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転生遊戯
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結局、一晩をマージの塔で過ごしたミュウ、夢見についての収穫は何もなかったが『ローザの記録』これは今、ミュウが持っている。埃被ってたし、本棚の上にあったし、とマージも忘れてるだろうとミュウはこっそり懐に忍ばせたのだが…。
「マージ、『ローザの記録』という冊子は貰っていくぞ」
実に正直なフィルの宣言により堂々と持ち出すことが出来た。焦るミュウに「こういうことはちゃんとしなきゃいけない。ミュウはいい子だろう?」あははと乾いた笑いしか出なかった。保護者かなんかか?いたたまれない。
街から演習場までは荒野を走る。ジェジェにおんぶされて、帰りはナッツの背に乗って帰った道。それを今はフィルと共にスウェインに乗っている。
「ミュウ、湖に帰るか?」
「なんで?」
「あそこならミュウも落ち着ける。悲しい夢を見なくてすむかもしれない」
「…そうかもしれんけど、それをしたら僕はこの先きっと後悔する。先の夢なんか見んでもわかる。絶対に後悔する」
スウェインはゆっくりと行く、フィルはただ手網を持っているだけだ。その手が震えていた、微かにでも確実に。
「…ミュウ、夢見というのは命を削って夢を見るそうだ」
押し殺した声、震えていた手が今度は血管が浮き出るほどに強く手綱を握る。まるでそれが命綱のように、離すと崖下にでも落ちてしまうように。それがこの話は冗談なんかじゃないと伝えているようだった。
驚かなかったと言えば嘘になる、ただ…あぁそうかと確信した。だから、いつも寝起きが悪かったのかと。どういう原理なのかはわからないけど、このまま夢を見続けると死んでしまうというのはよくわかった。
「私は、ミュウに死んでほしくない」
「僕かて死にたないわ」
精一杯おどけてみたけどきっと上手くいってない、その証拠にほら、手綱から離れた手に抱きしめられた。広い胸に温かい手、耳に湿った吐息がかかる。馬上で良かった、フィルの泣き顔なんて見たくない。その涙の理由が自分だったならなおさら。
「フィル、僕は僕にしか出来ひんことを頑張るって決めてん。そら、悩んでばっかやで?これでええんかなぁ、あっちの方が良かったんかなぁって。信念ってやつが一本筋の通ったもんやったら僕は全然ちゃうと思う。決まった筋書きになんか大きな意味があったとしても…それを、変えたい」
「それは、私が戦場で不利になるということか?」
「イーハンに聞いたん?」
「あぁ、それをミュウは変えたいんじゃないかって」
「うん、フィルは撃たれんねん。そんで…それを助けてくれる人がおる。僕は…いくら助けてくれる人がおったとしても、フィルに大変な目にあってほしくない」
「…私は強いから大丈夫だ。そうならないよう努めよう」
湿った声はいつもの凛とした声に戻っていて、覆い被さるように抱きしめてくれるのは心地よい。いつでも話を聞いてくて、知らない世界を教えてくれて、まめに手紙を書いてくれて、寂しくないように星空を見せてくれて、眠る時には手を繋いでくれて、痺れて冷えているのを温めてくれて、歩幅を合わせて歩いてくれて、いつの間にか心がいっぱいで苦しくて切なくてそれが燃えている。
だから、これはちゃんと言わないとフェアじゃない。それを隠してしまうのは卑怯だ。
「その助けてくれる人って、癒しの力を発揮すんねん。フィルを助けることをきっかけにして…それで、その人はフィルのヴェルタになる」
「私のヴェルタならここにいる」
「…ちゃうねん、ほんまは僕やない。ただ夢を見るだけの僕とは違う、世界が必要としとる人や」
フィルはどう思うだろう。真実のヴェルタが待っている未来を、そしてその未来を変えたいという自分のことを。今の自分はフィルの心の大事な場所に間借りしているだけの偽物だ。ヒューゴが言っていた、ヴェルタとは心を満たす大切な人だと。
「私はあの日、空を飛んでいたミュウに心を奪われたんだ。君の瞳にも私が映ったのがわかった。私は、生まれて初めて恋文を書いたんだ」
「…恋文?あの文通のこと?」
「あぁ、なんとか私のことを知ってもらいたくて…」
「業務報告みたいやった」
思わず笑ってしまうと、背後にあるフィルの体も揺れた。
「そうだ、ヒューゴにも呆れられた。もっと内面のことを書け、と。何時に起きた、なにを食べたって日記か?と笑われた」
「ヒューゴは容赦ない」
「そうだ。だから、恥ずかしかったが君の夢を見ると書いた。夢に見るほど会いたい、と伝わればいいと思って」
「夢見のこと知ってて探りを入れられてるんかと思ってた」
「そんなわけない!」
カポカポとスウェインがゆっくり歩く、首を上下に振りながらブルルと小さく鼻を鳴らした。まるで不器用な主人のことを笑っているようだった。
「ミュウ、未来は在るものではなくて作っていくものだ。私はミュウと未来を作っていきたい。それに」
「それに?」
「世界が必要とする人なら、また違うきっかけで目覚めるんじゃないか?そのきっかけは私でなくてもいいはずだ」
そうだろう?耳元を擽る声に視線をやれば、フィルの目の縁が赤くなっていた。涙はもうない、その代わりのようにミュウの目から涙が流れた。それでいいの?という声は声にならずにフィルの唇に吸い込まれていった。誓いのような口付けは、しょっぱいばかりで一生忘れられそうにない。
「マージ、『ローザの記録』という冊子は貰っていくぞ」
実に正直なフィルの宣言により堂々と持ち出すことが出来た。焦るミュウに「こういうことはちゃんとしなきゃいけない。ミュウはいい子だろう?」あははと乾いた笑いしか出なかった。保護者かなんかか?いたたまれない。
街から演習場までは荒野を走る。ジェジェにおんぶされて、帰りはナッツの背に乗って帰った道。それを今はフィルと共にスウェインに乗っている。
「ミュウ、湖に帰るか?」
「なんで?」
「あそこならミュウも落ち着ける。悲しい夢を見なくてすむかもしれない」
「…そうかもしれんけど、それをしたら僕はこの先きっと後悔する。先の夢なんか見んでもわかる。絶対に後悔する」
スウェインはゆっくりと行く、フィルはただ手網を持っているだけだ。その手が震えていた、微かにでも確実に。
「…ミュウ、夢見というのは命を削って夢を見るそうだ」
押し殺した声、震えていた手が今度は血管が浮き出るほどに強く手綱を握る。まるでそれが命綱のように、離すと崖下にでも落ちてしまうように。それがこの話は冗談なんかじゃないと伝えているようだった。
驚かなかったと言えば嘘になる、ただ…あぁそうかと確信した。だから、いつも寝起きが悪かったのかと。どういう原理なのかはわからないけど、このまま夢を見続けると死んでしまうというのはよくわかった。
「私は、ミュウに死んでほしくない」
「僕かて死にたないわ」
精一杯おどけてみたけどきっと上手くいってない、その証拠にほら、手綱から離れた手に抱きしめられた。広い胸に温かい手、耳に湿った吐息がかかる。馬上で良かった、フィルの泣き顔なんて見たくない。その涙の理由が自分だったならなおさら。
「フィル、僕は僕にしか出来ひんことを頑張るって決めてん。そら、悩んでばっかやで?これでええんかなぁ、あっちの方が良かったんかなぁって。信念ってやつが一本筋の通ったもんやったら僕は全然ちゃうと思う。決まった筋書きになんか大きな意味があったとしても…それを、変えたい」
「それは、私が戦場で不利になるということか?」
「イーハンに聞いたん?」
「あぁ、それをミュウは変えたいんじゃないかって」
「うん、フィルは撃たれんねん。そんで…それを助けてくれる人がおる。僕は…いくら助けてくれる人がおったとしても、フィルに大変な目にあってほしくない」
「…私は強いから大丈夫だ。そうならないよう努めよう」
湿った声はいつもの凛とした声に戻っていて、覆い被さるように抱きしめてくれるのは心地よい。いつでも話を聞いてくて、知らない世界を教えてくれて、まめに手紙を書いてくれて、寂しくないように星空を見せてくれて、眠る時には手を繋いでくれて、痺れて冷えているのを温めてくれて、歩幅を合わせて歩いてくれて、いつの間にか心がいっぱいで苦しくて切なくてそれが燃えている。
だから、これはちゃんと言わないとフェアじゃない。それを隠してしまうのは卑怯だ。
「その助けてくれる人って、癒しの力を発揮すんねん。フィルを助けることをきっかけにして…それで、その人はフィルのヴェルタになる」
「私のヴェルタならここにいる」
「…ちゃうねん、ほんまは僕やない。ただ夢を見るだけの僕とは違う、世界が必要としとる人や」
フィルはどう思うだろう。真実のヴェルタが待っている未来を、そしてその未来を変えたいという自分のことを。今の自分はフィルの心の大事な場所に間借りしているだけの偽物だ。ヒューゴが言っていた、ヴェルタとは心を満たす大切な人だと。
「私はあの日、空を飛んでいたミュウに心を奪われたんだ。君の瞳にも私が映ったのがわかった。私は、生まれて初めて恋文を書いたんだ」
「…恋文?あの文通のこと?」
「あぁ、なんとか私のことを知ってもらいたくて…」
「業務報告みたいやった」
思わず笑ってしまうと、背後にあるフィルの体も揺れた。
「そうだ、ヒューゴにも呆れられた。もっと内面のことを書け、と。何時に起きた、なにを食べたって日記か?と笑われた」
「ヒューゴは容赦ない」
「そうだ。だから、恥ずかしかったが君の夢を見ると書いた。夢に見るほど会いたい、と伝わればいいと思って」
「夢見のこと知ってて探りを入れられてるんかと思ってた」
「そんなわけない!」
カポカポとスウェインがゆっくり歩く、首を上下に振りながらブルルと小さく鼻を鳴らした。まるで不器用な主人のことを笑っているようだった。
「ミュウ、未来は在るものではなくて作っていくものだ。私はミュウと未来を作っていきたい。それに」
「それに?」
「世界が必要とする人なら、また違うきっかけで目覚めるんじゃないか?そのきっかけは私でなくてもいいはずだ」
そうだろう?耳元を擽る声に視線をやれば、フィルの目の縁が赤くなっていた。涙はもうない、その代わりのようにミュウの目から涙が流れた。それでいいの?という声は声にならずにフィルの唇に吸い込まれていった。誓いのような口付けは、しょっぱいばかりで一生忘れられそうにない。
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