純愛なんかに手をだすな

谷絵 ちぐり

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揺れる心

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マルク・ロッペンβは郵便配達員である。
勤務態度は真面目で配達遅れも無く、同じ配達員との仲も良好であった。
リサとの出会い、交際歴それらは一切不明。
結婚していたことすら職場の人間は知らなかった。
リサの旧姓もわからない。
二人は事実婚だったと思われる。

エリックが読み上げるそれをアーサーはふぅんと耳をほじりながら聞いていた。
小指についたカスをふっと吹きながら、裏の顔があるってことかと言った。

「そこまではわからない。なにかに巻き込まれたのかもしれない」
「鍵はそのリサじゃねえか?」
「そんななのにどうしておじさま達はリサって人を見つけられたの?」
「ん?写真がな一枚だけあったんだよ」

はい、とエリックが見せてくれた写真は長い髪をおさげにした地味な女だった。
公園だろうか?花壇の前で微笑んでいた。
どう見てもホープ婦人の言う派手な感じはしない。
写真の裏側にはリサと書いてあった。

「この写真、一度ホープ婦人に見てもらったら?」
「おぉ、さすが俺のディーは賢いなぁ」

アーサーにぐりぐりと頭を撫で回され、あまつさえ頬にキスまでされた。
エリックに引き離してもらえなかったら何度もキスをされただろう。

「おじさま、なんか馬鹿にしてない?」

ワハハと豪快に笑ったアーサーは薄汚れたエプロンをつけた。
シーツがかけられたそれに近づいて、シーツを取り払う。
現れたのはディアドリの予想通りの人物で裸に剥かれていた。
どこもかしこも白い。
ゴクリとディアドリは唾を飲み込んだ。

「先生、なぜディーを連れてきたんです?」
「助手だから」

けろりと答えるアーサーをエリックがまた睨む。
諦めろと言うならば自分の前に連れてきてほしくなかった、ベタベタとディアドリに触るのにも無性に腹が立つとエリックは内心で悪態をつく。

「エリックさん、僕がんばります!」
「・・・うん。無理だけはしちゃいけないよ?」
「はい!」

じゃ始めるぞ、とアーサーがパンパンと手を打った。
メスで体の中心をなぞるように滑らすとプツと血が一筋表れる。
吹き出したりはしないんだなぁ、とディアドリはここまでは余裕だった。

「ディー、そこのハサミみたいなやつくれ」
「これ?」
「いや、刃のないやつ。先が平たい・・・」
「これ?」

うん、と頷いてアーサーは腹をぐいと開いた。
それをここにひっかけてくれ、とアーサーは言おうとしたが言えなかった。
ディアドリがどうと音をたてて倒れてしまったから。
それをエリックが抱き起こして、血の気を失った頬を撫でる。

「ありゃ、やっぱり無理か」
「そりゃ、そうでしょうよ」

エリックは呆れてディアドリを抱いて部屋を出た。
背中に感じる視線は頑として無視した。
そのまま階段を上り部長室へ向かう。
革張りの椅子、飴色の机、部屋の隅にはウィスキーが、そして壁に並んだ数多の資料。
紙とインクとほんの少しのアルコールの匂いの中、エリックはディアドリを抱きしめる。
座り慣れた椅子に座り膝に乗せ、その髪を梳く。
唇は見てわかるほどカサついていて、首は細く腕に感じる背中は骨が浮いている。

「ディー、ごめんね」

額にかかる前髪を横に流してそこに唇を落とす。
あぁ、運命とはなんて残酷なんだろうか。
出会いたくなかった。
けれど、また出会ってしまった。
愛しいディー、あのままあそこにいてくれれば良かったのに。
ディアドリの頬にひとつ雫が落ちる。
それはするりと滑って首筋に流れていった。

「おい、そこまでにしとけ」

エリックの唇がディアドリのそれに触れる寸前だった。
戸口で顔を顰めるアーサーにエリックは力なく笑った。

「なんで連れてきたんですか」
「お前が暴走しない為だ。突然顔も見れなくなったら狂うだろう?」
「そんなこと・・・」
「狂うんだよ、俺を見て知ってるだろ」
「はい・・・」
「手は出すな、わかったな?戻れなくなるぞ」

静かに目を閉じるディアドリを見てエリックの目からまた涙が零れる。

「ディーのことにお前が責任を感じる必要はない。だが、ディーはきっと許さない」
「わかってます」
「誰にも言うな」
「言えません」

ならいい、とアーサーは手に持ったトレーをエリックの座る椅子の前の机に置いた。

「切手?」
「おう、喉に引っかかってた」
「なんでまた・・・」

ピンセットでつまみ上げた切手には菫の花が描いてある。
くしゃりと潰れたそれは伸ばしてあり、ひっくり返すとなにか書かれた跡があった。
滲んでいて読みづらい。
アーサーが拡大鏡で見ると、辛うじて読めたのは番地らしき数字だけだった。

「なんでしょう」
「それを調べるのはお前だろう?」

ふっと笑ったその小さな振動でディアドリが身を捩った。
エリックは愛しげに、けれど一端の切なさを滲ませてディアドリを見つめた。

「・・・おいしー」

何食ってんだ、とアーサーが笑った。
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