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転生遊戯
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白い衣装、襟の部分には金糸が施されている。長い裾を翻したその人は一見すると神官のようにも見えた。栗色の髪を後ろに撫でつけ、ツカツカと早足で建物を後にした。残ったのはぷんと香る薬草かなにかの匂い。これは森で嗅いだことのある匂い…
──火傷した時に貼り付ける葉っぱだ
チョコレート色のドアが閉まる寸前にミュウはするりとその内部へと入った。円形のホール、ドアは三つ、左右にひとつづつ、真正面にひとつ。真正面のドアの取手は金色、左右は銀色。少し考えてからミュウはまっすぐ金色の取手に向かって歩いた。その金色の取手に手をかけようとして、待てよ?と考える。いきなり開けたらびっくりするんじゃない?中にいるのはきっと怪我人だ、自分は今本当ならここにいない人間だから見えない。いわば意識だけの存在…ん?ほなら物とか触れへんのちゃう?いや、でもローザの鱗は手元にあるし、イーハンを抱きしめた感覚はある。触れたい物にだけ触れるってことか?
──んー…ま、ええか、わからんもんはほっとこ
ミュウはできるだけ音を立てないようにそっとドアを開けてみた。細く開けたところから滑り込む。室内は外観と同じく白を基調とした調度品が置かれていた。暖炉に火の気配はなく、猫足のテーブルの上には可愛らしい蓋付きの陶器の器、その蓋を開けると透明と青のマーブル模様のキャンディが入っていた。本棚にはびっしりと本が並び、物書き机の上にはペン立てと何も書かれていない便箋、そしてもうひとつ今度は白いドアがあった。
自分の見る夢にはなんかしら意味がある、ミュウはそう思っている。前世の自分が読む本も、ローザも、イーハンも、意味の無いことなんてきっとない。そうじゃなかったらなんのためにしんどい思いをしているのかわからない。もし無意味なら、そんなの自分が可哀想じゃないか。
──なんのためにこちとら命削っとんじゃ!
とか意気込んでみたミュウだったが、白いドアは慎重にゆっくりと開けた。お邪魔しまーす、とまた細く開けて滑り込んだ。大きな天蓋付きのベッド、開け放たれた窓からあの花の匂いがする。
「アトレー…」
窓辺に立つ後ろ姿、肩口で切り揃えられた髪は一見すると黒に見えるがよく見ると濃い青色だった。着ているシャツは左腕だけ切り取られていて、腕が剥き出しで緑色の軟膏がべったりと塗り付けられている。近づいて見るとその軟膏の上に透明の膜が張っていて軟膏が乾くのを防いでいた。
──こんな処置見るん初めてや
綺麗な横顔、ツンと高い鼻に薄紅の頬、そして瞳はカナリアを思わせる透明感のある金色だった。誰やろ?アトレーの名前を呼ぶってことはこれがジュリアン?寂しそうな横顔、見上げる空は青く雲が流れている。
「ジュリアン殿下、お茶になさいませ」
ノックの後にドアを開けたのは年嵩の女性、結い上げた髪は真っ白で丸い眼鏡がちょこんと鼻に乗っている。侍女のお仕着せではなく深みのあるボルドーのワンピースがよく似合っていた。
「うん、ありがとう」
ジュリアンはお礼の後に女性の名前を言った、リンというらしい。ミュウの目の前を横切る時、ジュリアンはチラと視線をミュウに寄越した。ギクリと固まったミュウだったが、そのまま何事も無かったようにジュリアンは隣室へと向かう。その後をミュウもそっと追いかけた。
テーブルにはほわほわと湯気を上げる紅茶、それに薄く平べったいチョコレートがあった。チョコレートの上には刻んだベリーやオレンジの皮が乗っかっている。
「殿下、二度とこのようなことはおやめください」
「…燃えて、消えるかと思ったんだ」
ジュリアンはカップを持ったまま抑揚のない声で答えた。手に持ったカップはそのまま動かない、ジュリアンの視線は物書き机の便箋に注がれていた。
「殿下、きっと良き方向へ向かいます」
「愛する人を裏切った僕に残された道なんて…」
「では、殿下はありのままで受け入れていただけると?」
ふるふると首を振ったジュリアンは茶を飲まないままカップをソーサーに戻した。膝に置かれたカップ、ぽつりぽつりと紅茶に波紋が広がっていく。
「現実とは時に残酷なものでございます。ケイレブに任せましょう」
「…そうだね」
なにがなんだかさっぱり、とミュウは二人を交互に見やった。でもその中でたったひとつ確かなことは、ジュリアンはアトレーを愛していた、いや今もきっと愛しているということだ。寝室で「アトレー」と呼ぶ声には恋しさがたっぷりと含まれていた。落ちた涙はジュリアンの抑えきれない想いなんだ。
ふかふか、さらさら、手には馴染んだ温もりがある。目を開けて見えたのは知らない天井、とっても静かだ。
「ミュウ?」
「…フィル」
喋らなくていい、フィルはそう言って頭を撫でてくれた。じわりと涙が滲む、ジュリアンはどんな思いでアトレーと離れたんだろう。自分ならきっと無理だ、だってこんなにも気持ちがいい。
現実は残酷、裏切った愛、ありのまま、燃えて消える…一体なんだったの?
──火傷した時に貼り付ける葉っぱだ
チョコレート色のドアが閉まる寸前にミュウはするりとその内部へと入った。円形のホール、ドアは三つ、左右にひとつづつ、真正面にひとつ。真正面のドアの取手は金色、左右は銀色。少し考えてからミュウはまっすぐ金色の取手に向かって歩いた。その金色の取手に手をかけようとして、待てよ?と考える。いきなり開けたらびっくりするんじゃない?中にいるのはきっと怪我人だ、自分は今本当ならここにいない人間だから見えない。いわば意識だけの存在…ん?ほなら物とか触れへんのちゃう?いや、でもローザの鱗は手元にあるし、イーハンを抱きしめた感覚はある。触れたい物にだけ触れるってことか?
──んー…ま、ええか、わからんもんはほっとこ
ミュウはできるだけ音を立てないようにそっとドアを開けてみた。細く開けたところから滑り込む。室内は外観と同じく白を基調とした調度品が置かれていた。暖炉に火の気配はなく、猫足のテーブルの上には可愛らしい蓋付きの陶器の器、その蓋を開けると透明と青のマーブル模様のキャンディが入っていた。本棚にはびっしりと本が並び、物書き机の上にはペン立てと何も書かれていない便箋、そしてもうひとつ今度は白いドアがあった。
自分の見る夢にはなんかしら意味がある、ミュウはそう思っている。前世の自分が読む本も、ローザも、イーハンも、意味の無いことなんてきっとない。そうじゃなかったらなんのためにしんどい思いをしているのかわからない。もし無意味なら、そんなの自分が可哀想じゃないか。
──なんのためにこちとら命削っとんじゃ!
とか意気込んでみたミュウだったが、白いドアは慎重にゆっくりと開けた。お邪魔しまーす、とまた細く開けて滑り込んだ。大きな天蓋付きのベッド、開け放たれた窓からあの花の匂いがする。
「アトレー…」
窓辺に立つ後ろ姿、肩口で切り揃えられた髪は一見すると黒に見えるがよく見ると濃い青色だった。着ているシャツは左腕だけ切り取られていて、腕が剥き出しで緑色の軟膏がべったりと塗り付けられている。近づいて見るとその軟膏の上に透明の膜が張っていて軟膏が乾くのを防いでいた。
──こんな処置見るん初めてや
綺麗な横顔、ツンと高い鼻に薄紅の頬、そして瞳はカナリアを思わせる透明感のある金色だった。誰やろ?アトレーの名前を呼ぶってことはこれがジュリアン?寂しそうな横顔、見上げる空は青く雲が流れている。
「ジュリアン殿下、お茶になさいませ」
ノックの後にドアを開けたのは年嵩の女性、結い上げた髪は真っ白で丸い眼鏡がちょこんと鼻に乗っている。侍女のお仕着せではなく深みのあるボルドーのワンピースがよく似合っていた。
「うん、ありがとう」
ジュリアンはお礼の後に女性の名前を言った、リンというらしい。ミュウの目の前を横切る時、ジュリアンはチラと視線をミュウに寄越した。ギクリと固まったミュウだったが、そのまま何事も無かったようにジュリアンは隣室へと向かう。その後をミュウもそっと追いかけた。
テーブルにはほわほわと湯気を上げる紅茶、それに薄く平べったいチョコレートがあった。チョコレートの上には刻んだベリーやオレンジの皮が乗っかっている。
「殿下、二度とこのようなことはおやめください」
「…燃えて、消えるかと思ったんだ」
ジュリアンはカップを持ったまま抑揚のない声で答えた。手に持ったカップはそのまま動かない、ジュリアンの視線は物書き机の便箋に注がれていた。
「殿下、きっと良き方向へ向かいます」
「愛する人を裏切った僕に残された道なんて…」
「では、殿下はありのままで受け入れていただけると?」
ふるふると首を振ったジュリアンは茶を飲まないままカップをソーサーに戻した。膝に置かれたカップ、ぽつりぽつりと紅茶に波紋が広がっていく。
「現実とは時に残酷なものでございます。ケイレブに任せましょう」
「…そうだね」
なにがなんだかさっぱり、とミュウは二人を交互に見やった。でもその中でたったひとつ確かなことは、ジュリアンはアトレーを愛していた、いや今もきっと愛しているということだ。寝室で「アトレー」と呼ぶ声には恋しさがたっぷりと含まれていた。落ちた涙はジュリアンの抑えきれない想いなんだ。
ふかふか、さらさら、手には馴染んだ温もりがある。目を開けて見えたのは知らない天井、とっても静かだ。
「ミュウ?」
「…フィル」
喋らなくていい、フィルはそう言って頭を撫でてくれた。じわりと涙が滲む、ジュリアンはどんな思いでアトレーと離れたんだろう。自分ならきっと無理だ、だってこんなにも気持ちがいい。
現実は残酷、裏切った愛、ありのまま、燃えて消える…一体なんだったの?
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