あんたが生きてちゃ困る奴らがいるんだよ。あんたが暴こうとした『魂の横領』……その真実を知る生証人を、野放しにするほどあいつらは甘くない。あんたが泥を啜って死ぬまで、あの『清廉な正義』は追いかけてくるぜ」
「私の口を……封じるために」
エルリエルは戦慄した。
自分が命を懸けて守ろうとした場所は、そこまで腐り果てていたのか。
「いいか、そこにいろ。……俺が片付けてくる」
ベルフェはそう言い残すと、漆黒の翼を広げ、光の降り注ぐ出口へと飛び出していった。
エルリエルは縋り付くように岩壁まで這い、外の様子を伺う。
そこには、かつての自分の部下たち――白銀の鎧を纏った天使たちが、無慈悲に光の矢を放つ姿があった。
「堕天使ベルフェ! その大罪人を差し出せば、貴様の命だけは助けてやる!」
「断るね。こいつは俺の獲物だ。……指一本触れさせねえよ」
ベルフェの翼が闇を切り裂き、光の矢を叩き落とす。だが、相手は数に勝る精鋭たちだ。一矢、また一矢と、ベルフェの黒い身体に白銀の杭が突き刺さっていく。
「っ、ベルフェ……!」
エルリエルは叫んでいた。
自分を「籠」に閉じ込め、「なぶり尽くす」と言った男。
だが、その男が、自分を殺そうとする「正義」から、血を流してまで自分を守っている。
(この男は、私を恨んでいるのではないのか? ……復讐のはずではなかったのか?)
ベルフェが膝をつく。翼の付け根から黒い血が溢れ出し、大気を汚す。
それでも彼は、エルリエルのいる洞窟を背にし、決してそこから動こうとはしなかった。
「……はは、……あんた、見てるか? これがあんたの愛した『天界』の正体だ」
ベルフェが血を吐きながら、洞窟の方を振り返らずに嘲笑う。その背中は、どんな障壁よりも頑強にエルリエルを世界から隠していた。
「勘違いするなよ、聖人様……。俺はあんたを許したわけじゃねえ……っ。あんたをズタズタにして、俺の気が済むまで弄ぶって決めたんだ。……それを横から邪魔しようなんて奴ぁ、神だろうが何だろうが、俺が皆殺しにしてやる!」
それは、復讐という名のあまりにも不器用な愛の誓いだった。
エルリエルを救うためではなく、自分の「獲物」を守るためだと言い張るその背中。
その剥き出しの執着を見て、エルリエルの心の中で、長年自分を縛り付けていた「聖人」という名の殻が、音を立てて砕け散った。
「……もう、いい」
エルリエルは、震える足で立ち上がった。
翼はない。神聖な力も失われた。
だが、彼は自分を抱きかかえ、闇へと連れ去ってくれた男の手を、今度は自分が取るために一歩を踏み出した。
「私はもう、聖人ではない。……ただの、エルリエルだ」
白銀の閃光が降り注ぐ中、ベルフェの漆黒の翼がエルリエルを包み込み、誰の目も届かない深い闇へと隠そうとする。
それが、エルリエルの「聖人」としての死であり、一人の男としての「覚醒」の瞬間だった。
エルリエルは、洞窟の奥で息を潜めながら呟いた。
外からは、天界特有の鋭く清冽な光の礫が、爆音と共に隠れ家を叩く音が響いている。
「決まってるだろ」
ベルフェが重い剣を引き寄せ、自嘲気味に笑った。
「あんたが生きてちゃ困る奴らがいるんだよ。あんたが暴こうとした『魂の横領』……その真実を知る生証人を、野放しにするほどあいつらは甘くない。あんたが泥を啜って死ぬまで、あの『清廉な正義』は追いかけてくるぜ」
「私の口を……封じるために」
エルリエルは戦慄した。
自分が命を懸けて守ろうとした場所は、そこまで腐り果てていたのか。
「いいか、そこにいろ。……俺が片付けてくる」
ベルフェはそう言い残すと、漆黒の翼を広げ、光の降り注ぐ出口へと飛び出していった。
エルリエルは縋り付くように岩壁まで這い、外の様子を伺う。
そこには、かつての自分の部下たち――白銀の鎧を纏った天使たちが、無慈悲に光の矢を放つ姿があった。
「堕天使ベルフェ! その大罪人を差し出せば、貴様の命だけは助けてやる!」
「断るね。こいつは俺の獲物だ。……指一本触れさせねえよ」
ベルフェの翼が闇を切り裂き、光の矢を叩き落とす。だが、相手は数に勝る精鋭たちだ。一矢、また一矢と、ベルフェの黒い身体に白銀の杭が突き刺さっていく。
「っ、ベルフェ……!」
エルリエルは叫んでいた。
自分を「籠」に閉じ込め、「なぶり尽くす」と言った男。
だが、その男が、自分を殺そうとする「正義」から、血を流してまで自分を守っている。
(この男は、私を恨んでいるのではないのか? ……復讐のはずではなかったのか?)
ベルフェが膝をつく。翼の付け根から黒い血が溢れ出し、大気を汚す。
それでも彼は、エルリエルのいる洞窟を背にし、決してそこから動こうとはしなかった。
「……はは、……あんた、見てるか? これがあんたの愛した『天界』の正体だ」
ベルフェが血を吐きながら、洞窟の方を振り返らずに嘲笑う。その背中は、どんな障壁よりも頑強にエルリエルを世界から隠していた。
「勘違いするなよ、聖人様……。俺はあんたを許したわけじゃねえ……っ。あんたをズタズタにして、俺の気が済むまで弄ぶって決めたんだ。……それを横から邪魔しようなんて奴ぁ、神だろうが何だろうが、俺が皆殺しにしてやる!」
それは、復讐という名のあまりにも不器用な愛の誓いだった。
エルリエルを救うためではなく、自分の「獲物」を守るためだと言い張るその背中。
その剥き出しの執着を見て、エルリエルの心の中で、長年自分を縛り付けていた「聖人」という名の殻が、音を立てて砕け散った。
「……もう、いい」
エルリエルは、震える足で立ち上がった。
翼はない。神聖な力も失われた。
だが、彼は自分を抱きかかえ、闇へと連れ去ってくれた男の手を、今度は自分が取るために一歩を踏み出した。
「私はもう、聖人ではない。……ただの、エルリエルだ」
白銀の閃光が降り注ぐ中、ベルフェの漆黒の翼がエルリエルを包み込み、誰の目も届かない深い闇へと隠そうとする。
それが、エルリエルの「聖人」としての死であり、一人の男としての「覚醒」の瞬間だった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる