優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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月と太陽6

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「ちょ、ちょっ……馬鹿かお前!」
「どうせ俺は馬鹿ですよ!」


開き直んな!

僕や佑さんだけならともかく、自分の会社の人間が見ている前で。
冗談で流せるような雰囲気でもなく、慌てて言い繕う言葉を探す。

だが、僕の視線の行方を追って言いたいことに気が付いたのか、陽介さんは更に驚くべき言葉を吐いた。


「浩平ならもう知ってます。俺、言ったから」
「は?」


開いた口が塞がらず、まさか……と浩平さんに目を向けると何か疲れたような表情で溜息をついている。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……。


「ば……馬鹿じゃないか、本当に」
「なんとでも。男も女も関係なく、慎さんが好きです。何回でも言いますし誰に知られても、俺はいいです」


突如始まった公開告白に、外野を決め込む約二名の視線が気になって仕方ない。


「確かに女の子送ったけど、それだけでなんもしてないし当然家にも上がってませんし、なんならお月様見て慎さんのことで頭がいっぱいでしたよ!」
「は? え、月? なんで」
「仕方ないじゃないですか、綺麗な月だったんです!」


なんで月見て僕で頭がいっぱいになるんだ。
わけがわからないが、思いっきり恥ずかしい事を言われてるのはわかって、まともになんて聞けやしない。


「わかった……わかったからちょっと……」
「全然わかってません。慎さんが好きなのに……他の女の子に流されたりしません」


張り上げるばかりだった声のトーンが、少し落ち着いてくる。
寧ろ少し、弱々しいくらいに。


「だから、無視しないでください」
「無視なんか」

「してるじゃないっすか……言い訳すら聞こうとしないし」
「それは、別に」


だって、言えるはずがないだろう。
付きまとわれて迷惑だと言わんばかりの態度しか見せない僕が、貴方が、合コン行って女の子とどうにかなったかもしれないなんて聞いて。
怒れる立場でもないし、泣くなんてありえないし。
平静でいて当然なのに、動揺したなんて見せられるわけないだろう。


「別に、なんすか」
「いっ、言い訳を聞くようなことでも……それに怒ってるわけでも……」


頼むから、問い詰めないでくれ。
追い詰めないでくれ。


「ほんとに? 嫌いになってないですか」
「……深夜に女の子をほったらかして帰る方が軽蔑する」


ほっと空気が緩んだように、陽介さんの強ばっていた表情が和らぐ。
それを見て、ようやくこのいたたまれない状況から解放されると安堵した矢先だった。


「うそつけー。めっちゃ不機嫌だったくせに」


空気を読めない(というか読まない)佑さんの一言に、ぎくりと頬が痙攣する。
何言うつもりだこのクソオヤジ、と止める間もなかった。


「店戻って来た時、ものすげー不機嫌な面してたくせに」
「え、そう、だったんですか」

「こっちまで胆が冷えそうな顔でさー。なんだよただのヤキモチか。良かったな陽介ー」
「ちょっ! ゆっ……」


このクソヒゲオヤジがあ!!!
人が脳内ですら明確にするのを躊躇った言葉を!!
あっさりと!


「……やきもち」


ぱあぁ、と光が射したみたいに陽介さんの顔が華やぐ。
同時に僕の方は顔どころか耳まで熱くなって、ぱくぱくと唇が空振りし上手く言葉が出てこない。


「ちっ……ちがっ! そっ……」
「陽介が合コン行ったことが面白くなかったんだろ?立派なヤキモチじゃねえか案外お前も可愛いとこあるよな」

「違う! そうじゃなくて散々僕に付きまとっておいて……」
「それがヤキモチって言うんだよ」

「呆れただけだ!」


ぜえ、はあ、と肩で息をしながら佑さんと言い合いをしていたが、キラキラとした視線を向けられていることに気がついた。


「例えちょっとでも、嫉妬してくれたんなら嬉しいっす」
「ぐっ……」


視線の主は、やはりストレートな言葉で僕の取り繕う気力を削いでしまう。
この、まっすぐ過ぎる男のことを、僕は少し見倣った方がいいのかもしれない。

いつだって真正面から気持ちをぶつけてくるこの人の前で、嘘や誤魔化しで自分の感情を隠すのは気が引けた。
何より、さっきから彼の告白がひどく耳に残って離れない。


……男も女も関係なく
……慎さんが好きです


まっすぐな、この人の言葉だから。
決して嘘はないんだろう。
それなのに、僕はその気持ちそのものをなかったことにしようとした。


「……すみませんでした」
「えっ?」
「陽介さんの気持ちを、疑ったことです。すみませんでした」


声に出すと、一層熱くなってじっとりと首筋に汗が滲む。
素直になるというのは、百メートルを全力疾走するくらい急激に体力を消耗するらしい。


「ま、慎さん……!」
「受け入れたわけじゃないですよ! 信じただけですから!」


貴方の気持ちを。
そう付け足した僕に、陽介さんはそれはそれは嬉しそうに「十分です」と笑った。

太陽みたいだと、思った。
こんなにも身体も顔も熱いのは、きっと太陽に当てられているせいに違いない。


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