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僕と、勝負してください4
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知らないフリするべきだと思ったんだよ。
女が男に成りすまして周囲の目から隠れてるなんて、何か簡単じゃない事情があるんじゃないかって。
だから、慎さんから話してくれるのを待つしかないと思ってた。
だけどそれなら、絶対手を出しちゃいけなかった、キスなんかしたらいけなかったんだ。
店の真ん前からは少し離れて、入り口付近がよく見える建物の壁際で時間が過ぎるのを待つ。
平日のど真ん中、客はそれほど遅くまでは居ないだろうと思う。
だとしたら、終電間際くらいには閉めるかもしれない。
どちらにせよ、何時になろうと佑さんが表のプレートをcloseにして、電飾を消しに出てくるはずだった。
深夜1時を過ぎても、中々佑さんは出て来なくて真冬の夜の空気にさすがに足も手も悴んで痛い。
それから客が一人出て行き、三十分ほど過ぎた頃、漸く何か物音がして足元に落ちていた視線を上げる。
佑さんがスタンド型の電飾看板の電源を落として、ふっと周囲が一段暗くなる。
「佑さん!」
「おま……陽介? 何やってんだ、明日も仕事だろうが」
「慎さんは?」
「あー……今日はもう、部屋から出て来ねえよ多分。だから出直せって」
「でも」
「んな心配しなくても大丈夫だろ、どうせ一回はぶつかんなきゃいけないことだったんだし。それが慎からかお前からか、第三者からかってだけのことだ」
待ってろ、と言って佑さんは一度建物と建物の間の細い路地の中に入る。
そして、すぐに折りたたみらしき自転車を押して出て来た。
「もう電車無いだろ。うち泊めてやるからついて来い」
「でも、ちょっとだけでも話が」
「ガタガタ言うな。さみーんだから早く来い」
有無を言わせず、佑さんは先に立って歩き出す。
ほんのちょっとだけでも、話をしたかった。
携帯を取り出して、何度も鳴らそうとした慎さんの番号が表示されたままになっている。
だけど、電話にしてもメッセージにしても、声や文字だけじゃ、慎さんが何を思ってるのかなんて本当にはわからない。
自転車を押しながら、佑さんがぽつぽつと話し始めた。
「地元の奴に出くわして、バレそうになったことは前にも一度あるんだよ。その時は、上手く躱して誤魔化したけどな、慎が」
「そう、なんですか」
「今回はかなり狼狽えてたから、誤魔化す余裕なかったんだろ。あの子が随分はっきり覚えてたってのもあるけど」
「……すんません」
「泣いたのは、驚いた」
「え……」
「初めて見たな。お前に隠し事されたのがショックだったんだろな。普段なんでもべらべらしゃべる奴だもんなー」
慎さんが、泣いた。
そのことには驚いたけれど、泣いたところは見たことがないのに不思議とすぐ想像できた。
俺が泣かせたのか。
そう思ったら、もう後悔しか出てこない。
なんでもっと誠実に、できなかったんだろう。
どこからやり直せば泣かせずに済んだんだろうか。
最初からか。
「悪かったなあ。俺も、暫くは黙っとくのがいいと思ったんだけど」
「佑さんのせいじゃないっすよ」
結果論だ。
だけど、いつか慎さんからゆっくり、心を開いてもらうのがそれが一番だと、あの時は思ったんだ。
『話をさせてください』
佑さんちに泊めてもらったが殆ど眠れず朝になり、仕事に行く前に慎さんにメッセージを送った。
すぐに既読は付いたのに、なんの反応もないまま。
浩平に心配されながら、なんとか一日の仕事を終えた。
会社を出ようとしたその時に、漸く待ちわびたメッセージを受信する。
『明日、金曜の閉店間際に』
良かった。
話をしてくれる気はあるのだと、心底ほっとして携帯を握りしめる。
ほんとなら今すぐ会いに行きたい。
そう思ったけれど……
『それまでは、来られても会いません』
と、先手を打たれてしまえば大人しく待つしかなかった。
金曜の夜は、仕事上がりにすぐに飯を食って一度家に帰り、風呂に入って出かける準備をして……時間が過ぎるのを待つ。
閉店間際に、ということだけど時間はいつも客次第で曖昧だ。
こちこちこち、と壁時計の秒針の音が気になって落ち着かなくて、結局俺はどう考えても早すぎる時間に、店に向かった。
今まで、この扉をこれほど重く感じたことがあっただろうか。
押し開けると同時に、音楽と人の声が流れてくる。
カウンターの中のその人は、俺に気が付くと少し目を見開いた。
「お、陽介来たな」
佑さんの声が聞こえたけれど、俺は慎さんから少しも目を離せない。
もしもまた、悲しい顔をされたらどうしようと思ったら、心臓が縮み上がりそうだったけど。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
予測に反して彼女は、ゆっくりと苦笑いに変えてそう言った。
女が男に成りすまして周囲の目から隠れてるなんて、何か簡単じゃない事情があるんじゃないかって。
だから、慎さんから話してくれるのを待つしかないと思ってた。
だけどそれなら、絶対手を出しちゃいけなかった、キスなんかしたらいけなかったんだ。
店の真ん前からは少し離れて、入り口付近がよく見える建物の壁際で時間が過ぎるのを待つ。
平日のど真ん中、客はそれほど遅くまでは居ないだろうと思う。
だとしたら、終電間際くらいには閉めるかもしれない。
どちらにせよ、何時になろうと佑さんが表のプレートをcloseにして、電飾を消しに出てくるはずだった。
深夜1時を過ぎても、中々佑さんは出て来なくて真冬の夜の空気にさすがに足も手も悴んで痛い。
それから客が一人出て行き、三十分ほど過ぎた頃、漸く何か物音がして足元に落ちていた視線を上げる。
佑さんがスタンド型の電飾看板の電源を落として、ふっと周囲が一段暗くなる。
「佑さん!」
「おま……陽介? 何やってんだ、明日も仕事だろうが」
「慎さんは?」
「あー……今日はもう、部屋から出て来ねえよ多分。だから出直せって」
「でも」
「んな心配しなくても大丈夫だろ、どうせ一回はぶつかんなきゃいけないことだったんだし。それが慎からかお前からか、第三者からかってだけのことだ」
待ってろ、と言って佑さんは一度建物と建物の間の細い路地の中に入る。
そして、すぐに折りたたみらしき自転車を押して出て来た。
「もう電車無いだろ。うち泊めてやるからついて来い」
「でも、ちょっとだけでも話が」
「ガタガタ言うな。さみーんだから早く来い」
有無を言わせず、佑さんは先に立って歩き出す。
ほんのちょっとだけでも、話をしたかった。
携帯を取り出して、何度も鳴らそうとした慎さんの番号が表示されたままになっている。
だけど、電話にしてもメッセージにしても、声や文字だけじゃ、慎さんが何を思ってるのかなんて本当にはわからない。
自転車を押しながら、佑さんがぽつぽつと話し始めた。
「地元の奴に出くわして、バレそうになったことは前にも一度あるんだよ。その時は、上手く躱して誤魔化したけどな、慎が」
「そう、なんですか」
「今回はかなり狼狽えてたから、誤魔化す余裕なかったんだろ。あの子が随分はっきり覚えてたってのもあるけど」
「……すんません」
「泣いたのは、驚いた」
「え……」
「初めて見たな。お前に隠し事されたのがショックだったんだろな。普段なんでもべらべらしゃべる奴だもんなー」
慎さんが、泣いた。
そのことには驚いたけれど、泣いたところは見たことがないのに不思議とすぐ想像できた。
俺が泣かせたのか。
そう思ったら、もう後悔しか出てこない。
なんでもっと誠実に、できなかったんだろう。
どこからやり直せば泣かせずに済んだんだろうか。
最初からか。
「悪かったなあ。俺も、暫くは黙っとくのがいいと思ったんだけど」
「佑さんのせいじゃないっすよ」
結果論だ。
だけど、いつか慎さんからゆっくり、心を開いてもらうのがそれが一番だと、あの時は思ったんだ。
『話をさせてください』
佑さんちに泊めてもらったが殆ど眠れず朝になり、仕事に行く前に慎さんにメッセージを送った。
すぐに既読は付いたのに、なんの反応もないまま。
浩平に心配されながら、なんとか一日の仕事を終えた。
会社を出ようとしたその時に、漸く待ちわびたメッセージを受信する。
『明日、金曜の閉店間際に』
良かった。
話をしてくれる気はあるのだと、心底ほっとして携帯を握りしめる。
ほんとなら今すぐ会いに行きたい。
そう思ったけれど……
『それまでは、来られても会いません』
と、先手を打たれてしまえば大人しく待つしかなかった。
金曜の夜は、仕事上がりにすぐに飯を食って一度家に帰り、風呂に入って出かける準備をして……時間が過ぎるのを待つ。
閉店間際に、ということだけど時間はいつも客次第で曖昧だ。
こちこちこち、と壁時計の秒針の音が気になって落ち着かなくて、結局俺はどう考えても早すぎる時間に、店に向かった。
今まで、この扉をこれほど重く感じたことがあっただろうか。
押し開けると同時に、音楽と人の声が流れてくる。
カウンターの中のその人は、俺に気が付くと少し目を見開いた。
「お、陽介来たな」
佑さんの声が聞こえたけれど、俺は慎さんから少しも目を離せない。
もしもまた、悲しい顔をされたらどうしようと思ったら、心臓が縮み上がりそうだったけど。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
予測に反して彼女は、ゆっくりと苦笑いに変えてそう言った。
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