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内緒話
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ディアドリがグリーン婦人と共に扉の向こうに消えたのを確認してから、アーサーは胸ポケットを探って煙草を取り出した。
「アーサー先生、どういうおつもりですか?」
なにが?とアーサーは煙草に火をつけて一息吸い込んだ。
ギリ、と奥歯を噛み締めるような微かな音にアーサーは笑う。
「ディーは可愛いな?」
「やめてください。あれは私のです」
「へぇ?あいつは気づいてないみたいだけど?」
「先生もわかったんですか?」
「あぁ、一緒に寝たからな」
ふぅと白煙を吐き出すアーサーにエリックはその胸ぐらを掴んで締め上げた。
眉は上がり、目は充血し、掴む手は小刻みに震えている。
「お前は、嫌いだったろ?」
「・・・っるさい!」
「やめとけ。あのままでいさせてやれ」
ふっと力が抜けてエリックの腕がだらりと落ちた。
「運命なんてな、不幸しか呼ばないんだ。お前もそれをよくわかってるだろう?」
「それは・・・あなただって」
「そうさ、俺もよくわかってる。わかってるから、やめとけと言ってる」
俯いたエリックが何を思っているのか、アーサーには見えないので正確にはわからない。
わからないが、きっと葛藤しているのだろうと思う。
αとして暴れ出す本能と戦っている。
「・・・わかりました」
「それでいい。後になってその選択が間違ってなかったと言える時がきっとくる」
短くなった煙草をアーサーは靴裏でぐりぐりと消した。
踏み消された煙草はひしゃげ、ボロボロでそれはまるで今の自分のようだとエリックは思った。
「ディーは・・・」
「金のない家ではよくあることだ。βだと思い込み判定を受けないなんてやつはな」
エリックの問いたかったことを先回りして言うアーサーは、ボロボロになった煙草をつま先で蹴った。
それは石畳の隙間にすっぽり入り込んだ。
「あの子はな、なんの変哲もないただのジャムにも目を輝かせていたよ。そういう育ちなんだろう」
婦人に任せとけ、そう言うとアーサーは玄関に向き直った。
中からはいつのまにか香ばしい匂いが漂ってくる。
ふぅと息を吐いてアーサーがノブに手をかけようと腕を上げた時、中からそれががチャリと開いた。
「うわっ、びっくりした」
「おぉ、ディー。どうした?」
ディアドリは目の前のアーサーを無視して、その背後のエリックに目を向ける。
俯いて元気なさそうだな、と一瞬躊躇したが声をかけた。
「エリックさん、お夕飯食べていく?婦人が是非どうぞって」
「ディー、エリックはこの後も仕事だ」
「あ、そっか」
事件が起こったんだもんな、それはそうかもしれない。
「そうだろ?エリック」
「あぁ、うん。そうだな。ディー、婦人に謝っておいてくれるかい?」
「はい」
スラックスのポケットに手を入れて佇むエリックからはなんとも言えない哀愁を感じる。
アーサーに視線を移しても、あのへらりとした笑みを浮かべるだけでよくわからない。
行こう、そう言われてアーサーに室内へ押しやられてパタンと玄関扉が閉じられた。
「いい匂いだな、香草焼きか?」
「うん、厚切りベーコンだよ」
「あの美味いやつか」
アーサーは変わらない、だけどエリックには消え入りそうな雰囲気があった。
なんだかそれが気にかかる。
チクンと胸に針が刺さったような痛みが走る。
「ごめん!おじさま、すぐ帰る!」
ディアドリは踵を返して閉じられたばかりの扉を開けて外へ出た。
エリックの背中はもう遠くにあった。
それを追いかける。
「エリックさん!」
ピタと止まって振り返ったエリックの表情は逆光でよく見えない。
人二人分位の距離からディアドリは動けないでいた。
「えっと・・・あのっ海で会った時!ひどい態度とってごめんなさい!刑事さんって知らなかったから」
「気にしてないよ」
その言い方は優しく、けれどエリックも動かない。
二人の距離は縮まらないままディアドリはぎゅうとズボンを握る。
「お、お仕事頑張って!」
「うん、ありがとう」
「落ち着いたら、またご飯を一緒に食べよう?」
「・・・・・・あぁ、もちろん」
そう言ったエリックの表情は相変わらずよく見えないが、笑って言ったような気がする。
少しだけ高い声音だったから。
元気でたかも、とディアドリはホッとした。
アーサーになにか意地悪を言われたのかもしれない。
そう思うと、きっとそうだと確信に変わっていく。
一言言ってやらなきゃ!そう決意したディアドリ はそれじゃ、とエリックの前から走り去った。
それを見送りながらエリックは思う。
上手くできただろうか、と。
アーサーの言うことはもっともで、運命なんてものは不幸以外の何物でもない。
正解なのはこのまま、自分が君の前から姿を消すことなんだろう。
けれど、それはまだしたくない。
まだもう少し、君の傍にいたい。
せめて、君が幸せだと笑うその時まで見守っていたい。
それくらいは許されるだろうか。
君は、許してくれるだろうか。
「ディー・・・」
言葉は長く伸びた影に吸い込まれて落ちた。
ディー、愛しい君の名前をまだもう少し呼んでいたいんだ。
「アーサー先生、どういうおつもりですか?」
なにが?とアーサーは煙草に火をつけて一息吸い込んだ。
ギリ、と奥歯を噛み締めるような微かな音にアーサーは笑う。
「ディーは可愛いな?」
「やめてください。あれは私のです」
「へぇ?あいつは気づいてないみたいだけど?」
「先生もわかったんですか?」
「あぁ、一緒に寝たからな」
ふぅと白煙を吐き出すアーサーにエリックはその胸ぐらを掴んで締め上げた。
眉は上がり、目は充血し、掴む手は小刻みに震えている。
「お前は、嫌いだったろ?」
「・・・っるさい!」
「やめとけ。あのままでいさせてやれ」
ふっと力が抜けてエリックの腕がだらりと落ちた。
「運命なんてな、不幸しか呼ばないんだ。お前もそれをよくわかってるだろう?」
「それは・・・あなただって」
「そうさ、俺もよくわかってる。わかってるから、やめとけと言ってる」
俯いたエリックが何を思っているのか、アーサーには見えないので正確にはわからない。
わからないが、きっと葛藤しているのだろうと思う。
αとして暴れ出す本能と戦っている。
「・・・わかりました」
「それでいい。後になってその選択が間違ってなかったと言える時がきっとくる」
短くなった煙草をアーサーは靴裏でぐりぐりと消した。
踏み消された煙草はひしゃげ、ボロボロでそれはまるで今の自分のようだとエリックは思った。
「ディーは・・・」
「金のない家ではよくあることだ。βだと思い込み判定を受けないなんてやつはな」
エリックの問いたかったことを先回りして言うアーサーは、ボロボロになった煙草をつま先で蹴った。
それは石畳の隙間にすっぽり入り込んだ。
「あの子はな、なんの変哲もないただのジャムにも目を輝かせていたよ。そういう育ちなんだろう」
婦人に任せとけ、そう言うとアーサーは玄関に向き直った。
中からはいつのまにか香ばしい匂いが漂ってくる。
ふぅと息を吐いてアーサーがノブに手をかけようと腕を上げた時、中からそれががチャリと開いた。
「うわっ、びっくりした」
「おぉ、ディー。どうした?」
ディアドリは目の前のアーサーを無視して、その背後のエリックに目を向ける。
俯いて元気なさそうだな、と一瞬躊躇したが声をかけた。
「エリックさん、お夕飯食べていく?婦人が是非どうぞって」
「ディー、エリックはこの後も仕事だ」
「あ、そっか」
事件が起こったんだもんな、それはそうかもしれない。
「そうだろ?エリック」
「あぁ、うん。そうだな。ディー、婦人に謝っておいてくれるかい?」
「はい」
スラックスのポケットに手を入れて佇むエリックからはなんとも言えない哀愁を感じる。
アーサーに視線を移しても、あのへらりとした笑みを浮かべるだけでよくわからない。
行こう、そう言われてアーサーに室内へ押しやられてパタンと玄関扉が閉じられた。
「いい匂いだな、香草焼きか?」
「うん、厚切りベーコンだよ」
「あの美味いやつか」
アーサーは変わらない、だけどエリックには消え入りそうな雰囲気があった。
なんだかそれが気にかかる。
チクンと胸に針が刺さったような痛みが走る。
「ごめん!おじさま、すぐ帰る!」
ディアドリは踵を返して閉じられたばかりの扉を開けて外へ出た。
エリックの背中はもう遠くにあった。
それを追いかける。
「エリックさん!」
ピタと止まって振り返ったエリックの表情は逆光でよく見えない。
人二人分位の距離からディアドリは動けないでいた。
「えっと・・・あのっ海で会った時!ひどい態度とってごめんなさい!刑事さんって知らなかったから」
「気にしてないよ」
その言い方は優しく、けれどエリックも動かない。
二人の距離は縮まらないままディアドリはぎゅうとズボンを握る。
「お、お仕事頑張って!」
「うん、ありがとう」
「落ち着いたら、またご飯を一緒に食べよう?」
「・・・・・・あぁ、もちろん」
そう言ったエリックの表情は相変わらずよく見えないが、笑って言ったような気がする。
少しだけ高い声音だったから。
元気でたかも、とディアドリはホッとした。
アーサーになにか意地悪を言われたのかもしれない。
そう思うと、きっとそうだと確信に変わっていく。
一言言ってやらなきゃ!そう決意したディアドリ はそれじゃ、とエリックの前から走り去った。
それを見送りながらエリックは思う。
上手くできただろうか、と。
アーサーの言うことはもっともで、運命なんてものは不幸以外の何物でもない。
正解なのはこのまま、自分が君の前から姿を消すことなんだろう。
けれど、それはまだしたくない。
まだもう少し、君の傍にいたい。
せめて、君が幸せだと笑うその時まで見守っていたい。
それくらいは許されるだろうか。
君は、許してくれるだろうか。
「ディー・・・」
言葉は長く伸びた影に吸い込まれて落ちた。
ディー、愛しい君の名前をまだもう少し呼んでいたいんだ。
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