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助手
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瞼の裏が明るくなって、さらさらのシーツがあって、枕からは石鹸の良い匂いがする。
むくりと起き上がって窓辺のサボテンに、おはようと言う。
小さな鉢に入ったそれは緑で白い棘が生えている。
グリーン婦人曰く、冬なのであまり水をやってはいけないらしい。
次の季節に成長するためのお休み期間なのだそうだ。
デイアドリは起き上がり、クローゼットからいつもの服を出して着替えた。
サスペンダーが擦り切れてきている。
昨日、婦人にもらったお駄賃で新しいのを買おうか。
あぁ、でも無駄遣いになるかな。
考えながら階段を降りていくと、婦人がモーニングティーを飲んでいた。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい、ぐっすりです」
今朝はアーサーはちゃんと自分の部屋で眠っていた。
そしてまだ起きてこない。
朝が弱いというのは本当らしい。
「じゃ、朝食の支度をしましょう」
「はい!」
薄くスライスしたパンとジャム。
スクランブルエッグはつやっととろりとしている。
牛乳を少し入れるのよ、と婦人は言う。
赤かぶの酢漬けと一緒に盛り付けて完成だ。
「おぉー、おはよう」
「あら、今朝は早いのね」
「ゔーん、署に行かなきゃならん」
ボサボサの頭をかきながらアーサーは食卓に座る。
ぐわわっと大きな欠伸をしながら、ディーも連れて行くと言う。
「まぁっ!ディーに刺激的な所は見せないでよ」
「・・・あんだよ、それは」
「腸がどうとか、目ん玉がどうとかそういうことよ」
「助手なんだから、そういうこともあるかもな」
「ディー?できないことはできないって言うのよ?」
「え、あ、はい」
アーサーの助手、それはもう決定なのか。
『ちょう』とはひらひら飛ぶあれでは無いんだろうな、体の中のあれなんだろうな。
「ディー、大丈夫だ」
「・・・はい」
笑顔のアーサーに髪をくしゃっとかき混ぜられた。
なんだかとっても頼もしい。
「すぐに慣れる」
そっちか、とディアドリは肩を落とした。
大きめのキャスケットを被ってねずみ色のマフラーを巻く。
鞄は昨日と同じくグリーン婦人が持たせてくれた。
「これはもうあなたのよ。使ってちょうだいね」
大きな木の刺繍だけだった鞄にはいつの間にか『ディアドリ』と新たに刺してあった。
婦人は刺繍がとても上手い、そして早い。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
「おーい、行くぞー」
アーサーがふわわと欠伸をしながら歩き出したのを追いかける。
「ディー、行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
行ってらっしゃいの返事はただいまだとディーは思う。
また、ただいまを言える幸運が自分にあるだなんて、そう思うだけで顔がにやけてしまう。
「お?ご機嫌か?」
「からかわないで」
アーサーにグリグリと帽子ごと頭を力強く撫でられてしまう。
子ども扱いのそれが擽ったくてまた笑みが零れる。
とても良い時間だと思う。
アーサーが向かったのはS管区署でサウスエンドとイーストエンドを受け持っている。
グリーン婦人の家はサウスエンドとイーストエンドの境目だ。
石造りの建物の前には巡査が一人立っている。
その前をアーサーは通り過ぎ、受付のような所にいる年傘の巡査に軽く手を上げて地下へと続く階段をおりていった。
押すだけで開く扉の向こうには机のようなベッドのようなものが二台、かけられた白いシーツは盛り上がっていた。
窓を見ると半分外で、歩く人の膝下が見えた。
「半地下?」
「おぉー、そうだ。風が入らないのは辛いからな。かと言って上は嫌がるんだわ」
アーサーは言いながら人差し指を上に向けてカカカと笑った。
二つ並んだ机の上は本や紙類がごちゃごちゃと雑多に置かれていて表面が見えない。
壁にある棚には茶色の瓶に入った薬品が並んでいる。
そして、ディアドリが最も目を奪われたのは銀のトレーに乗ったちいさなナイフのようなもの、ハサミ、ピンセット、あとはなにに使うのか想像も出来ない。
「おじさま、あれは?」
「あぁ、ディーにも手伝ってもらうぞ」
小さなナイフはメスといい、解剖に使うらしい。
「解、剖?」
「そうだ。こう、これでな腹を切って中を見る」
「見てどうするの?」
「中を見りゃ大抵のことはわかる。肺に水が入ってりゃ溺死だし、喉が焼かれてりゃ毒だ。胃の中にあるもんで最後に何を食べたかわかる。何を食べたかわかりゃ、どこにいたかもわかるかもしれない」
「・・・なんか、すごいね」
そうだ、俺は凄いんだぞとアーサーはまたディアドリをグリグリと撫で回した。
パタと小さな音がして振り向くとエリックがちょうど扉を開けたところだった。
「エリックさん、おはようございます」
「あぁ、うん。おはよう、ディー」
くしゃりと笑うエリックが今にも泣きそうで、どうしたんだろうとディアドリは首を傾げた。
むくりと起き上がって窓辺のサボテンに、おはようと言う。
小さな鉢に入ったそれは緑で白い棘が生えている。
グリーン婦人曰く、冬なのであまり水をやってはいけないらしい。
次の季節に成長するためのお休み期間なのだそうだ。
デイアドリは起き上がり、クローゼットからいつもの服を出して着替えた。
サスペンダーが擦り切れてきている。
昨日、婦人にもらったお駄賃で新しいのを買おうか。
あぁ、でも無駄遣いになるかな。
考えながら階段を降りていくと、婦人がモーニングティーを飲んでいた。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい、ぐっすりです」
今朝はアーサーはちゃんと自分の部屋で眠っていた。
そしてまだ起きてこない。
朝が弱いというのは本当らしい。
「じゃ、朝食の支度をしましょう」
「はい!」
薄くスライスしたパンとジャム。
スクランブルエッグはつやっととろりとしている。
牛乳を少し入れるのよ、と婦人は言う。
赤かぶの酢漬けと一緒に盛り付けて完成だ。
「おぉー、おはよう」
「あら、今朝は早いのね」
「ゔーん、署に行かなきゃならん」
ボサボサの頭をかきながらアーサーは食卓に座る。
ぐわわっと大きな欠伸をしながら、ディーも連れて行くと言う。
「まぁっ!ディーに刺激的な所は見せないでよ」
「・・・あんだよ、それは」
「腸がどうとか、目ん玉がどうとかそういうことよ」
「助手なんだから、そういうこともあるかもな」
「ディー?できないことはできないって言うのよ?」
「え、あ、はい」
アーサーの助手、それはもう決定なのか。
『ちょう』とはひらひら飛ぶあれでは無いんだろうな、体の中のあれなんだろうな。
「ディー、大丈夫だ」
「・・・はい」
笑顔のアーサーに髪をくしゃっとかき混ぜられた。
なんだかとっても頼もしい。
「すぐに慣れる」
そっちか、とディアドリは肩を落とした。
大きめのキャスケットを被ってねずみ色のマフラーを巻く。
鞄は昨日と同じくグリーン婦人が持たせてくれた。
「これはもうあなたのよ。使ってちょうだいね」
大きな木の刺繍だけだった鞄にはいつの間にか『ディアドリ』と新たに刺してあった。
婦人は刺繍がとても上手い、そして早い。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
「おーい、行くぞー」
アーサーがふわわと欠伸をしながら歩き出したのを追いかける。
「ディー、行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
行ってらっしゃいの返事はただいまだとディーは思う。
また、ただいまを言える幸運が自分にあるだなんて、そう思うだけで顔がにやけてしまう。
「お?ご機嫌か?」
「からかわないで」
アーサーにグリグリと帽子ごと頭を力強く撫でられてしまう。
子ども扱いのそれが擽ったくてまた笑みが零れる。
とても良い時間だと思う。
アーサーが向かったのはS管区署でサウスエンドとイーストエンドを受け持っている。
グリーン婦人の家はサウスエンドとイーストエンドの境目だ。
石造りの建物の前には巡査が一人立っている。
その前をアーサーは通り過ぎ、受付のような所にいる年傘の巡査に軽く手を上げて地下へと続く階段をおりていった。
押すだけで開く扉の向こうには机のようなベッドのようなものが二台、かけられた白いシーツは盛り上がっていた。
窓を見ると半分外で、歩く人の膝下が見えた。
「半地下?」
「おぉー、そうだ。風が入らないのは辛いからな。かと言って上は嫌がるんだわ」
アーサーは言いながら人差し指を上に向けてカカカと笑った。
二つ並んだ机の上は本や紙類がごちゃごちゃと雑多に置かれていて表面が見えない。
壁にある棚には茶色の瓶に入った薬品が並んでいる。
そして、ディアドリが最も目を奪われたのは銀のトレーに乗ったちいさなナイフのようなもの、ハサミ、ピンセット、あとはなにに使うのか想像も出来ない。
「おじさま、あれは?」
「あぁ、ディーにも手伝ってもらうぞ」
小さなナイフはメスといい、解剖に使うらしい。
「解、剖?」
「そうだ。こう、これでな腹を切って中を見る」
「見てどうするの?」
「中を見りゃ大抵のことはわかる。肺に水が入ってりゃ溺死だし、喉が焼かれてりゃ毒だ。胃の中にあるもんで最後に何を食べたかわかる。何を食べたかわかりゃ、どこにいたかもわかるかもしれない」
「・・・なんか、すごいね」
そうだ、俺は凄いんだぞとアーサーはまたディアドリをグリグリと撫で回した。
パタと小さな音がして振り向くとエリックがちょうど扉を開けたところだった。
「エリックさん、おはようございます」
「あぁ、うん。おはよう、ディー」
くしゃりと笑うエリックが今にも泣きそうで、どうしたんだろうとディアドリは首を傾げた。
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