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月と太陽5
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―――――――
「ただいま。佑さん、開店準備出来てる?」
「あれ? 帰って来たのか。陽介は?」
「そこの公園で別れた。浩平さんと会ったから」
時計を見れば、六時十分前。
まあ、祝日とはいえ週の中日だ、それほど客も来ないだろうから焦ることもない。
カウンターの中で手を洗ってから、流し台に常備してある手指用のアルコールで消毒をする。
ざっとカウンターの中をチェックする。
佑さんの仕事は早いけど、結構粗い。
グラスとかきちんと磨けているか、後でチェックし直そう。
それから。
レモンとライムを貯蔵庫から取って来なければいけなかったかも。
それから。
「……お前、どした?」
「何が」
「いや……めちゃくちゃ不機嫌な顔してるから」
「そう? ちょっと疲れたかも」
僕の表情を読もうとする佑さんの視線から、逃れるようにして背を向けると「着替えてくる」と言って、自室の方へ逃げ込んだ。
仕事着に着替え身支度を整え、すぐに店に戻ると、案の定、だ。
「慎さん!」
追いかけて戻ってきている気がしていたけれど、丁度店に入ってきたところだったらしい。
酷く焦った顔の陽介さんと、浩平さんも一緒にカウンター間近で立っていた。
佑さんが、状況を理解しかねて首を傾げている。
「あれ、いらっしゃいませ。来てくださったんですか」
何も、狼狽えることはない。
そう自分に言い聞かせるように、バーテンダーの笑顔を貼りつける。
「だって、さっさと帰っちゃうから……」
「店があるから、と言ったじゃないですか。来てくださってありがとうございます。夕食の時間ですが、あまりしっかりした料理はうちでは出ませんけど良いんですか?」
浩平さんと陽介さんを交互に見ながら、二人の間近にあるスツールの前に、オシボリを置いた。
言葉に詰まり、一層眉を八の字にする陽介さんには気が付かないフリをした。
そうでなければ、僕もどんな顔をしていいのかわからなくなっていたからだ。
この人は元々彼女がいたりした、普通の性癖の人なのだし僕のことは男だと思っているし、だから当然だ。
僕に構っているのは一時のことで、気になる女性が出来ればそちらへ流れていくのは自然なことだし。
その方がありがたい。
佑さんに変にからかわれないで済むし。
「何を作りましょう?」
唇の端を引き上げて、目を細める。
もの言いたげな陽介さんよりも、浩平さんへと敢えて長く視線を向けた。
よくわからないが、彼はなぜだか、僕と話をしにきたような気がしたのだ。
アルコールの余りきついものは今日は避けたいと言うので、ビールベースのシャンディガフを二つ並べた。
微妙な沈黙が訪れそうで、間が開くとまた陽介さんが余計なことを話しだしそうで、こちらから会話を切り出す。
といっても咄嗟に浮かばなくて。
「昨夜の合コンは、楽しかったのですか?」
なんでその話を出した自分!
と脳内で突っ込んだ。
「良かったですよ、女の子も可愛かったし。なあ」
「俺は行きたくて行ったわけじゃ」
「アカリちゃんって子が明らかに陽介狙いだったんで、送ってやれって二人きりにさせてみたんすけどね」
「だから俺は」
必死に言い繕おうとする陽介さんをよそに、浩平さんと僕は話が弾んでいるように見えて、彼の目は笑っていなかった。
「恥ずかしがることないじゃないですか。陽介さんにも春が来たんですね」
ちくりと胸を差す痛みは
散々僕に付きまとっておきながら、ちゃっかりした奴だと、呆れただけのことだ。
それよりも、気になるのは浩平さんの目だ。
とりあえず表面上は笑っているが、こちらの腹を探るような気配を感じ、自然と僕もバーテンダーとしての顔を全面に押し出す。
彼とは、陽介さんを通して携帯番号を伝えてもらった後、一度だけかかってきたきりだ。
その時も「陽介さんが酔いつぶれたらお願いすることがあるかもしれません」と冗談めかして言ったけど、特に変に思われはしなかったと思う。
電話越しだから、なんとも言えないが。
表面上は笑いながら思案していると、ダン!と大きな音がしてカウンターに置いていた手にびり、と振動が伝わった。
シャンディガフを一気飲みした陽介さんが、思い切りグラスを置いた音だった。
「陽介さん?」
「俺は!」
突然張り上げられた声に、視線が集中する。
その中で、陽介さんが立ちあがり、勢い余ってスツールが倒れた音がした。
公園で別れて以来、初めて真っすぐ陽介さんの顔を見た気がする。
喉元を見たり少し視線をずらして、目を合わせるのを避けていたから。
てっきり、しょ気た顔かバツの悪そうな顔でもしているだろうと想像していたが、彼は少し、怒っていた。
僕の態度が悪いのが気に食わないのだろう。
罵られたら、なんて言い返してやろうか考えてたのに。
「俺は、慎さんが好きだって言いました!」
突如口から飛び出したセリフに、呆気にとられて手の中のダスターを取り落とした。
「ちょっ、陽介さん……」
「拒否されててもわかってはくれてるものと思ってました! もっと口に出した方がいいっすか、もっと態度で示さないとわからないですか」
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「ただいま。佑さん、開店準備出来てる?」
「あれ? 帰って来たのか。陽介は?」
「そこの公園で別れた。浩平さんと会ったから」
時計を見れば、六時十分前。
まあ、祝日とはいえ週の中日だ、それほど客も来ないだろうから焦ることもない。
カウンターの中で手を洗ってから、流し台に常備してある手指用のアルコールで消毒をする。
ざっとカウンターの中をチェックする。
佑さんの仕事は早いけど、結構粗い。
グラスとかきちんと磨けているか、後でチェックし直そう。
それから。
レモンとライムを貯蔵庫から取って来なければいけなかったかも。
それから。
「……お前、どした?」
「何が」
「いや……めちゃくちゃ不機嫌な顔してるから」
「そう? ちょっと疲れたかも」
僕の表情を読もうとする佑さんの視線から、逃れるようにして背を向けると「着替えてくる」と言って、自室の方へ逃げ込んだ。
仕事着に着替え身支度を整え、すぐに店に戻ると、案の定、だ。
「慎さん!」
追いかけて戻ってきている気がしていたけれど、丁度店に入ってきたところだったらしい。
酷く焦った顔の陽介さんと、浩平さんも一緒にカウンター間近で立っていた。
佑さんが、状況を理解しかねて首を傾げている。
「あれ、いらっしゃいませ。来てくださったんですか」
何も、狼狽えることはない。
そう自分に言い聞かせるように、バーテンダーの笑顔を貼りつける。
「だって、さっさと帰っちゃうから……」
「店があるから、と言ったじゃないですか。来てくださってありがとうございます。夕食の時間ですが、あまりしっかりした料理はうちでは出ませんけど良いんですか?」
浩平さんと陽介さんを交互に見ながら、二人の間近にあるスツールの前に、オシボリを置いた。
言葉に詰まり、一層眉を八の字にする陽介さんには気が付かないフリをした。
そうでなければ、僕もどんな顔をしていいのかわからなくなっていたからだ。
この人は元々彼女がいたりした、普通の性癖の人なのだし僕のことは男だと思っているし、だから当然だ。
僕に構っているのは一時のことで、気になる女性が出来ればそちらへ流れていくのは自然なことだし。
その方がありがたい。
佑さんに変にからかわれないで済むし。
「何を作りましょう?」
唇の端を引き上げて、目を細める。
もの言いたげな陽介さんよりも、浩平さんへと敢えて長く視線を向けた。
よくわからないが、彼はなぜだか、僕と話をしにきたような気がしたのだ。
アルコールの余りきついものは今日は避けたいと言うので、ビールベースのシャンディガフを二つ並べた。
微妙な沈黙が訪れそうで、間が開くとまた陽介さんが余計なことを話しだしそうで、こちらから会話を切り出す。
といっても咄嗟に浮かばなくて。
「昨夜の合コンは、楽しかったのですか?」
なんでその話を出した自分!
と脳内で突っ込んだ。
「良かったですよ、女の子も可愛かったし。なあ」
「俺は行きたくて行ったわけじゃ」
「アカリちゃんって子が明らかに陽介狙いだったんで、送ってやれって二人きりにさせてみたんすけどね」
「だから俺は」
必死に言い繕おうとする陽介さんをよそに、浩平さんと僕は話が弾んでいるように見えて、彼の目は笑っていなかった。
「恥ずかしがることないじゃないですか。陽介さんにも春が来たんですね」
ちくりと胸を差す痛みは
散々僕に付きまとっておきながら、ちゃっかりした奴だと、呆れただけのことだ。
それよりも、気になるのは浩平さんの目だ。
とりあえず表面上は笑っているが、こちらの腹を探るような気配を感じ、自然と僕もバーテンダーとしての顔を全面に押し出す。
彼とは、陽介さんを通して携帯番号を伝えてもらった後、一度だけかかってきたきりだ。
その時も「陽介さんが酔いつぶれたらお願いすることがあるかもしれません」と冗談めかして言ったけど、特に変に思われはしなかったと思う。
電話越しだから、なんとも言えないが。
表面上は笑いながら思案していると、ダン!と大きな音がしてカウンターに置いていた手にびり、と振動が伝わった。
シャンディガフを一気飲みした陽介さんが、思い切りグラスを置いた音だった。
「陽介さん?」
「俺は!」
突然張り上げられた声に、視線が集中する。
その中で、陽介さんが立ちあがり、勢い余ってスツールが倒れた音がした。
公園で別れて以来、初めて真っすぐ陽介さんの顔を見た気がする。
喉元を見たり少し視線をずらして、目を合わせるのを避けていたから。
てっきり、しょ気た顔かバツの悪そうな顔でもしているだろうと想像していたが、彼は少し、怒っていた。
僕の態度が悪いのが気に食わないのだろう。
罵られたら、なんて言い返してやろうか考えてたのに。
「俺は、慎さんが好きだって言いました!」
突如口から飛び出したセリフに、呆気にとられて手の中のダスターを取り落とした。
「ちょっ、陽介さん……」
「拒否されててもわかってはくれてるものと思ってました! もっと口に出した方がいいっすか、もっと態度で示さないとわからないですか」
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