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第3章:沈黙の揺り籠
第2話:沈黙の拒絶
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翌朝、窓から差し込む薄い光が、寝台に横たわる二人を照らしていた。
ベルフェが重い瞼を持ち上げると、視界に入ったのは、自分の腕の中で静かに呼吸を繰り返すエルリエルの横顔だった。
「……っ」
熱は引いている。だが、それと同時に昨夜の記憶が断片的に脳裏をよぎった。
自分がエルの手首を掴み、あの日から積み重なっていた黒い感情をぶちまけたこと。縋り付くように「行くな」と叫んだこと。
ベルフェは舌打ちをすると、エルリエルの髪を掴んでいた指を乱暴に解いた。
「……いつまで寝てやがる。さっさと起きろ」
低い、冷徹な声。
エルリエルはゆっくりと目を開け、自分を見下ろすベルフェを見つめた。その瞳には、昨夜のうわごとをすべて聞いていた者の静かな哀しみが宿っている。
「……熱は、下がったみたいだな」
「ああ。あんたに看病されるなんて、死んでも御免だからな。……おい、その面は何だ。何を憐れんでいる」
ベルフェはエルの視線を嫌い、わざとらしく鼻で笑った。
「……昨夜、君は……」
「夢の話をいちいち持ち出すな。熱に浮かされて、何かつまらねえことを言ったかもしれねえが……全部デタラメだ。俺が思っているのは、あんたをどう壊すか、それだけだ」
ベルフェはエルの顎を強引に持ち上げ、昨夜とは違う「冷たい支配者」の目を向ける。
本音を暴かれることを恐れるあまり、彼はより鋭い言葉でエルを突き放そうとしていた。
「そうか。デタラメか……」
エルリエルは抵抗せず、ベルフェの指の強さをそのまま受け入れた。
彼が必死に「恨み」と「復讐」という盾で自分を守ろうとしている。その痛々しさが、今のエルリエルには手に取るように分かった。
「……ベルフェ。君が私を許さないと言うなら、私はずっとここにいる。君が私の心も身体も全部壊すと言うなら、その通りにすればいい」
「……っ、分かったような口を叩くな!」
ベルフェの指に力がこもり、エルの肌に赤い跡が浮かぶ。
エルの従順さは、ベルフェにとって一番の屈辱だった。自分の「欲」も「恨み」もすべて見透かされた上で、それでも「隣にいる」と言われているような、奇妙な敗北感。
「……あんたは、そうやってまた……俺を一人で完結させて……ッ」
ベルフェは叫び、エルの喉元に顔を埋めた。
噛み付くような口づけ。それは愛撫というにはあまりにも暴力的で、けれど、そうして肌を合わせていなければ、今にも目の前の男が消えてしまいそうな不安をかき消せないようだった。
「……俺のものだ。……あんたを救ったのも、壊すのも、全部俺だ……分かってるな?」
「……ああ。分かっているよ。……私の飼い主様」
エルリエルがベルフェの背中にそっと手を回す。
その静かな肯定と、熱に浮かされていた夜と変わらない穏やかな呼び声。
「復讐者」として扱われたいベルフェにとって、ただの名前の響きに含まれたエルの包容力は、何よりも残酷な毒となって、彼の心を深く、深く沈めていった。
ベルフェが重い瞼を持ち上げると、視界に入ったのは、自分の腕の中で静かに呼吸を繰り返すエルリエルの横顔だった。
「……っ」
熱は引いている。だが、それと同時に昨夜の記憶が断片的に脳裏をよぎった。
自分がエルの手首を掴み、あの日から積み重なっていた黒い感情をぶちまけたこと。縋り付くように「行くな」と叫んだこと。
ベルフェは舌打ちをすると、エルリエルの髪を掴んでいた指を乱暴に解いた。
「……いつまで寝てやがる。さっさと起きろ」
低い、冷徹な声。
エルリエルはゆっくりと目を開け、自分を見下ろすベルフェを見つめた。その瞳には、昨夜のうわごとをすべて聞いていた者の静かな哀しみが宿っている。
「……熱は、下がったみたいだな」
「ああ。あんたに看病されるなんて、死んでも御免だからな。……おい、その面は何だ。何を憐れんでいる」
ベルフェはエルの視線を嫌い、わざとらしく鼻で笑った。
「……昨夜、君は……」
「夢の話をいちいち持ち出すな。熱に浮かされて、何かつまらねえことを言ったかもしれねえが……全部デタラメだ。俺が思っているのは、あんたをどう壊すか、それだけだ」
ベルフェはエルの顎を強引に持ち上げ、昨夜とは違う「冷たい支配者」の目を向ける。
本音を暴かれることを恐れるあまり、彼はより鋭い言葉でエルを突き放そうとしていた。
「そうか。デタラメか……」
エルリエルは抵抗せず、ベルフェの指の強さをそのまま受け入れた。
彼が必死に「恨み」と「復讐」という盾で自分を守ろうとしている。その痛々しさが、今のエルリエルには手に取るように分かった。
「……ベルフェ。君が私を許さないと言うなら、私はずっとここにいる。君が私の心も身体も全部壊すと言うなら、その通りにすればいい」
「……っ、分かったような口を叩くな!」
ベルフェの指に力がこもり、エルの肌に赤い跡が浮かぶ。
エルの従順さは、ベルフェにとって一番の屈辱だった。自分の「欲」も「恨み」もすべて見透かされた上で、それでも「隣にいる」と言われているような、奇妙な敗北感。
「……あんたは、そうやってまた……俺を一人で完結させて……ッ」
ベルフェは叫び、エルの喉元に顔を埋めた。
噛み付くような口づけ。それは愛撫というにはあまりにも暴力的で、けれど、そうして肌を合わせていなければ、今にも目の前の男が消えてしまいそうな不安をかき消せないようだった。
「……俺のものだ。……あんたを救ったのも、壊すのも、全部俺だ……分かってるな?」
「……ああ。分かっているよ。……私の飼い主様」
エルリエルがベルフェの背中にそっと手を回す。
その静かな肯定と、熱に浮かされていた夜と変わらない穏やかな呼び声。
「復讐者」として扱われたいベルフェにとって、ただの名前の響きに含まれたエルの包容力は、何よりも残酷な毒となって、彼の心を深く、深く沈めていった。
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