純愛なんかに手をだすな

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
9 / 17

帰り道

しおりを挟む
バタバタと帽子を被りながら出ていく二人をホープ婦人はのんびりと見やりながら言う。

「ディー、あの二人はどうしたのかしら」

アップルパイに夢中のディアドリはもごもごと、奥さんを探しに行ったのかもと首を傾げた。

「いなかったの?」

茶をゴクリと飲み込んで頷く。
あらまぁ、と頬に手のひらをあててホープ婦人も首を傾げた。

「お買い物かしら」

どこまでものんびりした人である。

「奥さんはどんな人なんですか?」
「そうねぇ、なんだか派手な人よ。髪なんかくるんくるんに大きく巻いててね、こう、胸元がよく見える服を着てたわ」
「へぇ、マルクさんって人は?」
「郵便配達をしててね、真面目な人だったけど・・・なにか悩みでもあったのかしら。でもねぇ、結婚したばかりで自殺なんてねぇ」

そんなことあるかしら?とホープ婦人はまた首を傾げた。
新婚というのは普通は幸せなものだと思う。
いつまでが新婚というのか、それはわからないが好きあって結婚したのだからそこから死を選ぶなんて普通はしないだろう。
やはりあれはアーサーのいう悪意ある何者かの仕業なのだ。

「ディー、おかわりは?」
「いただきます!」

良いお返事ね、口に手をあててふふふと笑うホープ婦人と過ごす時間はなんだか気持ちがいい。
心がポカポカになる気がする。
この街に来てから良いことばかりだ。
海でびしゃんこになってしまったけれど。
ほんの少し冷めてしまったアップルパイは今度はしっとりとして美味しかった。
誰かに好きなお菓子を聞かれたらアップルパイと答えよう。
好きなお菓子ができるなんて自分の人生はまだまだ捨てたものじゃないな、とディアドリはまた一口頬張った。


「ディー、一人で帰れる?」

メアリーに渡してね、とまた届け物を渡されながらディアドリは頷いた。
またね、と手を振るホープ婦人に手を振って
帰る、またグリーン婦人の所へ帰る。
なんだかこそばゆい。

来た道を戻る。
戻る、帰る、またね。
また行ってもいいのだろうか、またあのアップルパイを食べられるのだろうか。

「ディー!!」
「アーサーおじさま・・・」

前方から走って来るのは今朝出会ったばかりの人で、でももうずっと知ってる人みたいな錯覚を起こさせる人。
はぁはぁぜぇぜぇと息を荒らげて走ってくる。

「おじさま、もう歳だね」
「何言ってる、まだいける三十歳だ。こう見えてもモテるんだぞ」

くたびれたジャケットに古めかしいループタイ、シャツは皺が寄っていて帽子はくたくただ。
でも顔の造作はなかなか良い。

「ダメな男が好きな人はいるからなぁ」
「失礼なやつだな」

顔を見合わせてふっと息が漏れる。
そして、笑いながら並んで歩く。

「奥さんいた?」
「うん」
「奥さんが犯人?」
「いや、死んでた・・・おっと気をつけろ」

びっくりして小石に蹴つまづきそうになった。
支えてくれた腕は太くて思わずそれにすがりついた。

「な、なんで?」
「ありゃ、毒だな」
「どこで?」
「波止場の奥まった、なんて言ったらいいかな。こう倉庫があってだな、その裏に管理人の小屋があって、そのまた向こうの・・・」
「別にそこまで聞いてないよ」
「そうか?」
「波止場ってことは船に乗ろうとしてたの?」

どうだかな、とアーサーはディーが転ばないように今度は手を繋いだ。

「荷物なんかはちっこいバック一つ持ってなかった」
「盗られちゃったってこと?」
「そうだなぁ。それか、最初から持ってなかったか」
「ふぅん。あ、派手な人だった?」
「あ?野暮ったいおさげに眼鏡で地味な女だったよ」

ん?とディアドリは首を傾げた。
ホープ婦人から聞いたこととまるで逆だ。

「なんだ?」
「ホープ婦人が奥さんは派手な人だったって」

なんだそりゃ、とアーサーは空いた手でほりほりと頬をかいた。
ただの自殺だと思ったものがややこしくなってるな、とディアドリは思った。
思ったけど自分がどうにかできるわけじゃない。

──トルナード部長刑事大活躍!

ふっと新聞の見出しを思い出した。
なんとなくだけどあの人が解決するんじゃないかな、ふわっと浮かぶエリックの顔。

潮の匂いがうっすら鼻につき始めた頃、グリーン婦人の家はもうすぐそこだ。

「ありゃエリックだな」

顔を上げると確かにエリックがグリーン婦人の家の前でうろうろと行ったり来たりしている。
なんだろう?

「ディー、気をつけろよ?あいつはαだからな」

だから?とアーサーを見るもニヤリと笑うだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

《完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

処理中です...