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写真の女
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温かくて大きななにかに守られている。
誰かにずっとこうしてほしかった。
とてもいい匂い、美味しそうな匂い。
「起きろ、ディー、おーきーろー」
ペチペチと頬を叩かれている。
嫌だ、起きたくない、せめてこのいい匂いを食べてから・・・と微睡んでいたら額に衝撃を感じた。
「痛ぁい、なんだよ、もう」
「起きたか?」
額を擦りながら目を開けると目の前にアーサーの顔があった。
その指先は中指と指で輪が作ってある。
「弾いたの?」
「おぉ」
「痛いじゃんか!もう!あっちいけ!」
「そっちが素か」
はははと笑うアーサーに気分を悪くした風はない。
そりゃちっとぐらい猫被るよ、ディアドリはちぇっと口を尖らせた。
「あれ?そういえば・・・」
「あぁ、解剖しようとしたらな、目を回したんだ」
クククと笑って煙草に火をつけるアーサー。
次からは頑張れよ、そう言って紫煙を吐き出してウインクをする。
「次がある?」
「あるさ、平和な街だけど全く事件がないわけじゃない」
そうか、次があるのか、助手をクビになったわけではないのか。
良かったとホッとして手にあるものに顔を埋めた。
とっても安心する匂いがする。
「お前、何してる?」
「は?」
「それ、エリックの上着だぞ?」
「へ?あ、ここどこ?」
改めて視線をぐるりと見渡すと初めての場所にいる。
自分は革張りの椅子にもたれかかるように座っていて、手にはエリックの上着。
あの人間の腹の中を見てしまってからの記憶がない。
「ここ、エリックさんの部屋?」
「わかるのか?」
そりゃ状況考えたらわかるでしょ、とディアドリはポールハンガーに上着をかけた。
アーサーの猜疑心たっぷりの視線が鬱陶しい。
「なに?ここに上着があって、部屋も綺麗に整頓されてて、僕の知り合いなんておじさまとエリックさんしかいないし、ここ警察署でしょ?そしたらエリックさんの部屋って思っても当たり前じゃない?」
「俺の部屋かもしれない」
「ここ、埃も積もってないみたいだけど?」
「・・・ディー、見事な推理だ。探偵になるか?」
「何言ってんの、ばっかみたい」
ディアドリはそう言ってアーサーの肩にかけてあった鞄を取り上げた。
「で?どっか行くの?」
なんでなんで?とニヤつくアーサーは本当に大人なんだろうか。
鞄を持ってきて起こしてきたということはこれからどこかに行くに違いない。
鞄からキャスケットをとりだして被って、マフラーをぐるぐると巻く。
「ホープ婦人のところへ行こう」
「えっ!?」
「アップルパイを食いに行くんじゃない」
「えー、じゃ何しに行くの?」
ぱぁっと明るくなったディアドリの顔は途端に不満げになる。
お前はほんとになぁ、とアーサーに帽子ごとぐりぐりと頭を回された。
ホープ婦人宅への道すがらアーサーから喉元にあった切手の話を聞いた。
「部外者の僕にそんなこと言っていいの?」
「ディーはもう俺の助手だから、関係者だ」
「いいのかなぁ」
「俺が許す」
「おじさまに許されても」
なんだと!ところころ笑いあっているうちにホープ婦人宅に着いた。
突然の訪問にも婦人は嫌な顔もせず迎え入れてくれた。
甘くてちょっぴりスパイシーな匂いがする。
無意識にスンスン鼻を鳴らしていると、ジンジャークッキーを焼いたのよと婦人に笑われてしまった。
恥ずかしい。
「で?お茶をしにきたわけじゃないんでしょう?」
「お、婦人は察しがいいな」
「さぁ、早く仰って」
茶を淹れながらふふふと笑う婦人にアーサーが胸ポケットからリサの写真を出した。
テーブルの上のそれをまじまじと眺めた婦人は、これは?と首を傾げた。
「マルクの奥さん」
「うーん、こんな人だったかしら?」
皿に盛られたジンジャークッキーをディーに渡しながら婦人は腰を下ろして写真を手に取った。
ジンジャークッキーはサクッとしてほろりと口の中で解けてジンジャーの匂いが鼻から抜ける。
「婦人は付き合いがあったのか?」
「ないわよぉ」
おほほと口に手を当て空いた手を振る婦人にアーサーは目を丸くした。
「は?」
「あれはいつだったかしら。そうそう、私がね街に刺繍糸を買いに行って戻って来た時よ。凄く綺麗なオレンジの糸が手に入ったのよ。あとね、なんと金の糸が二割引だったの。思わず買っちゃったわ」
「婦人、それはいいからマルクの話を」
「あぁ、そうね。戻ってきたらマルクさんちの前にその奥さんとマルクさんがいたのよ。でね、私マルクさんにもとうとういい人ができたんだわって思ってね、声をかけたの」
そこまで一息に言って婦人は茶を飲んで、ふぅと息をついた。
ディアドリのクッキーを食べる手は止まらない。
「そういえば、二人ともなんだか慌てた様子だったわね。どなた?って聞いたのよ。そしたら、奥さんになる人だって。きっと照れてたのね」
「ちょ、なる人?なった人じゃなくて?」
「そうよ」
しれっと言う婦人にアーサーは頭を抱えた。
それは全然違うんじゃないか?と。
そんなアーサーのことなど気にせず婦人はディアドリの皿にまたクッキーを盛る。
「で?結局写真の女とその奥さん予定の女は同じなのかよ」
「そうね、同じじゃないかしら?私も見たのはその一回きりだけど・・・ほら、ここの黒子が一緒だわ」
婦人が指したのはリサの右の口元にある黒子だった。
「女の人はね、化粧でも装いでも変わるでしょう?でも黒子は変えられないからこれは私が見た人だと思うわ」
「どっちが本当のリサさんなんでしょうか」
皿のクッキーを綺麗に平らげたところで茶を飲みながらディアドリが問う。
そうねぇと婦人は顎に手をあてて考え、アーサーは写真をじっと睨んでいる。
「どっちも、じゃないかしら?」
「どっちも?」
「そうよ。外見がなんでも本質はそう変わらないものよ」
そういうものか、とディアドリは頷いた。
誰かにずっとこうしてほしかった。
とてもいい匂い、美味しそうな匂い。
「起きろ、ディー、おーきーろー」
ペチペチと頬を叩かれている。
嫌だ、起きたくない、せめてこのいい匂いを食べてから・・・と微睡んでいたら額に衝撃を感じた。
「痛ぁい、なんだよ、もう」
「起きたか?」
額を擦りながら目を開けると目の前にアーサーの顔があった。
その指先は中指と指で輪が作ってある。
「弾いたの?」
「おぉ」
「痛いじゃんか!もう!あっちいけ!」
「そっちが素か」
はははと笑うアーサーに気分を悪くした風はない。
そりゃちっとぐらい猫被るよ、ディアドリはちぇっと口を尖らせた。
「あれ?そういえば・・・」
「あぁ、解剖しようとしたらな、目を回したんだ」
クククと笑って煙草に火をつけるアーサー。
次からは頑張れよ、そう言って紫煙を吐き出してウインクをする。
「次がある?」
「あるさ、平和な街だけど全く事件がないわけじゃない」
そうか、次があるのか、助手をクビになったわけではないのか。
良かったとホッとして手にあるものに顔を埋めた。
とっても安心する匂いがする。
「お前、何してる?」
「は?」
「それ、エリックの上着だぞ?」
「へ?あ、ここどこ?」
改めて視線をぐるりと見渡すと初めての場所にいる。
自分は革張りの椅子にもたれかかるように座っていて、手にはエリックの上着。
あの人間の腹の中を見てしまってからの記憶がない。
「ここ、エリックさんの部屋?」
「わかるのか?」
そりゃ状況考えたらわかるでしょ、とディアドリはポールハンガーに上着をかけた。
アーサーの猜疑心たっぷりの視線が鬱陶しい。
「なに?ここに上着があって、部屋も綺麗に整頓されてて、僕の知り合いなんておじさまとエリックさんしかいないし、ここ警察署でしょ?そしたらエリックさんの部屋って思っても当たり前じゃない?」
「俺の部屋かもしれない」
「ここ、埃も積もってないみたいだけど?」
「・・・ディー、見事な推理だ。探偵になるか?」
「何言ってんの、ばっかみたい」
ディアドリはそう言ってアーサーの肩にかけてあった鞄を取り上げた。
「で?どっか行くの?」
なんでなんで?とニヤつくアーサーは本当に大人なんだろうか。
鞄を持ってきて起こしてきたということはこれからどこかに行くに違いない。
鞄からキャスケットをとりだして被って、マフラーをぐるぐると巻く。
「ホープ婦人のところへ行こう」
「えっ!?」
「アップルパイを食いに行くんじゃない」
「えー、じゃ何しに行くの?」
ぱぁっと明るくなったディアドリの顔は途端に不満げになる。
お前はほんとになぁ、とアーサーに帽子ごとぐりぐりと頭を回された。
ホープ婦人宅への道すがらアーサーから喉元にあった切手の話を聞いた。
「部外者の僕にそんなこと言っていいの?」
「ディーはもう俺の助手だから、関係者だ」
「いいのかなぁ」
「俺が許す」
「おじさまに許されても」
なんだと!ところころ笑いあっているうちにホープ婦人宅に着いた。
突然の訪問にも婦人は嫌な顔もせず迎え入れてくれた。
甘くてちょっぴりスパイシーな匂いがする。
無意識にスンスン鼻を鳴らしていると、ジンジャークッキーを焼いたのよと婦人に笑われてしまった。
恥ずかしい。
「で?お茶をしにきたわけじゃないんでしょう?」
「お、婦人は察しがいいな」
「さぁ、早く仰って」
茶を淹れながらふふふと笑う婦人にアーサーが胸ポケットからリサの写真を出した。
テーブルの上のそれをまじまじと眺めた婦人は、これは?と首を傾げた。
「マルクの奥さん」
「うーん、こんな人だったかしら?」
皿に盛られたジンジャークッキーをディーに渡しながら婦人は腰を下ろして写真を手に取った。
ジンジャークッキーはサクッとしてほろりと口の中で解けてジンジャーの匂いが鼻から抜ける。
「婦人は付き合いがあったのか?」
「ないわよぉ」
おほほと口に手を当て空いた手を振る婦人にアーサーは目を丸くした。
「は?」
「あれはいつだったかしら。そうそう、私がね街に刺繍糸を買いに行って戻って来た時よ。凄く綺麗なオレンジの糸が手に入ったのよ。あとね、なんと金の糸が二割引だったの。思わず買っちゃったわ」
「婦人、それはいいからマルクの話を」
「あぁ、そうね。戻ってきたらマルクさんちの前にその奥さんとマルクさんがいたのよ。でね、私マルクさんにもとうとういい人ができたんだわって思ってね、声をかけたの」
そこまで一息に言って婦人は茶を飲んで、ふぅと息をついた。
ディアドリのクッキーを食べる手は止まらない。
「そういえば、二人ともなんだか慌てた様子だったわね。どなた?って聞いたのよ。そしたら、奥さんになる人だって。きっと照れてたのね」
「ちょ、なる人?なった人じゃなくて?」
「そうよ」
しれっと言う婦人にアーサーは頭を抱えた。
それは全然違うんじゃないか?と。
そんなアーサーのことなど気にせず婦人はディアドリの皿にまたクッキーを盛る。
「で?結局写真の女とその奥さん予定の女は同じなのかよ」
「そうね、同じじゃないかしら?私も見たのはその一回きりだけど・・・ほら、ここの黒子が一緒だわ」
婦人が指したのはリサの右の口元にある黒子だった。
「女の人はね、化粧でも装いでも変わるでしょう?でも黒子は変えられないからこれは私が見た人だと思うわ」
「どっちが本当のリサさんなんでしょうか」
皿のクッキーを綺麗に平らげたところで茶を飲みながらディアドリが問う。
そうねぇと婦人は顎に手をあてて考え、アーサーは写真をじっと睨んでいる。
「どっちも、じゃないかしら?」
「どっちも?」
「そうよ。外見がなんでも本質はそう変わらないものよ」
そういうものか、とディアドリは頷いた。
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