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居場所

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「アーサー先生!」

こちらに気づいたエリックが大股でつかつかと歩み寄ってくる。
アーサーと違ってパリッと糊のきいたシャツに焦げ茶のベストと揃いのジャケット。
帽子は型崩れも無く、ペイズリー柄のネクタイもよく似合っている。

「検死の最中に勝手をしてもらっては困ります!」

眦を釣り上げて怒る様はなかなかに怖い。
繋いだ手にも思わず力が籠る。

「言っただろ?毒だって」
「なんの毒かわかってないでしょう!」
「あんなとこじゃわかんないよ。シアン化合物っぽいけど、なぁ?ディー」

やめてほしい、そんなこと知るわけがない。
シアンなんとかだって初めて聞いた言葉だ。
アーサーを見るとニヤニヤと笑っているし、果たしてなんと答えればいいものか。
ぎゅうっとまた手を握り直してみても、同じく握り返されるだけで正解がわからない。

「ディー?」
「あ、はい」

エリックに声をかけられ、そちらを見るとやはりイライラとしたような顔で繋いだ手を離されその手をさすられた。

「アーサー先生になにかされなかったかい?大丈夫?」
「はぁ、えっと、アーサーおじさまはお優しい方だと思います」

アイスクリームも買ってくれたし、ざっくばらんな感じは話もしやすい。
初対面はあれだったが、今日一日過ごした限りでは悪い人ではないと思う。

「おじさま?」
「そう、アーサーおじさま。ディーはいい子だなぁ」

アーサーとエリックを交互に見るとエリックは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、アーサーはなぜか得意げな顔をしていた。

「えっと、僕はグリーン婦人に届け物があるので」

こんな時は逃げの一択だ。


ドアベルを鳴らすとすぐに婦人がにこやかに出迎えてくれた。

「おかえり、ディー」
「あ、あ、っと、ただいま?」
「あれはなにをしてるの?」

未だ睨み合っている、正確には睨みつけるエリックをニヤニヤとアーサーがいなしている。
ディアドリが首を傾げると婦人は、まあいいわとパタンと扉を閉じてしまった。


朝と同じテーブルで婦人が茶を淹れてくれた。
コポコポとティーポットから流れ落ちるそれは湯気が出ていて赤い色をしている。
それを見ながら鞄からホープ婦人から預かった荷物をテーブルに乗せた。

「アマンダのアップルパイは美味しかったでしょう?」
「はいっ!とってもとっても!ほっぺたが落ちるかと思いました」

あらあら、と婦人はころころと笑ってディアドリの頬に触れる。
そして、落ちてないわとまた笑う。
ホープ婦人の荷物にもカードが付いていて、それを広げた婦人はディアドリにも見せてくれた。

『今度は三人でお茶をしましょう』

「またアップルパイを食べに行きましょうね」

口元に笑みを浮かべて言う婦人に、なんでそんな良くしてくれるのか?と聞きたい。
聞きたいけど、聞いたらなにか終わってしまうような気もする。
父と二人のあの街での暮らしは常に寂しさが付き纏っていた。
母のことばかり見つめていた父を恨んだこともあった。
今となってはもうどうでもいいことだけれど。

「・・・ディー?」
「あ、はい」
「ディーはすぐにお留守になってしまうわね」

話を聞いていて?と婦人はカップを口に運んだ。

「外の二人はなにを揉めていたの?」

あぁ、とディアドリはホープ婦人の向かいの家のことを話した。
自殺に見せかけた他殺で、奥さんも亡くなっていた。
聞きながら婦人は、あらあらまぁと相槌をうちながら目を丸くしていた。

「じゃ、お家賃が入るわね」
「どういうこと?」
「アーサーは警察から依頼を受けて検死をしたりするのよ。その賃金はアーサーじゃなくて私にいくらか直接入るの。トルナードさんがその方がいいだろうって」

ウィンクする婦人はお茶目だ。
しかしアーサーは本当にどうしようもない人なんだな、とディアドリは乾いた笑いしか出なかった。

「ディー、あなたさえ良かったらここにいて私のお手伝いをしてくれないかしら?」
「えっと、それは・・・」
「今日みたいに届け物をしたり、買い物に行ったり、あとはそうね」

アーサーの見張りかしら、と大真面目に言うもんだからディアドリは大笑いしてしまった。

「笑い事じゃないのよ?お金が入ってもすぐに飲みに行っちゃうんだから」

呆れ顔で茶を飲む婦人。
それでも追い出したりしないのは、ちょっとやそっとじゃ壊れない信頼関係があるのだろう。

「よろしくお願いします」

どうせ失うものなんてない。
ここで意地をはって断るほど悪い話じゃない。
駄目だったらまたどこかへ行けばいい。
それに、またアップルパイを食べられるかもしれない。
それは素敵なことだ。

「じゃ、お夕飯の準備をしましょう。もちろんディーも手伝うのよ?」
「はい!」

元気がよくてよろしい、と頷く婦人は先生のようだった。
あぁでも、もしかしたら母がいたらこんな感じなのかもしれない。
それが知れただけでここにいる価値がある、そう思いながらディアドリはキッチンに向かった。




※読んでくださりありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
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