白羽の檻、黒翼の導き

篠雨

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第1章:白銀の監獄

第5話:灰色の審判

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「なぜだ……。翼を奪い、地に堕とした私を、なぜまだ追う……」

エルリエルは、洞窟の奥で息を潜めながら呟いた。

外からは、天界特有の鋭く清冽な光のつぶてが、爆音と共に隠れ家を叩く音が響いている。

「決まってるだろ」

ベルフェが重い剣を引き寄せ、自嘲気味に笑った。

「あんたが生きてちゃ困る奴らがいるんだよ。あんたが暴こうとした『魂の横領』……その真実を知る生証人を、野放しにするほどあいつらは甘くない。あんたが泥を啜って死ぬまで、あの『清廉な正義』は追いかけてくるぜ」

「私の口を……封じるために」

エルリエルは戦慄した。

自分が命を懸けて守ろうとした場所は、そこまで腐り果てていたのか。

「いいか、そこにいろ。……俺が片付けてくる」

ベルフェはそう言い残すと、漆黒の翼を広げ、光の降り注ぐ出口へと飛び出していった。

エルリエルは縋り付くように岩壁まで這い、外の様子を伺う。

そこには、かつての自分の部下たち――白銀の鎧を纏った天使たちが、無慈悲に光の矢を放つ姿があった。

「堕天使ベルフェ! その大罪人を差し出せば、貴様の命だけは助けてやる!」

「断るね。こいつは俺の獲物だ。……指一本触れさせねえよ」

ベルフェの翼が闇を切り裂き、光の矢を叩き落とす。だが、相手は数に勝る精鋭たちだ。一矢、また一矢と、ベルフェの黒い身体に白銀の杭が突き刺さっていく。

「っ、ベルフェ……!」

エルリエルは叫んでいた。

自分を「籠」に閉じ込め、「なぶり尽くす」と言った男。

だが、その男が、自分を殺そうとする「正義」から、血を流してまで自分を守っている。

(この男は、私を恨んでいるのではないのか? ……復讐のはずではなかったのか?)

ベルフェが膝をつく。翼の付け根から黒い血が溢れ出し、大気を汚す。

それでも彼は、エルリエルのいる洞窟を背にし、決してそこから動こうとはしなかった。

「……はは、……あんた、見てるか? これがあんたの愛した『天界』の正体だ」

ベルフェが血を吐きながら、洞窟の方を振り返らずに嘲笑う。その背中は、どんな障壁よりも頑強にエルリエルを世界から隠していた。

「勘違いするなよ、聖人様……。俺はあんたを許したわけじゃねえ……っ。あんたをズタズタにして、俺の気が済むまで弄ぶって決めたんだ。……それを横から邪魔しようなんて奴ぁ、神だろうが何だろうが、俺が皆殺しにしてやる!」

それは、復讐という名のあまりにも不器用な愛の誓いだった。

エルリエルを救うためではなく、自分の「獲物」を守るためだと言い張るその背中。

その剥き出しの執着を見て、エルリエルの心の中で、長年自分を縛り付けていた「聖人」という名の殻が、音を立てて砕け散った。

「……もう、いい」

エルリエルは、震える足で立ち上がった。
翼はない。神聖な力も失われた。

だが、彼は自分を抱きかかえ、闇へと連れ去ってくれた男の手を、今度は自分が取るために一歩を踏み出した。

「私はもう、聖人ではない。……ただの、エルリエルだ」

白銀の閃光が降り注ぐ中、ベルフェの漆黒の翼がエルリエルを包み込み、誰の目も届かない深い闇へと隠そうとする。

それが、エルリエルの「聖人」としての死であり、一人の男としての「覚醒」の瞬間だった。
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